第百七話 うちの妹は世界一可愛い

うちの妹ネーナは世界一可愛い。異論は認めない」

「ふぇっ!?」




 オルトの言葉にネーナが赤面する。はいはいと軽く受け流して、フェスタは仲間達のカップに紅茶を注いだ。


 ネーナとメルルがシルファリオに帰還してから二日後。【菫の庭園】の面々は屋敷のリビングで寛いでいた。窓の外からは、洗濯物を干すマリア達の楽しそうな声が聞こえてくる。


 仲間達が話しているのは、【七面鳥の尾ターキー・テイル】についての事だ。ネーナと一緒にギルド支部で説明を受けたオルトが、仲間達に詳細を伝えていた。


 屋敷に戻ってからのネーナは元気が無かったのだが、オルトの言葉で僅かに調子を戻したようであった。


「でも実際の所、『俺が好きになったお前が靡かないのが悪い』とか言われても、『うっせーバカ』としか言いようが無いけどね」


 レナの言葉にオルトが同意する。


「どんな言い訳をしようが、してはいけない事をしてはいけない。それだけの話さ。ネーナに非は無い」

「有難うございます、お兄様、レナさん」


 ネーナが言うと、オルトはネーナの髪を撫でた。




 Cランクパーティー【七面鳥の尾】の一件は、結果的にネーナ達の想定より重い処分を避けられなくなった。


 ネーナとメルルから遅れてシルファリオに帰還した【七面鳥の尾】の一行は、ネーナ達の訴えによりギルド支部で事情を聞かれていた。


 既にネーナが顛末をギルド支部に報告する事は【七面鳥の尾】に伝えてあった為、任意の所持品検査で怪しい品は見つからなかった。それはネーナとメルルが相談して決めた事で、二人はルーファス達がしっかり釘を刺されたら、後はギルドに任せるつもりだったのだ。


 お咎め無しとは行かなくても、冒険者として活動出来る余地は残る。ネーナは当初、そう踏んでいた。


「でも、先にやらかしてたんじゃねえ……」


 レナが渋い顔をする。


 他の支部への照会によって、ルーファス達が以前の拠点にしていた『深緑都市』ドリアノンでも同様のトラブルがあった事が判明したのである。


 こうなってはネーナ達の意向など関係なく、ギルド主導で詳細を明らかにしなければならない。『真偽判定トゥルース・オア・ライ』を使える術士を同席させ、聞き取り調査は取り調べに変わる。


 処分した所持品も『真偽判定』で特定され、強い副作用のある『惚れ薬』や、本来は奴隷に使用する『隷属の指輪』、中毒性の高い粉薬などのアイテムが回収された。いずれも正規の取引では手に入らず、価格的にも一介のCランク冒険者が買えるような代物ではない。


