第百話 それだけ元気なら大丈夫だな

「二人共、怪我は無いか?」


 揺れが収まると、ネーナとレナから離れてオルトが聞いた。レナが髪についた砂を払い落とす。


「何? 今のは」

「わからん。が、少なくとも良い事では無いだろうな。ネーナはまだ走れるか?」

「はい!」

「こんな揺れが何度もあったら、坑道が崩れるのも時間の問題だ。急ぐぞ」


 坑道の突き当たりまで走り、三人は立ち止まる。目を閉じ、耳を澄ますレナを見て、オルトとネーナは口を噤んだ。


「右」


 一言告げて、レナが走り出す。残りの二人も後に続く。


「罠、どうかな」

「警戒するに越した事は無いが……『運命の輪あいつら』も盛大にゲリラ戦を展開する程、脳筋なパーティーではないと思うぞ」


 救援対象のパーティーと共にいる状況で、メラニアがゴリ押しするとは考えにくかった。イリーナとて、オーダーを無視して戦おうとするタイプの戦士ではない。そんな冒険者が生き残れる筈がないのだ。


「俺とレナはともかく、ネーナは意外と引っかかりそうだから警戒はしてくれ」

「了解」

「うう、お兄様が意地悪だけど自分で否定しきれません……」


 分岐の度に立ち止まり、レナが物音と気配で人のいる方向を探る。その間にネーナが坑道図を書き足す。


 襲撃を警戒するオルトの出番は全く無い。が、レナが短く警告を発した。


「来るよ。多分、三人」


 言葉が終わる前に、ネーナにも聞き取れる音量の叫び声と足音が近づいてきた。


「うわああああ!!」

「退け! 退いてくれええ!!」

「ぶへっ!?」


 叫びながら二人はオルト達を避けて走り抜け、少し遅れて来た兵士はネーナに体当たりしようとした所をレナに足を引っ掛けられ、オルトに蹴り飛ばされた。


 べちゃっと岩壁に叩きつけられた兵士はノロノロ立ち上がると、更に後からやって来た別な兵士と共に、縺れるように出口へ向かう。


「今の四人、恐慌状態だったわね」

「大怪我してる様子も無いのに多量の血が付着してる者もいたな」

「お兄様、レナさん。きっと【運命の輪】の皆さんもこの奥にいます!」


 三人は頷き合い、兵士達が来た方へ急いだ。




「ああああっ!!」

『GuUOOOO!』


 気合いと絶叫、金属のぶつかる音が大きくなり、オルト達は目的の場所が近づいている事を知る。


 レナを先頭に通路の角を曲がる。三人の視界にメラニア達の姿と、その先で戦うイリーナ、鎧姿の剣士が捉えられた。


 イリーナの立ち回りは、以前と見違える程に洗練されていた。オルトは心の中でイリーナの成長を喜んだ。


 オルトは次に、息を切らして走るネーナを見た。


「ネーナ、返事はしなくていい。死ぬ気で集中してメラニア達の前に障壁を張れ。出来るか?」


 ネーナは荒い呼吸の中で、しっかりと頷いた。


「頼むぞ。レナは女剣士をネーナの所まで引き摺って、必要な者に治癒を」

「オッケー。オルトは?」

「俺は――」


