第百五十二話 ドワーフ王ライーガ

『鉱山都市』ピックス市街に巨大ワームが出現して騒動になった翌々日、【菫の庭園】一行は王城を訪れていた。


「あれだけ目立てば仕方ありませんね」


 スミスの言葉に、仲間達は苦笑する。


 ワームを倒して体内に呑み込まれていた者達を救出した後、一行は事後処理をピックスの常備軍である『王国爆斧団アックスボンバー』に任せて現場を離れた。


 避難所を何箇所も回ってネーナが保護した幼児の母親を何とか見つけ、【菫の庭園】は人目を避けるようにそそくさと宿に戻ったが、話はそれで終わらなかった。その日の夜には王城から呼び出しの使者が宿を訪ねて来たのである。


 流石に翌日の登城とは行かず、魔力と体力の消耗が激しかったエイミーと、巨大ワームの強い酸性の体液で負傷したオルトとフェスタを休養させるという名目で、使者は明後日に出直す事となった。


 現在は迎えの使者と共に馬車から降り立ち、城門でチェックを受けている。


「本当は宿にもう二泊ほどして、市街を観光してから城に向かう予定でしたが」

「いいさ。元々そっちが目的だったんだろう?」

「ええ」


 オルトに聞かれ、スミスが頷く。スミスは仲間達に、ピックスに立ち寄った理由を伏せていた。それは都市の観光を楽しめるようにとの配慮からであった。


「城に隣接した王立墓地に、勇者パーティーの一員であったイイーガが埋葬されているんです。すっかり不義理をしてしまいましたが、この機会に見舞っておこうと思いまして」

「スミス様……」


【菫の庭園】一行はアルテナ帝国北部でエイミーの両親の遺骨を集め、シルファリオに墓を移す旅に出たばかりである。


 往復で半年程かけ、ゆっくりと各地を巡る旅。それが終われば、スミスは【菫の庭園】を離脱してワイマール大公国の家族の下へ戻る事になっている。高齢のスミスが残された時間を故郷で過ごす事は、パーティーメンバー全員の希望でもあった。


 スミスは以前には、ネーナを勇者パーティーの関係者に引き合わせるとも言っていた。自分が戦友の墓を見舞うのは、これが最後になると考えているのではないか。ネーナはそう感じていた。




 城門でのチェックが終わり、一行が中に迎えられる。冒険者証の記載では別パーティー扱いになっているテルミナも、そのまま入城を認められた。


 王城とは言いながら、実態は採掘済みの坑道の一区画を改装したものだ。しかし屈強な兵士が守る門を抜けると、それまでの坑道然とした岩肌の通路が一変した。


 上下左右に美しい模様の石版が並び、添えられたドワーフ細工の内装品が華やかさを演出する。それは一行が通された客間も同様で、来客にドワーフの力を誇示しているようだった。


 ドワーフ職人が無骨な手と太い指を駆使して作り上げる細工物は、非常に高く評価されている。それらが惜しみなく使われた内装は、元王女のネーナが見ても他国に引けを取らないものだと感じた。


 椅子で足をブラブラさせながら、レナが尋ねる。


「スミスは国王の知り合いなのよね?」

「顔を合わせたのは二度だけですよ。イイーガが勇者パーティーに参加した時と、彼の戦死を伝えた時です」


 勇者パーティーに同行し、帰らぬ人となったドワーフ族の戦士イイーガ。ピックス国王ライーガは、その実兄なのだという。スミスは、国王とは面識がある程度だと答えた。


 イイーガが戦死した後にパーティーに加わったレナは、ピックスを訪れるのは初めてだった。それはエイミーも同様である。


「エイミー、お部屋の飾りはあまり触らない方がいいですよ?」

「う〜、わかった」


 戦いの直後はグッタリしていたエイミーも、一日の休養ですっかり元気になった。興味津々に部屋の中を歩き回っては家具や装飾品を突いて、ネーナにたしなめられている。


 テルミナは、そのエイミーの姿をじっと眺めていた。




 巨大ワームとの一戦で、エイミーは土精を使役して土壁を現出させ、ネーナを守った。実の所、エイミーが成した事の凄さを理解しているのは、同じ精霊術師であり同じ場所で土精を使役していたテルミナだけである。