 顔色の悪いネーナが、自分の肩を抱く。


「あのような禁制品を、どうしてルーファスさん達が……」


 それらのアイテムは、もしかしたら自分に使われていたかもしれない。その事を思うと、ネーナは身体の震えが止まらなかった。心配そうにエイミーが寄り添う。


 ギルド支部で受けた説明によりルーファス達が所持していたアイテムを知ったネーナは、非常にショックを受けていたのだった。


「ギルドの調査待ちという事ですか。非合法な活動をする個人や組織との関わりを中心に調べる事になるのでしょうね」


 スミスが話を締め括る。事はネーナや【菫の庭園】の手を離れており、出来る事はもう無いのだ。




 ネーナは一人、ぼんやりと考えていた。


 何が悪かったのか。自分はどうすれば良かったのか。どれだけ考えても、全く答えは出なかった。


『どうしてこうなるんだ』


 山で対峙した時のルーファスの言葉を思い出す。それは正に、今のネーナが知りたい事だった。


 思い悩んでいる事が伝わったのか、傍らのエイミーがネーナの手をキュッと握る。


「ネーナは何も悪くないよ。ね、お兄さん?」


 オルトが頷く。


「もしかしたらネーナは『ルーファスに対して、自分が何か出来る事があったんじゃないか』と思っているかもしれないが、そういう話じゃないからな」

「『俺一人行けば収まる』とか言って、理不尽な拘束に従おうとした人もいたけどね」

「…………」


 話の腰を折られたオルトが、恨みがましい目をレナに向ける。ネーナはクスリと笑って、オルトの左腕を抱え込んだ。


 フェスタがネーナの前の、冷めてしまった紅茶のカップを取り替える。


「ルーファス達は元々、シルファリオの近くの生まれなんでしょう? そもそもどうして、ドリアノンを拠点にしてたの?」

「ジェシカやナナリーなら詳しい事を知っているかもしれないが……元々はシルファリオに籍を置いていたのが、パーティー解散に伴いルーファスとルーシーがドリアノンへ移ったというのがギルド支部に残ってる記録だった」

「ふーん」


 話題がそこで尽きてしまい、リビングが静かになる。エイミーがひたすら茶菓子をパクつき、口を開く者はいない。


 と、リビングの扉が外から叩かれた。ファラが遠慮がちに入室する。


「申し訳ありません、お話し中でしたか」

「お疲れ様です、ファラさん。話は終わってますので、大丈夫ですよ。商会のお話ですか?」


 ネーナに問われ、ファラが頷く。ヴィオラ商会を軌道に乗せる為、ファラと部下達は忙しく動き回っていた。手間をかけないよう応接室へ行こうとしたネーナを、ファラが止めた。


「今回は、オーナーに従業員の面接をお願いしたいのです。皆様にも同席して頂いた方がいいと判断して、こちらに参りました」

「面接、ですか?」

「はい」


 ファラが微笑む。ネーナが了承すると、チェルシーが不安げな少女を伴って入って来た。それはネーナの見覚えがある少女だった。


「ローラちゃん?」


 ネーナが声をかけると、少女の表情がパッと明るくなる。名前は呼んだものの、実はネーナの記憶力をもってしても、それが当人であるという自信は無かった。正に見違えるような美少女に変身していたのだ。


「ネーナおねえちゃん! エイミーおねえちゃんも!」

「ごほっ!?」


 驚いたエイミーが慌てて頬張っていた茶菓子を飲み込み、盛大にむせた。


「先日にオーナーよりご相談を受けた件、チェルシー達と検討しまして。ローラさんを従業員兼モデルとして採用する形でどうでしょうか」

「ええっ!?」


 今度はネーナが驚き、大声を出した。


 ローラは、シルファリオの町の広場で野の花を売っている少女だ。『花の精のお願い』の依頼人であり、ネーナ自身も何度か花を買った事がある。


 確かにネーナは、山から戻った後にファラの下へ立ち寄り、ローラへの支援について相談した。だが、それがこんな形になるとは思ってもみなかったのだ。


「失礼ながら、こちらでローラさんの仕事ぶりやお母様との暮らしぶりなどを調べさせて頂きました。オーナーのお気持ち、ローラさんやお母様のお気持ちを考え合わせ、ヴィオラ商会としても更なる発展を睨んでの提案です」


 ファラは、既にローラとその母親にも話をしたのだという。


 従業員である以上、商会で生活の面倒を見る。住居の提供、固定給に各種手当、決まった休日と勤務時間。商会で取り扱う品の割引購入、家族の医療費補助、そして研修名目の初等教育等々。


 契約はローラを長期間縛るものではなく、いつでも相談に応じる。一定期間毎に面接をし、ローラに異存が無ければ契約を更新していく。


「費用は大丈夫なの?」


 フェスタの問いに、ファラはしっかりと頷いた。


「お陰様で業績は好調でして、近い内に従業員の増員をオーナーにお願いする予定でした。従業員の生活を大事に考え、待遇も福利厚生も教育も手を抜いてはおりません。勿論、出資者の方々への配当も滞っておりません」

