第百二十一話 既に賽は振られた
オルトは暴言を吐いたセドリックの首根っこを掴むと、ギルド支部裏の修練場へ引き摺って行って告げた。
『ヴァレーゼで戦ってもいない内に俺の仲間を侮辱した以上は、大口叩くだけの力を見せろ。俺から一本でも取れなければ、俺が求めたAランクの実力に足りないとして本部に突き返す』
急な事に戸惑うセドリックだが、スミスとレナが『オルトはバラカスと互角に戦える。そのオルトに勝てるならば、勇者パーティーメンバーよりも優れているとの証明になる』と話すと目の色を変えた。
だが、ギャラリーが沸いたのは最初だけだった。まともに打ち合う事さえ許されずに惨敗したセドリックに対し、息一つ乱さずにオルトが言う。
「うちのネーナがパーティーに寄生している、お前はそう言ったな? だったら口程にもなく俺に捻られたお前は、『Aランクパーティー』の肩書に寄生してるんじゃないのか?」
「…………」
セドリックからの返事は無い。オルトから視線を向けられ、冒険者統括のフリードマンは頭を振った。
「彼等は実績を重ね、適正な審査を経てAランクに昇格しています。その事は私が保証します」
「オルト、それは相手が気の毒だよ。Sランクの実力がある者も一度はAランクを通過するんだから。Aランク冒険者であっても力量の差はあるよ」
苦笑しながらリチャードがフォローを入れる。
オルトとセドリックの様子をぼんやりと見つめていたネーナは、不意に後ろから肩を叩かれて我に返った。
「君を知っている者達は、皆君の味方だ。少なくとも私達は、君に助けられたよ」
「ネーナさんを知ってる人なら、あんな事言えないものね」
【四葉の幸福】のサファイアがネーナを励まし、同じパーティーのマリンはセドリックを非難する。
自分の左手を包む誰かの温かさを感じ、ネーナは傍らを見た。そこにはエイミーがいて、唸りながらセドリック達を睨んでいた。エイミーの反対側にはマリスアリアがいて、気遣わしげにネーナを見ている。
他にも仲間達が近くにいるのに、ネーナは全く気がついていなかったのだ。自分で思っていた以上に、セドリックの言葉に心を抉られていた。その事を漸く認識した。
フェスタがネーナの顔を覗き込む。
「もう、大丈夫かな?」
「はい。ご心配おかけしました」
「それはあっちに言わないとね」
フェスタが示す指の先には、フリードマンの制止にも応じずセドリックに殺気を叩きつけるオルトがいた。セドリックだけでなくその仲間達、更にはフリードマンまでもが脂汗を流している。
「ちょっと行ってきます」
ネーナは気負う様子もなくオルトに近づくと、その服の裾を引きながら呼びかけた。
「お兄様」
「…………」
オルトは普段と違う厳しい表情をネーナに向けた。まだ修練場に残っていた冒険者達が、ネーナとオルトを心配そうに見つめている。
「大丈夫だよ。ね、フェスタお姉さん?」
「ええ」
冒険者達を安心させるようにエイミーが言うと、フェスタも微笑みながら頷いた。
ネーナは怯まず、もう一度オルトに呼びかけた。
「お兄様、帰りましょう。お腹が空きましたから。それと私は、いつもの優しいお兄様の方がいいです」
「……そうか」
「はい」
ネーナが頷く。オルトは空を見上げて、ふーっと息を吐いた。暫くしてオルトがいつものようにワシワシと頭を撫でると、ネーナは笑顔を見せた。
「帰るか」
「はい!」
殺気から解放されたセドリック達が脱力する。リチャードが感心したように言った。
「ネーナはさながら、猛獣使いってとこだねえ」
「オルトがあそこまで怒るのも珍しいけどね」
フェスタが肩を竦めると、【菫の庭園】のメンバーでもあったブルーノは真顔で頷いた。
