閑話十四 ちょっと気になる
「待たせて済まない」
ブルーノが部屋に入ると、【
魔術師のマリンが新しいカップにお茶を注ぎ、着席したブルーノの前に置く。
「気にしないで、皆でお茶していただけだから」
最後にパーティーに加入したブルーノ以外のメンバーは、シルファリオ市街の一等地に豪邸を建てて一緒に住んでいる。その土地は、町の有力者が金策の必要に迫られ手放したものであった。
ミーティング等はパーティーハウスを兼ねた豪邸で行われる為、必然的にブルーノが足を運ぶ形になるのだ。
「まだ時間前だけど、全員揃ったし始めてしまおうか」
リチャードがテーブルの上に書類を置く。
「オフに入る前に、今回僕等が受けた依頼について話しておくよ」
【四葉の幸福】の一行はヴァレーゼ支部への支援を終えて休暇に入ったばかりの所を、パーティーの支援者の一人に頼み込まれて指名依頼をこなしていた。
依頼内容は、行方不明になっている女性の捜索だった。女性は支援者の友人の娘であり、旅行先の『深緑都市』ドリアノンで忽然と消息を絶ったのだという。
本来ならばランクCか、良くてもランクB相当の依頼。Aランクパーティーの【四葉の幸福】が関わる事は無い。支援者もそれは承知していたが、遅々として進まない捜索に業を煮やしてリチャード達に依頼をしたのであった。
【四葉の幸福】はザビールという男が女性の失踪に関わった事を突き止め、その足取りを追った。結果、都市国家連合域内で移動を繰り返すザビールを拘束する事には成功したものの、行方不明だった女性は既に死亡していた。
多数の余罪を自供したザビールは、取り調べが済み次第鉱山送りになる。生きて山を下りる事は不可能だが、それ以前に復讐に燃える被害者の遺族が、刑の執行を黙って見ている保証も無かった。
「残念な結果ではあるけど、依頼は達成。僕等の仕事はここまでだよ」
「『連合警察機構』にも、捜査当局にも睨まれてたものね」
「それはあまり、思い出したくないかな」
マリンの返しに、リチャードが苦笑する。
都市国家間の警察組織の連携の緩さを突いて、ザビールは流れる雲のようにのうのうと暮らしていた。最後の被害者の家族が腕利きのAランク冒険者を動かせる伝手を持っていなければ、ザビールはほとぼりが冷めるまで潜伏して同じ事を繰り返していただろう。
【四葉の幸福】に依頼した支援者の判断は的確であったと言えるが、各都市の捜査当局と名目上はそれらの連携を担っている『連合警察機構』にとっては、リチャード達は庭を土足で踏み荒らし手柄を掠め取った余所者でしかなかった。
「これは……死体の検案書か?」
「ああ、ルーファスのね」
テーブル上の書類に目をやったブルーノに、リチャードが肯きを返す。
「エルーシャに頼んでおいたんだ。勿論、読んだら処分しないといけないけどね」
「これって、フリーガードが厳重に保管するものでしょ? どうやってアクセスしたのかしら……」
機密書類を手にしたマリンは、顔を引きつらせた。
「まあ、それはそれとして。皆は、オルト達が旅に出る前に会った時の事を覚えてるかい?」
リチャードが仲間達に問いかける。
【四葉の幸福】の面々は、指名依頼の達成を確認すると早々にシルファリオへ帰還した。その足でオルト達の屋敷を訪ねたのであった。
ザビールが持っていた薬物と、ルーファスが所持していた物の特徴が一致した。ザビールが『
「これを見てくれるかな? 一枚目はルーファスのパーティーメンバーの身体に刻まれていたもの。二枚目は、ある場所で召喚の生贄にされていた死体に刻まれていたのを、ネーナが写し取ったものだ」
「奴隷紋か? 私には、どちらも同じものに見えるな」
不気味な紋様が描かれた紙を見比べ、サファイアが呟く。エリナも頷き、同意を示す。
「この奴隷紋、『災厄の大蛇』が使っているものだそうだよ」
リチャードの言葉はルーファス達と『災厄の大蛇』の関係性を、疑惑から確信に変えるものであった。マリンが納得したように頷く。
