第百十四話 焼かれるか燃やされるか退くか

 女性五人で構成されたパーティー。中でも一際美しい、銀髪の女性がフリードマンに歩み寄る。


「フリードマン冒険者統括。【月下の饗宴】、ラスタン支部長を救出して帰還しました」


 女性がラスタンを指し示す。トサカが崩れたラスタンは外套を着せられ、ロープによる拘束は解かれていた。支部に戻ってからずっと俯き、一言も発していない。職員達の冷ややかな視線を受け、居心地悪そうにしている。


 フリードマンが女性を労う。


「ご苦労様です、シンディさん。オルトさんはラスタン支部長の傍にいませんでしたか?」

「ラスタン支部長に暴行を働き、拉致した男ですか? 我々が現地に到着すると、罪状を認めた後でダンジョンの中に逃亡しました。我々はラスタン支部長の身柄の保護を優先し男の追跡を諦め、帰還した次第です」

『!?』


 シンディと呼ばれた女性の発言で、支部内に不穏な空気が満ちる。エルーシャは無表情に、レベッカは怒りで顔を紅潮させ。エイミーはレナに羽交い締めにされていた。


 職員達の反応が予想外だったのか、【月下の饗宴】の面々が一瞬たじろぐ。


 ネーナがスッと席を立った。


「エイミー。お兄様をお迎えに上がりましょう。Aランクパーティーが来たのならば、私達がここにいる必要も無いでしょうから」

「……うん。きっとお兄さん、今も一人で戦ってるね」


 エイミーが羽交い締めから抜け出す。


 ネーナ達は勿論、フリードマンもギルド職員達も、『オルトが【月下の饗宴】から逃れてダンジョンに入った』という主張を全く信じていなかった。


 レナはそれをハッキリと言葉にした。


「『オルトが逃げた』ってのは眉唾だけどね。ダンジョンに入ったのが本当なら、そうすべき理由があったんでしょ。でなければ入口にいるだろうし」


【月下の饗宴】の面々が不愉快そうに顔を顰めるが、ギルド職員のエルーシャとカミラもレナの意見を支持する。二人は、オルトにアオバクーダンジョンの対処を引き継いだ【運命の輪】から詳細な報告を受けていた。


「【運命の輪】の皆さんの報告によれば、敵はただ強いだけでなく、見た事のない姿形をしていたそうです。オルトさんは実際に対峙してみて、何かに気がついたのかもしれません」


『ダンジョン入口から地上に出た魔物だけを排除する』という条件で、メラニア達【運命の輪】は被害の拡大を防いでいた。敵は影法師のように真っ黒で、背中から鳥に似た翼を生やした天使のような造形をしていたという。


【運命の輪】はダンジョン出入口に魔法障壁を重ね、それを突破する魔物に対処するのが精一杯であったが、オルトならば単身ダンジョンに進入し、魔物を出現させる大元を叩く事も出来るだろう。


 オルトは一応、拉致したラスタンの安全には配慮していたと考えられる。ネーナ達の見解は、『ラスタンの御守りを押し付ける相手が来たので、オルトは魔物の出所を潰しに行った』というものだった。


「兎に角急ぎましょう。お兄様が敵に遅れを取るとは思えませんが、支部を出発して五日経過していますから」


 ネーナは歩き出す。が、その歩みはすぐに阻まれてしまった。凛とした銀髪美女が、芝居がかった仕草で周囲の者達に訴える。


「君達があの男の仲間ならば、ここを出るのが適当とは思えない。支部内でギルドの監視下にあるべきだ」

「お兄様が逃げた? 全く笑えませんね。平気で嘘をつく貴女の言葉など一顧だにする価値もありません。アオバクーダンジョンの状況については聞いている筈ですが、私達を足止めするならばAランクパーティーの貴女達が向かってくれるのですか?」