「うむ。あれ程となると、私は『惑いの森』の一度しか記憶に無い」
「あー。あれはエルフ達が酷過ぎたわね。セドリックと同じ感じで、実力を測りもしないでオルトをキレさせたから。というか、私も含めて皆キレてたし」
「何それ!? 『惑いの森』って、アルテナとトリンシックの境でしょう? エルフに会ったの!?」
魔術師のマリンが食いつき、ブルーノに話をせがむ。
騒がしい外野をよそに、オルトは起き上がれないままのセドリックに言い放った。
「ネーナはエイミーと二人で、Aランク冒険者のワドルとその取り巻き達を戦闘不能にしてる。少なくとも二人がかりで同じAランクの俺に手も足も出ないお前から『寄生している』などと言われる筋合いは無いぞ」
それを聞いたリチャードがボソッと呟く。
「
仲間達は苦笑した。
オルトとネーナの下へ【菫の庭園】の面々が歩み寄る。
「セドリック。ネーナは確かに、自身の目的の為に王族の地位を放棄しました。その後は私達と共に旅をし、私達と同じように野営をし死線を潜り、冒険者としては新人がやるような下水道の害獣駆除もしました。彼女は一度も弱音を吐きませんでしたし、努力を続けて一人前の賢者に成長しました。『寄生』などと言う事実はありませんよ」
スミスがセドリックの暴言を批判すると、レナは腕を組んでセドリック達を睨みつけた。
「あんた達の相手をする時間も惜しかったから、今までは噛みついてきても放っておいたけどさ。調子に乗ってあたしらの仲間を侮辱するなら、マジで潰すよ?」
レナが言い終えると、【菫の庭園】の面々はマリスアリアに一礼して【運命の輪】と共にギルド支部を去って行く。
ネーナ達を見送ったマリスアリアが、意味有りげな笑顔でフリードマンに向き直った。
「さて。少々冒険者ギルド本部の見解を伺いたい事が出来ました。このヴァレーゼ支部についての認識も改めて共有すべきと存じますが、まずはフリードマン様のお考えをお聞かせ頂けますか?」
「はっ……」
フリードマンは頭を下げながら、自らにヴァレーゼ支部の対応を押しつけた本部の担当者達に心の中で恨み節を吐いていた。
◆◆◆◆◆
三日後、【菫の庭園】【四葉の幸福】【運命の輪】【真なる勇気】の四パーティーは公国軍と合流して、ダンツィヒという都市の近郊にある『
ダンツィヒも『災厄の大蛇』の支配下に置かれていたが、前日に自治州軍とAランクパーティー【野鴨戦団】が奪還作戦を決行し、激戦の末に制圧していた。敵は撤退するに当たって町に火を放ち、市街の三割を焼失するという大きな損害と引き換えの奪還であった。
ダンツィヒに入場する事なく野営をした強襲部隊は二手に分かれて進軍し、敵の拠点の包囲を完了して作戦決行の時を待っている。
『災厄の大蛇』の拠点は旧コスタクルタ伯爵家の私有地にある別荘である。高い塀で囲まれ中の様子は見えず、目立つ入口は分厚い鋼鉄の扉が閉じられた二箇所のみ。【菫の庭園】は【運命の輪】と共に裏口で待機していた。
「オルト。正面もこっちの合図待ちだって」
「お疲れさん、レナ」
正面口の【四葉の幸福】と連絡を取って戻ったレナを、オルトが労う。強襲作戦開始の合図はリチャード達の希望もあり、オルトが出す事と決まっていた。
【真なる勇気】は暴言こそ無くなったが、当初は他の三パーティーが連携不可能だとして、同行を拒否していた。
支部内での立場の悪さを漸く理解したセドリックの謝罪とフリードマンの口添えで、何とか同行は受け入れられた。但し、二つのグループで同時に突入する作戦は変更を余儀なくされたのだった。
『仮にもAランクパーティーだし、正面から突っ込んで貰おうかな。
