第百五十八話 新チャンピオン、誕生

「待ってたぜ、兄さん。ピックスでは派手にやったんだってな」




『暗黒都市』ハイネッサに到着した【菫の庭園】一行は、駅馬車を降りた所で予期せぬ出迎えを受けた。


 目つきの鋭い黒髪の男が、オルトに近寄りスッと手を差し出す。ネーナも仲間達も知らないその男と、オルトは握手を交わした。


「耳が早いな、ドリュー」

「どこも【刃壊者ソードブレイカー】の噂で持ちきりなんだよ」


 ドリューと呼ばれた男が肩を竦めた。その背後には黒ずくめの衣装に身を包んだ、護衛らしき男達が控えている。


 オルトがハイネッサに立ち寄る事を決めたのは、一昨日である。当然、ドリューには伝えていない。そのオルトの動向を掴んでいたのは、流石に盗賊ギルド幹部だと言えた。


「俺が持ってる宿の一番いい部屋と、俺の別宅の一つを用意してある。どっちを使ってくれても構わない」

「普通に宿を取るつもりだったんだが……」

「そう言わんでくれよ、兄さん」


 困ったような表情のドリューに、オルトは苦笑する。ドリューの事情は心得ており、そこでゴネようとは思っていない。オルトは別宅を希望した。


「心配は要らない。これは俺と兄さんとの、個人的なコネだ」


 オルトの懸念を解消するように、ドリューが言う。得られるメリットに対してドリューが見せた誠意、そうオルトは解釈した。


【菫の庭園】一行が、今度はドリューが用意した馬車に乗り込む。ハイネッサまでの道中で合流したリチャードは、既に帰っていた。当人はハイネッサまでついて来たがったが、白馬がオルトに怯えてしまっていたのである。


 高級住宅街にある別宅を目指す前に、まずはハイネッサの冒険者ギルド支部に立ち寄らなければならない。馬車は屋台や大道芸人、吟遊詩人が並ぶ目抜き通りを走り始めた。




「あの、お兄様」

「ん?」


 馬車の中で、ネーナがおずおずとオルトに尋ねる。ヴァンサーン死去の一報を聞いてから元気の無かったネーナであるが、オルトの左腕を占拠しての仮眠で、大分持ち直して来ていた。


「ドリューさんとは、その……『ご兄弟』なのですか?」

「へっ?」

『ププッ』


 予想外の質問にオルトは間抜けな返事をし、仲間達が噴き出す。あまり表情を変えないドリューまでが、ニヤリと笑った。


「ネーナの思ってる『兄弟』とは違うわよ。目上の者を『兄さん』『姐さん』って呼ぶ人もいるの。シルファリオの若い衆が、レナを『姐さん』って呼ぶようなものよ」

「ふあっ!?」


 フェスタに教えられて勘違いを悟り、ネーナが赤面する。ネーナは以前レベッカに教えてもらった、「同じ女性と性交をした」という意味の『兄弟』だと思っていたのである。


「ネーナは何を考えてたのかなあ?」

「し、知りません!」


 レナが意地悪く笑うと、ネーナはオルトの左腕にギュッと顔を押し付け、オルトと座席の間に潜り込むように隠れてしまった。馬車の中に笑いが起きる。


「ハイネッサでは兄さんが他の女に粉かけるような事も、誘いに乗る事も無かった。俺が保証する。こんな別嬪揃いじゃあ、兄さんが急いで帰ろうとする訳だな」


 腕の立つ剣士を何とか取り込もうと、世話係にハニー・トラップの工作員を置いてみたが全く効果が無かった。そんな聞き捨てならない話をシレッと告げるドリューに、オルトは溜息をついた。