「それで、この検案書なのね」
「
検案書には、検視官による所見が事細かに記入されていた。
内蔵に達して直接の死因となった刺し傷の他、ルーファスの身体には何箇所も深い傷痕が確認された。検視官はそれを『手術痕のようだ』と表現し、スケッチも残っている。その他、強い薬品を使ったと見られる皮膚の変色や手足の一部の変形も記載されていた。
考えを巡らす時の癖なのか、マリンがトントンと指でテーブルを叩く。
「同じ場所を複数回切開した深い傷ね……ルーファス自身が実験対象だったのかしら」
「そう考えるよね。僕も同感だよ」
例えば魔道具を体内に埋め込み、再び取り出した。シルファリオではCランク相当の戦士であったルーファスが、ドリアノンでBランクに昇格する寸前まで行ったという情報からも、人体実験の対象であったと考えるのは不自然ではない。
リチャードはテーブルの上の書類を集めた。
「僕はオルトを追いかけようと思ってるよ。今はピックスにいるらしいし、この情報が必要なのは彼等の方だろうから。ちょっと気になるんだ」
リチャードが持つ情報の中にはフリーガードの機密も含まれている。その為、間に人を入れてやり取りする事が出来ず、直接会わなければならないのだ。
ギルド支部の連絡で、【菫の庭園】が
「彼等はどこに行っても変わらないな」
サファイアが言うと、仲間達は笑った。
面倒を嫌ってギルド本部の呼び出しから逃げていながら、行く先々で面倒事に遭遇するのである。本部も呼び出しを諦めて、【菫の庭園】のパーティーランクをAに昇格させる措置を発表していた。
「全員で行けばいいのではないか?」
「これは仕事じゃないからね。僕もオルトに会った後は、のんびりするつもりさ」
ブルーノの申し出を、リチャードはやんわりと断った。そうでなくても、新婚のブルーノに長く家を開けさせているのだ。三人の新妻と水入らずの時間を過ごして欲しい、リチャードはそう考えていた。
サファイア達も同じ思いで、誰もリチャードに同行するとは言わなかった。言えばブルーノが気にするとわかっていたのである。
◆◆◆◆◆
「それは少々、気になりますな」
「うむ……」
墓碑の前で佇んでいた男達が黙り込む。その沈黙は、全く予期していなかった声で破られた。
「――陛下。兄上とホーガン様も、こちらでしたか」
『!?』
男達が振り返ると、そこには王妃ララキラと二人の女性が立っていた。
「大事なお話の最中でしたか?」
「い、いや……」
「では、宜しゅうございますね?」
ズイと進み出た妻の姿を見て、ドワーフの宰相ケルルグがわかりやすく動揺する。理由に心当たりは無くとも、妻の顔は怒っている時のものだったからだ。
「な、お前達――」
「あなた。お話があります」
ケルルグが絶句する。戦士団長ホーガンは、もう一人の女性を見て真っ青になっていた。
「母上はどうしてここに――」
「国王陛下を支えるべき重臣が、何をしているの。本当にもう、あの人に似て気が回らないんだから」
「あイタタタ! 耳を引っ張らないで! 呑みかけの酒が!」
戦士団長ホーガンが、身重の妻に代わって現れた実母に引きずられて墓地を出て行く。神妙な顔のケルルグも、大股で歩く妻の後に続いた。
墓地には国王ライーガと王妃ララキラだけが取り残された。
「陛下、敷物をどうぞ」
「う、うむ」
落ち着かない様子のライーガが、ララキラに勧められて座る。その隣にララキラが、墓碑に向き合う形で腰を下ろした。
「陛下、【菫の庭園】の皆様との会食を有難うございました。とても楽しい時間でした」
「そうか、それは良かった」
安堵した顔のライーガを見て、ララキラが微笑む。
「……陛下。私は、陛下をお慕いしております」
「ララキラ?」
何か言おうとするライーガを、ララキラは制した。チラリとイイーガの墓碑に目を向けた後、しっかりとライーガを見据えて話し始める。
幼い頃から、ライーガや兄のケルルグと歳が離れたララキラは、同じ歳のイイーガと共に過ごす事が多かった。ララキラ自身も、イイーガに対する恋心を自覚していた。
