第百六十八話 通りすがりのDesperado

「オルト、当然んでしょ?」

「はあ!?」


 ヴィネヴィアルと共に仲間達の下に戻ったオルトは、レナの物騒な呼びかけに眉を顰めた。


 フェスタからプリシラの話を聞き、納得しつつも溜息をつく。


「どうかしたの?」

「いや。こっちも話は聞いて来たから、それを伝えるよ」


 仲間達の視線が集まるのを感じながら、オルトは話し始めた。




 ヴィネヴィアル達ドリアノンの旧王族のエルフは、『妖精の森』の中に姿を消して以降は、森を守る精霊王の加護の維持を役目として生きて来た。


 自らを『森守しんす』と呼ぶ彼女達は、森の中で起きた事を知り得る立場にはあるが、四六時中監視している訳では無い。そして『妖精の森』の中であっても、木々の無い開けた場所、例えば居住区や商業区などに直接影響を与える力は無い。


 森守達が都市の異変を認識したのは、およそ三週間前。暴れている『純血の誓い』と名乗る団体は以前からあったが、都市が混乱する程の力は無い筈だった。バックにいる真の敵の正体が掴めず、対処出来ずにいる内にドリアノンは再び陥落していた。


 議会も、軍も、治安隊も冒険者ギルドも、見えない敵によって機能を失っていたのである。都市からの脱出を図った者が捕らえられ、見せしめに暴行や処刑される中、森守達は漸く敵が『ラボ』であると知った。


 森守達は決して戦闘に長けている訳では無い。『ラボ』と正面切って戦う力は無く、森守の干渉が知られれば大精霊の封印を突破して聖堂に乗り込まれる危険があった。何人かの住民を保護し、匿うのが精一杯であった。


 森守達も外部への連絡を模索していたが、森の至る所で『ラボ』の目が光っていた。勇敢な冒険者達が捕らえられるのも、黙って見ているしかなかった。


 最早時間の猶予はない。森守達は、同胞の何人かを囮にして他の都市へ危急を告げる計画を立てていた。そこに現れたのが、【菫の庭園】だったのである。


 ドリアノン王族の末裔である森守達は、かつての都市奪還戦で奮迅の戦いぶりを見せた勇者パーティーを忘れていなかった。スミスとレナの姿を見つけるや危険を承知で精霊王の封印を解除し、ヴィネヴィアルともう一人のエルフを迎えに出したのだった。




「ごめん。あたしはあんまり、あの時に会った人を覚えてないの……」


 レナが申し訳無さそうに言う。スミスもヴィネヴィアルの事は覚えていなかった。


 そのヴィネヴィアルは慌てて両手と首を振る。


「お気になさらず。皆様は常に戦いの中でしたし、ここにいる森守は王族と言っても傍流や末席でした。私達が一方的に見知っているだけですから」


 当時の主要な王族は、ドリアノンが魔王軍の手で陥落した際に殆どが命を落としていた。生き残った者達は熟慮を重ね、政治から離れて精霊王の加護を受け継ぎ森を守る選択をしたのである。


「スミス様、レナ様、お仲間の皆様。情けない事ですが、私達は都市の恩人であるお二人に、もう一度助けを求めて縋る以外の打開策を見い出せませんでした」


 ヴィネヴィアルがテーブルに額を打ちつけるように頭を下げる。


「不甲斐ない私達でも盾や囮にはなれましょう。存分にお使い下さい。私達の命と引き換えに、今一度この町の民をお救い頂けませんか」




「……あー。そういうのは勘弁して貰いたいんだが」


 沈黙を破ったのは、面倒そうなオルトの声であった。思わずといった様子でヴィネヴィアルが顔を上げる。


「スミスもレナも、今は冒険者パーティーの一員で勇者じゃないんだ。お願いで命を賭けたりしないし、まして非戦闘員を急ごしらえで使うのは手間とリスクしかない」


 オルトはヴィネヴィアルの要請をキッパリと断った。ネーナとエイミーは何も言わず、オルトを見つめている。


「冒険者は依頼という契約で動く。適正な報酬は必須だ。俺達はAランクパーティーだが、ラボと戦り合うのを依頼にすればAランク帯の報酬では収まらない」


 オルトが視線を向けると、ギルド職員のプリシラは唇を噛み締めて肯定した。そもそもAランクパーティーが単独で行うには荷が勝ち過ぎる案件なのだ。


災厄の大蛇グローツラング』の拠点を強襲した際は、AランクとBランクが計四パーティーにシュムレイ公国軍が加わったのである。Aランクを超えれば、その上はSランク。報酬は通常の取引では使われない白金貨の出番である。


