第百十二話 これはクーデターだ

「お、オルトさん!?」


 レベッカが口元に手を当て、目を見開く。カミラは苦笑し、エルーシャは微笑んだ。仲間達は呆れたような表情で、オルトとその足下で蹲るラスタンを見つめている。


「こんな事もあろうかと!」

「どんな事を想定してたんだよ」

「色々、です!」


 オルトにツッコまれながら、ネーナがどこからかロープを取り出した。エイミーと一緒に嬉々として、ぐったりしているラスタンを拘束し始める。


「エイミーは足を縛って下さい」

「了解〜痛っ!? 蹴られた〜!!」

「あたしは猿轡を噛ませるわね」


 レナまで加わり、ラスタンはあっという間にハムのように縛られてしまう。立ち上がったネーナが、いい笑顔で額の汗を拭った。


「お兄様! 私も共犯です!」

「お揃いだよ〜!」

「お前達なあ……」


 オルトはボヤきながら、嬉しそうなネーナとエイミーの頭をワシワシと撫でる。そして、芋虫さながらに転がっているラスタンの胸倉を掴み、力ずくで立ち上がらせた。


「ラスタン。レベッカもカミラも、他の連中も非常に優秀な職員達だ。お前が散々掻き回したにも関わらず、これまで何とかギルド支部の機能を維持して来た。それに対してお前がした事は何だ? 部下の仕事にケチをつけ、邪魔をし足を引っ張っただけじゃないのか?」


 ネーナは職員の机を指差し、ラスタンに問いかける。


「職員の皆さんの机。私達が支部に来た日から、毎日配置が変わっていますね。職員の皆さんがそんな無駄な事をする筈がありません。支部長さんの指示……いいえ、命令ですね?」


 ラスタンはガタガタ震えるのみだ。猿轡を外してみても返事は無い。ラスタンがもっと暴れると思っていたオルトは、内心で拍子抜けしていた。


「冒険者が足りないのが総務のせいだと? そもそも、この臨時支部設置自体が急遽決まったものだと知らないのか、ラスタン? シュムレイ公国、ヴァレーゼ自治州、ギルド本部。三者のトップ会談の結果ギルド本部が主導した案件に、後から決まった総務のレベッカがどうやって干渉すればいいんだ? 言ってみろよ」


 苛立ちを隠せず、オルトは軽く威圧するがラスタンは反応しない。オルトはラスタンとの対話を諦めた。尤も、普段は喚き散らし、殴られて震え上がるのなら最初から会話の余地は無かったとも言える。


「お兄さん」


 エイミーがオルトを呼び、支部の入口の扉に視線を向けた。扉を開け、【塞翁が馬】一行が入って来る。


 キンバリー達は支部内の異様な雰囲気に一度立ち止まったが、何も言わずに自分達で椅子を用意し、腰を下ろした。カミラが対応に向かうも手を振って「まだ出発しない」と告げ、オルト達の様子を窺っている。


 オルトは一先ず、キンバリー達の事を意識の外に置いた。


 ネーナがラスタンの前に立つ。


「ラスタンさん。私達冒険者も、職員の皆さんも、仕事でここに来ています。無料で奉仕をする訳ではないのですから綺麗事は申しません」


 ネーナの視界の端で、キンバリーがニヤリと笑った。


「ですが、ここにいる方々は、このヴァレーゼに冒険者ギルドの支部が復活する事の意義を良く理解されています。だからこそ過酷な業務を投げ出さずに最善を尽くし続けているのです。それがおわかりですか?」


 カナカーナにギルド支部を設置し、冒険者と職員を受け入れて依頼を達成して他の町にも支部を展開する。生活の脅威が排除されて地域が日常を取り戻し、経済活動が加速する。ヴァレーゼ臨時支部は、荒廃した自治州が復興する為の大事な一手なのだ。


 失敗は許されず、停滞は被害の拡大を意味する。ネーナ達が目の当たりにしたサトミ村も、ギルドの業務が円滑に進んでいれば救えたかもしれない。サトミ村以外にも失われた町や村はあるだろう。その地に縁のある職員や冒険者の心情は如何ばかりか。