 シンディに対し、間髪入れずにネーナが言い返す。ネーナの強い視線を受け止め切れず、シンディが返答に詰まる。


「……我々は帰還したばかりだ。もう一つのAランクパーティー、【野鴨戦団】が支部に帰還してから対応を――」


 歯切れの悪いシンディの言葉を、ネーナがバッサリと切り捨てた。


「話になりませんね。二度は言いません。私達はお兄様の下へ向かいます。貴女達がそこを退かないのならば、実力で排除します」

「なっ!?」


 驚愕するシンディに構う事なく、ネーナが言葉を継ぐ。


「時間稼ぎにお付き合いする気はありませんので、五つ数える内に焼かれるか燃やされるか退くかを決めて下さい。エイミー、カウントを」

「54321、ゼロ!」

『ファイアボ――』


 カウントが早過ぎる! そんなシンディの悲鳴より早く、フリードマンがネーナを制止した。


「そこまでにして下さい。ここはギルド支部の中です」


 ネーナの手元に発生した小さな炎が掻き消える。フリードマンは溜息をついた。


「【菫の庭園】がアオバクーダンジョンへ向かう事を許可します。戻ってから報告をお願いしますよ」

「承知しました」


 ネーナは一礼すると、仲間達と共にギルド支部を出て行く。扉を閉める際にネーナは一度だけ振り返り、シンディの二つ名を呼んだ。


「軽い気持ちで私達を相手に回せば後悔しますよ、『淫魔サキュバス』シンディさん」

「っ!?」


 シンディが息を呑む。


 ネーナは【月下の饗宴】がどのようなパーティーであるかも、自らが治療院に叩き込んだワドルが所属していた事も知っていた。だが今は、オルトの下に向かう以外の事はどうでも良かったのである。



 ネーナ達が去り、シンディは大きく息を吐いた。手を見れば、汗がじっとり滲んでいた。


 職員達が各々の仕事に戻り、フリードマンはラスタンにヴァレーゼ臨時支部長の職務一時停止を伝え、事情聴取の為に別室へ移動を促した。


「……フリードマン統括」

「何ですか、シンディさん?」


 呼び止められたフリードマンが立ち止まる。シンディは声を荒げた。


「どういう事ですか、これは! どうして【菫の庭園】を行かせたのですか! ラスタン支部長に対する暴行に拉致監禁。我々が支部長を保護しなければどうなっていた事か!」


 シンディの顔に余裕は無い。男達を魅了する美貌も、この時は歪んだ表情の前に鳴りを潜めていた。


「端的に言えば、オルトさん抜きの【菫の庭園】を止める事が出来ないからです。【月下の饗宴】にワドルさんがいても無理でしょうね」

「っ!」


 ラスタンを連れて行くよう部下に指示し、フリードマンはシンディに向き直った。冷徹に事実だけを告げる。


「更に言えば、オルトさんは逃亡しません。する必要が無いからです。その気になれば冒険者ごとこの支部を壊滅させられる、そんな実力の持ち主を怒らせる意味がありますか?」

「しかし――」


 フリードマンは手を上げ、食い下がるシンディを制した。


「オルトさんはこの支部に戻ります。処分を免れる為に逃げたり、功績を挙げようなどとはしません。自らの行いの結果を受け入れます」

「……どうして、そう言い切れるのですか」


 静まり返ったギルド支部に、シンディの声が響く。


 職員達は仕事の手を止め、二人のやり取りを見守っていた。フリードマンが職員達に目を向けると、シンディも釣られるようにそちらを見た。


「貴女達がそうであるように。積み重ねたものがあるのですよ、彼等には――」


 冒険者となって早々、最下級のEランクでありながら緊急クエストに応じ、アンデッドに襲われた村に駆けつけた。


 それ以来、【菫の庭園】は短い期間に多くの人に関わって来た。オルトの個人Aランク昇格審査の件で彼等に関わりを持ったフリードマンは、その軌跡を知っている。


 友の為、仲間の為、時にはその身内や僅かな縁の知人の為。当然のように手を差し伸べ、数の暴力にも、死の病にも、世の理不尽にも名うての殺し屋にも、聖堂騎士や領主の一軍にさえ立ち向かう。


