閑話十三 傀儡の反逆

「――私達に出来る事は、全てやりました。後はレベッカと【菫の庭園】の皆さんに託して、結果を待つのみです」


 エルーシャの言葉に、ヴァレーゼ支部の職員達が頷く。


 大きく息を吐く者、伸びをする者、笑顔を見せる者。様々な反応ながら、やり切ったという思いは一緒である。




 ヴァレーゼ支部の職員達はこの半月程、日常業務の合間に他のギルド支部や高ランク冒険者、ギルドへの有力な支援者に対して働きかけをしていた。


 Aランク冒険者のオルト・ヘーネスは現在、ギルド執行部を強く批判してギルド運営の改善を公開で求めている。それに対し、執行部は何の反応も示していない。


 オルトが設定した回答期限はとうに過ぎている。リベルタのクラン『ガスコバーニ』へ抗議を行うレベッカの護衛という体で、オルト達【菫の庭園】が同行するのは自然の成り行きであった。


 ギルド執行部のこれまでの対応を鑑みても、リベルタへ行ったオルト達が決着を先送りする事は無いだろう。そう考えたエルーシャ達は連絡可能な全てのギルド支部に、オルト・ヘーネスとヴァレーゼ支部に対する支持を訴えていたのだ。


 当然ながら半数以上の支部は、あまりに急な要請に対して日和見を決め込んだり、巻き込んでくれるなと辛辣な反応をした。だが支持を明言してくれた支部もあった。


「ワイマール大公国エリアの支部から何度か、【菫の庭園】の皆さんにお礼を伝えて欲しいと言われました」

「僕はトリンシック公国エリアだったよ」


 カミラが職員達から受け取ったメモを見て頷く。


「大公国は【菫の庭園】がパーティー登録して間もない頃に対応した緊急クエストの件ね。トリンシックのは、『惑いの森』のスタンピード対応かしら」


【菫の庭園】のファン一号を自認するカミラは、彼等の初めての依頼から全ての記録に目を通している。当然、ギルド職員がアクセス可能な範囲ではあるが。


 オルト、フェスタ、ネーナの三人が冒険者となってから僅か一週間。未発見だった地下墳墓よりアンデッドが溢れ出し、山間の村を襲った時に【菫の庭園】が駆けつけ、他の冒険者と協力して被害を最小限に食い止めていたのである。


 当時の【菫の庭園】はEランク。緊急クエストは後日、近隣のギルド支部から派遣された調査隊が検証し、BからAランク相当と認定された。そのクエストにおける死者は、避難が遅れた四名のみであった。


「緊急クエストがそれだけの被害で収まったって!?」


 職員達が絶句する。


 緊急クエストが『緊急』たる所以。それは大きな脅威が既に現実のものとなり、目前ないしは渦中にある所だ。Aランク相当の緊急クエストで死者が四名、つまり初期被害だけで抑え込んだ事になる。


