第百六十七話 獣人のギルド職員

 ネーナに全否定された『純血の誓い』の構成員達は、不快感を顕わにしながらも反論出来ずにいた。


 自分達が優れているならば、どうしてこのように地面に埋められ、手も足も出せずにいるのか。言い訳の余地も無く、たった一人のレナに叩き伏せられたからである。


 自分達が本当に優れているならば、現状の打破も出来る筈。それなのに自分達は『カボチャ』のまま。自分達は何程のものでもないのだという現実を突きつけられ、目を逸らす事も許されない。


 そんな彼等を、怒りに駆られたネーナが糾弾する。


「貴方達が人族に生まれたのは、貴方達の力で成した結果ではないでしょう? 貴方達が他者を虐げた看過出来ない行為さえ、『災厄の大蛇グローツラング』の後ろ盾あっての事ではありませんか?」


 努力もせず、困難に挑む事もなく、現状に不満を述べるばかりで他人のせいにし、ただ楽な方へ逃げて来ただけではないのか。ネーナの言葉が、鋭く『カボチャ』達の心を抉る。


「この期に及んで議論や説得をする気はありません。貴方達が人族以外の種族を嫌おうと、排斥を主張しようと、それだけならば政治活動の域を超える事は無かったのです。ですが貴方達は行動に移し、一線を越えてしまいました」


 法を犯し、法の遵守を捨てた結果、『純血の誓い』は法の庇護を失った。だからこうして法の外で強者に叩きのめされ、スラムのカボチャになっているのだ。地面に埋められても尚、彼等はそれに気づく事が出来なかったのである。


「貴方達を圧倒し得る力を持ち、かつ貴方達と相容れぬ存在がルールを守って自重している事に思い至らなかったのですか?」


 冷たい目で見下ろすネーナに、『純血の誓い』の面々は沈黙するのみであった。




「ネーナ、行こう」

「はい……」


 オルトに促され、ネーナが歩き出す。心なしか落ち込んでいる様子のネーナに、オルトは再び声をかけた。


「あの連中と自分が同じだと思ってるのか?」

「…………」


 肯定の沈黙。仲間達は苦笑した。『純血の誓い』のメンバーを詰りながら、ネーナは自己嫌悪に陥っていたのである。


 自分だってオルト・ヘーネスの妹で、【菫の庭園】の一員として後ろ盾を使っている。ネーナ・ヘーネス個人の言葉など誰も聞きはしないのに、偉そうに責め立てたものだ。そんな思いに苛まれるネーナの髪を、オルトはクシャクシャッと撫でた。


「ネーナはちょっと自己評価が低過ぎるな」


 ネーナを見つめ、仲間達が頷く。【菫の庭園】が結成以来進んで来た道程は、生まれ育った15年の大半を城で過ごした箱入りの王女が、遊び半分でついて来れるような易しいものではなかったのだ。


 パーティーメンバーは勇者の仲間と近衛騎士。スタートからかけ離れた力量差にもめげず、柔らかいベッドも、豪華な食事も、毎日の入浴も綺麗なドレスも投げ打って必死に仲間達を追って駆け抜けて来た。


「ネーナがいなければ、難病のベルントは救えなかった。ネーナが行き倒れのブルーノを連れて行こうと言わなければ、マリア達は今も娼館から出られずにいただろう。レナの為に聖堂騎士相手に怒ったし、エイミーを庇って『剣聖』や惑いの森のエルフ達の前に立ちはだかった」


