第百一話 ギルド本部からの使者

 二人の騎士が剣を構え、図ったように同時に一歩を踏み出した。


 ――剣身強化エンハンサー――


 決着は一瞬。交錯した二人の一方が崩れ落ちる。


『……私の、力が……及ぶ……相手では、なかったか……』


 剣を鞘に納めて歩み寄り、オルトがラーンを称える。


「研鑽を積んだ、見事な太刀筋だった」

『……礼を、言う……貴公のお陰、で……騎士として……死ぬ事が……出来る……』


 オルトの仲間達も近づいてくる。ラーンはイリーナを見た。


『そこの……剣士。生き延び、鍛錬を……』

「はい」


 イリーナが頷く。


『キーファー卿……懐に、袋が……リア……様に……』

「俺が直接面会出来るかはわからんが、必ず渡そう」


 モリーがアラベラを見た。


「アラベラ、どうにかならない?」

「ええっ!? モリーも知ってるでしょう、我が家は名前ばかりの貴族よ? マリスアリア様に面会なんて、とても……」

『君は……』


 問われたアラベラは、居住まいを正してラーンに答える。


「申し遅れました。私は、アラベラ・シレアと申します」

『シレア……ガエタノ殿の、ご息女……』

「父をご存知なのですか!?」


 前のめり気味に聞くアラベラに、ラーンは微かに頷いた。そのラーンの身体が淡い光に包まれる。


『済まぬ……あまり時間……が、無いようだ……袋は、ガエタノ殿に……』

「ラーン様!?」


 アラベラが取り縋るが、ラーンの身体から無数の光の玉が浮かび上がり、坑道の天井に吸い込まれていく。


「力を失った魂が、ラーンの身体から出ていくの」


 天井を見上げたまま、レナが静かに言った。


『この剣……は、アラベラに……キーファー卿……』

「今の俺は冒険者だ。仕事分の報酬だけでいい。言い残す事はあるか?」


 ラーンの身体が、灰が崩れるように形を失っていく。


『感謝、する……リア様に、あい…………幸せに……なって欲しい、と……』


 ラーンの身体から、一つの光が浮かび上がる。それきり、ラーンが言葉を発する事は無かった。


 オルトが剣を抜き、サン・ジハール王国の騎士礼でラーンを弔う。その横でネーナが手を組み黙祷をした。


 レナとクロスの、死者への祈りが辺りに響く。他の者はラーンの縁者に届ける為、遺品の回収を始めた。


 ネーナは、動かなくなったラーンの亡骸をじっと眺めていた。オルトが立ち上がり、ネーナの肩をポンと叩く。


 オルトはネーナを伴い、ラーンの遺品を回収する場所から離れた。


「済まない」

「どうしたんですか? お兄様」


 おもむろに頭を下げるオルトに、ネーナは首を傾げた。


「勝手に名前を使ってしまった」


 決闘の名乗りでオルトが『王女アン』と言った事だと気づいたネーナは、微笑んで頭を振った。


「いいえ。ラーン様の最後の戦いを彩るのに役立ったのなら、構いません。でも私は、お兄様のネーナですからね?」

「勿論わかってるさ」


 ネーナがオルトの腕に巻いたハンカチを外す。二人がメラニア達に合流すると、作業を終えた一行は坑道の出口に向かって歩き出した。




 ◆◆◆◆◆




「あ、お兄さん達が戻ってきたよ!」


 坑道出口から中を覗いていたエイミーが、外の仲間達に大声で伝えた。


「随分と遅かったな、大将」


 斧使い、ガルフがニカッと笑い手を振った。


「その様子だと、首尾は良かったのだな」

「ああ」


 ブルーノとオルトが腕を交差するようにぶつけ、互いを労う。


「お疲れ様、オルト。準備は出来てる。私達は休んだから、すぐに出れるわ」

「有難う、フェスタ」


 美味そうな匂いのする鍋をかき混ぜながら、フェスタは一箇所に纏められている幌付きの馬車と軍馬を指差した。領主軍の兵士は、倒れている者のみだ。


『…………』


【運命の輪】と【明けの一番鶏】の面々は、領主軍を撃退した強者達に絶句していた。


「三百もぶちのめしたら、残りは蜘蛛の子を散らすように逃げてったぜ。ちと歯応えが無さ過ぎたな」


 ガルフが豪快に笑う。仲間達は、敵が残していった馬車と軍馬を纏めて、交替で休息を取りながら食事の準備までしてオルト達の帰還を待っていたのだった。


 アラベラとコリンは緊張の糸が切れたのか、温かいスープの器を受け取り涙を流した。


 大きめの馬車に、ネーナと【明けの一番鶏】、【運命の輪】の面々が乗り込む。他のメンバーは馬車を守るように軍馬で囲み、出発した。


 荷台に腰を下ろしたイリーナは、メラニアに言った。


「……正直に言うとね。メラニアが手紙を出した時、私はオルト達が間に合うなんて思ってなかった。ただ、メラニアがそこまでするんだから、この救援依頼レスキューはヤバいのかもって感じてはいたけど」