 ネーナの目に浮かぶ怒りの意味は、ラスタンには理解出来ないものである。見ているものが全く違うからだ。故にラスタンは、オルトの仕打ちもネーナの怒りも、理不尽に自分に向けられているとしか感じられずにいた。


 オルトはカミラに尋ねた。


「臨時ギルド支部が急に移転したのは、誰が決めたんだ?」

「ラスタン臨時支部長です。『役所や議会、臨時支部長の邸宅が遠すぎる』と」

「どれだけ役所に通う気だよ……」


【菫の庭園】のメンバーが深い溜息をついた。


 町のど真ん中にギルド支部があれば、町の構造上、どの門から入っても目抜き通りに出なければならない。既に冒険者達はそうやって支部まで来ている。


 大怪我をしていても、依頼を終えてボロボロの姿でも血塗れでも、死傷者や魔物の死体を運んでいても、カナカーナの町の最も人通りの多い場所を通らなければならないのだ。住民だって迷惑に思うだろう。


 最初の建物ならば移動にも配慮されていたし、先々に要求されるであろうギルド支部の機能を追加しても十分な広さがあった。引っ越しの手間だけ考えても、大きな時間のロスだ。


「ラスタンは何も聞こえてないようだな……カミラ、エルーシャ」


 オルトが二人に呼びかける。


「このままじゃ、今いる職員や冒険者がいつ潰れても不思議じゃない。それだけでなく、これから応援に来るAランク冒険者の受け入れも不可能だろう?」

「はい」


 カミラが答える。エルーシャも頷いて同意を示した。オルトはギルド職員全員を見回した。


「何日あれば、ギルド支部の機能を正常化させて起ち上げを軌道に乗せられる? 現状の長時間勤務を終わらせられる?」

「ナッシュ、どう? レベッカは?」


 カミラに問われた二人が視線を落として考え込む。やがてナッシュが顔を上げた。


「……四日。いえ、三日下さい。それで消耗品の調達まで何とかします」


 ナッシュは決意の表情でそう言い切った。


「わ、私も三日あれば、他の方のサポートに入れるようになります。後は通常業務の範疇ですから」


 レベッカは口調こそいつも通りながらおどおどした様子も無く、オルトの目をしっかりと見据えた。


 他の職員からも同様の意見が出て、それらを纏めたエルーシャがオルトに向き直る。


「軌道に乗せるまでならば、三日で立て直します」

「上等だ。流石、こんなキツい現場に志願する職員は肝が据わってるな」


 オルトはフッと笑うと、芝居がかった口調で職員達に告げた。


「ラスタン臨時ギルド支部長は、自らの危険を顧みる事無くアオバクーダンジョンの視察に向かわれるそうだ。臨時支部に戻られるのは五日後の予定だ」

『えっ!?』


 職員達が驚愕の声を上げる。【菫の庭園】の仲間達は苦笑した。


「エルーシャ、五日だけ時間をやる。苦しいのはわかってるが最初の一日を使って、立て直しのロードマップと冒険者が対応する緊急性の高い案件のリストを作成してくれ」

「承知しました」


 エルーシャが頷く。オルトはエルーシャに対し、二日目は休日対応の少数の職員以外を残して臨時支部の業務を縮小するようにと言い含めた。


「リストが出来たら、ネーナに渡してくれ。【運命の輪】が戻って来たら一日休ませて、【菫の庭園】と手分けしてリストに当たらせる形に。それでやれるだろう、カミラ?」

「はい」


 カミラが肯定する。案件は追加されるだろうが、応援の冒険者が多少遅れてもやって行ける筈だとオルトは考えていた。この辺りは、前夜にオルトとスミスが話し合っていた事だ。


