第百八話 子供は子供、親は親です

「オルト。酷いもんだぜ」


 オルト達が留置場に駆けつけると、先に来ていた【路傍の石】のリーダー、テツヤが手招きをした。ギルド職員のエルーシャの姿も見える。Aランクパーティーの【四葉の幸福クアドリフォリオ】は、依頼で町を離れていた。


 先に中の様子を見たオルトは顔を顰めた。何かが焼け焦げたような嫌な臭いが辺りに漂っている。


「特にネーナは、見るのをお勧めしないな」

「……見ます」


 深呼吸をし、覚悟を決めてネーナが覗き込む。だが、すぐに顔を背けて口元を押さえ、オルトの胸に顔を埋めた。ネーナは震えていた。


 現場は凄惨の一言に尽きた。


 留置場の一部屋を中心に、爆発を思わせる放射状に壁が吹き飛び、焼け焦げた血肉が飛び散っている。その部屋に喉を掻き切り短剣を自らの胸に突き刺し、口から血を流した男の死体が一体。


 通路を挟んだ斜向かいには、血の海に倒れた男の死体が一体。その男に手を重ねて倒れた、黒焦げの小柄な死体が一体。小柄な死体は這って移動したのか、向かいの部屋から身体を引き摺ったような血の跡が続いていた。


 フェスタが爆発の中心の部屋を検めながら言う。


「この規模の爆発じゃ、自爆した本人の身体は残らないわね。オルトはどう思う?」


 オルトは少し考えて答える。


「双子の片割れが自爆。残った方がルーファスを殺害後、片割れが自爆した部屋で自害。自爆の余波で致命傷だったルーシーは、死亡したルーファスの下へ移動して力尽きた。そんな所か」


 狙われたのはルーファスだと、オルトは考えていた。通路の床を調べていたレナがやって来る。


「足跡からは、少数の人間の出入りがわかるだけね。【七面鳥の尾】のメンバー、勾留に立ち会ったギルド職員、護衛や見張りの冒険者。すぐに照合出来ると思う」


 見張りをしていた冒険者は爆発に巻き込まれ、重傷ではあるものの命に別状は無いという。それは不幸中の幸いであった。


 一同は一旦留置場の外へ出た。顔色の悪いネーナをそのままにしておけなかったからだ。


「【七面鳥の尾ターキー・テイル】の双子の兄弟は、ルーファスの奴隷だったそうだ」

「えっ? ちょっと待ってよ」


 テツヤの言葉に、レナが疑問を呈する。


「奴隷が主人を殺害して、自らも自殺したって事?」

「状況としては、そうなる」


 レナの疑問は尤もだった。奴隷には『隷属の首輪』が装着されている。それが作動すれば、死に至らしめる程の苦痛が奴隷を襲うのだ。通常ならば、殺害を実行に移す事など出来ない。


 奴隷が主人を殺す。それ自体は有り得ない話ではない。主人を恨んでいた。自由になろうとした。主人から殺害を命令されていた。


 思いつく動機は幾つもある。が、ルーファス殺害の実行犯と思しき双子の動きは、非常に不可解であった。


 オルトがポツリと呟いた。


「『主人』がルーファスじゃなかった、とかな」


 ルーファスを始めとする【七面鳥の尾】の面々は禁制品の入手経路について、厳しい取り調べを受けていた。ルーファスがどの程度の情報を持っていたか、それはわからない。


 だが、ルーファスに禁制品を渡した者からすれば、消しておきたい相手には違いないのだ。実際、オルト達に手がかりは残されていない。


 スミスも首を捻る。


「絶対に無いとは言えませんが、奴隷をパーティーに加えるというのも違和感がありますね」

「貴族や資産家が、力のある奴隷を護衛としてつける事はあるだろうが……それなりに値は張るしな。Cランク冒険者がそこまでするとは考えにくい。口封じが有力な線なのは確かだ」


 勾留されてからは、【七面鳥の尾】の四人は別々の部屋に入れられていた筈だ。お互いにコンタクトを取れるような状況ではない。そんな中で双子の兄弟は、自身も含めたパーティーメンバー全員を『始末』したのだ。