「近隣の町村にアンデッドが向かっていたら、そんな被害では済まなかったものね。大公国エリアの支部にも、付近の出身者や縁者が住んでいる者がいたのでしょう」


 カミラの言葉で、職員達も『お礼』の意味を理解したのだった。


 そこにリベルタにいるレベッカからの連絡が伝えられる。


「エルーシャ、リベルタのクラン『ガスコバーニ』も協力してくれるって」

『っ!?』


 予想もしていなかった吉報に、エルーシャとカミラが顔を見合わせた。


「エルーシャ、これって……」

「ええ、山が動くかもしれないわ。何にしても、後はオルトさん達にお任せね」


 ヴァレーゼ支部の職員達は、遠くリベルタで戦いに臨まんとする『仲間達』に思いを馳せるのだった。




 ◆◆◆◆◆




「『執行部会』から、面会に応じるとの返答がありました」

「そうか。働きかけの方はどうなっている?」

「ヴァレーゼ支部がほぼ終えておりました。確保出来る票はほぼ取り込んでいると考えられます」

「日和見している者は脅かしておけ」

「承知しました」


 事務局長が一礼して会議室を出て行く。それを見送り、マヌエル・ガスコバーニは溜息をついた。


「この期に及んで日和見とはな。ギルド支部長とは、その程度の才覚でも務まると見える」

「ヴァレーゼ支部が本部に睨まれるのを承知で、行動を全て公開している意図がわからないのだろう」


 ガスコバーニ三兄弟の次兄、ケプケが呆れた様子で応じる。


 どの支部がどのような態度であったかは、しっかり可視化されているのだ。ギルドの執行部会が勝っても負けても、日和見組が冷や飯を食わされるのは目に見えている。


「酒場や宿屋が本業の傍らに仕事の仲介を始めて、大きくなった冒険者互助組織同士が合併して。冒険者ギルドになってから二百年ほどかしらね」


 弱い立場の者同士が手を取り合い、権力の横暴に抵抗する。冒険者ギルド発足当初の理念は忘れ去られたようだと、テルミナが嘆く。


「テルミナはまるで見たように……実際に見てるんでしたね」

「なあにインメル? 今、物凄く失礼な事を考えてなかった?」


 全く目が笑っていないテルミナ。インメルは失言を自覚して顔が引きつる。テルミナの年齢の話題は、【屠龍の炎刃】では長らくタブーとなっていたのだ。


 内心の苦笑を見せる事なく、マヌエルが助け船を出す。


「それはそうとテルミナ。もう決めたのか」


 インメルが安堵の溜息をつく。テルミナは残念そうにマヌエルに視線を移して肯いた。


「ええ。まだ彼等には話していないけど、いい機会だと思うの。スージーにも逢いたいし、導いてあげたい娘もいるし」

「だが、『彼等』が受け入れてくれるだろうか?」


 マヌエルの問いに、テルミナが困ったような顔をする。現状そう悪い関係ではないが、元々『彼等』との面識は、テルミナ達の失態が原因で出来たものなのだ。


「わからない。お願いしてみて駄目なら、仕方無いわよね。そうしたら一人で行くわ」




 マヌエルが唐突に頭を下げた。


「――済まんな、テルミナ」


 テルミナはマヌエルの思いを察して微笑んだ。


エルフ貴方たち人間の時間が違う事は、最初からわかってたもの。頭を上げて、マヌエル。貴方たちと過ごした時間を締めくくるのに、謝罪は相応しくないわ」


 冒険者としてSランクパーティーに上り詰めたガスコバーニ三兄弟は、四十代半ば。未だSランクに足る実力を有してはいるが、それを維持出来る期間はもう長くない。対してエルフのテルミナは、衰えとは無縁である。


 マヌエル達は、今のままではテルミナが老いていく自分達を看取る為に時を費やす事になると心を痛めていたのだった。




「――農村を飛び出した、少し無鉄砲で涙もろくて、正義感が強い三兄弟は。夢を叶えて英雄になりました」


 テルミナは英雄譚を詠い始める。




 冒険者になった三兄弟はある時、男達に絡まれていた女性を助ける羽目になった。女性はエルフだった。


 女性も三兄弟同様に故郷を飛び出したものの、あまりの価値観の違いの大きさに、人間との接触に臆病になっていた。裏切りに遭い、悪意に晒され、彼女の心は深く傷ついていた。


 本当は、女性に助けは必要無かった。相手は大勢だったが、難なく切り抜ける力を持っていたのだ。ただ乱入してきた三兄弟に驚き、女性は呆然と事態を眺めていた。


 三兄弟は暴漢を追い払うと、こぶや青アザの出来た顔に人の好さそうな笑みを浮かべて女性を気遣った。女性はそのような人間達を見るのは初めてだった。


 何も見返りを要求せず立ち去ろうとする三兄弟を、気づけば女性は引き止めていた。


『お礼に一杯奢らせてくれない?』


 三兄弟は女性――テルミナの申し出に目を丸くして驚いたが、またすぐに笑顔を浮かべて頷いた。


 三兄弟は酔いが回ると、夢を語った。冒険者として名を残し、英雄になりたい。彼等はそう言った。テルミナは彼等の話に相槌を打ち、ひたすら聞き役に徹していた。


 農村では彼等の夢は理解されなかった。村人達を見返したいかとテルミナが問うと、三兄弟は揃って頭を振った。


『村人達の生き方も考え方も否定しないし、恨みも無い。間違ってるのは俺達かもしれない。ただ、諦められなかったんだ』


 エールを飲み干し、三兄弟の長男は恥ずかしそうに言った。酔いのせいか、真っ赤になった顔で笑った。


 彼等の生き様を見てみたいと、テルミナは思った。だが人との関わりに臆病になっていたテルミナは、どうしても自分から同行を言い出せずにいた。


 そんなテルミナの前に、スッと無骨な手が差し出された。


『良かったら、一緒に行かないか』


 まあ駆け出しの冒険者だけどな。マヌエルがそう言うと、三兄弟は愉快そうに笑い合う。テルミナも笑顔になり、迷う事なくマヌエルの手を取った。


 パーティーを組んだテルミナ達の歩みは、決して平坦ではなかった。何度も死を覚悟した。やっかみから同僚に陥れられたり、愚直に正論をぶつマヌエルが権力者に睨まれたりもした。何度も出会いや別れを経験した。


