第百三十四話 手も足も出さないから

「到着〜」

「【菫の庭園】、只今戻りました!」

『お帰りなさい!』


 ネーナが扉を開け、エイミーは両足を揃えてスタッと床に着地する。ヴァレーゼ支部の職員達は、笑顔で二人を迎えた。


 ネーナがレベッカにお土産の菓子折りを渡すと、女性職員達から歓声が上がった。ネーナ達は北セレスタの人気菓子店の限定品を買う為に、開店前の行列に並んできたのである。


「お帰りなさい。北セレスタでは凄い人気だったみたいね」


 冗談めかして言うカミラに、【菫の庭園】の面々が苦笑する。


「カミラが盛りに盛って俺達の事を伝えてくれたからな」

「あら、大分控え目に言ったんだけど?」


 カミラは口元を押さえ、クスクス笑った。


【菫の庭園】一行は宝剣貸与式と舞踏会が終わると、マリスアリアに挨拶をしてから逃げるように北セレスタを去り、カナカーナへ戻って来た。


 オルトや他のメンバーが目立つ事で、マリスアリアのアシストになればいい。その目的は確かに達成された。だがそれにより、全く予想外の事態も起きてしまっていた。


「こっちにも届いてるけど、見る?」

「一応は目を通して返事をしないといけないが、今は勘弁してくれ」


 カミラに聞かれたオルトは、辟易した様子で答えた。


 舞踏会の直後から、【菫の庭園】とメンバー各人に対して招聘や仕官、縁談、指名依頼などの申し入れが殺到し始めたのである。


 相手側の思惑は様々。例えばシュムレイ公爵マリスアリアの覚えがめでたいオルトを取り込みたい者。舞踏会の華であったレナやネーナを見初めた者等々。


【菫の庭園】が北セレスタを離れたと知るや、公国貴族達はオルト達の現在の拠点であるヴァレーゼ支部に書状を送りつけてきた。数日の内に使者もやって来るだろう。


「この調子だと、シルファリオ支部や屋敷の方にも行ってるかもな」

「向こうは連絡しておけば、ジェシカとファラが上手くやってくれるわよ」


 オルトもフェスタも、シルファリオについては心配していなかった。何かあればリチャード達だっているのだから。


「こちらは私が対応して構わない?」

「正直助かるが、大丈夫なのか?」


 オルトが聞くと、カミラは笑って頷いた。北セレスタ支部で散々公国貴族の無茶振りに付き合わされ、慣れているのだという。


「支部長は取り込み中かな?」

「今はその件も含めて、エルーシャと話している所。確認してきます」


 すぐに戻ったカミラと共に、オルトが支部長室へ向かう。職員達もお土産の焼菓子を手に、自分の仕事に戻っていった。




 レナがギルド支部内を見回す。冒険者達は出払っていて、ホールは閑散としている。


「あたしらはどうしようか。オルトの話が遅くなるようなら、先に戻ってる?」


 そろそろ日帰りの依頼を終えた冒険者達が帰って来る時間だった。それなりの広さのホールではあるが、ピークになれば椅子に座れない者も出てくる。


「私達が居座っちゃ迷惑よね。帰りましょうか」


 フェスタの言葉で仲間達が席を立つ。受付の職員に伝言を頼んでいると、入口付近が騒がしくなった。


「やっと着いたぜ。しかしシケた町だな」

「馬車が揺れてお尻が痛いし、嫌になっちゃう。早く用事を済ませましょうよ、ボアード」


 冒険者パーティーと思しき六人組が支部に入って来る。先頭の男女の愚痴に他の面々も追従し、口々に文句を言い出した。


 カミラがカウンターを出て応対する。


「ようこそ、当ヴァレーゼ支部へお越し下さいました。私は受付担当のカミラ・パーカーと申します。本日はどのような御用向きでしょうか?」

「ここにオルトとかいう奴がいるだろ。そいつを連れて来い、今すぐにだ」


 帰りかけていた【菫の庭園】一行の足が止まった。ネーナは無表情に、エイミーはあからさまにムッとした表情になる。


「失礼ですが、皆様のお名前と所属をお聞かせ頂けますか?」

「ああ?」


 カミラの問いかけに対し、グループの一人が威嚇するように聞き返す。まるでチンピラのようだ、そうネーナは思った。


「俺達を知らねえのか? だから、こんな僻地に来るのは嫌だったんだ」


 別の一人が吐き捨てるように言う。【菫の庭園】のメンバーは、カウンターの奥でギルド職員のレベッカが真っ青になっているのに気づいた。


「リベルタのクラン『ガスコバーニ』のAランクパーティー【黄色い太陽アマリージャ】よ。マーサは知ってるでしょ」


 グループの女性が面倒くさそうに名乗り、早くオルトを出せとカミラを急かす。ヴァレーゼ支部の現支部長であるマーサは、長くリベルタで職員をしていた。リベルタのAランクパーティーなら知っている筈だ。