 オルトが何か言いかけた所で、目の前のイリーナがバランスを崩した。敵の剣がイリーナの肩に食い込む。ネーナが目を見開き、息を呑んだ。


「――あいつを止める」


 オルトの身体が一瞬沈み込み、直後、併走していた二人を置き去りにする。


「……あたしにも合わせてたのね。ちょっとショックだわ」


 遠ざかるオルトの背を見て、レナが呟いた。




 鎧姿の剣士がイリーナに止めを刺す為に幅広の剣ブロードソードを振り上げる。オルトは更に加速する。


 ――強制駆動オーバードライブ――


 イリーナの前に割って入る瞬間、鎧姿の剣士が漸くオルトを認識した。イリーナの呟きがオルトの耳に届く。


 ――せめて、一度くらい。『あの人』に勝ちたかったな――


 オルトはフッと笑った。振り下ろされた剣を受け止め、目を閉じたままのイリーナに告げる。


「――俺に勝ちたい? 百年早いぞ」


 イリーナは、有り得ないものを見たように目を見開いた。




魔力障壁マジックウォール!』


 ネーナが乱れた呼吸を物ともせず、メラニア達の前に障壁を出現させる。


「ネーナさん!? どうして……」


 イリーナの危機に続き、オルトの乱入にネーナの登場。思考が追いつかないメラニアに、ネーナが息を切らしながら謝罪した。


「はあ、はぁ……ごめんなさいメラニアさん、来るのが遅くなって……」

「遅くって……私が手紙を出してから……」

「五日半くらいです、はぁ……私とお兄様がリベルタにいたので、時間がかかってしまいました……」


 メラニアが混乱した頭で考える。


 メラニアが出した手紙がシルファリオに届き、【菫の庭園】メンバーがリベルタに集まって北セレスタに向かい、更にコスタクルタ伯爵領の森を抜けてこの坑道に来た。


 どう考えても五日半で来れるはずが無い。でも現実に、メラニアの前にネーナがいるのだ。


「あんな手紙で……私……」


 謝らなければならないのは自分の方だ。そう言おうとしたメラニアをネーナが抱きしめた。


「『あんな手紙』だから、急いで来たんです。メラニアさんの気持ちは、伝わりました。皆そう思ったから来たんですよ」


 ネーナの言葉で、メラニアの目に涙が溢れた。


「よっと。取り敢えず横になって」


 イリーナを伴ったレナがやって来る。クロスが顔面蒼白になってイリーナの傷口を見た。クロスもメラニアも、既に魔力は尽きていた。


「――イリーナ」


 鎧姿の剣士と切り結びながら、オルトが呼ぶ。仰向けのイリーナは、顔だけをそちらに向けた。


「最期の言葉は、せめて『クロスともっとイチャイチャしとけば良かった』くらいにしとけよ。俺に勝ちたかった、では色気も何も無いだろ」

「っ!?」


 呟きを暴露され、狼狽えるイリーナ。


「後な、イリーナ」

「な、何よ!」

「冒険者なんてどこでどうなるかわからないんだから、水玉模様の下着は考えた方がいいぞ? 子供じゃあるまいし」

「っ!?」


 言いながら、オルトがヒョイと頭を動かす。


 ――ゴウッ!!


