第百十一話 シャウティング・チキンは黙ってろ
「カミラ、今の連中は?」
「【運命の輪】と一緒に臨時支部入りしたBランクパーティー、【塞翁が馬】です。ヴァレーゼ北部の魔物や野盗の討伐を担当しています。腕は確かで、ノルマ分の仕事はこなしてくれています」
「ノルマがあるんですか?」
ネーナが意外そうに聞く。【菫の庭園】にはそのような話は無かったからだ。
「彼等は
カミラが苦笑しながら言う。オルト達が公爵の指名だと知り、職員達からどよめきが起きた。
ネーナには『そういうパーティー』の意味はわからなかったが、フェスタが小声で『金にならない事は一切しない』からノルマを決めるのだと教えてくれた。
【塞翁が馬】は、さっさと本日のノルマを片付けて帰還したのだろう。【運命の輪】だったら放置した魔物の出す被害を考えて、その日にやれる限りの事をやろうとするに違いない。どちらもやるべき事を疎かにはしていない。仕事の仕方の違いでしかないのだ。
ギルド支部でする事の無くなったオルト達は、職員の業務について打ち合わせをするエルーシャと別れ、カミラに教えて貰った宿へと向かった。
宿は立派なものではなかったが、オルト達に不満は無かった。ギルド支部でのカミラの様子を思い起こせば、少ない時間と費用の中で可能な限り良い条件の宿を探してくれたのであろう事は容易に想像出来たからだ。
移動の疲れが出たのか、ネーナとエイミーはあっという間に深い眠りに落ちた。二人をベッドに寝せて、オルトとスミス、フェスタが話し合う。
【菫の庭園】が加わり、ヴァレーゼ臨時支部が暫定的に抱える冒険者パーティーは六つになった。BランクとCランクのパーティーがそれぞれ三つずつである。四日後には二つのAランクパーティーが合流する予定だと言う。
「【運命の輪】が南部の討伐に入っていて、二つのCランクパーティーが西部に、残る一つは【塞翁が馬】と同じ北部。俺達は東部だ」
「私達が明日やるのは、孤立して連絡が取れなくなっている村と町、三ヶ所の確認よね?」
フェスタの問いに、オルトは頷いた。
現地周辺では野盗が兵士崩れや食い詰めた領民まで吸収して、数が膨れ上がってるのだという。もしもそういった輩の拠点になっているなら、軍に対応を引き継ぐ事も考えなければならない。
街道を野盗が塞いでいる為、その先にある町や村との連絡が寸断されている。領主であったコスタクルタ伯爵は、主要な交通路から外れた地域へ領軍を回す事をせずに放置していた。
既に伯爵領統治の実態は崩壊していて、公国軍が来なくとも領民の反乱が起きるのは時間の問題であったと言える。
【菫の庭園】の目的は、まず街道の通行の確保。その後近い順に状況を確認し、ギルドへ報告。討伐の判断は冒険者に一任されている。
スミスが難しい顔をする。
「街道が遮断されてから十日以上経過しているそうです。住民の安全はかなり厳しいと考えざるを得ません」
「ギルドも同様の見解だが、俺達は救出、解放を睨んで動くのが基本線だ」
穏やかな表情で寝息を立てるネーナとエイミーを見ながら、フェスタがため息をついた。
「この娘達には、辛い仕事になってしまうかもしれないわね……」
三人が黙り込む。そこに外出していたレナが戻って来た。
「ただいま」
椅子を引いてドカッと座るレナに苦笑しつつ、フェスタが言葉をかける。
「おかえり、レナ。町の様子はどうだった?」
レナは渋面で答える。
「治安が良い、とは言えないかな。表通りは兎も角、路地に入ったり夜間の外出はオススメできない。伯爵がタチの悪い連中と組んでたから、盗賊ギルドも町の半分しか掌握出来てないって。この州都の半分よ?」
レナは一人町を歩き、広く情報を集めていた。ついでに調達して来たつまみをテーブルに広げ、思い思いに手を伸ばす。
「後、うちのギルド支部も想像以上にヤバいね。資材担当の職員、ナッシュだっけ? こんな外が暗くなってから出歩いて何してるのかと思ったら、これから消耗品の調達なんだって」
