第百五十九話 刃壊者 VS 堕聖女レイナ
「いいのか?」
「ボスは面白がってるそうだ」
「ええ……」
オルトはドン引きし、ドリューは肩を竦めた。
ネーナとエイミーは、目を輝かせてオルトを見つめている。少し落ち込み気味だったネーナが元気になったのは、レナのお陰と言えなくもない。
「観客も盛り上がってるしな……戦りません、なんて言える雰囲気じゃないぞ」
闘技場のスタッフが、剣を持ってオルトに近づいて来る。カジノに武器の持ち込みは出来ない為、今のオルトは丸腰なのだ。
「数打ちにしては、悪くない剣だな」
受け取った長剣を抜いてオルトが素振りをする。観客席からどよめきが起きた。司会者は会場を煽り立てる。
『何て事だ! 新チャンピオンは初防衛戦の相手に、あの「
堕聖女レイナ――レナは司会者に何か耳打ちをし、掌を上に向けて「かかってこい」とばかりに指をクイクイッと曲げて、オルトを挑発する。
『うおおおおっ!!』
小さく溜息を吐くと、ヒートアップする歓声に後押しされるように、オルトは闘技場のフィールドに足を踏み入れた。
『――上等だ、相手になってやる』
「お兄様、頑張って下さい!!」
勝負を受けたオルトに、ネーナが声援を送る。ドリューは首を傾げた。
「意外だな。兄さんは、見世物の勝負はやらん男だと思っていたが」
「まあ、そうなんだけど。多少曲げる事もあるわよ」
フェスタが答えて、フィールドの二人に手を振るネーナを見る。ドリューは納得したように頷いた。
「成程」
◆◆◆◆◆
「何でこんな事に……」
「まあまあ。ネーナも元気になったし、いいじゃない」
ボヤくオルトをレナが宥める。二人はフィールドの中央で対峙していた。
そもそもレナも、最初はカードゲームやルーレットに夢中になっていた筈。それがどうしたら、地下闘技に出場する事になるのか。そう問われると、レナはポリポリと頬を掻いた。
「いやあ……最初調子良く勝ってたから、ずっと限度額までベットしてたら、あっという間にスッちゃって……エヘヘ」
「明らかにカモられてるじゃないかよ」
オルトが嘆息する。仲間達が一緒のテーブルでゲームを楽しむ中、レナだけいつの間にか姿を消していたのである。
「ウロウロしてたら闘技場で、司会者が挑戦者を募集してたからさあ……」
「それは場を盛り上げる煽り文句で、本当に募集してる訳じゃないぞ」
懐が寒いから。そんな理由で飛び入りされた挙げ句、
『孤児院のホセ』は孤児院出身で、ストリートでチンピラと喧嘩に明け暮れていた所を地下闘技にスカウトされた。ファイトマネーには手を付ける事なく、偽名で全額を孤児院に寄付し続けている。そうパンフレットに記されていた。
レナをハイネッサに、更にはカジノに連れて来たのはオルトなのである。ホセにはこれも試練の道だと思って、またチャンピオンに返り咲いて貰いたい。多少の罪悪感を覚えつつ、オルトは願った。
「エヘヘ、でも楽しかったよ。いつもありがとね、オルト」
「何だよ急に」
「こういうの、サシでないと言い辛いからさ」
レナがチラリと観客席を見る。そこにはオルト達に手を振るネーナとエイミー、フェスタの姿があった。
確かにレナとオルトが二人きりで話すような機会は滅多に無い。落ち込んでいたネーナも楽しそうに見える。『レナはその為にこんな事を?』と考えたオルトは、即座に頭を振った。
「いやいやいや。何か良い話っぽく言ってるが、お前がギャンブルで負けて持ち金全部スッたのは演技じゃな――」
「隙あり!!」
「ちょっ!?」
鋭く迫る刃を察知し、オルトは大きく下がって回避する。追撃の投げナイフからも距離を取って躱されたレナが、チッと舌打ちをした。
『新チャンピオンのレイナ選手、試合開始のコールを待たずに先制攻撃だあああ! 流石「堕聖女」、これは汚い!』
『うおおおおっ!!』
司会者が絶叫し、観客は熱狂する。ここで漸く、試合開始を告げる銅羅が打ち鳴らされる。
「思いっきり舌打ちしたな……」
「何でいつもみたいにギリギリで避けないの!? っていうか何で避けるの!?」
不意打ちに悪びれないどころか逆ギレするレナに、オルトが苦笑を漏らす。
「ダガーの刃に何か塗ってるだろ。投げナイフは死角にもう一本飛んでたしな」
見切ったつもりで避けても食らってしまう、レナが仕掛けたのはそういう牽制攻撃だ。投げナイフに仕込みがあってもおかしくない。相手の意図が見える上、オルトにはそれに付き合う理由も無かった。
それよりオルトは、ダガーと投げナイフがレナの私物だった事に驚いていた。普段使いのククリこそ持っていないものの、カジノ入場の際の武器や危険物のチェックをすり抜けたという事になるからだ。
悩んだ末、オルトは後でドリューに伝える事にした。係員がレナの小細工を見抜けなかった、或いは引っ掛かって迷惑を掛けたとも言えるが、セキュリティの問題として放置も出来ないのである。
「ちょっと痺れて動けなくなるだけ! 後でちゃんと治してあげるから、大人しく倒されてよ!」
「ネーナの為とかお礼が言いたいとか、全く関係ねえなこれ! 本気過ぎだろ!?」
片手にダガーを持ち、反対側の手で防御と隙あらば関節を狙い、蹴りも交えたトリッキーな動きでレナが攻め立てる。合間には理不尽な要求まで飛んでくる。