「今のこの町では、その報酬を確保するのは困難だろう。戦後復興道半ばのドリアノンは、この一月で大きく疲弊してしまったのだから。俺達は長居するつもりは無いし、支払いを待つ気も分割を認める気も無い」


 ヴィネヴィアルとプリシラが絶望的な表情をする。ネーナは何事も無いように、オルトに告げた。


「――お兄様。『ラボ』の所長以下数名の幹部と『剣聖』マルセロには、連合警察機構から懸賞金が出ますよ」

「ま、その分くらいは働いてもいいか」


 オルトが席を立ち、フェスタに声をかける。


「フェスタ、皆休んだのか?」

「ええ。後はオルトだけよ」

「スミス、後は任せていいか?」

「任されました」


 スミスの返事に頷き、オルトが手近な樹の下で休もうと歩き出す。ネーナとエイミーは顔を見合わせニッコリ笑うと、オルトを追いかけ走っていく。


 ヴィネヴィアルとプリシラは呆然と三人を見送った後、首を傾げてスミスを見た。


「スミス様。これは一体、どのような……?」

「賞金首の懸賞金で、我々が『ラボ』と一戦交えるという事ですよ。私の裁量でサービスもつけていいと許可が出ました」


 腰を下ろしたオルトに毛布を被せ、一緒に寝ようと潜り込むネーナ達を仲間達が微笑ましく見守る。


「何なの、今の茶番。役者の才能ゼロよね」

「それは……私もフォロー出来ないわね」


 呆れ気味のレナに、フェスタが苦笑する。仲間達が微妙な笑みを浮かべる中、ヴィネヴィアルとプリシラは困惑を隠せずにいた。




「ここにも、魔混ディモーノの子がいますね」


 広場を歩く子供を見ながら、ネーナが呟く。時間は遅いのだが、眠れないのか突然やって来たネーナ達に興味津々なのか、子供達がうろついているのだ。


 ネーナ達が保護した少年とは違う種族的特徴を持った子供も見受けられる。


「一口に『魔混』って言うけどな。必ずしも、片親が魔族という訳ではないんだ」

「そうなのですか?」


 オルトの話は、ネーナには初耳だった。文献からの知識ではあるが、ドリアノンが魔族の襲撃で陥落した際に陵辱を受けた女性達の子供が『魔混』なのだと記されていたのだ。


「単語の正確な定義としてはそうなんだが。ドリアノンの社会問題としての『魔混』は、もっと複雑なんだ」


 エイミーは話には加わらず、黙って聞いている。


 戦時中、ドリアノンには都市を陥落させた魔族に加えて、都市奪還の為に派遣された兵士や傭兵も多数いた。援軍の一部は統制が効かずに兵士が住民を襲う事もあり、住民同士での性暴行も平時より多く発生した。


 性暴行とまで言えずとも、戦闘が終了すれば兵士も傭兵も帰って行く。その後に相手の女性が出産するケースもあった。それらの子供を纏めて、広義に『魔混』と呼ぶのである。


「性欲というのも個人差はあれど、生物の存続に関わる強い欲求なんだ。長期に軍を派遣する場合、自国からその手の欲求を解消する者を連れて行ったり、現地で高給を出して募集したり、軍の為に娼館を丸々借り上げる事もある」


 現地に被害を与えれば援軍では無くなってしまう。我慢を強いれば戦場でのパフォーマンスに響く。同じ個体でも、生死を強く意識せざるを得ない戦場では強まる欲求もある。指揮官にとって、敵と戦うのと同じくらい重要な問題なのだ。


「良い悪いの問題じゃないんだ。そもそも戦うなって話になるからな。兵士に男性が多いから父親が魔族や兵士なケースが多いが、母親が魔族や兵士の場合もある」


 そうして生まれた子供は住民達から忌み嫌われるが、子供達には何の罪もない。勿論母親にも。だが戦後復興半ばのドリアノンでは、『魔混』の孤児や母子に支援の手は届かない。