仲間達が絶句する。問屋も小売店も看板を下ろしている時間だ。扉を叩く客に対して、店主が良い心証を持つ筈が無い。それでも職員達は、夜中に動くしかない。
「『
「成程……」
「あいつ、渾名が『
鶏を模した、けたたましい声を上げる玩具がそのような名前なのだという。ギルド支部で喚き散らすトサカ頭の渾名として、それ以上のものをオルトは思いつかなかった。
「レベッカって子がさ、そのトサカに目をつけられて参っちゃってて。カミラが庇ってるんだって。今日カミラに喚き散らしてたのは、そういう事みたい」
レナがため息をついた。
カミラならラスタンをやり込める事も出来るのだろう。それをしないのは、ラスタンが他の職員に絡むのを極力防ぐ為だ。オルトがギルド支部でラスタンとあまり話さなかったのも、それを察していたからだった。
定時に帰ったラスタン以外の職員は、今も全員支部に居残りで仕事をしている。冒険者達もラスタンがいる時間を避けて早く出発をし、ラスタンが帰ってから支部に帰還するのだという。早く戻って来るのは、契約で仕事のノルマが決まっている【塞翁が馬】だけだ。
「今日、あたし等と一緒に支部に来たエルーシャも仕事してるからね……」
オルト達には状況が容易に想像出来た。他の職員達から休むように言われても、エルーシャは一人だけ休めるような女性ではないのだ。むしろ自分が手伝って他人の負担が減るなら、積極的にやるだろう。
「どうしたらいいと思う?」
「どうしたものかなあ……」
「どうにかなるものかしら?」
レナ、オルト、フェスタがお手上げといった顔でスミスを見る。そのスミスも、黙って頭を振った。
◆◆◆◆◆
「こんな事って……」
目の前の光景に、ネーナが愕然とする。
街道の野盗を蹴散らし、【菫の庭園】一行はサトミ村に駆けつけた。だが、地図を頼りに駆けつけた場所に村は無かった。
そこにあったのは、焼け落ちた廃集落。村などと呼べるものではない。生きている者が存在するとは、とても思えなかった。
「ネーナ、次に行こう」
「……はい」
オルトに促され、唇を噛み締めながら馬に乗るネーナ。既に街道を封鎖していた野盗は倒した。サトミ村で時間を食えば、他の町や村にいる野盗の仲間が異変を察知してしまう。いつまでもここに留まる訳には行かない。
ネーナは馬上でオルトの背にしがみつき、ギュッと目を閉じて後ろ髪引かれる思いを振り払った。
次のムツミ村は焼け落ちてこそいなかったが、野盗の一団の拠点となっていた。
敵の数が多くないと見込んで、オルト達は速やかな制圧を選択。狙い通りに村は解放されたが、それまでに刻まれた傷痕は深かった。略奪を受けた者や暴行された女性達が日常を取り戻すには、大きな困難が予想された。
ネーナはそんなムツミ村で、オルトが老女に罵倒される場面を目の当たりにする。
『人殺し! 息子を返せ!』
オルトはムツミ村で、首領を含む数名の野盗を斬った。その中の一人、囲っていた村人の女性に刃を当て、人質にして逃げようとした男。村人達の証言で、それが老女の息子であったと判明した。
男は村人でありながら、村を支配した野盗に阿り、自らの意思で野盗の一団に加わっていた。人質にされそうだった女性は男の幼馴染だったが、恋人であった事はなく他の村人の妻となった。
男は野盗に身を落とし、女性の夫を殺害すると女性を力ずくでものにした。女性は涙ながらにそう話し、夫の無念が晴らされた礼をオルトに述べた。そこに老女が、食い殺さんばかりの剣幕でオルトに詰め寄ったのだ。
ネーナには真実はわからない。だが老女以外の村人達の証言は一致しており、老女はオルトから引き離されて村の建物の一つに押し込められた。
「あんまりです……お兄様が悪い訳ではないのに……」
「良い悪いは視点で入れ替わる。あの婆さんにとっては、俺は息子の仇でしかないんだ。仕方ないさ」
ネーナはオルトを気遣い手を握ったが、オルトは微笑むだけであった。
