第百二話 違う、そうじゃない

「ガルフ、ミア、ショット、ルーク。有難う。お前達のお陰で、全員で帰って来れた」


 オルトが差し出した手を、ガルフがガッチリと握る。


「よく言うぜ。【菫の庭園】だけでゴリ押しも出来たろうがよ」

「少なくとも、同じ結果にはならなかったさ」

「だったら俺達が来た甲斐もあったな」


【禿鷲の眼】の面々が笑顔を見せる。対してエイミーは寂しげに言う。


「ミアお姉さん、もう行っちゃうの?」

「そうねえ、もうちょっとエイミーと一緒に居たいけど。これ以上目立つのもね」


 ミアはエイミーを抱き締めて苦笑した。


【禿鷲の眼】は冒険者だが、裏の顔はアルテナ帝国の密偵なのだ。本来ならば、オルト達と行動を共にすべきではなかった。そこを曲げてガルフ達は『救援依頼レスキュー』に同行していた。


「何か、こう……な。大将や嬢ちゃん達と一緒にいると、柄にも無く燃えてくるんだよ。ちとやり過ぎたが、これはこれで良かったんだ」


 たんまり金も貰ったしよ、とガルフが荷物袋を揺らす。仲間達から笑いが漏れた。


「名残惜しいが、俺達は行くぜ。縁がありゃあ、また会うだろ」


 ガルフが歩き出し、ショットとルークが続く。ミアは【菫の庭園】の女性陣と抱き合い別れを惜しむと、何度も振り返って手を振りながら【禿鷲の眼】の仲間達を追いかけて行った。


【禿鷲の眼】の面々は北セレスタにやって来た時とは別なルートで、母国であるアルテナ帝国に向かうのだと言う。徒歩での出発は、帰国途中でも情報収集に勤しむ為だ。


 前回同様に、【禿鷲の眼】との別れはあっさりしたものだった。戦友達の旅立ちを見送った後で、オルトは一つため息をつく。


「……さて、俺達も帰るか」

「『逃げる』じゃないの?」


 レナのツッコミに、オルトは心底嫌そうな顔をした。


 最悪全滅まで予想されていた『救援依頼レスキュー』は、【明けの一番鶏】と【運命の輪】が誰一人欠けずに帰還するという最高の結果になった。北セレスタ支部は大いに盛り上がり、冒険者達が早速宴会の準備を始めたのである。


 オルト達は相談をして、『少し宿で休むから』と理由をつけてギルド支部から逃げ出した。そして悪目立ちを避けたい【禿鷲の眼】を先に送り出したのだった。次は【菫の庭園】が北セレスタから脱出する番である。


 オルト達が関わった結果、不祥事がボロボロ出そうなコスタクルタ伯の出方一つで、シュムレイ公国は内戦が起きかねない。レナの言う通りさっさと『逃げる』しかないのだ。


「いたいた、皆さん!」

「カミラ?」


 北セレスタ支部の職員、カミラが息を切らせて【菫の庭園】の面々に駆け寄る。


「【禿鷲の眼】の皆さんは?」

「今、町を出た所だ」

「丁度良かった。皆さんも出ちゃって。公国騎士が参考人としてオルトさんを探してるの」


 オルト達がギルド支部を出た後、公国騎士の一団が支部を訪れてオルトの引き渡しを求めたのだと、カミラは言った。表向きは『参考人』と言いながら、騎士の物言いはオルトを『容疑者』『重要参考人』として拘束する物であり、怒った冒険者達と睨み合いになっているのだという。