 ◆◆◆◆◆




 ドリューの別宅は、【菫の庭園】メンバーが一部屋ずつ取ってもまだ部屋が余るような豪邸であった。


「いつまでも好きに使ってくれていい。何かあれば使用人に言ってくれ。少々の面倒は構わないし、使用人もそれなりに心得はある」


 後でまた来ると言い残し、ドリューが忙しそうに出ていく。


「あいつは今やハイネッサ盗賊ギルドのNo.4で、大幹部だ。俺と面識のある手下がいなかったから、自分で迎えに来たんだろう」

「かなりの高待遇ですね」


 オルトの説明に、スミスは納得して頷いた。


 以前は仲間達の同行を拒んだオルトも、今回は全員をハイネッサに連れて来た。以前と違い『仕事』が無い事と、ドリューとの伝手が出来たお陰で女性陣がトラブルに巻き込まれるリスクが下がったのである。


 実際の所、ドリューの別宅提供の申し出は渡りに船であった。オルトはハイネッサでドリューの手を借りて、自分達の周辺を嗅ぎ回る者を明らかにしようとしていたからだ。


【菫の庭園】はパーティーとしてもメンバー個人も名前が売れて来ている。様々な理由で接触を図ろうとする者から、単に動向を知ろうとする者、果てはストーカー紛いの者までがシルファリオの街中にも入り込んでいた。


 そこにネーナ目当ての工作員が加わる可能性が浮上してきた。実際に来るかは半信半疑だが、サン・ジハール王国の情勢を鑑みれば、来る者は相当に『本気』であろう。優先的に対処すべき相手であり、外野に邪魔されたくはない。


 王国の追手を正確に察知し、排除出来る環境を作りたい。それがオルトの思惑であった。それにはシルファリオやリベルタよりも、盗賊ギルドの手が広く市街に伸びているハイネッサの方がやりやすいのである。


 勘繰り過ぎならばそれでも構わないが、王国の政情はオルト達の予想を超える早さで悪化している。『王女アン』であるネーナの利用価値はどの陣営にとっても高く、強硬手段で手中に収めようとする者が現れてもおかしくない。


 ネーナの安全を確保する為、オルトは何でも使う気でいた。ドリューへ『貸し』を作っても構わないと考えていたのだ。


「この町への滞在は一週間程度を予定している。後はドリューと話をしてから、だな」

「お外に出てもいいの?」

「後で聞いておくから、今日は我慢してくれるか?」

「わかった!」


 聞き分け良く頷くエイミーの頭を撫でて、オルトが小さく息を吐く。


「……この一週間で、俺達を追いかけてハイネッサに来た連中に網をかける」

「先々の事を考えれば、ここで手を打っておくべきでしょう」

「折角の旅だもの、余計な気を回さなくて済むようにしたいわね」


 スミスとフェスタが、オルトの思惑に理解を示す。レナは言葉にして、ストレートに疑問を呈した。


「あのドリューって男は信用出来るの?」


 室内には屋敷の執事とメイドもいる。レナの言葉にピクリと反応はしたものの、何事も無いように取り繕う。


「そうだな……あいつの伝手が無ければ、パーティーでハイネッサに来る事は無かったろうな」

「ふーん」


 素っ気ない返事ではあるが、不満を感じさせる声色ではない。レナはオルトの判断を追認した。


 ドリューが大幹部に抜擢されたのは、ハイネッサ盗賊ギルドが手を出せずにいたディーンの殺害に貢献したからだ。殺害を実行した『刃壊者ソードブレイカー』オルト・ヘーネスとの関係も込みである。


 オルトもドリューも、お互いの為に上手く付き合う必要がある事を理解している。そういう意味で、オルトはドリューを信用していた。


「ただ忘れないで欲しいのは、ドリューは盗賊ギルドの大幹部ではあるが、トップじゃないって事だ」


 ドリュー以外にも派閥を率いる者達がいる。幹部達の関係性は不明。【菫の庭園】がドリューの客人であろうとお構い無しに、むしろドリューの客人だからこそ絡まれる可能性もある。


 オルト達が滞在しているのは『暗黒都市』ハイネッサなのだ。長居していい場所ではなく、用が済めば早々に立ち去るべきだ。その点で、【菫の庭園】の面々の考えは一致していた。