「お兄様はお一人で行かれるのですか?」


 心配そうなネーナに、オルトはぐるぐる巻きのラスタンを持ち上げて見せた。


「一人じゃないぞ? 勇敢な御目付役が一緒だ」

「!?」


 無反応だったラスタンが急にジタバタ暴れ始めた。ベチャッと床に落ち、芋虫のように這いながら必死にキンバリーの下へ行き、必死に訴える。


「た、助けてくれ! 殺される! これはクーデターだ!」


 足下に縋りつかんばかりのラスタンを、キンバリーは一瞥した。


「断る。契約に無い」

「!?」


 拒絶の言葉と共に【塞翁が馬】の面々が席を立つ。愕然とするラスタン。


あんたラスタンの自業自得だろ。多少でもこの臨時支部の環境が良くなるなら、あんたがどうなろうと俺達は構わん」


 殺すんなら態々拘束などしないから安心しろ。そう言いながらキンバリーは臨時支部を立ち去った。


 扉が閉まり、オルトが職員達に視線を戻す。


「エルーシャはシルファリオ支部のチーフで、普段から支部長の職務を代行している。他の職員に異論が無いなら、任せて大丈夫だろう。やれるな、エルーシャ?」

「お任せ下さい」


 エルーシャが一礼する。オルトはレベッカの肩を軽く叩いた。


「レベッカ、期待してるぞ。トサカ頭ラスタンにお前の実力を見せてやれ」

「っ! はいっ!!」

「後、職員達の宿舎もどうにかしてやってくれよ?」

「ご存知だったんですか……」


 ギルド職員の宿舎がスラムの古い長屋なのは、レナが見つけていたのだった。治安の悪い地域な為に夜間には帰宅出来ず、女性職員達は更衣室に仮泊を余儀なくされていた。


「カミラ。【運命の輪】の事も、他のCランク冒険者達の管理も頼むぞ」

「オルトさんもお気をつけて」


 オルトは他の職員も激励すると、絶望した表情のラスタンを担ぎ上げる。


「ネーナ」

「はい」


 オルトは空いている左手で、ネーナの頭を撫でた。


「お前がリーダーだ。フェスタ、エイミー、レナ、スミス。後は頼む。【運命の輪】が暴走しないよう、しっかり止めてやってくれよ」

「オルト、『あれ』は禁止よ?」


勇者の一撃ブレイブ・ストライク』に言及するレナに、オルトは苦笑しながら頷いた。


「わかってる。その代わりの技のアイデアはあるんだが、試せる所が無かったからな。練習台には事欠かないだろうさ」


 ネーナとエイミーがオルトにギュッと抱き着く。


「お兄様、ご武運を。メラニアさん達を宜しくお願いします」

「行ってらっしゃい……」

「じゃ、行って来る。フェスタ、皆を頼む」


 オルトはフェスタと拳を合わせ、ヒラヒラと手を振りながら軽い調子で扉の向こうへ消えた。




「Aランク相当の魔物暴走が『練習台』って……何者なんだ、あの人?」


 職員の一人が呟く。ネーナがニッコリと笑う。


「オルトお兄様は、私のお兄様で。私が知る一番強くて、一番格好良い冒険者です」


 エルーシャがパンパンと手を叩き、注目を集める。


「オルトさんが私達にくれた時間は五日間です。皆さんの本気を見せて下さい。宜しくお願いします」

『おう!』

『はい!』


 職員達が力強く返事をし、情報共有会議の為に机を集め始める。


 エルーシャは敢えて言わずにいたが、オルトの行動は明らかな処罰対象である。ギルド職員である支部長ラスタンへの暴力行為と身柄の拘束。どう言い繕っても、お咎め無しには出来ない。


 少しでも処分を軽くする為には、オルトが生み出した時間で職員達が成した仕事の価値を示し、本部に認めさせるしかない。職員達もそれはわかっていた。


 慌ただしく動き出した職員達の姿に、【菫の庭園】の面々は笑顔を見せる。


 ネーナがエルーシャへの頼み事を済ますと、仲間達はその日の仕事をこなす為に勇んでギルド支部を飛び出して行くのだった。

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