第百二十八話 果たすべき責任

 ――何があったのでしょうか。




 カナカーナ市街の視察に同行してからギルド支部へと戻って来たネーナは、会議室内の雰囲気に戸惑っていた。


 これから行われる会合は、シュムレイ公爵マリスアリアへの報告を主とするものだ。参加するのは公国関係者と自治州の関係者、そして冒険者ギルド本部とヴァレーゼ支部の関係者、更に『剣聖』マルセロと直接対峙した冒険者達。


 四角形に並べられたテーブルのそれぞれの辺に、公国、自治州、ギルド本部、ギルド支部の関係者が着席している。冒険者達はギルド支部の後ろにいた。


 そんな会議室内で、冒険者達、とりわけ【菫の庭園】のメンバーとギルド本部の関係者の間が緊張感に満ちている。


 普段は穏やかな印象のフリードマンが難しい顔をしていて、その左右に並んで座っている本部のギルド職員達は剣呑な表情でオルトを睨んでいる。


 当のオルトは、お世辞にも好意的とは言えない視線も全く気にかけず、ギルド支部の席に座ったまま目を閉じている。仲間達もエイミーが本部の職員達を睨みつけている他は平然としていた。


「フェスタ、何があったの?」

「ちょっとね。後で教えるから」


 マリスアリアが会議室に到着した事で、事情を聞いている間もなく会合の始まりが告げられた。オルトがスッと席を立ち、冒険者ギルドの支部長代行として会合の進行を務める。


 ――お兄様には出来ない事が無いのかしら?


 堂に入った司会ぶりに舌を巻きながら、ネーナはオルトの背中を見つめている。そのネーナに、フェスタが小声で話しかけた。


「ネーナが外出してる間に、ギルド関係者だけでオルトとマルセロの戦いを記録したものを見ていたの」


 記録映像を全て見終わった後で、フリードマンがオルトのSランク昇格の可能性を伝えたのだという。それに対して、オルトは昇格を受けるつもりは無いと返した。


 二人の前に座っているレナが振り返る。


「そしたら、フリードマンのお付きの職員達がヒートアップしたのよ」

「『Sランク昇格を断るなんて前例が無い! 正気なのか!?』ってね。本部が打診したら冒険者は黙って受けろって感じだったわ」


 ネーナ達の後ろからは、【四葉の幸福クアドリフォリオ】のマリンも話に加わって来た。ああでもない、こうでもないとネーナの周りで話し込む女性陣に、リチャードとスミスが苦笑する。


「あたしもあそこはカチンと来た――」

「……あー、そこ。大事な会合の最中だから、話したければ部屋を退出した後でやってくれ。スミスとリチャード、メラニアが残ってくれれば、こっちの進行には支障無いから」

『っ!?』


 見かねたオルトに注意され、ネーナ達が慌てて口を噤んだ。ギルド本部の職員達にも聞こえていたらしく、顔を真っ赤にしている。


 ――私が余計な事を聞いたせいで、お兄様に迷惑をかけてしまいました……。


 ネーナは仲間達に小声で謝罪すると、その後はずっと下を向いて報告に耳を傾けていた。




「――ヴァレーゼ支部からの報告は以上です。この後は質疑応答に移ります」


 オルトが報告を締めくくると、早速質問が飛ぶ。質問は全て自治州と公国の関係者からで、その殆どが逃走したマルセロと『災厄の大蛇グローツラング』に関するものであった。


 公国は数年前にもマルセロを取り逃がしており、その際には多数の死傷者を出している。今回再び逃走を許した事で、強い危機感を持つのは無理からぬ事と言える。


 公国の肝入りで行われた反政府勢力の掃討作戦。その中でも最も重要であった『ダンツィヒ解放戦』と『災厄の大蛇グローツラングの最大拠点強襲作戦』に対し、冒険者ギルドはAランクとBランクのパーティーを送り込んだ。


