第百五十話 鉱山都市ピックス

「まずは『鉱山都市』ピックスに向かいませんか?」


 そんなスミスの提案で、エルフのテルミナを加えた【菫の庭園】一行は駅馬車に揺られていた。




「悪戯好きな精霊とは仲が良いのね?」

「あまりお家から出れなかったから、遊んで貰ってたの」


 テルミナはエイミーに付き添い、精霊弓を媒介としない自力での精霊との交信の鍛錬を手伝っている。


 スミスは何かの資料を熱心に読み込み、明け方近くまで痛飲していたレナは三人分の席を占拠して爆睡中。


 ネーナはオルト、フェスタとカードゲームに興じていた。


「スタンド」

「俺もスタンド」

「ヒットです!」


 ネーナだけが手札を増やし、同時にオープンする。


「ナチュラルブラックジャック」

「19」

「バーストです……」


 ネーナはガックリと項垂れた。オルトが苦笑する。


「回数を重ねればネーナが勝つんだが、序盤だと引きの悪さが目につくよな」

「出足が良ければ無敵なんだけど、生憎カジノではカウンティングは禁止されてるのよね」

「冒険者で稼ぎますから問題ありません。次の勝負です!」


 勝負にのめり込むタイプのようで、意外にもネーナは冷静である。相手がオルトとフェスタだから、気兼ねなく熱中していたのだ。


 三人が新たに配られた手札を確認する。


「あ、またナチュラルブラックジャックね」

「!?」


 フェスタの神がかり的な引きの良さに、ネーナは絶句した。




 マイペースに移動時間を潰す一行の中で、スミスは一人難しい表情をしていた。資料のある部分を何度も読み返した後で小さく溜息をつき、目の間を指で揉み解す。


「どこかで聞いた事があると思えば……ですが、断定するには情報が少なすぎます。エルーシャさんが検案書にアクセスしてくれるのを期待しましょうか」


 仲間達の耳に、スミスの呟きが届く事は無かった。




 ◆◆◆◆◆




「湖です!」

「お魚いるかな?」


 街道は点在する湖の間を縫う様に延びている。駅馬車の行く手に見える赤茶けた小高い丘が、どんどん近づいて来る。


 ネーナとエイミーは、馬車が湖の脇を通過する度に歓声を上げる。


「お兄様。この辺りの湖の大半は、昔の採掘場の跡地なのだそうですよ」

「へえ、よく知ってるな」

「うふふ」


 ネーナは懐に小冊子を忍ばせている。タイトルは『ピックスの歩き方』という、所謂ガイドブックだ。自分の完全記憶能力に物を言わせて、ネーナは本の内容を全て頭に叩き込んでいた。能力の無駄遣いである。


 丘の麓に到着した馬車は検問を通過し、大きく口を開けた穴に入って行く。『鉱山都市』の二つ名を持つピックスは、採掘済みの坑道を利用して築かれた地中の都市なのである。


 駅で馬車から降りた一行は、冒険者ギルドの場所を教わり歩き出した。


「『ピックス』の由来は採掘に使うツルハシPick-axeか」

「ふわあ、ドワーフの人達が一杯いるよ〜」


 オルトは感心したように、エイミーは興味深げに周囲を見回す。行き交う人々の半数はドワーフ。ピックスは都市国家連合でも珍しい、ドワーフの王が統治する国なのだ。




【菫の庭園】の面々は冒険者ギルドに顔を出し、紹介された宿で部屋を取ると一息ついた。


「予想外の大歓迎だったな……」


 ぐったりした仲間達は、オルトの呟きに返事をする気力も無い。


 ピックスのギルド支部は、執行部会と対立したオルトとヴァレーゼ支部に、いち早く賛意を示した支部の一つであった。


 素通りするのも義理を欠くからと立ち寄ったが、オルトが冒険者証を提示した途端に支部は大騒ぎになり、やっとの事で挨拶を済ました一行は逃げる様に宿へ向かったのである。


 馬車で熟睡して体力が十分なレナだけは、部屋番号を確認すると勇んで街へと繰り出した。


「酒場や食堂は大丈夫だと思いたいけど、支部の連中と鉢合わせると面倒ね」


 フェスタが渋い表情をする。支部の職員や冒険者に悪い印象は無いが、移動疲れのある身には彼等のテンションは厳しかった。


「ピックスには来たばかりですし、今日だけは宿でゆっくりしませんか?」


 ネーナの提案に、仲間達は一も二もなく賛成した。ピックスではスミスの行く場所について行く事が決まっているだけで、スケジュールには余裕がある。体を休める事に異論は出なかった。