「ふーむ。まあ、一週間も屋敷に閉じ込められては気も滅入るか」


 屋敷に戻って来たドリューは、オルトの相談を受けて少し考える様子を見せた。


「だったら、カジノはどうだ?」


 カジノは盗賊ギルドのボスが運営している。多少の揉め事はあっても、ボスの面子を潰すような衝突は他の幹部達も控える。ドリューはそう説明した。


「カジノ!? あたし行きたい!!」


 仲間達が引く程の勢いで、レナが食いつく。


「駄目……? あたし、こう見えて全然遊びを知らないのよ」


 物心ついたらストリートチルドレン。盗みをヘマして捕まり、孤児院に入れられて聖女候補に抜擢され、聖女となったら勇者パーティーに加わって戦いの日々。遊びらしい事をした記憶は皆無。


 そんな身の上話を聞かされては、オルトも駄目だと言えなかった。


「……一人で歩き回るのは難しいが、それでもいいか?」

「勿論! ドレス選ばなきゃ!」

「わたしもわたしも〜!」


 はしゃぐレナとエイミーを横目に、ドリューから指示を受けた執事が部屋を出て行く。普段使いでないこの屋敷に、選べる程のドレスは置いていない。


 執事は外出の準備をしに行ったのである。図らずも買い物の機会が出来て、パーティーの女性陣は喜んでいた。


「表のカジノは観光客向けだ。裏のカジノは仮面が必須で、素性を隠しやすい。エグい場所は自己責任だが」

「裏、だな」


 盗賊ギルドのボスが運営する施設ならば、警備に問題は無い筈。むしろ仮面必須の裏カジノの方が、お忍びの客への配慮があるだろう。オルトはそう判断した。


「それと今の所は、兄さん達を嗅ぎ回っている者は見当たらない。見つけたらどうする?」


 始末するか、素性を明らかにするか、或いはそのまま泳がせておくのか。そうドリューが聞いてくる。


【菫の庭園】一行は行き先を変更してハイネッサに到着したばかり。それを追えるのは都市国家連合域内に跨るネットワークを持つ巨大な組織か、エイミーの索敵さえ逃れてこちらを覗う凄腕だ。


 そういった者達は迂闊に近づいては来ない。捕捉されてしまう程度の者まで相手をする気は、オルトには無かった。


「任せる」


 オルトの短い返事に、ドリューが頷く。


「ブティックを押さえて参りました。馬車の準備も出来ております」


 部屋に戻った執事が言うと、女性陣から歓声が上がった。




 ◆◆◆◆◆




『うおおおおっ!!』


 地下闘技場が熱狂の渦に包まれる。司会者は高いテンションで喚き立てる。


『絶対王者「孤児院のホセ」、ついに陥落! 重いコンダラを振り回す怪力無双を下した新チャンピオンは、何と飛び入り参加の謎の美女――』

『うおおおおっ!!』


 司会者が大袈裟なアクションで、闘技場の中央を指差した。




『「堕聖女フォーリン・セイント」レイナだああああっ!!』

『うおおおおっ!!』




 ボロボロになり、動きやすいようにと自分で裂いたドレスは、腕利きの職人でも修復不可能と匙を投げるであろう。高級ブティックで大枚叩いて買い求めたとは思えない状態である。


 仮面の奥で得意満面の笑みを浮かべ、両拳を天に突き上げる『レイナ』の姿を見て、オルトは額に手を当てた。


『新チャンピオン、一言お願いします!』


 コメントを求められた『レイナ』が中指を突き立てる。


『まだまだ暴れ足りないよ! あんた達はどうなの、もっと血の沸き立つファイトを観たくないかい!?』

『うおおおおっ!!』


 観客席のエイミーとネーナが、ブンブンと手を振り返す。調子に乗って観客を煽る『レイナ』と、オルトの視線が合った。嫌な予感がして、オルトはフッと目を逸らす。


「そう言えば、あんたとはまだ本気マジで戦り合った事は無かったねえ――」


『レイナ』が指差す一人の男に、会場中の視線が集中する。




「『刃壊者ソードブレイカー』オルト・ヘーネス!! 出て来いやああああ!!」

『うおおおおっ!!』




 オルトはガックリと肩を落とした。


「名前を呼ぶなよ、仮面の意味が無いだろうが……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る