「……全員死亡じゃ、真実が明かされる事は無いだろうさ。これ以上は推測しか出来ない」


 オルトが振り返ると、フリーガードの一団が到着した所だった。これから現場を保全し、捜査を行う。ここからは冒険者の出る幕ではない。


 慌ただしく留置場に駆け寄るガード達を横目に、立ち会いのエルーシャを除く冒険者はギルド支部へと引き揚げた。




 ◆◆◆◆◆




【七面鳥の尾】の四人の葬儀は密やかに行われた。四人は容疑段階での死亡という事もあり、冒険者として町の共同墓地に葬られた。


 シルファリオの冒険者でも中堅以上の者は何人かルーファス達を知っていて、葬儀に参列していた。


 冠婚葬祭の中でも、とりわけ葬儀に関しては冒険者の参加は多かった。それはシルファリオに限った事ではないのだと、ネーナは他の冒険者から聞いた。


 いつどこで死ぬかわからない。死ねば皆同じ。明日は我が身。


 身寄りや帰る故郷の無い冒険者は少なくない。平素の付き合いが無くとも、生前は険悪な仲であろうとも、この最期の時だけは『仲間』として送ってやるのだ。


 黒い喪服を着たネーナも、仲間達と共に参列していた。思う所はあっても、迫る死を目前にして尚、最後の力を振り絞って愛する兄に寄り添おうとしたルーシーの死に様は、ネーナの胸に強く残っていた。


 ちょっとしたトラブルはあったものの、葬儀は概ね恙なく終わった。葬儀の参加者は服を着替えてから酒場に集まる約束をして解散した。献杯の名目である。




 ◆◆◆◆◆




「ナナリー。隣、空いてるか?」

「あ、オルト……うん」


 酒場の喧騒を避けるように、ナナリーはカウンターで一人、ぼんやりとグラスを見つめていた。


 オルトが声をかけ、ナナリーの隣に座る。オルトについて歩いていたネーナも、一緒に腰を下ろした。


 オルトの服の裾を掴んでいるネーナを見て、ナナリーは微笑んだ。


「二人は本当に仲が良いんだね」

「自慢の妹だよ」

「自慢のお兄様です」


 同じタイミングで同じような返事をし、オルトとネーナが顔を見合わせて笑う。


「……『あいつら』も、昔はそんな感じだったよ」

「ルーファスさんとルーシーさんですか?」


 ネーナの問いに、ナナリーは首を縦に振った。

 オルトがグラスを挙げるとナナリーも応じ、献杯を重ねる。


「ネーナも、悪かったね。見苦しいものを見せてさ」

「いえ……」


 ナナリーの唐突な謝罪。だがネーナ達は、その謝罪の理由がわかっていた。葬儀で起きた『ちょっとしたトラブル』の件だ。


 ルーファス達の葬儀が終わる頃、赤子を抱えた女性がやって来た。ネーナはその女性に見覚えが無かったが、ナナリーを始めとする数名の冒険者の表情が険しくなった。


 ナナリーは女性を離れた場所へ連れて行き、何かを話していた。ナナリーが一度だけ声を荒らげ、赤子が泣き出した。女性は暫し立ち尽くしていたが、項垂れた様子で墓地を去った。


 然程でもない間の出来事。二人が何を話したのか、ネーナにはわからない。唯一聞き取れたのは、ナナリーが声を荒らげた一言だけ。


『昔に嘲笑ってフッた男を、今度は赤ん坊と一緒に、墓地まで嘲笑いに来たっての、プリム!!』


 女性が立ち去って以降、ナナリーは元気が無かった。ナナリーは女性を責めているようだったが、ネーナの目には、むしろナナリーの方が傷ついているように見えた。


「……あの女さ、『プリム』って名前で。ルーファスの恋人だったんだよ」


 ナナリーは言いながら、グラスを僅かに持ち上げて揺らす。溶けた氷がカランと音を立てた。


 ルーファスと同年代のナナリーは、冒険者として活動を始めたのも同じ時期だった。


 冒険者ギルドシルファリオ支部は、地元出身者の比率が高いのが特徴である。子供の時分からの知り合いも多く、ナナリーとルーファス達も冒険者になる前からの知り合いだった。


「【蜂鳥の癒しハミングバード】って名前のパーティーでさ、ルーファスとルーシー、それとプリム。三人を中心にメンバー入れ替えながら堅実にやってたよ。私も何度か一緒に仕事したけど、楽しそうでね」