 ――何よりも。


 カミラがチラリと視線を向けると、リベルタから派遣されて来たレベッカが肯いた。顔色の悪さは、彼等がリベルタの冒険者パーティーである事を証明すると同時に、かなりの問題児である事を示すのだとカミラは受け取った。


 カミラはあくまで冷静に対応する。


「オルト・ヘーネスは只今支部長と面談中でして。皆様の御用向きを伺ってから支部長に確認して参りますので、応接室でお待ち頂けますか?」


 応接室をセッティングする為、数名の職員が走り去る。六人組の誰かが舌打ちをした。


「そっちで呼んでおいて、こんな埃臭い場所で待たせる気か? 俺達はSランクパーティー【屠龍の炎刃】の名代だぞ! 待たせるなら、すぐにこの町の最高のホテルの部屋を用意しろ!」


 その言葉で、カミラは漸く事情が呑み込めた。


 ヴァレーゼ支部の要請で、Sランクパーティーがシュムレイ公国エリアにおける『剣聖』マルセロの捜索と警戒を引き受けたのは、カミラも聞いていた。


 そのSランクパーティー【屠龍の炎刃】は自らのクランで対応する事にし、所属パーティーの【黄色い太陽】を派遣したのであろう。厳密には要請と違うグレーゾーンではあるが、クランに話が行けばそういう事もある。


 だがその場合、実働部隊がギルド支部に接触するのは極めて稀だ。カミラは勿論、他の職員も【黄色い太陽】のアポイントは承知していなかった。支部長のマーサも支部長補佐のエルーシャも何も言っていないのである。


 それがいきなり来て、理由も告げずにすぐにオルトを呼べと言う。それが無理とわかれば、今度は最高級のホテルの部屋を用意しろと言うのだ。オルトを連れて部屋まで出向いて来いという意図なのは明白。他にどんな要求があるかわかったものではない。