 これは冒険者ギルドが公国と自治州政府に協力する事で社会情勢の安定を促し、カナカーナに新設されたギルド支部の関係者の安全を確保するという名目もあった。結果、藪を突いてヘビならぬ『剣聖』が出てしまったのだが。


 その『剣聖』マルセロが逃走し行方が知れない以上、冒険者ギルドとしては本来の業務に戻る事になる。以降は捜索を担当する自治州と公国に情報を提供し、ギルドが前面に出る事は無い。


 自治州と公国の関係者は、手がかりを掴む為にどんな情報でもいいから欲しいと考えていた。




 質問が途切れると、他の質問者が無いのを確認してからマリスアリアが自ら挙手をした。オルトの指名を受け、着席したままオルトに問いかける。


「あの、オルト様は『剣聖』との戦いで剣を失われたとお聞きしましたが、代わりの剣はどうしておられるのですか?」

「予備がありますので、現在はそれを持ち歩いております。長年使って手に馴染んだ剣だったので、代わりになるものは見つかりませんね」

「そうでしたか……」


 マリスアリアは少し考え込む仕草を見せた後、オルトに提案をした。


「差し出がましいようですが、公爵家の収蔵品にもそれなりの剣がございます。オルト様のお眼鏡に適うものがあれば、是非お持ち下さい。公国と自治州に対するオルト様の多大な貢献への、ささやかなお礼でございます」


 オルトは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐにマリスアリアに微笑みかけた。


「お気遣い有難うございます、公爵殿下。その件は後ほど相談をさせて頂けますか?」

「なっ!?」


 オルトの返事に大声を上げたのは、ギルド本部の職員であった。




「オルト・へーネス! 今のはどういう事だ!?」


 会合が終わり、参加者が退出していく中。オルトに噛みついた男がいた。先刻、大声を出したギルド本部の職員である。


 ネーナ達冒険者も、エルーシャの案内で支部長室に向かおうとしていたマリスアリアも足を止める。男は怒り心頭に発した様子で、フリードマンの制止をも振り切ってオルトに食ってかかった。


「どういう事だ、とは? ギャバン人事副部長」

「しらばっくれるな! 公爵家より剣を受ける事の意味がわからないとは言わせんぞ!」


 冷静に対応するオルトに対し、ギャバンと呼ばれた男はオルトを糾弾するかのようにまくし立てる。


「ギルドからのSランク昇格の打診を固辞した後、公爵家からの申し出を辞退しなければ、他人がどう見るかわかる筈だ! ギルド支部長の立場で特定の勢力に肩入れするのは許されん!」

「はあ……」


 オルトは人目をはばからず、呆れたように深い溜息をついた。フリードマンはギャバンを止める努力を完全に放棄している。ギャバンとは別の、もう一人の随行員は状況を見て自重しているようだった。


「ギャバン人事副部長。それを言うからには、俺が支部長を代行するに至るまでの経緯は知ってるんだろうな? 俺はギルド職員ではなく冒険者だが、支部長の職務に支障の出る行動も不正も一切無い。あるというなら指摘してくれ」


 そもそもオルトは、マリスアリアに対して『相談したい』としか返事をしていないのだ。


 オルトとギャバンのやり取りを聞き、会議室を退出しようとしていたマリスアリアがきびすを返してくる。


「会話に横槍を入れる非礼は承知しておりますが、私に対しても言及があったようですのでお話に加えて頂きます。宜しいですね?」

「え? あっ」


 狼狽するギャバン。もう一人の本部職員とフリードマンは天を仰いで嘆息した。


「冒険者ギルドがオルト様と【菫の庭園】の皆様をどのように評価されているのか、私は存じ上げません。ですがオルト様達は公爵家のみならず、公国の恩人です。彼等は何度も公国の危機、そして公爵家の危機を救ってくれました。ギャバン様と仰いましたか、貴方は前回この公国に『剣聖』マルセロが現れた時、どれだけの死傷者が出たかご存知ですか?」