「そう言えば、エルフとドワーフは仲が悪いみたいな話を聞いた事あるけど。テルミナが普通に歩いてても何ともなかったわよね」

「ん?」


 荷物袋を覗いていたテルミナが顔を上げる。フェスタが見た限りでは、テルミナに対して悪い感情のこもった視線を向ける者はいなかったのだ。


「そう言われてるけどね。人族だって色々でしょ? それと同じよ」

「ピックスのドワーフは、他の種族に対して非常に寛容です。それには理由があるのですよ」


 テルミナの言葉を、スミスが補足する。




 ピックスの支配者層であるドワーフの一族は、元々はアルテナ帝国の北部で領主と契約し、自治を行っていた。


 だが世代を経て、とある代の領主が契約を反故にし、不当な要求を突きつけたのである。ドワーフが要求を拒むと、領主は一軍を差し向けた。


 ドワーフ達は懸命に抵抗するも敗走し、故郷を追われ一族で放浪した末、この地に辿り着いたのだった。


 当時のピックスは小高い丘があるばかりの、ただの荒れ地であった。だが、ドワーフ達はこの地に無限の価値を見出した。ドワーフの種族的な特性である『目』は、少々の暗闇を見通すだけでなく地中の鉱脈を探し当てる力を持っていたのだ。


 草木も生えぬ赤茶けた丘は、高純度の巨大な鉱石であった。それだけでなく、周囲の地中にも良質な鉱脈が眠っていたのだ。


 ドワーフ達は丘を『大地の贈り物ギフト』と名付け、その麓に集落を開いて厚い岩盤を削り始めた。


 だが作物も出来ない荒れ地で、村はすぐに飢え始めた。そんなドワーフ達に、思いがけず救いの手が差し伸べられたのであった。


 それは先住の人族の集落の者達だった。彼等は決して潤沢とは言えない食料を分け与え、荒れ地でも栽培可能な種芋を譲った。


 ドワーフ達は遂に岩盤を穿ち、採掘を開始して大きな富と堅固な城塞を手に入れた。都市国家を建国したドワーフ達は受けた恩を忘れず、今度は人族に手を差し伸べて国へ招き、様々な便宜を図ったのである。




「――以上がピックスの建国譚です」

「だからピックスのドワーフ達は、相手がエルフでも人間でも態度を変えるような事はしないの。故郷を追い出した領主やそれを黙認した帝国には恨み骨髄らしいけどね」


 ネーナはスミスとテルミナの話を聞いて感嘆していた。片や大賢者、片や歴史の生き字引たるエルフ。ネーナの記憶能力も、未だ仕入れていない知識は引き出せない。自分などまだまだだと、ネーナは思った。