レナはダガーを左右に、或いは逆手と順手に器用に持ち替えて、更には素手と脚を加えたリーチの違いをも利用し、息をもつかせぬ連撃を繰り出してくる。
オルトは冷静に躱しながら、密かに舌を巻いていた。決して余裕を持って相手をしている訳ではない。視線を切り、注意を逸らせばその瞬間にレナが奇襲を仕掛けてくるのだ。
『剣聖』マルセロとタイプは違えど、レナも近接戦闘の天才である。マルセロと剣を交えたオルトはそう感じた。ストラ聖教に見出されなければ、暗殺者や傭兵として名を挙げていたかもしれない。
「それはそれ、これはこれ! お金も大事なの! ファイトマネー全額賭けてるんだから!!」
少しだけレナを見直しかけていたオルトが脱力する。恐らくは、司会者に耳打ちしたのがベットの要求だったのだろう。
「お前なあ……」
「お願い!! 勝ち分少しあげるから!!」
「衆人環視の中で買収を持ちかけるなよ……」
観客へのサービスはもう十分、そろそろいいだろう。半ば呆れながら、オルトは剣の柄を握り直した。
◆◆◆◆◆
「あの二人サイコーね!!」
テルミナが腹を抱えて笑い、フェスタとスミスは苦笑いする。
「あの姐さん、聖女だったんだろ? どう見ても俺達側の人間に見えるぞ」
ドリューは妙な感心の仕方をした。
レナとオルトの会話は、テルミナの精霊魔法によって仲間達に筒抜けになっている。
そんな中でもネーナとエイミーは、来賓席の最前に齧りつくようにしてオルトとレナに声援を送っていた。
「はわぁ……」
「すごいすご〜い!」
目の前の戦いはレナが一方的に押していながら決め手を欠き、膠着状態になっていた。
「オルトが仕掛けたから、そろそろ終わりかな?」
「えっ?」
フェスタの発言の趣旨が理解出来ず、ネーナが聞き返す。ネーナには、レナが優勢に戦いを進めているように見える。
先に異変に気づいたのは、エイミーだった。
「レナお姉さんが、いっぱい汗かいてるよ」
「言われてみれば……」
目を凝らせば、レナの表情が苦しげに見える。何か焦っている、そのようにネーナは感じた。
「さながらオルトは、『
スミスが呟く。
強力なアンデッドと化したウーべ・ラーンも『剣聖』マルセロも翻弄した、オルトの行動誘導のテクニック。その術中にレナが嵌っていると、スミスは指摘した。
「稽古でもあれをやられると、ペースを握られちゃうのよね」
フェスタはしみじみと相槌を打った。
「自分のやりたい事をさせてもらえなくて、オルトのタイミングで攻撃させられてしまうの。あれから逃れるには、一撃食らうのを覚悟で――」
ビーッ!! ビーッ!!
突如闘技場に大音量の警報が響き、続けてアナウンスが流れる。
『闘技フィールド内で急激な魔力の上昇を感知。結界の耐久力を上回る可能性があります』
『うわああああっ!?』
観客席から悲鳴が上がる。フィールドのレナの手に光が集束するのが、仲間達にも見えた。
「危ないです!」
「ネーナ、何を!?」
ネーナの碧い両眼が、それぞれ紅と翠に輝き始める。テルミナが慌てて止めに入るが、強力な障壁に遮られてしまう。
――
『フィールド内の高魔力反応、消失』
――
再度のアナウンスを聞き、ネーナの瞳が元の碧色に戻る。闘技場の中央には、額を押さえて蹲るレナと、その傍に立ち尽くすオルトの姿があった。
◆◆◆◆◆
【菫の庭園】一行は、ドリューを後始末に残して屋敷に戻った。
「……あのなあ」
涙目で額を押さえるレナに、オルトが言う。
レナとオルトの対戦は、二発目のデコピン被弾を拒否したレナがギブアップを宣言した。新チャンピオンとなったオルトは、その場で王座とファイトマネーの放棄を告げて、レナの手を引き逃げるように闘技場を出たのである。
「勝ちたいにしても必死過ぎだろ……そんなに金貰って、どうする気だったんだよ」
「寄付、しようと思って……」
叱られた子供のように、レナが上目遣いでオルトを見る。オルトは溜息をついた。
闘技場に飛び入りして勝ったは良いものの、対戦相手の『孤児院のホセ』のプロフィールを知ったレナは焦ったのだという。
「あたしも短い間だけど、孤児院にいたからさ……痛っ」
「お薬は沁みるから効くんですよ」
ネーナに薬を塗られ、レナが顔を顰める。
図らずも寄付金を奪ってしまった形のレナは、防衛戦で自分にファイトマネーの全額を賭け、元手を増やしてホセに渡すか、自分で寄付しようと考えたのだった。
それを聞いたフェスタが首を傾げる。
「だったら、オルトを相手に指名しちゃ駄目じゃないの」
「いやあ……その場のノリっていうか、煽られて調子に乗ったっていうか」
レナは気まずそうに頬を掻いた。
「全く。俺もいくらか出すから、後で寄付する孤児院を聞きに行こう」
「うん……ありがと」
レナが素直に頭を下げると、それまで黙っていたテルミナが話に入ってきた。
「この話は終わりね? 私は凄く気になってる事があるんだけど」
テルミナはそう言って、ネーナに視線を向ける。ネーナは首を傾げた。
「私、ですか?」
テルミナが頷く。
「闘技場でネーナは、何をしようとしたの?」
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