「それはもう、冒険者ではありません。『英雄ヒーロー』ですよ。勇者と言ってもいい。貴女の発言だけを鵜呑みに出来る訳がありません」


 それにシュムレイ公爵の指名を受けている【菫の庭園】を拘束すれば、公国関係者が血相を変えて飛んでくる。そう言ってフリードマンは肩を竦めた。シンディが絶句する。


 その時、支部の外が騒がしくなったと思うと、入口が乱暴に開けられイリーナが飛び込んで来た。


「カミラ、エルーシャさん! 私達もネーナと一緒にダンジョン行くから!!」

「ええっ!? 今戻ったばかりなんでしょう?」


 まくし立てるイリーナに、カミラが困った顔をする。後から来たメラニアが苦笑しながら頭を下げた。


「パーティーの全員で相談しました。私達はダンジョンの魔物と戦った経験があります。同行させて下さい、お願いします」

あのバカオルト、人には休めって言う癖に自分はキツいとこに行くんだから……私だってやれるって、見せてやるんだから!」


 支部長代行であるエルーシャが、フリードマンの顔を窺う。フリードマンは手を前に出し、『判断は任せる』と合図で示した。


「カミラさん、【運命の輪】の実力とコンディションをどう判断しますか? 派遣に堪えられますか?」


 エルーシャに尋ねられたカミラが、イリーナ達をじっと見詰める。イリーナが訴える。


「カミラ、行かせて。オルトは大丈夫、負ける訳ない。ここで待ってても平気な顔して帰って来るかもしれない。でも、『多分大丈夫だから行かない』なんて選択肢は無いの。【菫の庭園】はメラニアの予感だけを信じて、私達を助けに来てくれたんだから」


 カミラとエルーシャは頷き合った。エルーシャが【運命の輪】の面々に告げる。


「支部長代行の権限で許可します。速やかにネーナさん達と共にアオバクーダンジョンへ向かって下さい。現地ではネーナさんの指示に従って貰う事が条件です。出来ますか?」

「勿論!!」


 イリーナが即答すると、エルーシャが深々と頭を下げた。


「オルトさんと、【菫の庭園】の皆さんを宜しくお願いします」

「!!」


 イリーナ達の表情が引き締まる。任せて!! そう言い残してギルド支部を飛び出して行く。扉の向こうに、出発を待つ【菫の庭園】の姿が見えた。


「今出ていった【運命の輪】も、【菫の庭園】に救われた冒険者です」


 オルトは個人Aランクの昇格審査結果を待つ事なく、一通の手紙の抽象的な内容だけを頼りに救援に向かった。そう聞いたシンディは信じられない思いだった。


【運命の輪】が支部を出て行き、職員達も各々の仕事に戻り始める。


「僅か五日前までこのヴァレーゼ臨時支部は所在地も定まらず、職員は不眠不休に近い状態で働いていたにも関わらず、ギルド支部の正常な営業開始の目処は全くついていなかったそうです。その流れを変えて今の状況を作り出したのは、オルトさんなんですよ」


 お陰で私が出張してくる羽目になりましたがね、とフリードマンが苦笑する。実はエルーシャを通じ、オルトの名前で本部の職員達に脅しをかけたのはネーナなのだが、フリードマンがそれを知る由も無い。


「ラスタン支部長の『救出』と『保護』は【月下の饗宴】の功績にしておきますよ。オルトさんはそんな事で目くじらを立てる人ではありませんから。ただ――」


 フリードマンはラスタンが待つ取調室へと歩き出す。


「【月下の饗宴】がAランクパーティーを維持出来るかどうかは、保証出来かねます。審査の担当者が変わり、審査基準も厳しくなっていますから」


 現在、冒険者ギルド本部は汚職や癒着、不正が次々と発覚して大きく揺れている。信頼回復の為に公平性、公正性、透明性を担保した大掛かりな組織改革を断行中なのだ。


 元個人Aランク冒険者のワドルを加入させてパーティーランクを上げた【月下の饗宴】が、ワドル抜きでランクを維持するのは難しい。


 シンディがオルトを貶めて自らの功績を出張したのは、少しでもパーティーのポイントを稼いでおく為だったのだが、その努力も水の泡となりそうであった。


 シンディと【月下の饗宴】の面々は、職員達の活気に溢れたギルド支部の片隅で、ガックリと肩を落として項垂れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る