第百二十話 セカンドプランは【真なる勇気】

「私、あのような仕合は初めて見ました……」


 口元に手を当て、マリスアリアは目を瞬かせた。先日と全く同じセリフだが、その時のような浮かれた様子はない。やはり先日同様にマリスアリアの隣りにいるネーナは、硬い表情を崩さなかった。


 静まり返るギルド職員や冒険者達。ギルド支部裏の修練場に集まったギャラリーの前で、一人の剣士が大の字になって倒れている。その手にあった筈の剣は、遠く離れた木の幹に突き刺さっていた。


「しかし、まさか彼等が来るとは思いませんでしたよ」

「Aランクパーティーになっていたのも予想外だったわね。中身は相変わらずだけど、セドリックの奴」


 スミスとレナが、呻いている剣士――セドリックを見ながら微妙な表情で話している。剣士は自力で起き上がる事が出来ず、仲間の神官らしき女性に介抱されている。


 最後に乱入した短槍遣いはオルトの足下に座り込み、柄の中央で両断された短槍をそれぞれの手に持ち呆然としている。


 オルトとセドリックの仕合を見ていた【運命の輪】のイリーナは、決着を見届けると黙って立ち去った。


「イリーナはどうしたのかしら」

「心配は要らないんじゃないかな?」


 心配そうなフェスタにリチャードが応える。リチャード達【四葉の幸福】は、オルトの推薦により指名依頼の形でヴァレーゼ支部にやって来ていた。


彼女イリーナ、オルト達の太刀筋を追えてたみたいだよ。Bランクと聞いてたけど素晴らしいね」

「支部に戻る度に勝負勝負と騒ぐからな。そりゃあ目も慣れるだろ」


 オルトは勢い良く扉を開け放して支部に帰って来るイリーナの姿を思い出し、一瞬遠い目をした。それから気を取り直したように、ギャラリーの冒険者やギルド職員を解散させる。


「他に血の気の多い奴がいるなら名乗り出ろ。いないならこれで解散だ。仕事中の者はさっさと戻れ」


 倒れている剣士を一瞥したオルトが、その仲間達を睨みつける。睨まれた者達は震え上がった。


「冒険者っていうのは、一々誰かを見下して噛みついて、殴られてからでないと仕事が出来ないのか? 冒険者統括殿」


 話を振られたフリードマンは、苦虫を噛み潰したような表情をした。オルトの怒りがポーズではないと理解しているからだ。


 今回の事態も、元を辿ればラスタンを支部長に任じたギルド側の不手際から始まっていて、更に不手際を重ねているという体たらく。とはいえフリードマン自身は、貧乏くじを引かされて収拾に当たっている立場である。


 僅かな期間で何度もリベルタとシュムレイ公国を行き来する羽目になったフリードマンは、どうしたものかと内心で頭を抱えていた。




 ◆◆◆◆◆




 時は少し戻る。


 前回のヴァレーゼ支部訪問の後、シュムレイ公爵マリスアリアは公国と自治州に拠点を置く主だった団体のトップを一堂に集めて会合を行った。そこでのマリスアリアの宣言は参加者に大きな衝撃を与えた。


「これよりシュムレイ公国は、旧コスタクルタ伯爵家に与する勢力を一掃する戦いを開始します」


 参加者達が息を呑む。マリスアリアはその一人一人の表情を見逃すまいと、しっかりと見据えながら言葉を継いだ。


「敵は強く狡猾であり、長く苦しい戦いになるでしょう。これは公国を公国民の手に取り戻し、ヴァレーゼに真の自治を実現する為の戦いです。この場に集まった皆の力を結集せねばならず、逃げる事も負ける事も許されません」


 旧コスタクルタ伯爵と繋がっていた闇の組織。それが具体的に何であるかは知らずとも、盗賊ギルドなど及びもつかないような危険な集団である事は、この場に集められた各団体のトップ達は知っていた。


 各々頭の中で素早く算盤を弾き、可能な限り自勢力の損害を抑えるように立ち回ろうと腹を決める。多くの者が勝った方に従えばいいと考えていた。だが、そんな日和見は許さないとばかりに、マリスアリアは特大の爆弾を落とした。


