第百三十六話 私達も一緒に戦わせて下さい

「レベッカお姉さん、わたしもっとお話聞きたい!」

「私も聞きたいです!」

「ええ〜? そ、それでは――」


 レベッカの左右から、エイミーとネーナが話をせがんでいる。表情を見れば満更でもない様子だが、一応は釘を刺しておこうとオルトが口を挟んだ。


「二人とも、あんまりレベッカを困らせるんじゃないぞ?」

『はーい!』

「あわわわ、私も楽しんでるので大丈夫です!」


 エイミーとネーナが声を揃えて返事をし、レベッカは慌ててペコペコと頭を下げる。


 移動中にレベッカと話す中で、民俗学者とまでは行かないものの、レベッカが個人で地域の民話や伝承を収集している事が明らかになったのである。


 それにネーナ達が興味を示し、好きな知識を披露する機会を得たレベッカは生き生きしていた。


 三人の後姿を見ながら、レナが言う。


「変わったわよねえ、レベッカ」


 ヴァレーゼ支部の前身である臨時支部が設立されてから、まだ一月ほどしか経っていない。たったそれだけの間に、レベッカは大きく変わった。彼女を知る者は一様にそう感じていた。


 まず、俯きがちだった顔を上げた。それだけで周囲の見る目が変わってくる。


 心根の優しさはそのままに、前向きになった。友人も出来て、自分から仲間の輪に入っていく姿が見られるようになった。


 仕事面で認められ、支部長のマーサ、支部長補佐のエルーシャに次ぐ職員達のチーフに推薦された。頼りにされ、仲間達も協力してくれる。出向して来た時のレベッカには考えられない事だった。


 今回、レベッカがヴァレーゼ支部の使者に抜擢されるに当たっては、同僚職員や冒険者が集まってメイクやコーディネートを叩き込んだ。


『元カレや元同僚を後悔させてやれ』


 仲間達はそう言って背を押し、見違える姿になったレベッカを送り出したのである。


「今までがおかしかったんじゃないかって気もするけど? これが本当の姿に見えるわね」

「私もそう思います。まるで、何かに歪められていたかのようです」

「本部の人間関係なんじゃないの? 元カレとか元同僚とかさ」


 フェスタとスミス、レナが話すのを聞きながら、オルトは窓の外を流れる景色をボンヤリと眺めていた。




【菫の庭園】とレベッカは、ギルド支部が用意した馬車でリベルタへと向かっている。馬車は広々していて、七人が三列の座席に分かれて座り、荷物を置いても尚十分な余裕があった。


 途中でシルファリオに立ち寄ると、『ヴィオラ商会』を切り盛りするファラがチェルシーを伴い、血相を変えてネーナの所へやって来た。


『オーナー! シュムレイ公国の貴族や富裕層の方々から香水の注文が殺到していますよ!? 何があったのですか!?』


 ネーナに思い当たるのは、試作品の香水をマリスアリアにプレゼントした事である。だが、まだそれ程日が経っていない。そう伝えると、ファラは溜息をついた。


『オーナー、上流階級の情報伝達速度を侮ってはいけませんよ。シュムレイ公爵殿下は、公国社交界の中心人物なのです。そんな方が身に着けたり使用している品は、あっという間に広まります』


 ファラの話はネーナにとって、全くの盲点であった。


 王女であったネーナはデビュタントを終えていたが、他人の持ち物に気を回すような事は無かったのである。そのまま王国社交界に居れば、マリスアリアのような存在になっていたかもしれない。


 マリスアリア自身は実際にネーナの香水が気に入っていたのと、ネーナの友人としてヴィオラ商会が公国で商売をする『僅かな』足がかりをプレゼントしたつもりであった。


 ファラも怒ったり責めたりしているのではなく、商会が予想外の状況になった原因がネーナにあると当たりをつけ、事情を聞きたかっただけである。


 理由がはっきりすれば、利を拾うのみ。元より、ネーナが商会に連絡を出来る状態でなかった事はわかっている。ファラは勿論、商会の従業員達もネーナの身を案じていたのだ。


 ファラはネーナから香水のサンプルとレシピを受け取ると、急いで店舗に帰っていった。町の薬師や錬金術師と話し合い、『姫様の嗜み』と仮の名を与えられた香水を商品化するのだという。


 残されたチェルシーは苦笑しつつ、ネーナに商会の状況や従業員達の近況を報告するとファラを追った。ローザとその母親、プリムと赤ん坊も息災であると聞き、ネーナ達は安堵したのであった。




 リチャード達【四葉の幸福クアドリフォリオ】は不在であり、屋敷で留守番をしているマリアが手紙を預かっていた。それに目を通したオルトは、【四葉の幸福】が依頼とは別にシルファリオを離れている事だけを仲間達に告げた。




