第百六十話 召喚魔術の一面は、『奪う力』よ

 戸惑うネーナに、テルミナが言う。その言葉には僅かながら、ネーナを咎めるような色も含まれていた。


「私はこのパーティーに加わったばかりで、事情はわからないけど。あの時ネーナは、何かの術を行使しようとしてたわよね。私も初めて見る術だった」


 長命なエルフであり、Sランクパーティーに所属していたテルミナも知らない魔術。視覚的にもオッドアイに変化したネーナの瞳が輝く、特徴的な詠唱。


「まず、術の危険性の話は置いておいて。あの闘技場や裏カジノには大勢の人がいたけど、仮面を着けてて素性がわからなかったわよね」


 どこの誰なのかは勿論、ネーナや【菫の庭園】の障害になるか否か。現時点での立ち位置も、潜在的な脅威度も不明。逆にオルトの面が割れた事で、【菫の庭園】メンバーが闘技場にいると気づいた者達もいただろう。


「そもそも私達がハイネッサに来たのは、単独では自分を守る力も十分と言えないネーナに、狙われる可能性が出て来たからでしょう?」


 それなのに、自ら目立つような事をするのは本末転倒ではないのか。指摘を受けたネーナは、漸く問題点を理解し俯いた。


「……その通りです。私の不注意でした」

「我々も甘く考えていました。目立つ行動を控えるよう徹底すべきでしたね」


 ネーナが非を認め、スミスと仲間達も大きな不手際を認識して項垂れる。テルミナはパンパンと手を打って注目を集めた。


「私は皆を責めてる訳じゃないの。ただ知り合いもいないパーティーに新たに加入して、違和感があるのよ。そこのすり合わせは必要でしょう?」


 自分の考えが間違っているかもしれない。テルミナはそう前置きした。パーティーの事情もあるだろうが、そこを除いても拭えない違和感があり、【菫の庭園】の思考は少し偏っているようにテルミナは感じていたのである。


「それで話は戻るのだけど、ネーナのあの魔術は何? 話せるなら聞かせて欲しい」


 改めてテルミナが問う。オルトの目配せを受け、スミスが答える。


「外部の者に軽々に話しはしませんが、パーティーに同行しているテルミナならば、いずれ知る事になっていた内容です」


 ネーナが聖堂騎士との対峙を機に開眼した召喚魔術には、未だに謎が多い。何せ『大賢者』の二つ名を持つスミスが未知の魔術なのである。


迷宮書庫グランド・アーカイブ』での調査も、結果は芳しくなかった。


 迷宮書庫では『導く者ナビゲーター』と呼ばれる司書の力を借りねば、目指す書物に辿り着けない。依頼人の細かい要望で、『導く者』は必然的に依頼人の情報を知る事になるのだ。


 以前契約したポンセというナビゲーターは、医学と薬学を専門としていて召喚魔術は門外漢。ネーナ達は魔術関連の信頼出来るナビゲーターを見つけられず、調査はあまり進んでいなかった。