 当時テルミナは、ワームの逃亡を防ぐ為に土精の力で付近の地面を硬質化させていた。その地面から土壁を作ったという事は、一時的にとはいえエイミーがテルミナの精霊術を上回った事を意味する。


『ネーナがあぶないって思って、地面の精霊さんに一生懸命お願いしたの』


 何となく出来てしまったと恥ずかしそうに告げるエイミーに、テルミナは驚愕したのだった。


 まだエルフの里にいた半人前の頃ならいざ知らず、里を出てからはテルミナの精霊術を上回る者など、それこそ所属パーティー【屠龍の炎刃】の由来となった竜種しかいなかったのだ。


 精霊弓の使い手として勇者パーティーに同行したエイミーであるが、精霊術師としても高い資質を持つ事が明らかになった。テルミナはエイミーの才能に末恐ろしさを感じていた。




 客間にやって来たドワーフの兵士が、オルト達に謁見の準備が済んだ事を告げた。


「国王陛下は玉座の間でお待ちになられております。これより皆様をご案内致します」


【菫の庭園】一行の前で、玉座の間の扉が重い音を立てて開く。仲間達はスミスを先頭に、居並ぶドワーフ達の視線を受け止めながら進み、玉座の前で片膝をついた。


「冒険者パーティー【菫の庭園】、国王陛下の御召しにより参上致しました」

「大儀である。楽にせよ」


 野太い声に従いネーナが顔を上げる。向かって左側の玉座、立派な髭を蓄えているのが発言したライーガ国王、右側がララキラ王妃だ。


 ドワーフ族はその容姿と種族的な酒豪ぶりから『歩く酒樽』と呼ばれる事もある。体型は年齢性別では然程変わらず、成人男性の髭が外見上の大きな差異となる。


 一見すると不機嫌にも取れる厳つい表情の国王に対し、王妃は優しげにネーナ達を見つめている。


巨大ジャイアントワームの対応に当たった憲兵、『王国爆斧団アックスボンバー』、更に冒険者ギルド支部からも報告を受けておる。我等が同胞、我が国民の命を救ってくれた事に感謝する」


 国王と王妃に合わせ、玉座の間にいるドワーフ達が頭を下げて謝意を示す。スミスは頭を振った。


「我々は偶然現場に居合わせ、当然の事をしたに過ぎません。むしろ亡くなられた方々に対して申し訳無く思っています」


 巨大ワームの被害の全容は、【菫の庭園】の面々も聞いていた。家屋の倒壊、損壊に加えて避難時の混乱によるものも加えた重軽傷者が三十名弱。


 死者は四名。殉職した憲兵が一名、逃げ遅れて建物の下敷きになった者が一名。残り二名はワームの体内で死亡していた。


「謙遜はよい。生活区域にワームが侵入すれば、死者だけで三十名を超える事もザラにあるのだ。お主等はワームの被害を大幅に抑え、ワームの体内に飛び込み酸で身を焼かれながら五名の命を救ってくれた。それで十分だ」


 巨大ワームと共存し、時には対峙して来たピックスの民だからこそ、ワームの強さもその体液の毒性も身に沁みてわかっている。国王ライーガの言葉には実感がこもっていた。


「民の命を救われた身で言い辛いが、いかに聖女の力があっても無茶が過ぎるがな」

「国王陛下、そこはもっと強く言って下さい」


 すかさずレナが言い、オルトとフェスタが苦笑する。


 レナの法術で癒せると言っても、オルト達が重傷を負い激痛に襲われた事は事実なのだ。一刻を争う状況で止められなかったものの、レナはオルトの行動に諸手を挙げて賛同した訳ではなかった。