リチャードが爽やかな笑顔で物騒な事を言う。セドリック達【真なる勇気】の面々が顔を引き攣らせるが、自らが蒔いた種としか言いようが無かった。
【真なる勇気】は正面からの突入、【四葉の幸福】はその支援。だが作戦の肝は、裏口から突入するオルト達の方であった。【菫の庭園】も【運命の輪】もBランク離れした攻撃力を誇り、気心も知れている。正門で派手に暴れて注意を引き、裏手から館に【菫の庭園】が突入して制圧への道筋をつける流れはしっかりと共有されていた。
「ここに来るまで敵もいなかったし、籠城戦のつもりかしらね」
「要塞化されてて、元の別荘の見取り図はあまり役に立たないな。待ち構えてると思って行くさ」
「どうしますか?」
フェスタとオルトのやり取りに、【運命の輪】のメラニアが加わってくる。
「まずリチャード達への合図がてらに、門を壊す」
「ええっ!?」
驚きの声を上げたメラニアに、オルトがニヤリと笑ってネーナを振り返った。ネーナが近寄って来る。
「やれるな?」
「はい、お兄様」
「よし。『あいつら』の度肝を抜いてやれ」
「あははっ! いいね、それ!」
オルトの言う『あいつら』とは敵ではなく、ネーナに暴言を吐いたセドリック達の事である。レナが声を上げて笑い、スミスとフェスタは苦笑する。
メラニアは少し考え、オルトに告げた。
「私達は建物の外を制圧して、公国軍の一部を呼び込んでから追いかけます」
「頼む。妙な物があれば潰しておいてくれ」
イリーナが無言で頷く。油断も気負いも無い、いい面構えだとオルトは感じた。
「抵抗しない者は公国軍に任せて拘束させろ。だが敵も必死だ、警戒は怠るなよ。全員の奮戦に期待する」
オルトはそれだけ言うと、ネーナに視線を向けた。ネーナが詠唱を開始する。青かった両の瞳が紅と翠の
――
『
瞬く間に空を厚い雲が覆う。その雲を裂いて落ちた炎の球が、門に直撃した。
『っ!?』
激しい爆風がネーナ達を襲うが、スミスとメラニアの魔法障壁が全てを受け流す。砂煙が消えて視界が回復すると、敵拠点の大きな門は完全に破壊されていた。
「――ネーナ、よくやったぞ。スミス!」
『
ネーナの背をポンと叩いて労い、オルトが駆け出す。その後ろをピタリとフェスタが追走し、二人の前方の高熱をスミスが吹き飛ばした。
フェスタが腰のサーベルを引き抜き、瞬時に敵を斬り伏せる。魔力を帯びた刃は
フェスタが振るっているのはアオバクーダンジョンで死んでいた、旧コスタクルタ伯爵の次男が所持していた剣である。故人が蒐集していたもので公国由来の剣ではなかった為、マリスアリアが一度召し上げてから改めてフェスタに下賜されたものだった。
二人は難無く裏門を制圧し、安全を確保する。見事な連携に舌を巻きつつ、仲間達が別荘の敷地に入って行く。
正門の方からも怒声や爆発音が聞こえて来る。ネーナは懸命に走りながら、リチャード達も突撃を開始したのだと知った。ネーナに合わせて走るエイミーが、屋敷の窓から狙って来る敵を正確に撃ち抜いていく。
勝手口らしき扉の前で、オルトが立ち止まる。
「ここで分かれよう」
「はい、皆さんお気をつけて」
リーダー同士が頷き合い、二つのパーティーは互いの武運を祈りながら走り出した。【運命の輪】は裏庭へ、【菫の庭園】は勝手口から屋敷の中へと。
既に賽は振られた。もう引き返す事は出来ない。この強襲作戦は、マリスアリアが文字通りに全てを賭けた大博打なのだ。何をしてでも成功させる以外、前へと進む道は無かった。
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