「……わかってたの?」


 驚いたような顔で聞くメラニアに、イリーナが苦笑する。


「メラニアはバレてないつもりだったの? クロスもジャックもわかってたわよ」

「……ごめんなさい」

「言うべきでないと思ったんでしょう? 何年の付き合いなのよ、私達」


 恨みがましく言うイリーナに、平謝りのメラニア。二人をとりなすクロスとジャック。


 幼馴染の四人を微笑ましく見つめるネーナに、モリーが声をかけた。


「改めて、本当に助かったわ。有難う。貴女達が来てくれなかったら、私達はあの鎧の騎士か領主軍に殺されてた」

「あの、私は何もしていませんから」


 七人に頭を下げられ、ネーナは慌ててブンブンと手を振った。メラニアが改めて礼を述べる。


「ネーナさん、有難う。でも、どうしてネーナさんはリベルタにいたの?」

「え? それはまあ、私とエイミーにお兄様が付き添ってくれて、色んなお店を覗いたりとか……」


 ネーナはオルトの昇格審査については話を伏せた。メラニア達に気を遣わせてしまうと思ったからだ。ネーナは思いついたように、イリーナに話を振る。


「あ、イリーナさん。私、可愛い下着のお店知ってますよ? 今度一緒に行きましょうね」

「わたっ!? そういうのはいいから!?」

「セクシーなのもありますよ?」

「そうじゃなくてっ!!」

「オルトさんに言われちゃったものね?」

「メラニアっ!!」


 メラニアに揶揄われ、イリーナは真っ赤になった。




 騒がしい馬車を見ながら、ガルフが感心したように言う。


「中々タフな連中だな」

「そうでなければ、極限下で来るか来ないかわからない救援を待ちつつ、自力で帰還する方法を模索しながら何日も過ごすなんて出来ないさ」

「違いねえ」


 オルトが応えると、ガルフは剃り上げた自分の頭をパシッと叩いた。ミアは難しい顔をする。


「こっちはこっちの仕事をしただけだけれど、逃げ帰った領主軍を率いて、コスタクルタ伯爵が反乱を起こすって事も有り得るのよね」

「そこまでは責任持てないでしょ。シュムレイ公国っていう国の問題じゃないの? あたし等はいい迷惑だわ」


 レナがバッサリ切り捨てると、オルトが頷き同意を示した。フェスタはそのオルトの背中を指差し、微笑む。


「寝ちゃってるわね、エイミー」

「頑張ってたみたいだな」

「ええ、大活躍だったわ」


 背中に小柄なエイミーの寝息を感じながら、オルトは軍馬をゆっくりと歩ませる。


 夜間、そして荒れた街道の移動という悪条件であっても、オルト達は敵地からの離脱を優先した。馬の足と馬車を気遣いながら、一行は月明かりの下を北セレスタへと向かうのだった。




 ◆◆◆◆◆




 北セレスタの冒険者ギルド支部は、異様な雰囲気に包まれていた。日が昇ってからフェスタとブルーノが先行し、ギルド支部に【菫の庭園】を含む四パーティーの帰還を伝えたからだ。


 支部の前にいた者が、戻って来るオルト達を見つけるやギルド支部に駆け込んで行く。冒険者もギルド職員もゾロゾロと外に顔を出す。


「【明けの一番鶏】、【運命の輪】、【禿鷲の眼】、【菫の庭園】、全員帰還しました! ごめんなさい、皆さん疲れているので、中で座らせてあげて下さい!」


 ネーナの言葉で、冒険者達が慌てて道を開けた。アラベラとコリンが落ち着かない様子で支部に入る。


「アラベラさん! コリンさん! モリーさん!」


 カウンターではボロボロ涙を流しながら、【明けの一番鶏】の担当職員であるジルが待っていた。


「ジルさん! 皆さんの助けで、帰って参りました!」

「お帰りなさい、アラベラさん。よくご無事で……」


 隣のカウンターでは、ロッシと【運命の輪】の面々が帰還を喜び合っている。


 手近なテーブル席に座って一息ついたオルト達に、北セレスタのギルド支部長が歩み寄った。


「諸君には感謝の言葉しかない。かなりの大事になりそうだが、我々の仲間が無事に帰って来た事に比べれば、何と言う事も無い」


 支部長が深々と頭を下げると、他の職員達も慌てて立ち上がり一礼する。


「その礼は受け取れない。うちの連中も頑張ってくれたが、何よりメラニア達が生き延びていてこその話だ。俺達は用が無ければ、宿で休ませて貰うよ」


 オルトの言葉に、支部長が頭を上げる。


「オルト君には、本部から使者が来ている。宿に行く前に話を聞いて貰えないだろうか」

「使者? ギルド本部から?」


 怪訝そうなオルトの前に、髭を綺麗に揃えた初老の男が進み出た。


「シルファリオ支部所属、Bランクパーティー【菫の庭園】のオルト殿ですね? 私はギルドマスターの代理として本部より参りました、ジョン・フリードマンと申します」


 カウンターのイリーナが、受付のロッシに問いかける。


「何でオルトの所に、本部から人が来るの? それもホームでない北セレスタここに?」


 ロッシの表情が曇る。


「……オルトさんは、個人Aランクの昇格審査の途中でここに来たんだよ」

『ええっ!?』


【運命の輪】、そして隣で聞いていた【明けの一番鶏】の面々は愕然とした。ネーナに手紙を出し、オルトに助けを求めたメラニアは顔が真っ青になっている。


「オルトあんた、何やってるの!?」


 イリーナが詰め寄る。オルトは苦笑するだけで何も応えない。ネーナや【菫の庭園】の仲間達は微笑むのみであった。


 更に興奮したイリーナが口を開く前に、フリードマンが詩を吟じるように言葉を発した。




『仲間が危ないかもしれない。そうであれば僅かな時間も惜しい。冒険者ランクに仲間以上の価値があってたまるか』




「――オルト殿はそう言って、躊躇う事なく仲間達と共に本部を去りました。私も含め、あの言葉を聞いて感銘を受けなかった者はいないと思います」


 オルトが気まずそうに目を逸らす。その両腕を満面の笑みのネーナとエイミーが抱え込んだ。


 フリードマンは言葉を継ぐ。


「勿論、ギルドマスターのリベロ・ジレーラも聞いていました。模擬戦の内容も厳しく検討しました」






「――オルト殿。冒険者ギルドは、貴殿の個人Aランク昇格を承認します」

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