「現在、旧コスタクルタ伯爵家の関連施設より押収した膨大な量の帳簿を調べております。不正や癒着、贈収賄等に加担した者は国家の発展を阻害し、国民の生活を脅かしたも同義。全ての罪状を明らかにし、然るべき処罰を与えます」


 大きなどよめきが起こる。旧伯爵領にあって、伯爵家やそれに連なる闇の組織と無関係な者など、ほぼいないと言っていい。権力者の方から関わりを求めて来るのだから、拒むのは難しい。僅かにいた気骨のある者は、全員見せしめに殺されたのだ。


 二者択一を迫られ動揺する者達に揺さぶりをかけるマリスアリア。老獪なやり口は、スミスとネーナの仕込みである。


「――ですが。只今は国家の非常事態。自ら罪を申告し、我々の敵との戦いに真摯に協力し、今後は地域の発展と住民の為に尽くすと誓う者に関しては罪一等を減じ、軽微な罪は赦免致します。この戦いが収束した後に特赦を発令する事をこの私、シュムレイ公爵マリスアリア・ド・シュムレイの名に賭けてお約束します」


 人々が静まり返った。百戦錬磨であるはずの各団体代表達は、小娘と侮っていたマリスアリアに完全に呑まれていた。そこにオルトが発言を求める。


「私は冒険者ギルドヴァレーゼ支部、臨時支部長代行のオルト・ヘーネス。この場にお集まりの皆様にお伝えする。冒険者ギルドヴァレーゼ支部は、シュムレイ公国並びにヴァレーゼ自治州の要請に応じ、数日中に反社会的勢力の一つである『災厄の大蛇グローツラング』の最大拠点を強襲する」


 オルトがざわめきの中着席すると、入れ替わりに立ち上がる者があった。


「傭兵ギルドからも言う事がある。我々は『災厄の大蛇』と公国の抗争に関与しない。全所属ギルド員にも通達済みだ」


 ざわめきが更に大きくなる。オルトの発言、それに続いた傭兵ギルド支部長からの発言は、居並ぶ者達を驚愕させた。


『災厄の大蛇』はヴァレーゼ自治州の闇に潜む組織の中でも最大勢力であり、凶悪さと残虐さにおいても他の追随を許さないと評されていた。これを強襲するという事は、確実にヴァレーゼ全土を巻き込んだ抗争が始まる事を意味する。


 旧伯爵領軍以上の戦力を擁すると見られる闇の組織に挑む者など、これまでは存在しなかったのだ。この先何が起きるか誰にも予測出来ず、突然それを聞かされた者達の不安は留まる所を知らなかった。


 もう一つ、傭兵ギルド支部長の発言も、衝撃の大きさではオルトの発言に劣るものではなかった。


 冒険者ギルドと傭兵ギルド。二つのギルドは一般的に同じような印象を持たれていて、実際に護衛や警備など戦闘能力を見込まれる依頼はどちらのギルドにも持ち込まれる。


 だが戦力を提供する傭兵ギルドは、冒険者ギルド程は依頼者の属性を重視しない。契約が成立し、契約通りの報酬が支払われるならば、傭兵は腕を振るうのみ。そこに善悪の視点が介在する事は無く、それがある種の信頼感をも醸成していた。


 その傭兵ギルドが『関与しない』と表明した。マリスアリアに集められた各団体トップの中にも、後ろ暗い仕事に傭兵を使った者は少なからずいる。自分の耳を疑っている者達に向けて話すかのように、傭兵ギルド支部長が再び言葉を発した。


「繰り返すが、傭兵ギルドはこの件に関与しない。どっち側にも傭兵を出す事は無い。個人で行ったやつはどんな扱いを受けようと知らん。『刃壊者ソードブレイカー』やAランク冒険者相手に死んで来いなんて、言える訳がないだろう」


 憮然とした表情で、吐き捨てるように傭兵ギルド支部長が言う。元々マリスアリアからの協力要請を突っぱねた傭兵ギルドが『どちらにも傭兵を出さない』と方針を変えたのは、面子を守りつつ義理を通した結果だったのだ。


 オルトはこの会合の前に、単身で傭兵ギルドに乗り込んで支部長に直談判をしていた。そこでオルトは『自分の意志で闇の組織に与した者に関して、一人たりとも生かして返さない』と告げた。


