第百二十二話 邂逅は前触れもなく
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ネーナ、スミス、エイミーの後衛組が敵ごとバリケードを吹き飛ばし、視界を確保する。すかさずオルトとフェスタの二人が飛び出し、前方を制圧して後続の到着を待つ。その繰り返しで、【菫の庭園】は敵の激しい抵抗を物ともせずに邸内を進んでいた。
レナは後衛組の護衛と回復役に集中している。強襲作戦である以上、敵が準備万端で待ち構えている事は想定済みだ。
元々事前の情報で、『
オルトが『災厄の大蛇』の拠点強襲を明言したのは、ダンツィヒへの警戒を薄くする意味合いもあったのだった。犠牲者が出るのを避けれない以上、必ず目的を達しなくてはいけない。マリスアリアは批判覚悟で非情な決断をした。
人質を使われる可能性が少ない。その事が【菫の庭園】の強引な突破を可能にしていた。ダンツィヒ奪還戦の被害は無駄ではなかったのだ。正しくは、『無駄にする事は許されなかった』のだとも言える。
先行するオルトとフェスタは、トラップを解除する気は微塵も無かった。仕掛けという仕掛けを片っ端から作動させてしまい、『生きている罠の無い状況』を作っているのである。
「今ばかりは、二人共完全に騎士に戻っていますね。理屈では知ってても、実際にやる人は初めて見ました」
「確かに、作動する罠が無くなれば安全だけどさあ……脳筋にも程があるわよ」
扉を開け放しワイヤーは蹴飛ばし、魔法陣は斬りつけて無効化し、作動したトラップを悉く回避しては破壊して進むオルトとフェスタ。スミスとレナが呆れながら追うが、一番早く、後続が安全な進み方であるのも事実だった。
「何なんだこいつら!? 他の連中はもうやられたのか!?」
「ここは持たねえ! 退け、退けえ!!」
混乱する敵が撤退する暇も与えず、先行した二人が当たった傍から蹴散らしていく。スミスとネーナは襲撃を警戒しながら、息のある敵を順次壁や床に魔法で固定していった。術の持続時間を伸ばす事で、強襲作戦が終了するまで拘束するのだ。
オルトが追いついてきたネーナに声をかける。
「ネーナ。ポーションをこまめに使って回復しておけ。障害物はおおよそ排除出来たから、スミスの指示に従って魔力の消費を抑えろ。まだ走れるか?」
「はい!」
「ネーナも体力ついたわよね」
フェスタの言葉に、ネーナが笑顔を見せた。
「本番はここからだぞ。この拠点にいる『災厄の大蛇』の首領と幹部連中を仕留めなければ、強襲作戦は失敗だからな」
仲間達が頷き、気を引き締める。【菫の庭園】一行は屋敷の一階を粗方制圧し、広い玄関ホールに到達していた。残りは二階と三階、それから地下だ。
『災厄の大蛇』の首領と大幹部が拠点に揃っていて、組織が抱えている
これまで組織が隠れ蓑にしてきた旧伯爵家が排除されてから、短期間に情勢が目まぐるしく変わっている。先行きが不透明な自治州から避難し、拠点を移そうとしている。そう受け取れる動きである。
リチャードやオルトの伝手でも同様の情報を得ていた事で、闇の組織と公国の力関係を一気に逆転させるタイミングはここしか無いと、マリスアリアは決断したのだ。
「くそっ、やってられるか! 俺は逃げるぞ!」
「俺だって死にたくねえ!!」
足止めすら効かないオルト達に背を向け、敵が逃げ始める。彼等を組織に縛り付けている物は利益と制裁に対する恐怖だ。忠誠心など僅か程も存在しない。オルト達に圧倒的な力を見せつけられた今、潰走するのは当然の帰結だった。
裏庭へ出ようとした者達は扉に殺到するが、外から駆け込んで来た一団に押し戻された。
「何やってんだ! 早く外に出させろ!」
「外はヤベえ! メナスさんが殺られた! あの大剣使いの女は化物だ!」
「裏庭は兵士が入って来てる! 正門に向かえ!」