 直後、頭を動かす前の場所を鉄の塊が駆け抜けた。坑道を揺らす勢いで岩壁に突き刺さったそれは、イリーナの大剣だった。


「死ね!」

「それだけ元気なら、大丈夫だな」


 ゼェゼェと荒く呼吸をしながら悪態をつくイリーナに、オルトがニヤリと笑う。ネーナは慌てている。


「あわわわ」

「あんた、面白い娘ねえ。ちょっと座んなさい。もう限界でしょ」

「は、はい……」


 肩から血を流し、ペタンと尻餅をつくように座り込むイリーナを見てレナが笑いながら癒しの法術を行使する。


癒しの雨ヒールレイン


 目に見える部分の傷口が全て塞がり、クロスとモリーが驚愕した。イリーナだけでなく、【明けの一番鶏】と【運命の輪】のメンバー達の傷まで癒やされていたのだ。


「イリーナさん。戦っている最中の方に、大剣を投げつけるのは流石に如何かと……」


 アラベラが控えめに窘めると、イリーナはキレ気味に言い返した。


「本気で投げても『あいつ』に当たる訳無いの! だから全力で投げたの! 本当に忌々しい!!」

「これでも助けに来たんだがなあ」

五月蝿うるさい!!」

「オルト。面白いんだけど、この娘の身体に悪いから興奮させないで」


 オルトは肩を竦めて、改めて敵に対峙する。不思議な事に、鎧姿の剣士は動かなかったのだ。まるでオルト達のやり取りを呆然と見ているように。


「やれやれ。じゃあ、続きを戦ろうか」


 鎧姿の剣士がオルトに斬りかかる。その重い一太刀を、オルトは綺麗に受け流した。敵が一瞬バランスを崩す。


「アラベラ」


 イリーナに呼ばれ、アラベラが近くに寄った。


「何でしょうか?」

「貴女も剣で戦う者ならば、見ておくべきよ。こんな機会はそうそうないから」


 オルトが敵の一太刀を受け流す。相手がバランスを崩す。


 アラベラはオルトの受け流しの技術に感銘を受けた。魔法剣士のアラベラにとって、剣技は自分が有利な間合いで戦う為の選択肢である。


 だが、間合いを意識するあまり不利な状況に追い込まれる時もある。剣と魔法のどちらも中途半端になっているのが、今のアラベラの悩みだった。


 オルトが敵の攻撃を受け流し、相手がバランスを崩す。アラベラは違和感を覚えた。


「イリーナさん。何か変ではありませんか?」


 イリーナが苦虫を噛み潰したような顔で答える。


「そうね。オルトは敵の剣士を使って、私達に受け流しを何度も見せているから」

「そんな……あの重い一撃を……」

「イリーナ」


 オルトが敵の攻撃を捌きながら声をかける。


「最後、体力が尽きる前の行動誘導は見事だった。成長したな」

「……うん」


 イリーナは素直に頷いた。意外そうな表情のアラベラに、メラニアが微笑んだ。


「オルトさんは、イリーナが遠慮なしにぶつかれる、たった一人の人なの。他にはそんな人はいないのよ」

「……そうね」


 メラニアの言葉を、イリーナ自身が肯定した。


 子供の頃から男子より強く、大人さえも歯が立たなかった。その事で嫌な思いも沢山した。だがオルトには何をしても、力勝負でも勝てなかった。


 恋人のクロスとは全く別な意味で、イリーナにとってオルトは特別な存在なのだ。


「むむむ」


 難しい顔をしたネーナに、イリーナは慌てて疚しい事は無いのだと釈明をする。


「オルト。そいつは『レギオン』ね。死体に入るっていうのは初めて聞いたけど、強い思いを遺して死んだ一人の魂に、沢山の魂が力を与えてる。覚醒させたのは『死体漁り』の兵士達だろうけど」


 剣士の猛攻を捌き続けるオルトに、レナが言った。自分なら『浄化』出来る。そう告げたレナに、オルトは頭を振った。


「彼は『騎士』だ。アンデッドモンスターや悪霊として終わらせるのは忍びない」


 オルトが横薙ぎに剣を一閃すると、鎧姿の剣士は大きく後退して距離を取った。


 敵を退がらせたオルトは、剣を一度鞘に納める。その剣を再度引き抜き、流れるような動きで目の前に立て、剣礼の形を取った。


「我が名はトーン・キーファー。キーファー子爵が一子にしてサン・ジハール王国は第二王女、アン殿下の近衛騎士なり。我が眼前の剣士よ。名のある騎士ならば名乗りを上げ、我との決闘に応じよ」


 オルトはそのまま、相手の反応を待った。


 すると、鎧姿の剣士はゆっくりとした動きで、剣を顔の前に立てた。


『我が名は……ウーベ・ラーン……シュムレイ公爵家……に仕え……る、騎士……なり……』


 漆黒の闇のようだった目に、光が戻っていた。元聖女のレナが驚愕を露わにする。


「……信じられない。あいつ、悪霊化した上に、怨みを遺した霊を山程取り込んでるのよ? そもそも死人で、自我がある筈が無いのに……」


 ネーナがオルトに向かって歩き出す。


「お兄様が騎士としてあの方を遇したから、あの方も騎士として応えたのでしょう」


 ネーナはオルトの傍らに立つと、ハンカチを取り出してオルトの腕に巻いた。それは以前、オルト近衛騎士トーンネーナ王女アンの代理人として決闘に臨んだ時に巻かれたのと同じ物であった。


「あの方の魂をお救い下さい。ご武運を、お兄様」


 ネーナは微笑み、レナ達の下へ戻った。

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