だが、イイーガがララキラの想いに応える事は無かった。その後イイーガは戦死し、ララキラは王妃となった。
「今となっては、イイーガ様のお考えはわかりません。ですが私の初恋は、既に終わっています」
ライーガは黙ってララキラの話を聞いている。
「陛下が私に『王妃になって欲しい。支え合って生きていこう』と仰られてから、私は陛下だけを想って参りました。その想いに、嘘偽りはありません」
もしも今、目の前にイイーガが現れたとしても。自分の気持ちが揺れ動くような事は無い。自分はそのような軽い女ではないのだ。ララキラはそう言い切った。
ライーガは驚きで目を見開いた。ララキラはドワーフ女性としては大人しく、強く主張するのを見た記憶が無かった。
「私がこのように話すのは珍しいとお思いですか?」
「あ、いや」
ライーガは胸の内を言い当てられ、しどろもどろになった。ララキラがクスクスと笑う。
「【菫の庭園】の皆様に助言を頂きまして。一人で言い辛ければ、親しい方の力をお借りするようにと」
「成程、それであの二人か」
「はい」
ライーガの優しさ、心遣いとわかってはいるが、ララキラとライーガには微妙な距離感があった。
気心が知れた仲であるが故に、ライーガは常にケルルグ、ホーガンと共にいる。二人きりで話す為には、まずケルルグとホーガンを遠ざけなくてはならない。
ララキラは【菫の庭園】の女性陣に励まされて、ケルルグの妻とホーガンの実母に相談したのである。当初はホーガンの妻も参加しようとしたが、出産が近い為に自重を願った。
ライーガ達は、よくイイーガの墓を訪ねている。ララキラの想いを伝えるにも相応しいのではないか。そう考えた女性達の動きは早かった。
「……済まぬ。儂が独りよがりであったな」
「それは違います、陛下」
「む?」
【菫の庭園】の面々は、ララキラに『二人で話し合うように』と勧めたのである。ララキラの目的は、まず自分の気持ちをライーガに伝える事であった。
「ですから、次は陛下の番です」
ララキラは真剣な眼でライーガを見ていた。誰もいない筈の墓碑からも視線を感じる。弟に背中を押された気がして、ライーガは深く息を吐いた。
「上手くは話せぬかもしれぬが、良いか?」
「はい。お時間はございますから」
ララキラは嬉しそうに微笑んだ。
◆◆◆◆◆
軍服姿の四人組が、司令部の廊下を歩いていた。
一際大柄な男が、自分の禿頭をパシッと叩く。
「いつ来ても暑苦しい場所だぜ」
「アタシは制服のサイズが小さいんだけど」
「太ったのか?」
「胸よ、胸!!」
隣を歩く小柄な女性が蹴りを入れる。緊張感の無いやり取りに、後ろを歩く二人は苦笑した。
軍服の四人組――冒険者パーティー【禿頭の眼】は、アルテナ帝国軍の諜報部に所属する密偵である。冒険者として諸国を巡りながら、旅人目線で仕入れた情報を諜報部に送り続けている。
「そう言えばギルド支部で、【菫の庭園】がAランクに昇格したと聞きましたよ」
「マジかよショット。そりゃ目出度いな」
「今更だけどね」
大柄の男――ガルフに、小柄な赤髪の女性――ミアがツッコミを入れるのはいつもの構図である。
帝国に戻った四人は一時帰還を報告する為、諜報部へ向かっている。その後は各々でヴァカンスを満喫する予定であった。
――妙な所は無いな。
ガルフは久方振りに訪れた司令部を注意深く見ていたが、特別不審なものは無かった。
以前にオルトから、帝国に隣接する『惑いの森』で爆発音と小規模なスタンピードに遭遇し、町では帝国軍の一個大隊を見たと聞かされていた。
軍がスタンピードに何らかの関わりがあっても不思議ではない。ガルフはその辺りが気になり、少し探りを入れる気でいたのである。
「――よし。全員、ビシッとしろよ」
ガルフに続き、仲間達が『諜報部』と札の貼られた扉の前で立ち止まった。
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