 そのレナは、ネーナにも視線で釘を刺していた。


 ワームに呑まれた者を救出する為に体内に入ったオルトと、そのサポートをしたフェスタ。二人の行動を間近で見ていたネーナに、レナは『真似をするなよ』と圧をかけたのである。


 胸の内を見透かされたネーナは、気まずそうに視線を逸らした。




「国外より来た者は、不思議に思う事もあろうな。だが我等もワームも、等しくこの大地の民なのだ」


 どんな場所で暮らそうと、必ず危険はある。時折やって来るワームへの対処や落盤事故はピックスの住民が払うべきコストに過ぎない。代わりに都市が丸ごと難攻不落の要塞と化しているピックスは、外部からの干渉が困難なのだとライーガは言った。


 勿論、ワームへの対策も行われている。ワームは体で振動を感じ取って、人族から見れば大きく劣る視覚や聴覚を補っている。


 ピックスの生活エリアではワームが嫌う振動を継続的に発信し、寄り付かないようにしているのだ。強い光を当てると逃げ出す性質も知られていて、各所に強力な光源が配備されている。それらで大半のワームの侵入は防げる。


「だがそれらが通用せず、防壁を突破して侵入して来る個体もいるのだ。それに――」

「地竜が活動期に入ってるのね?」

「!?」


 それまで黙って話を聞いていたテルミナが口を挟むと、ドワーフ達は驚きを露わにした。スミスが何度も頷く。


「成程。ピックスの守護神、『地竜アーガス』ですか」

「地竜アーガス、ですか?」

「ええ」


 ネーナは首を傾げた。


 賢者の弟子たるネーナも名前は知っている。存在が確認されている四体の古竜の一角。古代文明期を超え、神代から生きていると言われている。長く姿を見た者はなく、一部では滅びたのではないかとも考えられていた。


「アーガスはこの国の地下深くにいる。我々は祖先とアーガスの旧き盟約により護られているのだ」


 活動期に入ったからとて、アーガスが暴れ出すような事は無い。だが、その気に当てられて土中の生物達も落ち着かなくなる。巨大ワームもその例に漏れなかった。


「そのような事情があったのですね」

「ワーム対策も随時改善され、強化されている。ワームそのものは土中に良い影響を与える生物なのでな、可能であったとしても無闇に倒す訳には行かんのだ」


 ワームは鉱脈や水脈を避ける性質があり、移動ルート上に新たな鉱脈を発見する事もある。土中を行き来して空気を送り込む働きもしている。排泄物は長い時を経て、希少な鉱石に変質する。


「遭遇してしまえば敵だ、倒すか倒されるかだがな」

「――陛下、そろそろ冒険者の方々に報奨のお話を」


 脱線した話を戻そうと、臣下の列の上手に立つドワーフが口を挟む。立ち位置から文官のトップ、宰相なのだとネーナは推測した。


「む、そうか。此度のお主等の働きに対し、些少ではあるが報奨を用意しておる。国民からの感謝の気持ちと思って受け取って貰いたい」


 国王ライーガが手づからスミスに包みを渡すと、玉座の間に大きな拍手が沸き起こった。




 ◆◆◆◆◆




 晩餐会を終えた【菫の庭園】一行は、ライーガの案内で王立墓地に向かった。


 国王の供は、宰相と戦士団長の二名のみ。二人は幼馴染なのだと、先頭を歩くライーガは言った。


 警備する戦士達を労い、一行は王立墓地に入る。王立墓地の一部は市民の立ち入りが可能だが、今だけは閉鎖されている。


 墓地に入ってすぐの一角。大きな区画に数多く並べられた真新しい花束は、故人を偲び、弔いに訪れる者が今なお途切れない事を示していた。


 花束に囲まれた墓碑の前でライーガが立ち止まる。ネーナは墓碑に刻まれた文字を読んだ。




『勇猛果敢。誇り高きドワーフの戦士イイーガ、大地に還る』

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