 人喰いドラゴンを死闘の末に討伐してSランク冒険者に昇格し、『ベネット要塞の攻防戦』から奇跡の生還を果たしたテルミナ達は、【屠龍の炎刃】として英雄に数えられるようになった。




「――三兄弟はかつて飛び出した故郷の村に、多額の金品を送りました。駆け出し冒険者の頃と変わらない、真っすぐな気持ちを失う事なく、彼等は英雄となったのでした」


 テルミナが話を締めくくる。三兄弟は目を瞑り、テルミナの語りに耳を傾けていた。


 テルミナは席を立った。僅かに少年の頃の面影を残す男達の顔には深い皺が刻まれ、髪に白い物が目立つようになっていた。みんな歳を取ったなと、テルミナは思った。


【屠龍の炎刃】の仲間達と過ごした時間があったから、自分はまた新たな旅路に踏み出せる。テルミナはそう感謝を述べた。


 ――じゃあ、行ってくるわね――


 テルミナは軽く手を振り、散歩にでも行くような気軽さで会議室を出るのだった。




 ◆◆◆◆◆




 重苦しい空気が室内に満ちている。円卓を囲む者の一人が口を開いた。


「【屠龍の炎刃】が面会を求めて来た。オルト・ヘーネスを伴ってだ。こうなれば無視は出来ん」


 別の者が舌打ちをする。


「だからSランク冒険者達を招集して奴を拘束しろと言ったんだ! さっさと追放してしまえばこんな事にはならなかったものを!」


 女性は嘲笑する。


「追放の理由は? 彼、こちらの不始末の尻拭いをして被害を抑えてるんだけど? それに彼の言動もこちらの対応も全てオープンになってるのよ?」


 激昂して円卓を叩く者もいる。


「一冒険者が執行部会と直接やり合うなど、思い上がりも甚だしいわ! 調子に乗った支部の職員は、我々のリコールを狙っているのだぞ!」


 老人は達観したように、諦念を滲ませて言う。


「システムが情勢に合わなくなっているのも、全員が拒否権を持つ執行部会が何も決められないのも事実じゃろ。自ら変革できない者は淘汰される他ないわい」




 紛糾する執行部会の部門長達を、ギルドマスターのリベロ・ジレーラは黙って眺めていた。


「ジレーラ! 貴様がオルト・ヘーネスの処分に拒否権を行使しなければ! 他人事のような面をするな!」

「ギルド改革案に拒否権を使った貴方と、何が違うのかな?」

「なっ!?」


 八つ当たりしてくる相手を一言で黙らせ、ジレーラも再び沈黙する。


 漸くここまで来た。そうジレーラは思った。


 砂の城の玉座、傀儡の王。様々な陰口を叩かれながらも、ジレーラはギルドマスターの椅子を譲りはしなかった。全てはこの時の為に。


 ギルドマスターに就任して以降、ジレーラは様々な改革を進めようとした。だが六人いる部門長が一人でも拒否権を行使すれば、その改革案は実行出来ない。ジレーラの改革はすぐ骨抜きになり、行き詰まった。


 部門長の一人は、傲然と言い放った。


『お前は我々の傀儡よ。大人しく椅子に座っていろ』


 無気力な日々を過ごしていたジレーラの下に、ある冒険者の報告が上がった。


 何度も名前を聞くようになったその冒険者――オルト・ヘーネス――の経歴を知り、ジレーラは一縷の望みを賭けようと考えた。新任の冒険者統括にねじ込んだ腹心のジョン・フリードマンを使って、陰ながら彼等をサポートし、時には情報をリークした。


 冒険者ギルドの組織的な問題を正確に掴んだオルトは、期待通りに改善を求めたのである。


 ジレーラは椅子の背もたれに身体を預けて目を瞑る。


 苦しむ冒険者や職員を助けられなかったのは事実。自分が救われようなどとは、ジレーラは考えていなかった。


 だが今の冒険者ギルドの在り方だけは変えねばならない。その一心でここまで来た。


 ――これは、傀儡の反逆だよ――


 ジレーラは独り呟き、何も決まる事の無い会議を見守るのだった。

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