飛び交う悲鳴混じりの怒声から、イリーナが組織の幹部の一人を討ち取った事を知る。ネーナは【運命の輪】の無事に安堵した。
裏庭には逃げられないと悟った者達が、一縷の望みを賭けて玄関の大きな扉に駆けていく。その彼等の到着を待たず、外から扉が開かれる。
扉の向こうから現れた者達を見て、オルトが眉を顰めた。ネーナが問いかける。
「どうなさったのですか、お兄様?」
「……あいつら、手柄首だけ狙いに来やがった」
玄関から入って来たのは、【真なる勇気】の一行であった。
別荘の正門からこの玄関へはかなりの距離がある。ネーナの合図で作戦を開始し、リチャード達と共に制圧地域を前進させていたならば、オルト達と同じタイミングで玄関ホールに到達するのは困難なのだ。
――ギリッ。
オルトが奥歯を噛みしめると、セドリックがビクッと反応して目が泳いだ。ツカツカと【真なる勇気】一行に歩み寄り、すれ違いざまに短くオルトが言う。
「……一階は制圧した。さっさと行け」
そのまま玄関扉を押し開けるオルトを、ネーナ達が慌てて追いかけた。
正門側は激戦になっていた。
広い庭の中央、噴水付近で激しい戦闘が行われ、敵が集中している。そこに【四葉の幸福】はいた。
黒ずくめの装束に身を包んだ三人の槍遣いを、リチャードとサファイアの二人が迎え撃っている。槍の間合いを生かした三人の巧みな連携を二人の剣士が捌いていくが、突破口を見出だせない。
他の敵は魔術師のマリンに群がって行き、それを暗殺者のエリナがガードしていた。前衛と後衛が物量作戦で分断されつつあり、厳しい状況である。裏門側に比べて、明らかに敵が多く配置されていた。
「……ブルーノさんは?」
ネーナが呟く。本来はマリンを傍らで守っている筈のブルーノの姿が見られない。不安が胸をよぎる。
オルトが腰の剣に手をかけ、一歩を踏み出す。
だが。
「――来るなッ!!」
リチャードの鋭い制止で、オルトの足が止まった。リチャードは敵と対峙しながら叫ぶ。
「来るなオルト! 僕等は、君達の助けになる為に来たんだ! ここは僕等が引き受けた場所だ! 君は君のすべき事を為せ、オルト!!」
「リチャードの言う通りだ! シルファリオのAランクパーティー【四葉の幸福】を見縊るな!」
リチャードに続き、サファイアは強い言葉で自らを鼓舞した。
固く握りしめたオルトの手を、ネーナがそっと包み込む。
「お兄様、行きましょう。私達が速やかに邸内を制圧すれば、リチャードさん達の援護にもなりますから」
「ブルーノおじさんも大丈夫みたいだよ」
エイミーが正門の方向を指差した。
『おおおおおっ!!』
雄叫びを上げながら公国軍の兵士達が突入して来るのが見える。先頭で一団を率いるのは、大盾を構えて走るブルーノだった。
ブルーノが率いる部隊は敵を蹴散らしながら進み、包囲を突破してマリンとエリナに合流する。
ブルーノの傍らでマリンが詠唱を開始する。エリナは持ち場を離れ、死角を突いてスルスルと槍遣い達に近づいていく。
リチャードとサファイアは頷き合い、槍遣い達に向かって駆け出す。槍遣い達も縦一列に並び走り出した。
両者が接近して槍の間合いに入った瞬間、マリンの詠唱が完成する。
『
「くっ!?」
リチャードとサファイアの背後で光球が炸裂した。まともに見てしまった先頭の槍遣いが足を止める。
「ガイ、どうした!?」
急激に距離が詰まった二番手の槍遣いは、仕方なく横に飛び出す。突き出された槍の穂先を、リチャードが難無く切り飛ばす。
次の瞬間に肉薄したエリナに首を掻き切られ、二番手の槍遣いが絶命する。直後に先頭の槍遣いがサファイアに斬られ、声を上げる事も出来ず前のめりに倒れた。
一瞬にして二人の仲間を失った最後尾の槍遣いが、叫びながら槍を突き出す。
「ガイ!! マック!! くそおっ!!」