 フェスタが首を捻る。


「治安隊でなく公国騎士が? 拘束理由は?」

「『コスタクルタ伯爵領内で発生した一連の事態に関して』ですって」

「何よそれ……まるっきり容疑者じゃないの」


 仲間達が顔を顰めた。オルトが溜息をつく。


「支部の連中にも迷惑かかるな……俺一人のご指名なら――」

「駄目です!」

「駄目だよ!」


 行って騎士達に話をしようか。そう言い終える前に、オルトの言葉は遮られた。


「お兄様が犯罪者のような扱いを受ける謂れはありません!」

「そうだよ! 行くなら皆で行こうよ!」

「そうは言ってもな……」


 憤慨するネーナとエイミーを宥めながら、オルトが困った顔で言う。話を聞いていたブルーノが口を開いた。


「私もネーナとエイミーに賛成だ。冒険者達が怒り、カミラ嬢が態々伝えに来たのならば、公国騎士の態度は推して知るべしだろう」

「そんなんじゃ、皆で行った所で更に大事になるのが目に見えてるけど?」


 公国騎士がネーナ達を乱暴に拘束しようとすれば、間違いなくオルトがキレる。レナの言葉に、オルトは不本意ながらも頷かざるを得なかった。


「私がギルド支部を出る時、もう建物の周りは騎士達が包囲してたの。戻れば騒ぎになるのは間違いないわ」

「よく抜け出せたな?」

「女性職員達が仕事をサボる時に出る秘密の通路がね、あるのよ」


 シレッと言うカミラに呆れながら、オルトは念押しするように聞く。


「支部の連中は大丈夫なのか? メラニア達は?」

「【明けの一番鶏】と【運命の輪】は、支部で保護してるわ。大丈夫よ」


 カミラはニッコリ笑った。


「騎士や治安隊との小競り合いなんて初めてじゃないから。まだ支部に残ってたギルマス代理も対応してくれてるし、うちの連中だって仲間を助けてくれた恩人を引き渡すほど腑抜けてないわよ」

「そうであれば、ギルドが関係各所に話をつけてくれるのを待った方がいいかもしれませんね」


 スミスが言うと、頬を膨らませたネーナとエイミーが、左右からオルトをガッチリとホールドした。


「お兄様が一人で行くのだけは却下です!」

「逃さないよ!」

「わかったわかった」


 オルトが両手を上げ、降参の合図をする。カミラがクスクスと笑った。


「じゃあ、カミラ。後は任せていいか?」

「勿論です。シルファリオ支部にも連絡しておきますから」

「頼む」


 全員荷物は持っている。元より【禿鷲の眼】を送り出してから自分達も北セレスタを出る気だったのだから。


「カミラさんも気をつけて下さいね」

「カミラお姉さん、またね!」

「二人とも、こっちが落ち着いたらまたいらっしゃい」


 カミラに見送られて、【菫の庭園】一行が北セレスタを後にする。次の町へ徒歩で向かった一行は、宿で一日休んでからゆっくりとシルファリオに帰還した。


 道中の変わった事と言えば、通行人を蹴り殺さんばかりの勢いでオルト達を追い抜いて行った数騎の騎士が、二日後にはボロボロになって北セレスタに戻るのとすれ違ったくらいであった。





 ◆◆◆◆◆




 シルファリオの町に近づくと、おもむろにエイミーが門を指差した。


「冒険者の人達がいるよ?」


 冒険者達もエイミーを見つけたらしく、門の辺りが騒がしい。


「やあ、お疲れ様。リベルタでもシュムレイでも大活躍だったみたいだね。皆無事かい?」


 爽やかな笑顔で、リチャードが【菫の庭園】を労う。ネーナは首を傾げて聞いた。


「あ、はい。元気ですけれど。リチャードさんや皆さんはどうして町の門に?」


 リチャード達が顔を見合わせる。


「襲撃があったからだよ」

『襲撃!?』


【菫の庭園】の面々が声を揃えて驚く。


 北セレスタ支部からの緊急通信により、公国騎士がシルファリオに向かった旨が伝えられたのだという。


 公国騎士達は通信の翌日にシルファリオ支部に現れ、オルトを引き渡せと騒ぎ立てた末に居合わせた冒険者達に叩き出され、退散した。


「あのボロボロになって帰って行ったやつね……」

「あれか……」


 フェスタとレナが、微妙な表情で頷き合う。


 町の中で騒がれては迷惑な上、引っ越してきて早々ブルーノ抜きで留守番をしているルチア達の事を気遣って、冒険者有志が町の入口で見張っていたのだとリチャードが説明した。