 魔術師としての力量も賢者としての知識も、目覚ましい伸びを見せている。『大賢者』スミスの指導があっても、通常では考えられない成長速度なのだ。


「もしもネーナが今、自分を認められなくても。俺達はちゃんと見てるし認めてる。もう少し自分に優しくてもいいんじゃないか?」

「……ご自分にとても厳しいお兄様に、言われたくはないです」

「う」


 ジト目のネーナに反論され、オルトが言葉に詰まる。そのやり取りを見ていた仲間達が笑い、ネーナも漸く笑顔になった。




「あれえ?」


 仲間達と笑っていたエイミーが唐突に驚いた様子で、辺りを見回し始めた。


「お兄さん、精霊さん達が騒いでるよ」

「精霊が?」


 話が飲み込めないオルトに、テルミナが説明をする。


「私も感じるわ。精霊王の封印が解除されているんだと思う」

「古い聖堂に繋がる道を塞いでいた場所か?」

「ええ」


 精霊術師の資質がある者だけが感知出来る異変。ドリアノンで精霊王の封印を行使出来るのは、かつて森の奥へ姿を消したドリアノンの旧王族以外に無い。


「向こうは私達を認識していると思うし、私達が近づいているこのタイミングで解除するという事は……」

「俺達が招待されている。そう考えていいのか?」


 恐らくは、とテルミナが肯く。その見解に仲間達からも異論は出ず、【菫の庭園】一行はスラムの外へと足を早める。




 ◆◆◆◆◆




「あそこね」


 スラムと他の区画を繋ぐ通路の途中。ボンヤリと光っている場所をテルミナが指差す。


 近づくにつれ、二つの人影と二つの浮遊する光球が一行にも視認出来た。


 ホッソリとした体型にストレートの金髪、そして長い耳は先が尖り、テルミナと同様の種族的な特徴を表している。フェスタが呟く。


「エルフね」

「大丈夫よ、エイミー」


 エイミーの緊張を感じ取り、テルミナが宥めた。


「俺はリベルタの冒険者、オルト・ヘーネス。貴方達はドリアノンの旧王族とお見受けするが、間違いないだろうか?」


 オルトの名乗りと問いかけに、向かって左側のエルフが進み出て優雅に会釈をする。


「仰る通り、我々はかつての王族の末裔です。私はヴィネヴィアルと申します。皆様をお迎えに上がりました」

「俺達はこれからやる事がある。こちらで保護している子供と女性を休ませてやって欲しい」


 オルトはヴィネヴィアルと名乗るエルフの申し出を丁重に断る。だがエルフ達は、【菫の庭園】一行へ休養を強く勧めてきた。


「我々はドリアノンの状況も承知しております。皆様は優れた冒険者様と存じますが、この町に入ってから殆ど休んでおられないのでは?」


 オルトがスミスとテルミナに視線を向ける。


 エルフ達が『災厄の大蛇』と敵対しているならば、こうして封印を解除しているのは大きなリスクの筈。オルトはエルフ達に疑いを持っていたが、スミスもテルミナもその可能性を否定した。


「我々もお話ししたい事がありますし、皆様も休養が必要でしょう。外部からの干渉が困難である事は保証させて頂きます」

「わかった。有難くお招きに与ろう」


 オルトの返事を聞き、エルフ達が背を向ける。精霊王の封印が解除された場所は、木の枝や幹が不自然に曲がって人の通れる空間が出来ていた。


「はわぁ……」


 樹木の門をくぐり抜け、ネーナは振り返って目を丸くする。一行が通過した傍から曲がった木が戻り、後戻り出来ない茂みになっていくのだ。


「あまりのんびりは出来ないぞ」

「は、はい」


 オルトに促されその服の裾を掴み、ネーナも小走りでエルフ達を追う。


 殿の二人に合わせるように、浮遊する光球の一つが足下を照らしてくれる。光の精霊ルミアノス。ネーナも文献では知っていたが、こうして実物を見るのは初めてであった。




 ◆◆◆◆◆




 最後の二人が樹木のトンネルを抜ける。そこは広場になっていた。


 建造物が少ない為に広く感じるが、恐らくは居住区や商業区などと同程度の広さ。小屋が疎らに建っていて、エルフや人間が歩いている。


 何より目につくのは、広場の中央に聳え立つ巨大な樹木である。大きな屋敷程もある直径の幹に蔦が生い茂り、木の洞を利して扉や窓が設置されている。スミスが『古の聖堂』と言ったのは、この樹木であった。