 冒険者同様、或いはそれ以上に敵の力に敏感なのが傭兵だ。そうでなければ生き残れない。オルトの物言いに煽られた血の気の多い傭兵が突っ掛かるが、軽く捻られた上に腕を飛ばされそうになる。支部長は慌てて止めに入り、抗争への不関与を約束したのだった。




 ――何であんな化物が出張って来てるんだよ。


 傭兵ギルド支部長は椅子に腰を下ろしながら、心の中で毒づいていた。




 その後会合は一時的に紛糾したものの、参加者の大半は旧支配層の伯爵家と闇の組織に従い、時には阿って生き延びて来た者達だ。叩けば埃が出る身体で市民の恨みも買っており、公爵のマリスアリアに強く出られる者はいなかった。


 会合が終わり、マリスアリアが支持された事を確認したオルトはギルド本部に対し、事後報告の形で政府への協力を伝えてAランクパーティー派遣を要請した。


 そこで冒険者ギルド本部が送り込んだのは、【真なる勇気】という名のパーティーだった。




 ◆◆◆◆◆




 フェスタが修練場の中央のオルト達を見ながら、レナに尋ねる。


「物凄く失礼な奴で同情の余地は無いけど、彼等は一体何なの? 仲が良さそうには見えないけど、知り合いなんでしょ?」


【真なる勇気】のセドリックという男は、ギルド支部にやって来るなりスミスに向かって『勇者パーティーメンバーが三人もいて解決出来ないとは、何をやっているのか』と言い放ったのだ。


「……彼等は、『セカンドプラン』です」


 フェスタの問いに答えたのは、レナではなくスミスだった。ネーナは黙って聞いている。


「セカンドプラン?」

「そ。勇者パーティーのね」


 レナが短く補足し、スミスが説明し始めた。




 勇者パーティーには様々な立場の者が、それぞれに思惑を持って近づいていた。その中には、勇者パーティーに自分の息のかかった者を送り込もうとする動きもあった。


 例えば帝国の第三皇子。例えばストラ聖教の反教皇派の枢機卿の娘。暗殺者ギルドのメンバーなど。言ってみればレナやバラカスもそうして送り込まれていて、エイミーは例外中の例外だ。


 勇者パーティーは魔王軍との戦いを継続するに当たって各方面からの協力やサポートを得ており、中にはどうしても断れない要請もあった。その一つがパーティー参加要請だ。


 実力の足りぬ者を最前線に連れて行く事は出来ない。さりとて放置も出来ない。そもそも勇者パーティー自体、自分達の戦いで手一杯だ。スミス達が考えに考え抜いた末、有力者や支援者に提示したのが『勇者パーティー・セカンドプラン』であったのだ。


 冒険者ギルドに協力を求め、勇者パーティーに同行出来ないレベルの者達でCランクパーティーを結成し、依頼をこなしながら実力をつけていく。名目は勇者パーティーに欠員が出た時の補充要員。更には勇者パーティーが志半ばで潰えた時の、『次の勇者パーティー』として。


 だが、その実は『勇者パーティー』の肩書を与えて比較的安全な場所でお茶を濁して貰おうというものであった。支援者の面目も、セカンドプランのパーティー入りした者の面目も立ち、勇者パーティー本隊も自分達の戦いに集中出来る。


 しかし結果的に、セカンドプランからステップアップする者は無く、勇者トウヤは魔王と相討ちになり終戦を迎えた。




「彼等はその後も活動継続を選択して【真なる勇気トゥルー・ブレイブリー】と名乗り、完全に我々とは繋がりを断って別行動となっていました」

「それで偶然かどうかわからないけど、ここで再会したのね。でも正直、勇者パーティーを目指している人達の振る舞いとは思えないんだけど」


 スミスの説明に納得しながらも、フェスタは非常に辛辣な感想を漏らした。レナが苦笑する。


「あたしらにライバル心だか敵意だかわからない噛みつき方をするのは以前のままよ。ネーナへの一言は最低だし、オルトにボコられても全く擁護出来ないわ」


 セドリックは、スミスに対して挨拶も抜きの酷い物言いをした。それを咎めたネーナに、仲間達が看過出来ない暴言を吐いたのである。


『国と国民を捨て、高ランクパーティーに寄生している王女の出る幕ではない』


 オルトが怒らない理由が無かった。

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