「部屋に食事を運んで貰えるよう、お願いして来るわ」


 フェスタが部屋を出て行く。


「因みに、領主が契約を反故にしてドワーフを追い出したのは、その地の鉱山を自分の物にしたかったからだそうです。鉱山はすぐに枯渇してしまったようですが」

「ドワーフの方々は、鉱脈を見つける能力をお持ちなのですね」


 ネーナの問いにスミスが頷く。


 強靭な肉体を持つドワーフ族は、生まれついての優れた戦士であり、鉱夫であり、鍛冶師でもある。毒物に強い耐性を持ち、老若男女問わず酒豪揃いな事でも有名であった。


 オルトは心配そうな顔をする。


「レナがどこかで潰れてないか、気が気じゃないけどな」

「――失礼ねえ。いっつも酔い潰れてるみたいに言わないでくれる?」


 器用に足で扉を開け、大きな包みを抱えたレナが入って来た。


「折角美味しそうなもの買って来たのに」

「ごはん!?」


 ベッドで足をバタバタさせていたエイミーが飛び起きる。食欲をそそる匂いに釣られて、仲間達がテーブルに集まって来る。


「フェスタが食事を頼んでるから、量を減らさないとな。飲み物も適当に持って来るよ」

「お兄様、私も行きます」


 オルトに続き、ネーナも席を立って部屋を出る。二人は足早にフェスタの下へ向かうのだった。




 ◆◆◆◆◆




「ここは地中なんだよな?」

「ええ、素晴らしい採光技術ですね」


 驚愕するオルトに、何度か当地を訪れているスミスが応える。


 宿の外は天井から降り注ぐ光で溢れていた。灯りとは違う、日光と遜色ない光量。坑道を拡張した地中の都市だと言われなければ気づかないだろう。


「お兄様、『惑いの森』の遺跡の照明と似ていませんか?」

「確かに。月光草の部屋だよな?」

「はい」


 かの遺跡の月光草が育っていた部屋は、天井から月光が射し込んでいるような明るさだった。どのような技術が使われているのか、想像もつかない。


 一行は一晩ゆっくり休み、外で朝食を取ろうと市場に向かっていた。


 活気に満ちた市場を通り抜け、隣接する広場で屋台を探す。仲間達は思い思いの屋台で朝食を買い求め、ベンチに集まった。


「しかしエイミーはよく食うなあ。どこに消えるんだか」

「全然大きくならないけどねえ」

「レナお姉さんひどい! これから成長するもん!」


 エイミーが慎ましやかな胸を隠すようにして視線を遮り、レナに抗議した。その間にも両手に抱え切れない程持ってきた朝食は、次々とエイミーの胃袋に飲み込まれていく。


 あまり食べるのが早い方でないネーナは、オルトの隣で静かにマフィンを噛み締めている。市場とは反対側からガンガンカンカンと賑やかな音がし始め、二人はそちらに目を向けた。


「あれは何でしょうか?」

「青空鍛冶屋、とでも言えばいいのかな」


 広場の中に炉や金床、水槽が置かれたエリアがあり、何人もの鍛冶師が真っ赤に焼けた鉄の塊を鎚で叩いては、水槽で冷やす事を繰り返している。


「お兄様、見てみたいです」


 興味を持ったネーナは急いで朝食を済ませようと、口の中に残ったものをスープで流し込む。王女アンであった頃に仕えていた侍女達が見れば、卒倒しそうな姿である。


 オルトは苦笑しつつ、ネーナに手を引かれるまま歩き出した。




 炉や焼けた鉄の熱気が漂う中、鍛冶師達が汗を飛ばして鎚を振るう。


『若い鍛冶師が多いみたいね』


 フェスタの耳打ちに、オルトが頷く。


 二人とも自分で使う剣は自分で選ぶ。必然的に目が肥え、それなりに刀剣類の目利きが出来るようになっていた。


 熱を取る為に置かれた剣を見る限り、数打ちとまでは言えなくても中級以上の剣士が求める質の物は見当たらなかった。


 そんな中、ネーナは一人の鍛冶師の前で足を止めた。ドワーフの鍛冶師達に交じって、人間の中年男性が鋼を鍛えている。


 ネーナがオルトを見上げる。オルトは微笑み、少し腰を屈めて、他のドワーフに聞こえないように小声で告げた。


『この広場では一番腕のいい鍛冶師だと思う。品質にバラつきが少ない』

「!?」


 それを聞いていた人間の鍛冶師が、驚いて顔を上げた。黒く長い髪はSランク冒険者のムラクモを思い出させる。東方にルーツを持つ人物かもしれない。ネーナはそう推測した。


「あんた、わかるのかい?」

「多少な。自分で選ばない剣に命は預けられないだろう」

「成程、剣士さんかい。見た感じ若いが、相当やりそうだ」


 鍛冶師はニカッと笑い汗を拭うと、叩いていた鋼を水槽に差し込んだ。ジュワっと大きな音がし、大量の湯気が立ち上る。


「はわっ!?」

「ははは、すまんすまん」


 驚くネーナに、鍛冶師が詫びる。


 鍛冶師は自らをマゴロクと名乗った。この広場にいる鍛冶師は、師匠について鍛冶のイロハを教わった後の若者達なのだという。


 ピックスの鍛冶師はこうして青空営業で切磋琢磨して腕を磨き、認められた者が店を構える事が出来る。広場で客を掴めないようでは店を潰すだけなのだと、マゴロクは説明した。


「どいつもこいつも髭面だが、ここの連中は若者さ。オイラは見た目通りのおっさんだが――!?」


 マゴロクの言葉が突然途切れた。


 地面が大きく揺れる。炉の側にいたネーナを、フェスタが咄嗟に後ろに引く。広場のネーナ達にも聞こえる、爆発にも似た音が続く。


 ラッパが響き、鐘が乱打される。先程の鍛冶の鎚とは違う、警鐘。広場も隣の市場も騒然とし始めた。

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