 レベッカはエルーシャからの土産と書状を手にシルファリオ支部を訪ね、ハスラム支部長やジェシカと話し込んでいた。


 一行がリベルタに向かう目的は三つある。


 一つ目は『ガスコバーニ』のクランハウスを訪ねて【黄色い太陽アマリージャ】の一件について正式に抗議をし、クラン側の対応を見る事。


 二つ目はギルド本部でレベッカの異動申請が通らない件について説明を求め、対処して貰う事。併せて、総務部に残っているレベッカの私物を引き上げる。


 最後に、本部のギルドマスターと部門長達に面会し、オルトの要求について回答を求める事。当然、やり取りは全て公開で行う。


 レベッカがシルファリオ支部で話していたのは、三つ目の件についてだった。




「――レベッカ達の事を考えてるの?」


 窓の外を眺めていたオルトに、フェスタが声をかけた。返事の代わりに、オルトは困ったような表情で笑う。


 北セレスタでの宝剣貸与式から戻ったオルト達は、【黄色い太陽】とのトラブルからリベルタへ向かう事に決めた。


 その時にエルーシャが告げた一言は、【菫の庭園】の面々を大いに驚かせるものだったのである。


『オルトさんの公開要求に対するギルド本部の対応如何で、ヴァレーゼ支部と北セレスタ支部、シルファリオ支部を中心にギルドマスターと部門長の解任請求をします』


 今回オルト達に同行しているレベッカは、ヴァレーゼ支部の職員達から開戦の判断を託されていた。


【菫の庭園】が北セレスタに行っていた僅か一週間で準備を済ませたと聞き、オルトは顔を顰めた。そんな性急な動きがギルド本部の目に留まらない筈が無いからだ。


 解任請求は確かに制度としては存在する。だが実際には、単なる飾りと化していた。


 全部で三百を超えるギルド支部の支部長、本部の役員、Sランク冒険者、冒険者ギルドの協力国や組織の長が持つ票の総数の三割。それが解任請求に要求されるのだ。


 横の繋がりが希薄なギルド支部同士が協調するのは困難で、実現性に乏しい数字である。これまで解任請求が起きたのは二度、いずれも要件を満たす事は出来ずに立ち消えた。


 ただでさえハードルの高い条件をクリアしても、前職が留任すれば間違いなく報復される。そんなリスクを冒す者は、今までは現れなかった。エルーシャ達はそれをやろうとしている。


『お前達自身は勿論、周囲の者のキャリアや生活に影響が出る。大きな傷を負い、人生が変わってしまうかもしれないんだぞ?』


 今ならまだ引き返せる、考え直せと諭すオルトに、エルーシャは頭を振った。


『その傷を他の誰かに負わせて、私達は結果を享受してきました。今また、私達の恩人が戦おうとしています。これは私達の問題でもあるんです。私達も一緒に戦わせて下さい』


 戦って、もしかしたら後悔するかもしれません。でも、今皆さんを黙って見送れば、どんな結果になっても必ず一生後悔します。エルーシャを始めとする職員達からそこまで言われては、オルトも受け入れるしかなかった。


「自分達の事でもあるから、自分達も戦う。あたしはそれでいいんじゃないかと思うけど? 『勇者だから、聖女だから人々の為に戦うのが当たり前』って感じだったあたしからすればね」


 冴えない表情のオルトを見て、レナは首を傾げる。スミスが代弁をした。


「オルトが考えているのは、そういう事ではないと思いますよ。『勝利条件』についてではないかと」


 オルトは答えなかったが、スミスの言葉は的確であった。


 現ギルドマスターのリベロ・ジレーラ、その懐刀で統括理事のジョン・フリードマン。当初は冒険者寄りの改革派と見ていた二人を、今のオルト達は全く信用していなかった。


 二人の意図はどうあれ目に見える成果が無く、六人の部門長を加えたギルドの執行部に不満を持つ者のガス抜きの役割を果たしているだけ。それでは守旧派と見られても仕方がない。


 とはいえギルドの意思決定を行う執行部と真正面から事を構えれば、決着までに多大な労力と時間を消費する。それはオルト達の望む所ではなかった。


 そして、現執行部に代わる人員の当ても無い。可能であったとしても、ギルド本部を機能不全に陥らせる程にやり込める訳には行かないのである。


【菫の庭園】としては、変に拗れるようならば冒険者証の返還も視野に入れて、強気に執行部の譲歩を迫る予定であった。だが職員達が一緒となれば、そんな乱暴な動きは出来ない。オルトはかなり悩んでいた。


「オルトさん」


 いつの間にか話を終えたのか、レベッカが後ろを振り向いていた。


「オルトさん。ご心配は当然ですが、私達も【菫の庭園】の皆さんの足を引っ張るつもりはありません。様々な状況を想定していますし、今も仲間達が動いています」


 必ず皆さんのお力になります、そして職員達への気遣いは無用です。そう告げたレベッカの言葉は力強く、しっかりとオルトを見据えている。


「すっかり頼もしくなったなあ」

「あわわわわ」


 ネーナ達にするのと同じように、オルトはレベッカの頭をガシガシと撫でた。動揺するレベッカを見て、レナがオルトを止める。


「流石にレベッカにそれは無いんじゃない?」

「それもそうか……すまんなレベッカ」


 謝られたレベッカがブンブンと頭を振る。


「むしろご褒美です! 有難うございます! 私もう頭洗いません! 皆に自慢します!!」

「いや頭は洗えよ。自慢もしなくていい。誰も羨ましがらないだろ」

「二人ほど羨ましがってるけど?」


 フェスタが期待を込めた視線のエイミーとネーナを指し示すが、オルトは苦笑しつつお預けを言い渡した。そのまま再び、窓の外の風景に目を移す。


 ネーナも窓に寄って外を見る。リベルタへの距離が書かれた看板が、視界の中を通り過ぎて行った。


 一行を乗せた馬車は、早くもリベルタの間近に迫っていたのだった。

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