第百六話 斟酌する話じゃない

「ネーナ。火を焚いているし食事も用意しているから、こちらに来ないか? 夜は冷える。友人だって寒いだろう」


 ルーファスは気づいているのかいないのか、かなり失礼な物言いをした。自分から臨時パーティーに入ったメルルの名など、覚える気も無いのだろう。


「お構いなく、ルーファスさん」

「気の置けない『友人同士』、仲良くやってますから〜。名前も覚えてない『友人』の事はお気遣いなく!」


 素っ気ないネーナに続き、『友人』を強調したメルルの意趣返しで、ルーファスの表情が強張る。


「どうも色々と誤解があるようだが、同じパーティーなのだからもう少し打ち解けてくれても良くないか?」

「誤解、ですか? 貴方達をパーティーメンバーとして信用する事の方が難しいと思いますよ?」


 ネーナがルーファスと、その後から食事の器を持ってやって来たルーシーを見据えた。そして一つ一つ、指を折って不審に思った点を列挙する。


 まず、ルーファスの体調不良による依頼不参加を理由の一つとしてネーナの同行を求めたにも関わらず、ルーファスが合流している事。


 次に、ネーナの知識や経験を当てにしている筈が、一度も助言等を求められていない事。ネーナは必要な会話には応じているというのにだ。


 更に、楽に日帰り出来る時間的余裕が無く、その事をネーナが告げたにも関わらず、事ある毎にパーティーを足止めしようとした事。それらの足止めの理由は、ネーナとメルルには到底合理的とは考えられなかった。


 ネーナが厳しい視線をルーファスに向ける。


「それから――事前の私からの注意を無視して魔物の巣に近づき無用な戦闘を発生させ、その対処で時間を取らせて日帰りを出来なくした事」


 魔物は危険度の低いものではあったが、テリトリーに接近した者に攻撃をする習性があると、ルーファス達には場所も含めて伝えてあった。


「その言い方はあんまりじゃない? 皆無事だったでしょ?」

「起きた事が一つだけならその通りでしょう、ルーシーさん。ですが、貴女とルーファスさんでこれだけの事をしているのですよ。私達が貴女達を強く警戒をしていて、これです」


 咎めるような口調のルーシーを、ネーナは逆にバッサリと切り捨てた。更にメルルが、不信感を隠さずに言う。


「で、その手に持った器に垂らしてた瓶の中身は何なの? 調味料でも料理酒でも無いよね? それ食べろって言われても無理だよね」

「…………」


 メルルは離れた場所でのルーシーの行動を、しっかりと見ていたのだった。動揺するルーシーの姿に、ルーファスがため息をつく。


「……俺はただ、君への想いを伝えたかっただけなんだ。ただそれだけなのに、どうしてこうなるんだ」

「何度も聞いて、何度もお断りをしている筈です」

「それは俺の想いが正しく伝わっていないからだ。二人で話す時間が必要なんだ」


 ネーナの隣で聞いているメルルが絶句していた。心なしか顔色も悪く見える。


 メルルの心境はネーナにもわかる気がした。正常な人間と会話をしている気がしない。出来る事なら逃げ出したい。ネーナは腰のポーチに手を入れ、『御守り』の小瓶とハンカチを握り締めてルーファスと対峙した。


「その為に、パーティーぐるみでこのような事を?」


 問われたルーファスは答えない。だがその沈黙を、ネーナは肯定であると判断した。


 ネーナは俯いた。その肩は小刻みに震えている。


「そんなにまでして……」

「そうさ。俺の想いをわかってくれたか?」


 ルーファスが目を輝かせて両手を広げる。ネーナが顔を上げた。




「その為に、依頼を利用したのですかっ!!」




「えっ?」


 ネーナの口から出た怒りの言葉は、ルーファスが全く予想していないものだった。


「ルーシーさんが私に見せた依頼書の中に、一部の冒険者達が『花の精のお願い』と呼んでいるものがあります。依頼者は十歳の少女です。彼女は持病のある母親と二人で暮らしています」