「『導く者』に守秘義務があるとは言え、内容が内容ですのでね。歴史書や年代記にそれらしき記述はありましたが、詳細までは……」

「後わかっているのは、私とスミス様、レナさんで検証した内容だけです」


 スミスとネーナの話が終わると、テルミナは二人への質問を始めた。


 具体的にどのような現象が起きるか、これまでに何を召喚したのか、術の行使はどのような状況で行われたか、どれだけの人の目に触れたか。答えを聞く毎に、テルミナが頷く。


「ネーナは勇者召喚について、何か知ってる?」


 問われたネーナは、フルフルと頭を振った。


「恐らく、王位継承者にのみ伝承されるのだと思います。お祖父様――先王陛下は知っていたと思いますが、召喚を行いませんでした。お母様とお姉様は知らなかった筈です」

「他に知っているとすれば、宰相や宮廷魔術師といった一部の重臣と……王国教会のトップ、大司教辺りだろう」


 オルトが王女付きの元近衛騎士の立場で見解を告げる。スミスはテルミナに尋ねた。


「テルミナは、ネーナの召喚魔術とサン・ジハール王国の勇者召喚を関連付けて見ているのですか?」

「私は『関係あるかもしれない』程度だけど、ネーナの素性と力を知った者は、どう考えると思う?」


 王女の地位を放棄したと言っても、ネーナがサン・ジハール王族の血脈に連なっている事実が変わる事は無い。そして召喚魔術の研究者や術士は数あれど、これまで数度の勇者召喚に成功したのは、全てサン・ジハール王国なのである。


 オルトが深く溜息をついた。


「王国を出る時は綱渡りだったし、今みたいに権力に対してもある程度は我を通せる立場になるまで、駆け足で来たからな……」

「綻びがあって当然よね」


 フェスタも同意を示す。


【菫の庭園】は、メンバーの予測さえ遥かに上回る早さで頭角を現してきた。綱渡りでも幸運でも、綻びが出ていても、今より遅ければメンバーが誰か欠けていたかもしれないし、何か大きな力に潰されていたかもしれない。今こうしてこの場に居られる事が全てなのだ。


 一行は改めて、多大な幸運に恵まれて今がある事を噛み締めた。


「その上でなんだけど、一つの意見として私の見解を言わせて欲しいの」


 仲間達の視線が、テルミナに集まる。


「ネーナのその召喚魔術は、封印した方がいいと思う」

「理由をお聞きしてもいいですか?」


 ネーナは冷静に尋ねた。テルミナの発言は予想の範疇だが、その真意は掴めていなかったのだ。


 テルミナは指を二本立てた。


「大きな理由は二つ。一つは召喚魔術と勇者召喚を紐付けて考え、ネーナに食指を伸ばす者を生み出しかねないって事。それもヤバい連中ね」


 短時間の詠唱で、魔道具も大掛かりな儀式も無しに強力な召喚を行えるのは、テルミナから言わせれば異常だ。


 それを以て、ネーナがサン・ジハール初代国王の血を継いでいる証明と考える者も現れる。それは決して良い影響をもたらす事にはならず、犯罪組織から秘密結社、果ては一国が動く可能性すらある。態々わざわざネーナの追手を増やすのは愚の骨頂だ。


「もう一つは召喚魔術にも色々あるけど、ネーナが使うものに限って言えば、性質に問題があるかもしれないって事」

「性質、ですか?」

「ええ」


 聞き返すネーナに、テルミナは真剣な表情で告げた。


「召喚魔術の一面は、『奪う力』よ」

「奪う、力……」


 テルミナの言葉を、ネーナは口の中で反芻する。


 思い起こせばネーナの召喚魔術は、高密度の魔力体である『門』から、様々なものを現界させてきた。巨大な岩の塊、高出力な雷、決して切れぬ漆黒の鎖など。


「話を聞く限り、魔力によって何かを具現化させてる訳じゃないわね」

「ええ」


 術の検証や制御の訓練を行ったスミスが同意する。ネーナは何でも召喚出来るのではなく、脳裏に浮かんだ選択肢の中から召喚対象を決めているのだという。まだ選んだ事は無いが、選択肢に生物らしきものが現れる時もある。


「どこかから持って来ているとは、考えられない?」

「あ……」


 いずれも、ネーナの住む世界に存在するとは思えないものだった。どこかの世界に存在するものを、ネーナの一存で持って来る。誰かの所有物かもしれない。何か大事な役割を果たしていたのかもしれない。


 似て非なるものに、精霊魔法がある。だが精霊魔法の場合、基本的に術者が行使や使役をする精霊と契約を行うのである。時に精霊が助力を拒む事もあり、必ずしも一方的な関係とは言えない。