「屋敷の方にはマリンがお邪魔させて貰ってるし、ギルド支部には【路傍の石】やサファイアとエリナがいるよ」

「済まない、リチャード」

「ブルーノ、君達は大事な仕事をして来たんじゃないか。僕等だってこれくらいはするさ」


 リチャードとブルーノのやり取りを聞き、ネーナが微笑んでオルトの顔を見上げる。冒険者達の警備は、【菫の庭園】が帰還した事でお役御免となり、解散した。


「皆、お疲れ様。今日は皆の警備の慰労会と、オルトのAランク昇格祝いだから。『逍遥小路』と『親孝行亭』のお代はオルトが持つわよ!」

『うおおおぉっ!!』


 フェスタの言葉で、冒険者達から歓声が上がる。オルトは顔を顰めた。


「お前等、店や他の客には迷惑かけるなよ?」

『うおおおぉっ!!』

「駄目だ、聞いてねえ……」


 肩を落とすオルトに、仲間達から笑いが漏れる。足の早いエイミーが代金を手に、宿と酒場に走って行った。




 ◆◆◆◆◆




『お帰りなさいませっ!!』




 屋敷に戻った一行を出迎えたのは、揃いのメイド服に身を包んだ三人の少女だった。


「…………」


 ブルーノが呆然と少女達を見つめている。


「あら、皆帰ったのね。お帰りなさい。どう? この娘達、可愛いでしょう?」


 声が聞こえたのか、屋敷で少女達に付き添っていたマリンも顔を出した。


 ノリノリのセシリア、普段通りのマリアに対して、気の強いルチアは羞恥で顔を真っ赤にしている。ブルーノは固まったままだ。


「…………」

「司祭様?」


 セシリアが可愛らしく小首を傾げる。レナは溜息をつき、ブルーノの背中をバシッと叩いた。


「っ!?」

「あんたねえ……黙ってないで何か言ってあげなさいよ。似合うの? 似合わないの?」


 我に返ったブルーノが、慌てて口を開く。


「よ、よく似合っている。初めて見る姿で驚いたのだ。似合っているとも!」

「本当に? 良かったあ」


 喜ぶセシリア。ルチアは安堵している。マリアがオルト達に頭を下げた。


「私達、ジェシカさんに相談して、このお屋敷にお世話になってる間は家事をさせて貰う事にしたんです。三人共、家の事は一通り出来ますから」

「そうか。やれる範囲で頼むよ」

『はいっ』


 オルトが言うと、三人が声を揃えて返事をした。オルトの横で、エイミーとネーナがひそひそ話をしている。


「……ネーナ。すごい破壊力だよ」

「私達もメイド服を用意しなくては……定番アイテム、恐るべしです」


 ブルーノは『女の子の褒め方をリチャードイケメンに教われ』と、レナから盛大な駄目出しを食らっていた。


 それぞれが自室へと向かう中、マリンを迎えに来たリチャードも帰ろうとする所を、ブルーノが呼び止めた。


「リチャード。オルトも。話したい事があるのだが、時間は取れるだろうか」


 リチャードが振り向いて応える。


「僕はマリンを送ってからなら構わないよ」

「俺も構わん。『逍遥小路』で個室を取るか?」


 オルトが聞くと、ブルーノは頷いた。


「そうして貰えると助かる」

「じゃ、後で」


 リチャードは手を振り、マリンと共に帰って行った。オルトが部屋に向かいながら言う。


「漸く決心したのか。メイド服が刺さったのか?」

「違う! そうではない!」


 ブルーノが全力で否定するも、オルトは聞き流す。


「そういう事にしておくよ」

「違うのだ!!」

「はいはい。酒場に集合な」


 オルトはスタスタ歩いて行き、取り残されたブルーノは頭を抱えるのだった。

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