 ネーナは一度、言葉を切った。ルーファスもルーシーも、ネーナが何を言おうとしているのかわからない様であった。


「彼女の母親は時々発作が出て、激しい咳と呼吸困難に襲われるそうです。彼女は生活の足しにする為に花を売り、その僅かな売り上げの中から発作の鎮静薬の代金を捻出するんです」


「買った薬が無くなるまでの間に次の薬代を稼ごうと、少女は町の外で花を摘み、大人達に怒鳴られたり邪険にされながら花を買ってくれとせがむんです。毎日、毎日」


「心無い大人に乱暴されそうになった事もあるそうです。それでも彼女は、大好きな母親の為に諦めずに花を売るんです。そして、少しでも安く薬を買う為に、冒険者ギルドに依頼を出すんですよ」


「彼女が依頼を出すのは、薬が切れてしまってからです。母親も彼女に負担をかけたくなくて、薬を使い切ってからも懸命に我慢をするからです。母親が苦しんでいるのに彼女が気づき、依頼をするんです。ギルドへ依頼に来る時、彼女はいつも泣いています。発作に苦しむ母親を置いて来なくてはいけないからです」


 黙って聞いていたメルルがルーファス達を睨みつけた。


「ネーナちゃんが日帰りに拘ったのは、ルーファスさんが嫌なだけじゃない。それだけなら来なければ良かったし、私は来るのをやめなって言ったよ。でもネーナちゃんは依頼書を見て、苦しんでる人がいるのを知ってたからここに来たの。それをあんた達は……」


 慌ててルーファスが弁解する。


「いや、それは依頼人の都合じゃないか。俺達が斟酌する話じゃな――」

「その通りです」


 ネーナがルーファスの言い分を被せ気味に遮る。一見するとルーファスを肯定したようであるが、続く言葉は厳しく詰問するものであった。


「だからこそ冒険者である私達は、依頼書の通りに依頼を達成し、速やかに帰還すべきではありませんか? 貴方達の都合で達成を遅らせたから、私達はこうして日を跨ぐ事になったのでしょう? そこに依頼人が斟酌すべき事情はありますか?」

「…………」


 ネーナの厳しい追及に、ルーファスが黙り込む。


 ギルドが仲介者として間に入るが、冒険者と依頼人を結ぶ物は一枚の依頼書のみ。依頼人は依頼内容以上のものを求めず、冒険者は依頼内容に沿った達成条件を満たす。シンプルな話だ。


 ネーナの怒りは、『依頼人の事情など知らないと言うのなら、依頼書の内容くらいはクリアしろ。冒険者としてすべき事をしろ』という至極尤もな正論であった。少なくとも、それに巻き込まれたネーナとメルルは文句を言う資格があるだろう。


「ルーファスさん。貴方のお気持ちは私に伝わっています。ですが何度仰られても、私の答えは変わりません。まして、受けた依頼をこのように扱って、それで私が喜ぶと思われるなんて心外です。馬鹿にしないで下さい!」

「そんな、待ってくれネーナ!」


 ルーファスの手が、ネーナの肩に伸びる。


「触らないで下さい!」


 ネーナがルーファスの手首を掴み、半身になって手を引いた。次の瞬間、ルーファスの大きな身体が宙で回転し、背中から地面に落ちていた。


「護身用の体術の訓練も受けていますので」

「ネーナちゃん凄い……」


 ネーナは驚くメルルと共に、ルーファス達から距離を取る。驚いたのはルーファスを始めとする【七面鳥の尾】の面々も同様である。


 ルーファスはCランクパーティー【七面鳥の尾ターキー・テイル】の戦士だ。Bランクとはいえ魔術師であるネーナが、近接戦で渡り合うのは本来は厳しい。だがルーファスがネーナの抵抗を全く考えず不用心に手を伸ばした為、フェスタ直伝の投げが綺麗に決まったのだった。