「…………」


【菫の庭園】一同は絶句していた。


 ネーナが商会の設立を提案したものの、あくまで本から得た知識。そうそう上手く行くとは考えていなかったし、ファラとその部下達がきちんと暮らして行けるだけの利益が出れば御の字だと考えていたのだ。


「これはちょっと、こっちがファラ達を甘く見ていたと言わざるを得ないな……」


 オルトが感嘆の言葉を漏らすと、ファラは嬉しそうに笑った。気を取り直したネーナが問いかける。


「ええと、ファラさん。従業員の件はわかりました。『モデル』というのはどういう事でしょうか?」


 ファラがエイミーと並んでお菓子を頬張っているローラを見た。


「ローラさんのお洋服、アクセサリー等の小物、髪型、化粧品や香水等々、シルファリオの職人さんの手によるものです。見ての通り美少女ですから、身に着けている品も人目を引きます。それらの情報をヴィオラ商会で発信する事によって、職人さんのお仕事の量が増え単価も上がります」


 同じ事はファラ達従業員も、ネーナ達【菫の庭園】メンバーも既にしているのだと、チェルシーが補足した。


 コンテストも行いこれまでは無かった需要を掘り起こす。小さな町のシルファリオでは市場規模も知れたものだが、手を広げる為の準備も進めているのだという。オーナーたるネーナの指示一つだ。


「そ、それは後日に相談しましょう。お恥ずかしながら、私の勉強が足りておりませんので……」


 ネーナは何とかそれだけ告げて、ローラと向かい合う。ローラも食べかけのお菓子を置いて、ピシッと背筋を伸ばした。何故か隣で、エイミーも同じように背筋を伸ばしている。


 ネーナは優しく語りかけた。


「ローラちゃん。ファラお姉さんから、お仕事のお話は聞いた?」


 ローラがコクリと頷いた。


「えっと。ネーナおねえちゃんのお店のお手伝いをして、お勉強をしたら、可愛いお洋服が着れて、お金を貰えるって聞いたの。本当?」

「はい、本当ですよ。ネーナお姉ちゃんも、ファラお姉さんも嘘は言いません」


「お母さんのお薬、たくさん買える?」

「はい、お医者さんにも診て貰いましょうね」


「お母さん、柔らかいベッドに寝せてあげられる?」

「はい、温かいお布団を用意しましょうね」


「お母さん、ごはんたくさん食べられるようになる?」

「はい……美味しいご飯を食べられるようになりますよ」


「わたし……おかあさんともっと一緒にいられる……?」

「はい……ローラちゃんとお母さんは……ずっと一緒です……」


 ネーナは答えながら、ローラは問いながら涙を流していた。孤児だったレナ、両親を亡くしているエイミー、家庭に恵まれなかったフェスタとファラも目に涙を浮かべて聞いている。


「ネーナおねえちゃん、わたし……おねえちゃんのお店のお手伝い、したいです……」

「はい、ローラちゃんが来てくれたら、ネーナお姉ちゃんも嬉しいです。宜しくお願いしますね」


 契約が成立し、リビングに拍手が起きる。


「マリア達に、何かお土産になる物があるか聞いてくるよ」

「わたしも行く〜!」


 オルトはエイミーを伴い、リビングを出た。メイドの三人がいる筈のキッチンへと向かう。エイミーが不意に外を見た。


「お兄さん、誰か来るよ」

「ん?」


 直後、乱暴に入口の扉が開かれ、廊下に息を切らしたジェシカが現れた。


「ジェシカ?」

「オルトさん、緊急事態です! 支部まで来て貰えませんか!?」

「何があった?」


 オルトに問いかけられ、呼吸を整えたジェシカが険しい表情で答える。




「ギルド支部で勾留中のルーファスさんとルーシーさんが、殺されました」

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