第百三話 誓・い・ま・す・か?

 シルファリオ教会には、朝から多くの人が詰めかけていた。ブルーノが三人の新婦を娶る結婚式の為に。


 小さな礼拝堂は既に満席。入れない者は、教会の前で新郎新婦を祝福しようと待ち構えていた。服装は様々であるが、それが却ってアットホームな雰囲気を醸し出していた。


「ふわあ……ルチア、マリア、人が一杯いるよ。お祭りみたいだねえ」


 新婦の控室として宛がわれた部屋の窓から外の様子を覗い、セシリアが呟いた。ルチアも隣に並んで、目を丸くする。


「本当ね。私、ドキドキしてきた」

「何だか夢みたい……ううん、夢よりずっと立派で、ずっと幸せな結婚式よ」


 ルチアの反対側にマリアも並び、三人で肩を寄せ合う。


「三人とも、すっごく綺麗だよ!」


 後ろで見ているエイミーが言うと、マリア達は恥ずかしそうに笑った。


 同じ部屋にいるネーナは、ずっと無言で手帖の上にペンを走らせている。


「出来ました」

「すごい! 絵描きさんみたい!」


 暫くの後、ネーナがペンを仕舞うと、手帖を覗いたエイミーが歓声を上げた。


 そこには、肩を寄せ合い窓の外を眺める花嫁衣裳の少女達、その後ろ姿が描かれていた。


「ネーナさん。この絵、譲って貰えませんか?」

「うん! お部屋に飾りたい!」


 あまり深く考えずに描いたネーナは、マリアとセシリアが思いの外に食いついた事で焦った顔をする。


「はわわわ、このままですか!? お渡しするのは構いませんけど、折角ですからキャンバスに描き直しますよ!」

「大変でしょう? この絵もとても素敵だけど……」


 ルチアが気遣うが、ネーナは『両方プレゼントします』と約束した。


 その時、部屋の扉がノックされた。少しだけ開き、フェスタが顔を出す。


「随分賑やかねえ。エスコート役の準備が出来たけど、入っても大丈夫?」


 マリア達が了承すると、モーニング姿のオルト、スミス、リチャードが入って来た。


「お兄様の正装は新鮮です!」

「あー……いつも警備だったからな」


 興奮気味のネーナに、オルトが苦笑する。『王女の騎士プリンセス・ガード』時代には王女アンネーナに同行しても、隊長のブレーメと女性隊員のステフフェスタ以外が正装になる事は無かったのだ。


 今日の結婚式に、新郎新婦の親族は参列していない。ブルーノは天涯孤独の身である。マリア、ルチア、セシリアの三人に至っては親に売られていた。血の繋がりがあろうと、最早親と呼べる存在はいなかった。


 仲間達で相談し、新郎新婦の強い希望もあって新郎ブルーノの親族席には【四葉の幸福クアドリフォリオ】の面々が、新婦であるルチア達の親族席には【菫の庭園】メンバーが座る事になった。


 そして三人の新婦のエスコートは、両パーティーの男性メンバーが務める事になったのである。


 新婦が三人となる異例の挙式、かつストラ聖教から破門されているブルーノが新郎であったが、シルファリオ教会のエトゥ侍祭は快く引き受けた。


 更に裏方では、挙式後に町の中心の噴水広場で行われる屋外パーティーの準備の為に、ファラと『ヴィオラ商会』の従業員達が、町のご婦人達と共に駆け回っている。短期間での挙式が実現したのは、早くもシルファリオに根を張っている『ヴィオラ商会』の力が大きかった。


「ブルーノは先に祭壇の前で待ってるから、マリアさんとスミス、ルチアさんとリチャード、セシリアさんとオルトの順番でヴァージンロードを歩いて、三人はブルーノの左側に並んで。ここまで大丈夫?」