「ここ……行方不明者のリストに載ってる方々がいます」


 今まで殆ど言葉を発しなかったギルド職員が、歩いている人々を見て驚愕した様子で告げる。ヴィネヴィアルは頷き、それを肯定した。


「一部の者ではありますが、こちらで保護させて頂きました」

「そちらの話というのは、俺達全員で聞く必要があるのかな?」


 オルトの問いには頭を振って答える。


「代表の方だけで問題ありません」

「そうか……フェスタ。俺だけ行って来るから、食事と仮眠を取らせてくれるか。二人からも話を聞かなきゃならんしな」

「了解」

「お食事はこちらでもご用意出来ますが?」


【菫の庭園】一行はヴィネヴィアルの申し出を受け、可能な限りの時間を休息に当てる事にした。恐らくこの後、夜通し行動する事になるだろう。『純血の誓い』の構成員と戦り合った一行は、同じ認識を共有していたのである。




 オルトとヴィネヴィアルが聖堂に向かうと、残された者達は屋外のテーブル席に腰を下ろした。屋外をうろついていた者もネーナ達が気になるのか、遠巻きにして様子を窺っている。


「あっ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、ドリアノン支部職員のプリシラと言います。危ない所を助けて頂き、手当てまで……有難うございます」


 プリシラがペコリと頭を下げる。人心地がついたせいか、垂れていた犬耳もピンと立っている。『魔混』の少年は相当消耗していたのか目を覚まさないが、表情は穏やかであった。


 ネーナ達もそれぞれに自己紹介をすると、時を惜しむように本題に切り込んだ。


「プリシラさんがカウンターにいたのは覚えていますけど、あの時は帽子を被っていましたよね。その後どうしてあんな事に……」

「それをお話しするには、ドリアノンの現状からお伝えする必要があるんです」


 少し長くなりますが、そう言ってプリシラは話し始めた。




 およそ一月前までは、ドリアノンは戦後復興の遅れや魔族との戦いに起因する様々な問題に苦しみながらも、人々が未来に希望を持って暮らす町であった。


『純血の誓い』は以前から存在し、人族至上主義を主張して住民とトラブルを起こしてはいたが、治安隊が毅然と対処をして大事に発展する事は無かった。


 それが突然、『純血の誓い』のメンバーが大手を振って違法行為を働くようになり、治安隊もそれを阻止しなくなったのである。略奪、破壊、暴行を訴えても治安隊も軍も動かない。


 特に亜人や混血の住民に対しての振る舞いは目に余るもので、住民達は帽子を被って種族的特徴を隠し、『純血の誓い』の目から逃れるようになった。


 始めは抵抗した住民も、ある日行方不明になったり自分や身内が大怪我をしたり、家屋に放火される事が相次ぎ、いつしか逆らうのを止めた。


 どこで見張られているのか、逃げようとした者も同じ目に遭う。外部から来た者に接触しても同じ。お互いに疑心暗鬼になり、話し合う事も出来ない。生活や待遇に不満のあった若者の一部は、自ら『純血の誓い』に加入する始末。


 冒険者ギルド支部にも異変があり、支部長から外部への連絡禁止や、本部へは正常を装う虚偽報告の指示があった。詳細の説明など無い。現場は新しい依頼も無く、支部の帳簿を改竄して内部留保の取り崩しが始まった。


 当然、気の強い冒険者達が黙っている訳も無く。支部のエース格のBランクパーティーが、他の支部に知らせようと町の脱出を試みた。だが二日後、メンバーの一人の頭部が、ギルド支部の前に置かれていた。そしてギルド支部も沈黙した。




「【菫の庭園】の皆さんの噂は聞いていました。皆さんが支部にお見えになった時、もしかしたら助かるかもって思って、泣いてしまって……」

「そうでしたか……」


 涙ぐむプリシラを、エイミーが励ます。あまりの惨状に、仲間達は一様に顔を顰めた。


 プリシラは【菫の庭園】が支部を出ると、ドリアノンの状況を伝える為に危険を冒して後を追った。


 一行が町を離れてしまうと考えたプリシラは町の出口に向かい、そこで『純血の誓い』の『浄化』部隊に出くわし捕らえられたのだった。




 プリシラが話を終えると、その場は重い沈黙に支配された。

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