 ネーナの召喚魔術は、術者の意思と力量で全てが決まるのだ。そこに召喚対象の意思や都合は、全く考慮されない。


 テルミナが問いかける。


「……どこかで聞いたような話でしょう、ネーナ?」

「勇者……召喚……」


 ネーナの声は震えていた。顔色は真っ青を通り越して真っ白になっている。仲間達は何も言えなかった。


「……これが二つ目の理由。勇者トウヤの足跡を追うネーナが、勇者召喚と同じ事をすべきではないと思うの」


 勿論、テルミナの論は仮説を元にしたものでしかない。だがネーナは迷う事無く明言した。


「詳細が不明である以上、その可能性を知って尚、再び『時空の門』を開く事は出来ません」

「私から言った事だけど、それでいいの?」

「はい」


 黙って話の成り行きを見守っていたエイミーが、ネーナを励ますように手を握る。


「私が思い至るべきでしたね。術の制御の事ばかり考えていました」

「俺達も、ネーナが大火力の攻撃魔法を使えるようになったとしか見てなかったな」


 スミスに続き、オルトも反省の弁を口にした。それを聞いたネーナが頭を振る。


「お兄様のせいではありません。私が背伸びをして、早く皆に追いつきたいと逸ったからです」


 王城の中で王女としてずっと大切に育てられてきた。そのネーナが仲間達との実力差に悔しい思いを抱え、ずっと努力を続けて来た姿は、皆が見ていた。ネーナを責める者などいない。


「少しがっかりしましたし、既に何度か召喚をしてしまって思う所はありますけど、また頑張ります」


 短い時間なりに積み重ねてきたものがある。以前の自分とは違う。そう言って気丈に笑顔を見せるネーナの頭を、オルトがガシガシと撫でる。


「テルミナ、有難う。全員、少し前のめり気味だったようだ。客観的な意見を出してくれて助かった」

「大分厳しい事を言った自覚はあるから、そう受け取って貰えると少し気が楽になるわ」


 オルトに礼を言われ、テルミナは微笑んだ。室内の緊張感が緩む。


 幸いにも一週間は時間がある。特にネーナには辛い話が続いているが、立て直すには十分だ。この際だから仲間達にも、胸に支えている事や疑問など吐き出して貰おう。オルトはそう考えていた。




「話は終わったか?」


 外で待っていたのだろう、ドリューが部屋に入って来る。


「ああ。後始末を押し付けて悪かったな」

「そっちは構わない。ボスが大喜びで、『レイナ』がまた出るように説得しろと言われたがな」


 むふー、とレナが鼻を高くする。


 地下闘技出場は丁重に断り、ドリューを通じて孤児院への寄付を頼む。因みにレナのファイトマネーは、オルトに負けた事で全て溶けていた。


「それで、構わなくない方は?」

「フン」


 オルトに話の続きを促され、ドリューが鼻を鳴らす。


「少なくとも、兄さん達にとって悪い話じゃない。ボスから『俺達盗賊ギルドが抱えてる情報を伝えろ』と言われて来た」

「対価は?」

「不要だ。俺達が何かする事も無い」


 ドリューとの短いやり取りの後、オルトはネーナを見た。


「どう思う?」


 他のメンバーに振る事なく、迷わず、オルトはネーナに、パーティーの頭脳としての見解を尋ねた。心が揺さぶられた後でも、ネーナは自分の役割を果たし得る。そんなオルトの信頼を感じた嬉しさを抑え込み、ネーナは冷静さを心がける。


「……私達がそれを聞く事によって、アクションを起こす期待をしているのではないかと」

「どうすればいい?」

「聞きましょう。ハイネッサ盗賊ギルドが、私達菫の庭園を当面どう扱うつもりかを見極める材料になると思います」


 ドリューが僅かに目を見開く。オルトはニヤリと笑い、それに応えるようにネーナも笑顔を見せる。


 仲間達から異論が出ないのを確かめ、オルトはドリューに向き直った。




「では聞かせて貰えるかな、その情報を」

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