 フェスタの説明に、マリア達は真剣な表情で頷いた。フェスタが柔らかく笑う。


「そんな緊張する事ないわよ。祭壇の前まで行けば、後は忘れても教えて貰えるから」


 フェスタがオルト達エスコート役を見る。


「男衆は死ぬ気でエスコートする事! 可愛い花嫁さん達に恥かかせないでよ?」


 直前までとは打って変わっての厳しい要求に、オルト達が苦笑する。


 ここでネーナとエイミーは控室を出て、新婦側の親族席へと向かった。


「あれ? レナお姉さんいないよ?」


 新郎側にも新婦側にも、レナの姿は無かった。


「皆さん、お静かに。これよりブルーノ・コンテ様とマリア様、ルチア様、セシリア様との結婚式を執り行います」


 二人がレナを見つけられない内に、シルファリオ教会のエトゥ侍祭がよく通る声で式の開始を宣言した。


「まずは、聖女レナ様のご入場です」

『えっ!?』


 ネーナとエイミーの声が揃う。二人とも、そんな話は全く聞いていなかったのだ。


 ゆったりとした神官服に身を包み、長い髪を下ろしたレナが礼拝堂に現れる。いつもより抑えた化粧と落ち着いた佇まいは、聖女と呼ぶに相応しいものであった。


 が、祭壇の前に立ったレナは、ネーナ達と目が合うと悪戯っぽい笑みを浮かべてウインクをした。ネーナ達も苦笑するしか無かった。


 その後に入場した新郎のブルーノが、レナの姿を見て目を見開く。ブルーノは更に、花嫁姿のマリア達の美しさに目を見張る事になる。


「ブルーノおじさん、一杯一杯だよ……」


 エイミーの言葉を待つまでもなく、聖女モードのレナで意表を突かれたブルーノは、しきりに顔の汗を拭いていた。レナが聖典の一節を読み上げるのも聞いていない。


「では、新郎新婦に婚姻の誓いを立てて頂きます――新郎、ブルーノ」


 レナがブルーノを見る。


「貴男はマリア、ルチア、セシリアを妻とし、健やかなる時も、病める時も、死が汝らを分かつ時まで、『三人分の愛を全力で!』注ぐ事を誓いますか?」

「へっ?」


 ブルーノが間抜けな声を出す。フェスタが額に手を当てた。




『誓・い・ま・す・か?』




 笑顔のレナが聞き返す。そのこめかみには青筋が立っていた。


 ――愛の分割など認めない。娶った妻全員を十分、いや十二分に愛せよ。さもなくば――


 目だけは全く笑っていないレナの無言の圧に、ブルーノの表情が引き攣る。参列者が固唾を飲んで見守る中、直立不動のブルーノが声を振り絞った。


「はいっ! 誓います!!」


 礼拝堂に微妙な安堵の空気と、歓声が広がる。


「新郎ブルーノ。誓いを忘れる事無きように。誓いを違えたら『天罰』が下りますよ?」

「…………」


 ブルーノが無言でコクコクと頷く。次にレナは、緊張した表情のマリア達に優しい笑みを向けた。


「新婦マリア、ルチア、セシリア。汝らはブルーノを夫とし、健やかなる時も、病める時も。死が汝らを分かつ時まで、四人で助け合い、愛し合う事を誓いますか?」


 少女達は顔を見合わせ、声を揃える。


『誓います!!』


 花嫁が揃って一つの指輪にブルーノの薬指を通した後、一人ずつブルーノから指輪を着けて貰い、ヴェールを上げて口づけを交わす。その度に拍手が起きる。


 ブルーノ達を知る者も知らない者も、等しく心から新郎新婦を祝福していた。


「皆様のお立ち会いの下、新たな婚姻が成立しました。新郎新婦が退場しますので、拍手でお送り下さい」


 エトゥ侍祭の進行でブルーノ達がヴァージンロードを退場すると、礼拝堂の参列者達もゾロゾロと外へ向かった。


 礼拝堂を出たネーナとエイミーの前で、新郎新婦が参列者達から色とりどりの花弁を浴びせられている。


「二人も祝ってやってくれ」


 オルトがやって来て、二人に花弁の入った籠を手渡した。裏方の手伝いをしているオルトは、フェスタと何かを話しながらその場を離れる。


 教会の鐘が鳴り、ネーナとエイミーも花弁を撒きながら新郎新婦に祝いの言葉を述べた。その後は、離れた場所で花嫁達が祝福を受ける様子を眺めていた。


 やがて、エイミーがポツリと呟いた。


「ルチアさん達、大好きな人と結婚出来たんだね」

「そうですね」


 ネーナが応える。


「本当に良かったね」

「ええ」


 暫しの沈黙。


「……羨ましいね」

「……はい」


 二人は再び黙り込んだ。


 ままならない。ネーナはそう思った。


 自分が王女であった頃は、自分の意思で結婚する相手を決める事など考えられなかったし、自分の中で上手く切り離せないのなら恋愛も出来ないと思っていた。


 好きな人と結ばれるなんて、御伽話の中だけの出来事だ。そう思っていた。


 王族の地位を返上した今は、やはり身分の違いで難しい事はあっても自分の意思で恋をし、結婚する事が出来る。


 でも仮初の兄妹に本物の絆が出来て、親愛の情に兄妹以上のものがまじっているのに気づいた時。相手には愛する人がいた。


 別に今が不満な訳ではない。妹として愛される喜びも、以前の自分には持ち得なかったものだから。でも、だけど。


 自分がこのまま進めば、決して手に入れられないもの。それを手に入れた三人の少女を見て、ネーナは少しだけ羨ましくなったのだった。


 隣に視線を向けると、似たような事を考えているのか、エイミーが遠い目をしている。ネーナはクスリと笑った。


「……ちょっと羨ましいのは確かですけど。『妹』も捨て難いです。もう少しの間、私はこの幸せと特権を享受したいと思います」

「ネーナ?」


 エイミーが首を傾げる。次の瞬間、ネーナは全力で駆け出した。


「早い者勝ちです!」


 ネーナの向かう先に荷物を抱えて歩くオルトがいる事に気づき、エイミーも慌てて走り出す。


「抜け駆けだよ〜!」

「ハンディキャップレースです! 勝てば官軍、です!」


 ネーナがオルトに呼びかける。


「お兄様! 私が、お手伝いします!!」

「ネーナ? エイミーも?」


 立ち止まり振り返ったオルトに追いつき、ネーナは小さな袋を受け取る。後から来たエイミーも別な袋を手にすると、三人は並んで噴水広場へと歩き出した。




「いいわねえ。若さってやつよねえ」


 オルト達を見ながら、荷物を抱えたレナがうんうんと頷く。同じく荷物を抱えたフェスタはジト目で文句を言った。


「そういうレナは誰の味方なのよ」

「あたし?」


 レナが悪そうな顔でニヤリと笑う。


「決まってるじゃない。今日のあたしは聖女だもの、全ての『恋する乙女』の味方よ。でも、モタモタしてたら乱入しちゃうかもよ?」


 フェスタは溜息をついた。


「言う事も表情も、全然聖女じゃないわよ。まあいいわ、纏めて相手してあげる。何人ライバルが増えたって、これだけは譲る気無いからね?」


 二人は一瞬だけ真顔で見つめ合い、すぐに笑い出した。そしてオルト達の後を追うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る