「…………」


 沈黙するギャバンに、マリスアリアは告げる。最後に逃走した一件だけで死傷者七百名超。それまでに北セレスタに滞在した一ヶ月分の暴行、傷害、殺人、強姦、窃盗、恐喝、器物損壊その他の犯罪を含めれば被害者総数は延べ人数だけで二倍に迫る。


「そのマルセロを抑え込めたのが『災厄の大蛇』の拠点強襲作戦の成功に繋がったと、冒険者の皆様と共に作戦に臨んだ公国軍指揮官や兵士からも証言を得ています。最大の功労者とも言えるオルト様に対する、冒険者ギルド本部の扱いはどうなっているのですか?」

「で、ですから。ギルド本部としては、オルト・へーネスにSランク昇格を提示しようと……」


 たじたじになりながらギャバンが返答するが、マリスアリアの追及は止まらない。オルトやネーナは勿論、公爵に随行する者達もこのような険しい表情のマリスアリアを見るのは初めてであった。


「オルト様はそれを辞退したと聞きましたが?」

「しかしSランクは冒険者の最高の栄誉なのです。そして、力ある者には果たすべき責任があります。辞退など認められません」

「オルト様の栄誉も、果たすべき責任も。少なくともギャバン様がお決めになる事ではない筈です。それは僭越というものではありませんか?」


 ギャバンの傲慢とも言える物言いに、マリスアリアが苦言を呈した。返す刀でフリードマンを斬りつける。


「フリードマン様。ギャバン様のご発言は、冒険者ギルド本部の公式見解と理解して宜しいのですか?」

「いいえ。ギャバンには発言を撤回して貰います」

「っ!?」


 フリードマンは即答した。ギャバンが目を見開いて驚愕する。


 悲しいかなギルド本部は、以前のヴァレーゼ支部の惨状もオルトの功績や影響力も理解していない。未だにフリードマンに対応を丸投げしているのが証拠だ。


 何とか引っ張り出した人事と総務の幹部候補には盛大に足を引っ張られた。正直、フリードマンは泣きたい気分だった。


「このタイミングでオルト様に昇格があれば、対剣聖の駒を確保したいという冒険者ギルドの意向としか思えませんが。ギルド本部では、オルト様ほどの剣士に相応しい剣を用意する予定がおありなのですか?」

「いえ。例外はありますが、装備品一切は冒険者が自ら用意する事になっています」


 フリードマンはマリスアリアに抗する事なく言質を与えた。ギャバンが拗らせただけで、元は目くじらを立てるような話ではなかったのだ。


「それではオルト様とご相談の上で、私がオルト様にお力添えをさせて頂いても?」

「問題は無いと考えます」

「だそうですよ、オルト様?」


 蚊帳の外にいたオルトは、いきなり話を振られて苦笑し、わざとらしく咳払いをした。


「……ゴホン。こうしてカナカーナの治安が良くなり、漸くギルド本部から『統括理事以外の』職員がお見えになりましたので、続きは支部長室に移動してからにしましょう。公爵殿下もお聞きになりたい事が沢山お有りでしょうし、当支部の職員や冒険者もお伝えしたい事があるようですから」


 本部の職員達と、死んだ魚の様な目のフリードマン。そして鼻息の荒いマリスアリアと、何か諦めた表情の随行員。エルーシャがそれらのゲストを案内して会議室を出て行く。


 オルトも部屋を出ようとして、仲間達に振り返った。


「……全く。会合の間くらいは大人しくしておいてくれよな? 俺はこれから『話し合い』だから、先に帰っててくれ」

「皆でご飯食べてから帰るからね?」

「ああ、こっちはこっちで済ますよ」


 フェスタに応え、ヒラヒラと手を振りながらオルトが立ち去る。


「――いい機会だから、ギルド本部のお偉方がどんな責任を果たしてきたのか、じっくり聞かせて貰うさ」


 楽しげに笑うオルトを、仲間達は苦笑しながら見送るのだった。

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