更にオバマの町を襲撃していた武装勢力を殲滅し、町の有力者と会見して武装勢力の拠点の存在を知った【菫の庭園】はこれを壊滅させる。
その後ネーナの要望を汲んで、一行は廃墟となったサトミ村に引き返した。生存者の捜索を行ったものの発見には至らず、カナカーナに帰還したのは日付が変わってからだった。
仲間に無駄足を踏ませてしまった。そう悔やみながら歩くネーナが、見覚えのある人影に気づく。
「――あれは、レベッカさんではありませんか?」
大きな袋を抱えてヨロヨロと歩く女性は、確かにギルド職員のレベッカである。だがネーナの目はレベッカではなく、その背後を捉えていた。
レベッカの後ろを無言でついて歩く、三人の男達。明らかに全員がレベッカを見ている。エイミーが駆け寄りながら声をかける。
「レベッカお姉さん!」
振り向いたレベッカが笑顔を浮かべるが、すぐ後ろの男達にも気づいて表情が強張る。
男達はエイミーの後から来るオルト達を見ると、舌打ちをして去って行った。
「み、皆さん、お疲れ様です。あ、有難うございます……」
オルトがレベッカの荷物を取り上げる。レベッカが恐縮して頭を下げた。
「この時間の女性一人の外出は危ないぞ。……と言いたいが、これは夜食か?」
「はい……他の人は手が離せなかったので、私が……」
話している内に一行はギルド支部に到着し、エイミーが扉を開ける。カミラが気づいて駆け寄って来るが、フェスタが問題は無い旨を伝えてネーナと共に活動報告をする。
急いで夜食を掻き込む職員達を見ながら、オルトとスミスは小声で話し合っていた。
◆◆◆◆◆
早朝、【菫の庭園】一行が再びギルド支部を訪れると、職員達が深刻な表情で集まっていた。
「お早うございます」
「あっ。ネーナさん、皆さん、お早うございます」
ネーナが声をかけると、エルーシャがパッと笑顔を作って挨拶を返す。カミラもにこやかに会釈をした。
「何かあったんですか?」
「それが……」
職員達が顔を見合わせる。悩んだカミラが話そうとするより先に、誰もが聞きたくなかった怒声がギルド支部内に響き渡った。
「一体、何時だと思ってる!? こんな時間に呼び出すとは何事だ!?」
入口の扉を乱暴に開け、ラスタンが喚きながら入って来る。カミラが頭を下げる。
「申し訳ありません、臨時支部長。西部地域のアオバクーダンジョンより緊急連絡がありまして、対応を協議する為に支部の全職員に招集をかけました」
「何だと言うんだ!」
カミラはラスタンに報告書を手渡し、説明を始めた。
「封鎖したダンジョンの『
「フン! だったら冒険者を送り込め! それだけの話ではないか!」
「いいえ」
カミラが初めて、ラスタンに対して明確に怒りを滲ませた。ラスタンが驚き、目を丸くする。
「既に報告しましたが、アオバクーダンジョンの魔物は通常のものとは違い、非常に強力です。本来はAランクパーティーが当たるべき所を、ダンジョン入口から出て来る敵だけに限定してBランクパーティーの【運命の輪】が急遽対応に回っています。それも時間の問題です」
「だ、だったら――」
「ヴァレーゼに向かっているAランクパーティーは、明後日到着の予定でしたが遅れています。早くても三日後です。現在ギルド支部で抱えているパーティーは全て、対応する案件が決まっています」
突然、ラスタンが力任せに机を叩いた。レベッカがビクッと反応する。
「どうにかしろ! 総務がしっかりしていないから、冒険者が足りないんだ! 予定を組んだ者は誰だ! お前達の責任で事態を収めるんだ! いいな!?」
カミラとエルーシャが唇を噛み締める。レベッカは俯き、必死に涙を堪えていた。
「聞いているのかお前達!? 一体――あがッ!?」
バキッ。
職員達が顔を上げると、ラスタンが無表情なオルトの足下に蹲り、顔を押さえて呻いていた。
オルトが吐き捨てる。
「『鶏の玩具』は暫く黙ってろ。決まるものも決まらん」
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