「近寄るならば、私達に危害を加える意思ありと見て自衛行動を取ります」


 ネーナの掌の上で、風が渦を巻く。メルルも腰の短剣に手を当てて、ルーファス達を牽制している。


 実力行使も辞さない。強い意思を伴う、明確な拒絶。こうなればルーファスも迂闊に近づけない。


「シルファリオ支部所属の冒険者として、このような依頼のやり方も、私達臨時パーティーメンバーへの対応も見過ごせません。今回の件は支部に報告させて頂きます」


 ネーナもメルルも、シルファリオで実績を重ねた冒険者だ。ギルド支部の信頼も厚く、訴えがあれば無視出来ない。今後【七面鳥の尾】がマークされるのは避けられないだろう。


 実力によってこの場で黙らせる事も出来ない。逃げればネーナ達の主張を認める事になり、冒険者ギルドに従わないとの意思表示にもなる。最悪、シルファリオ支部のAランク冒険者に追われる羽目になる。ルーファスも自分達が『詰んでいる』事を理解せざるを得なかった。


「夜が明けたら私達は山を降りるけど、一緒に帰る気は無いから。野営も離れてするから、近づかないでね」


 シッシッと手を振り、メルルが【七面鳥の尾】の面々を追い払う。


 項垂れたルーファスがノロノロと焚き火の方へと向かい、双子の兄弟が後に続く。


 だがルーシーはその場を動かず、ネーナを睨みつけていた。


「……どうしてよ」


 問いかけのような言葉に、ネーナは答えない。


「どうしてあんたは、お兄ちゃんを拒むのよ! 私だって、お兄ちゃんを! なのに……どうしてあんたなのよ!」


 怒り。憎しみ。嫉妬。心の中の強い感情を言葉にして、ルーシーはネーナに叩きつけた。その言葉が聞こえている筈のルーファスは、妹を一顧だにする事なく去って行く。


 ネーナは兄妹二人の関係性を察して心を痛めたが、同情はしなかった。


「知りません。それこそルーファスさんが言ったように、『斟酌する話じゃない』事ですから。私はルーファスさんに、好意も敬意も持てない。それが全てです」

「…………」


 その場を動かないルーシーから離れ、ネーナとメルルは腰を下ろす。二人は一睡もせずに世を明かし、日の出と共に下山してシルファリオに帰還した。




 ◆◆◆◆◆




「メルル! 無事で良かった!」

「バラック!?」


 支部に戻るなり、メルルを幼馴染のバラックが抱き締めた。慌てるメルルを冒険者仲間がニヤニヤと見詰めている。


 二人の仲が進展しない事を悩んでいたメルルであったが、どうやらメルルが巻き込まれた一件は怪我の功名となったようであった。


 羞恥で顔を赤くするメルルに笑顔で手を振ると、ネーナは報告を済ませてギルドを後にした。




 仮店舗を構えたヴィオラ商会に立ち寄り用事を済ませ、屋敷に辿り着いたネーナは眠気が限界に近づいていた。セシリア達に迎えられ、されるがままに身体を洗われて部屋着を着せられる。


 何だか、王城にいた時みたいだ。ネーナはぼんやりとそんな事を考える。セシリアがネーナに告げる。


「オルトさんなら、リビングにいるよ? もしかしたら寝てるかも」

「寝てる、ですか?」

「昨日からさっきまでずっと、屋根の上にいたから〜」

「!」


 オルトならば、ネーナ達を尾行する事も出来た。なのにそれをせず、代わりに万が一に備えて、ずっと山の様子を窺っていたのだ。ネーナはそれを、オルトの信頼だと受け取った。


 フラつきながらリビングの扉を開ける。オルトはソファーにもたれて眠っていた。ネーナは最後の力でソファーに倒れ込み、オルトの膝に自分の頭を乗せる


「お帰り」


 優しい声と共に、ネーナの頬に手が触れる。


「只今戻りました、お兄様。心配かけてごめんなさい」


 ネーナは頬に添えられたオルトの手を、自分の両手で包み込んだ。


「少し……疲れました。休ませて下さい……」


 それだけ言うと、ネーナはオルトの温かさを感じながら、深い眠りに落ちていった。

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