「生活の支援が出来て教育を施せれば、子供達は数年で都市の税収を支えてくれるまでに成長する。だがドリアノンでは、いつまでも経済の足を引っ張る悪循環だ。働き口が見つからずに『ラボ』や『純血の誓い』みたいな組織に身を投じれば、治安も悪化の一途を辿る」


 都市の厄介者扱いは変わらず、住民と認められる事も無い。そのような環境で生まれ育つ子供に、まともな人間性が育まれる筈もない。


 この世に生を受けて、物心ついた時には罵倒や呪いの言葉を浴びせられる人生。ネーナには全く想像もつかないものであった。


「とりあえず、だ。今俺達がすべきは、この後の仕事に備えてしっかり休む事だ。エイミーみたいにな」


 グルグルと思考の沼に嵌りかけたネーナを、オルトが引っ張り上げる。エイミーはネーナの反対側で、いつの間にか穏やかな寝息を立てていた。


「ですね」


 幸せそうな寝顔のエイミーを見て、ネーナはクスクスと笑う。毛布の中に潜り込むとオルトの左腕を抱え込み、目を閉じるのだった。




 ◆◆◆◆◆




「はい、フリーズ!」

「ほーるどあーっぷ! 動いたら穴だらけにしちゃうよ?」


 冒険者ギルドのドリアノン支部は、アイマスク風の仮面を着けた突然の乱入者に反応出来ず、職員も冒険者も凍りついた。


 金髪のポニーテールの女性レナが両手を上げろとジェスチャーをし、明るいブラウンのポニーテールの少女エイミーは油断無く弓を構えている。


「悪ふざけなら他所でやれよ。こっちはそれどこ――おわっ!?」

「大真面目なんだけど?」


 金髪の女に詰め寄った冒険者が床に投げ落とされ、拘束される。


 ――カカカカッ!


 壁際の席から移動しようとした者は、自分の上体を掠めるように四本の矢が壁に突き刺さり、無言で両手を高く上げた。


「……何で堕聖女レイナの仮面が大量にあるんだよ」

「レナさん、気に入ってるみたいですよ」


 後から支部に入ったオルトとネーナがヒソヒソと話す。レナの発案で仮面を着けて乗り込む事になったのだが、何故かヴィネヴィアルとプリシラまで仮面を着けて同行していたのだ。


 ――光の精霊さん、お部屋を明るくして――


 窓の外が高い土壁で塞がれて室内が薄暗くなる中、エイミーが光の精霊を喚び出す。ネーナは椅子に触れ、瞬時に氷の塊に変えた。


「氷像がご希望でしたら、こちらへお並び下さいね」

「手荒な事はしたくないから、大人しく検査に協力して欲しいんだけど」

「検査だと?」


 ギルド支部の冒険者が、レナに怪訝そうに聞き返す。


「そう、検査。あんた達にやましい所が無ければ、それで終わりよ」




「ノリノリだな……」


 オルトが複雑そうに呟くと、テルミナが肩をポンと叩いた。


「若い頃のマヌエル達もブッ飛んでたけど、貴方達はもっとイカれてるわ。ギルド支部に襲撃なんてね」

「楽しんで貰えてるようで何よりだが、それ褒めてるのか?」

「大絶賛よ」


 笑いを堪えるテルミナに、オルトは恨みがましい視線を向けた。


『ラボ』の手に落ちたドリアノンを奪還するのに、被害ゼロは不可能だ。そして被害は、オルト達が手をこまねいている間にも増える。ならば冒険者ギルド支部を先に解放し、森守達と協力して自分達でドリアノンを回復して貰おう。【菫の庭園】一行はそう考えたのである。


 治安隊と軍まで動けるようにすれば、後は時間の問題だ。都市の機能が麻痺した時の行動マニュアルがある筈で、万が一軍や治安隊にそれが無くても、冒険者ギルド支部には絶対にある。


 オルト達が最初にギルド支部を目指したのは、そういった思惑があったのだ。




「くっ。一体何なんだよ、お前等……」


 床に組み伏せられた冒険者が悔しげに呻く。レナが仮面の奥でニヤリと笑った。




「あたしらはね――通りすがりの、ならず者desperadoさ」

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