 カミラも様々な冒険者の対応をしたが、ここまで傲慢な者達はいなかった。


 ――オルトさんの爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。


 表情を変えず、カミラは心の中で毒づく。


「何だよ、レベッカがいるじゃないか」

「っ!?」


 呼びかけられたレベッカが、カウンターの奥で身体を固くする。六人組は面白い玩具を見つけたようにニヤニヤしている。


「貴女、彼に浮気されてたんですって? それでこんな所に逃げてきたの?」

「要領悪くて、毎日上司に怒鳴られてたって聞いたけどな」

「こいつに接待してもらうか。見た目地味だが、いい身体してるしよ」


 悪意に満ちた言葉を投げられ、レベッカはイヤイヤをするように頭を振った。見かねたカミラが六人組を咎める。


「職員への侮辱的な発言をやめて下さい」

「侮辱? 事実だろうが。何なら、お前が相手をしてくれても構わないんだが?」

「お断りします。冒険者ギルドは、そのようなサービスを提供する場所ではありません」


 毅然として言い返すカミラを見て、六人組は下品な笑い声を浴びせる。


 ネーナは唇を、エイミーは奥歯を強く噛み、レナも嫌悪感を隠さない。いつの間にか、ホールには仕事帰りの冒険者達が戻り始めていた。


こいつレベッカの男が、押しに弱くてチョロいって言ってたぜ」

「『剣聖』を探せって言われてウンザリしてたけど、来てみるものね」

「後はオルトとかいう奴を捕まえて、『剣聖』がホラ話だと認めさせたら仕事は終わりだ。帰る前に暫く遊べるな」


 最後の男の言葉を聞き、ネーナはカッとなった。




『そんな嘘をつく人じゃありません!!』




 だがネーナが六人組にぶつけようとした言葉を、先に発した者がいた。ギルド支部内が静まり返る。


 真っ青な顔で、ハァハァと息を切らす程の大声を出したレベッカが、六人組を睨みつけていた。


「オルトさんは、そんな嘘をつく人じゃありません! 私達職員も、本部の統括理事も映像で確認しました!」

「ハッ!」


 ボアードと呼ばれていた男が、レベッカを鼻で笑う。


「実際に『剣聖』を見たのは、そのオルトの仲間だけだ。そんな話が信用できるかよ。俺達【黄色い太陽】が探して見つからないなら、戦ったって奴を疑うのが当然だろ」


 ボアードの言い分を聞き、ネーナ達は呆然としていた。これまで誰が探しても、勇者パーティーの捜索でも『剣聖』マルセロは見つからなかったのだ。その一点で【黄色い太陽】の能力についてとやかく言うべきではない。


 だが彼等は、オルト達がマルセロと交戦した事実から疑っている。いや、無かったと決めつけている。


「この短期間で随分と名前を売ったみたいだけど、どれも胡散臭いのよね、オルトって奴」


 六人組の女性が言うと、仲間達も頷いた。


 曰く、Sランクの前冒険者統括に模擬戦で勝利したと言ってもロートルで、その後Sランクを返上している。暗殺者を倒した、魔人や領主軍、異世界の魔王と戦ったと言っても、それを証明出来るのは仲間達だけ。


「オルトさん達は、他の誰も行けない危険な場所に行っているんです!」

「だから、誰も見てないんでしょ。何も無かったのに虚偽の報告をする事も出来るじゃないの」

「随分と必死じゃないかよ、レベッカ。今度はそのオルトって奴にホレたのか?」

「っ!?」


 絶句したレベッカを六人組が嘲笑する。


「貴女って本当に、男を見る目が無いのね、レベッカ」


 レベッカは俯き、唇を噛み締めた。


 自分の事なら何を言われても構わない。でも恩人であり、憧れの人でもあるオルトが貶される事は我慢出来なかった。レベッカは悔しい思いで一杯だった。


 ボアードは周囲が自分達に向ける視線が険しくなった事に気づき、舌打ちをした。支部の冒険者達もかなり帰って来ている。


「チッ。ホテルの部屋が用意出来ないなら、応接室で我慢してやる。レベッカ、お前は部屋に来い。そこの眼鏡の女カミラもだ」


 傲慢なボアードに対し、カミラが毅然と告げる。


「レベッカを行かせはしません。皆様を応接室にご案内する事も出来ません。ギルド職員への執拗な侮辱行為と円滑なギルド業務の妨害行為を認め、【黄色い太陽】の皆様にはヴァレーゼ支部からの速やかな退去を求めます」

「何だと――っ!?」


 カミラに食って掛かろうとしたボアードが障壁に阻まれ、驚愕を顕わにする。気づけばピンクブロンドの髪の少女ネーナが、自分ボアードに対して棒杖を向けていたのだ。


「レベッカお姉さん、大丈夫?」


 エイミーは身軽にカウンターを飛び越え、レベッカを気遣っている。


「何なのよ、貴女達!」

「皆さんがお探しのオルトお兄様が所属しているBランクパーティー、【菫の庭園】です。私はネーナ・ヘーネスと申します、お見知りおき下さい」


 フェスタとスミスが六人組を牽制する中、ネーナはレベッカに微笑みかける。


「レベッカさん、カミラさんも、お兄様を庇って頂き有難うございます。とっても格好良かったですよ」

「そうね。職員の業務だと思って口出ししないようにしてたけど、もう構わないよね、カミラ?」

「えっ?」


 カミラの戸惑いの声を無視し、レナは両手の指をゴキゴキと鳴らした。


「レベッカとカミラに随分とゲスな事言ってくれた上に、うちのリーダーも散々コケにしてくれたねえ。あたし結構、ストレス溜まってたんだよね」

「調子に乗ってる女がいるな。見た目は悪くねえが、大人しくなって貰うか」


 ネーナが魔法障壁を解除すると、ボアードは青筋を立ててレナに向き直った。


 レナは余裕の表情でカミラに告げる。


「心配しないで、手も足も出さないから。ただ――」

「吠え面かくんじゃねえぞ!」

「――ちょっと頭は、使うけどね」


 両手で掴みかかろうとするボアードに対し、レナは不敵に笑った。






 ドゴッ!!






 ギルド支部の建物が揺れる程の衝撃の後。レナの足下には、うつ伏せの大の字になり、失神したボアードが倒れていた。

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