「相手が悪かったね」
「ぐああっ!」
瞬時に回り込んだリチャードが、突きを躱しざまに相手の左腕ごと槍を叩き切る。更に距離を詰めて体重を預けるような剣の突きで、相手の胸を貫き絶命させた。
一瞬で決まった勝負に、組織の構成員達から悲鳴が上がる。
「ノリエガさん! 『黒い三連槍』がやられた!?」
「俺達じゃ止められん! 他の幹部はどこだ!?」
「知るかよ! こっちは公国軍の相手で手一杯だ!!」
浮足立つ敵を、ブルーノが率いて来た公国兵達が次々と打ち倒し、或いは拘束していく。
手を振って見せるマリンにネーナが手を振り返し、オルトは親指を立てて応えると身を翻して屋敷の中へと消えた。
「今の内に手当てをしてしまおう。必要な者は言ってくれ」
「僕は大丈夫。念の為にサファイアを頼むよ」
近寄って来るブルーノに、リチャードは苦笑で応える。
「【真なる勇気】を放置したのは失敗だったかしらね。あのパーティーがさっさと屋敷に入ったから、オルトさんがこっちを気にしちゃったのかも」
「それを言うなら、あのタイミングでオルト達が玄関に来ているのがおかしい。彼等ならば通過した場所は制圧済みの筈なのだ。それにしては明らかに早すぎる」
マリンの指摘に、少し前まで【菫の庭園】のメンバーであったブルーノが呆れ気味に応える。
「私はもう、彼等が何をしても驚かないよ。彼等だけは、何があっても敵に回したくないな」
しみじみと話しながら、軽い怪我を治癒して貰うサファイア。リチャードは誰にも聞こえないような声で、ポツリと呟いた。
「……僕等も心配をさせてしまうようでは、まだまだだね」
◆◆◆◆◆
邸内に戻ったオルト達の目の前で、セドリック率いる【真なる勇気】一行は、敵の抵抗を受けて二階に上がれずにいた。
玄関ホールの上り階段の中程で足止めを食らっている様子を見て、レナがオルトに問いかける。
「どうする?」
「階段は他にもある。別なルートで上がろう」
オルトは即断した。
目の前の上り階段に幹部級と思しき敵は見当たらず、セドリック達も先に進めないものの持ち堪えてはいる。【運命の輪】と【四葉の幸福】が追いついて来るまでに、まずは速やかな館内の制圧を目指すべきだと考えたのだ。
仲間達も賛同し、玄関ホールから出る為に動き出す。だがその時、戦局が急変した。
「うわあああ!!」
「誰だ押しやがったのは!?」
二階から悲鳴を上げながら、雪崩を打ったように人が倒れ落ちて来た。階段の途中にいたセドリック達【真なる勇気】一行も巻き込まれ、三十人程が階段の下に折り重なって倒れている。下敷きになっている重傷者の存在も予想される惨状である。
「一体、何が――エイミー、どうしたの!?」
「あ、ああ……」
戸惑っていたネーナが、傍らのエイミーの様子がおかしい事に気づく。エイミーは恐怖に満ちた目で階段の上を見つめ、硬直していた。顔色は真っ青を通り越して白くなっている。
「――最初から、こうすれば良かったじゃねえか。使えねえ連中だな」
情の感じられない酷薄な声。
階段の上にいるのは、ポケットに手を入れたままで前蹴りの体勢から足を戻している男。
「まさか、こんな所で……」
スミスが真剣な表情で、魔法の杖を強く握り締める。
暗い炎のような、黒みがかった赤い髪。美術品を思わせる彫りの深い顔立ち。背は高く、程よく引き締まった肉体。オルトより一回り程大きいと、ネーナは感じた。
赤と黒を基調にした防具で身を固め、腰に提げた剣は禍々しい気配を漂わせている。
「何であんたが――」
「あ? 見覚えのある奴が、何人かいるじゃねえか。俺に抱かれに来たのか、レナ?」
「そんな訳あるか!」
レナが激昂する。
「何であんたがここにいるの! マルセロ!!」
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