 仲間達から『さっさと結婚しろ』と冷やかされる程に仲の良かった恋人達。風向きが変わったのは、他所から流れて来た冒険者をパーティーに加えたのが切っ掛けだった。


「キザったらしい男だったよ。名前はザビールとか言ったかな。最初はルーシーにちょっかい出したけど、あの子はお兄ちゃん子だから」


 ルーシーに全く脈が無いと見るや、ザビールはあろう事か恋人のいるプリムに手を出したのだった。


 始めは警戒していたプリムも、パーティーメンバーだからと買い物に付き合い、恋人であるルーファスの目を盗んでデートをし、肌を重ねる事になるまで長い時間はかからなかった。


「こんな小さい町の中でさ、私達だってすぐに気づいてプリムを説得したよ。でも、田舎娘が歯の浮くようなセリフを並べられて舞い上がったんだろうね。全く聞く耳を持たなかったんだ」


 プリムはギルド支部の仲間達とも距離を置くようになり、遂にルーファスが恋人の背信行為を知る時が来る。


「ルーファスとルーシーが家に帰ったら、バカ二人がルーファスの寝室で盛ってたんだってさ。見られたバカ共は悪びれるどころか、ルーファスを罵倒したんだって。『お前はつまらない男だ、魅力が無い』って」


 ナナリーの言葉に怒りが滲む。


 プリムとザビールは、『自分達の取り分だ』と換金可能なパーティー資産の大半を持ってシルファリオを去ったのだという。


「ルーファスだけじゃない。ルーシーだって、すっかり人が変わってしまって……私達もどうにも出来ずにいる内に、気づいたらルーファス達まで町を出てたんだ……」


 まるで自らの罪を告白するかのように、ナナリーは苦しげであった。


 ナナリー達はドリアノンへ拠点を移したルーファスと何度も連絡を取ろうとしたが、ルーファスはそれを拒み、疎遠になってしまった。


「私達は、プリムがその後どうなったかも知ってた。実家から勘当され、子供が出来たら男に捨てられ金だけ持って行かれて、職にも就けず生活に困ってるって事も」


 でも、仲間だったからこそ赦す事は出来ない。ナナリーは俯き、苦しそうに言った。


「ルーファス、ルーシー、プリム。皆深く傷ついたのに、誰も幸せになってないんだよ。そんなのあんまりじゃないか……?」


 ネーナが黙って、ナナリーの手を優しく包む。ナナリーは驚いて顔を上げた。


「ではプリムさんを。いいえ、プリムさんと赤ちゃん、それからナナリーさんも救ってしまいましょう」

「え?」

「ナナリーさんは、あの赤ちゃんを見たんですよね?」


 ナナリーはネーナに問われ、プリムが抱えていた赤子を思い出す。母親のプリムは痩せていたが、赤子は清潔な布で包まれていたし泣き叫ぶ程の元気があった。


「……そうだね。一度は、プリムと話さなきゃね。あいつらはしょうもない連中だし、死んだ者は生き返らない。罪だって消えない。でもそんな事、生まれた子供に背負わせていいものじゃないよね」

「はい。子供は子供、親は親です」


 ナナリーはグラスを呷り、席を立った。オルトが投げた外套を受け取る。墓地にいるであろうプリムと赤子が、身体を冷やさないようにとの心遣いだ。


「ありがと。ネーナ、オルト。あのバカプリムを思い切り怒鳴りつけて……抱き締めてくるわ」


 ナナリーが酒場を出て行く。その後から冒険者仲間も何人か、ネーナ達に会釈をしてナナリーを追った。


「ルーファスさんとルーシーさんは、プリムさん達を赦してくれるでしょうか」

「それは気にしなくていいんじゃない?」


 ネーナの呟きに答えたのは、傍らのオルトではなかった。


「レナさん?」

「葬儀の時に墓地全体を浄化しておいたから、どんだけ恨んでても出て来れないわよ」


 レナとフェスタが、ネーナ達に近づいて来る。オルトが苦笑しながらグラスを挙げる。


「無理矢理だな」


 一同は献杯と乾杯を兼ねてグラスを合わせ、中身を飲み干した。

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