第九十九話 闇鉱山の廃坑

 小休止を挟み、オルト達は再び捜索を開始した。


 Cランクパーティーとしては破格の戦闘能力を持つ【運命の輪】が【明けの一番鶏】と合流して、襲撃者達を難なく蹴散らしたであろう事はオルト達の想像に難くなかった。


 問題はその後である。当面の危機的状況を回避し、或いは捜索していた冒険者と合流したメラニア達が、どう行動したのかだ。


 結論から言えば、二つのパーティーは街道から遠ざかるように、山へ向かって森の奥へと進んだ。足跡ははっきりと、メラニア達のルートを示していた。


「襲撃を受けてから一日や二日は経っていただろう。その間に衛兵も治安隊も領主軍も来ない。後から救援に向かったメラニア達は、エールグ周辺がきな臭い事もわかっていただろうしな」

「街道には出たくなかったかもね。森の中で漸く一息ついたんだから」


 オルトが言うと、フェスタが相槌を打った。


 二つのパーティーが、自分達が伯爵家の私有地にいる事を知っていたかどうかは不明である。だが知っていたとしても、当時のメラニア達が置かれた状況を考えれば行動が変わったとは考えにくい。


「私有地の中に襲撃者が入って来てるんだからな」

「『敵』に捕捉されるリスクを抑える為に、街道を使わずコスタクルタ伯爵領を出ようとした……」

「そんな所かもしれないな」


 ネーナに応えながら、オルトは別な心配をしていた。


「しかし……こっちに追手が来ないのはどういう事だ?」

「誰も来てないよ」


 独り言のようなオルトの呟きに、索敵をしているエイミーが応じる。


 野盗に扮して検問を張っていた兵士を蹴散らした以上、追手が来るものだとオルト達は考えていた。だが現実には、ここまで何も起きていない。


「……メラニア達が。襲撃者達にとって、絶対に生かして帰せないものを見た。或いは知ってしまったのかも」


 フェスタが誰にともなく言う。返事をする者はいなかった。


「スミス様」

「どうしました?」


 地図を開いたネーナに呼ばれ、スミスが近づいていく。


「この先の山に行った事はありますか?」


 問われたスミスが何事かを考える。


「ありません。この森に入っただけですが、成程……有り得ますね」

「ミアさん、足跡は真っ直ぐ山の方に向かっていませんか?」


 スミスは先刻、『森には特別なものは無い』と言った。だったら、その先の山には? ネーナが記憶している近隣の地図には、街道と森、そして山だけが記されていた。


「そうね。二つのパーティーが合流してからは、山を目指してるわ」


 ミアの返事は、ネーナの考えに合致した。森でジリ貧だと感じれば、後は山に向かうしかないのだ。他の場所に出ても、足の早い馬に回り込まれるだけなのだから。


「ちょっと待ってね」


 エイミーが背の高い木を見繕い、スルスルと登っていく。暫くして降りてきたエイミーの報告は、ネーナの予測を後押しするものだった。


「山の方にたくさん灯りが見えたよ! 人がいっぱいいるよ!」

「お兄様!」


 二人がオルトに決断を促す。ガルフも肯定的な意見を述べた。


「俺は行ってもいいと思うぜ。エイミーの嬢ちゃんが、追手もいないし周辺に何も無いのを確認したしな。山に行って何も無ければ、戻って来て続きをすればいいだろ」

「……そうだな」


 ミアが手早く現場に目印を残し、ネーナが地図に印をつけると一行は山に向かって進み始めた。


 森の中程ではわからなかったが、森の外れが近づくに連れて灯りで照らされた山が見えて来る。


 山と呼ぶより小高い丘と言っても差し支えなさそうなそれは、完全に土や岩肌が露出し丸裸になっている。


 木の陰から山を窺い、オルトが呟く。


「……鉱山。いや、『闇鉱山』か」

「こりゃあ、見た奴は生かして帰せないわな」


 申し訳程度に木で補強された粗末な坑道。その入り口の前は、煌々と篝火で照らされ多数の兵士が固めている。


 ネーナが記憶した地図には、他の鉱山の表記はある。例え伯爵の自領、私有地であろうとも公国臣下の形を取っている以上、無届けは私服を肥やしていると見做されても仕方ない。


 事実そうである可能性は高く、この件を口実にして伯爵の私有地に調査が入れば、他に何が出て来るかもわかったものではなかった。


 更に坑道入り口を包囲する兵士の一部には、野盗のような格好の者がまじっていた。


「野盗が軍属で確定か。つうかニ個大隊、約千人かよ」

「これ常設部隊でしょう? こんな数集めて、領内の治安維持は大丈夫なの?」


 ガルフとミアのやり取りを聞きながら、オルトは段取りを考えていた。出来れば山を一回りして、他の出入口や展開している敵部隊の全容を掴みたい。


 だが目の前の状況に動きが出たのを見て、オルトは強襲を選択せざるを得なくなった。


「――全員聞け。領主軍が坑道の入り口で火を炊く準備を始めた。他の通気口や通用口、敵の総数を確認している時間は無い」


 坑内を酸欠にする気か、煙や熱で燻り出す気か、はたまた可燃性のガスに引火させて坑内にいる何者か――恐らくはメラニア達――を生き埋めにする気か。


 意図は不明ながら、どう転んでも坑道の中にいる者は無事では済まないだろう。いるかどうかを確認する時間すら無い。


「敵はこちらに全く気づいていない。強襲をかけるぞ。まずは坑道入り口の可燃物をどうにかしたい。ネーナ、スミス」

「私は凍らせます」

「では私の方は風を起こして、坑道を少しでも空気が抜けるようにしましょうか。少し遅らせます」


 二人の返事を聞き、オルトは頷いた。


「その後全員で強行突破して、坑道入り口を確保。坑内の状況がわからず坑道図も無い。俺が入る。他には怪我人がいるかもしれない。ヒーラーとスカウトが必要だ。レナ」

「オッケー」


 レナが親指を立てる。


「それと……」


 オルトは途中で言い淀むが、覚悟を決めたように言葉を継いだ。


「坑道図が無い以上、マップを作成しながら進まなければならない。ネーナの記憶力は強力な武器になる。行けるか?」


 オルトが気遣わしげに聞くと、ネーナは拳を握って力強く応えた。


「っ! はいっ! お任せ下さいお兄様!」


 ネーナの肩を、フェスタがポンと叩く。こんな大事な時ではあるが、むしろ大事な時だからこそ、ネーナはオルトに連れて行って貰えるのが嬉しかったのだ。


「残りのメンバーは俺達が戻るまで、坑道入り口を死守。スミスは特に入り口の防衛に専念を。ブルーノは回復と共にスミスやショットの守りを頼む」

「はい」

「承知した」


 ガルフが斧を手に、不敵に笑う。


「俺は暴れさせて貰うぜ。指揮はフェスタに任せていいか?」

「それはそっちで決めてくれていい」

「了解。気をつけてね、オルト」


 フェスタが挙げた手をパンと叩き、オルトは仲間達の顔を見た。


「俺達が戻り次第、すぐにここから離脱する。丸投げで済まんが逃走ルートを決めておいてくれ。質問はあるか?」


 誰も口を開かない。ネーナが深呼吸をする。


「では、初手は私から――」

「坑道は塞ぐなよ?」

「……はい」


 嫌な予感がしたオルトが釘を刺すと、少し間を置いてネーナが返事をした。目が泳いでいる。


氷雪嵐ダイヤモンド・ダスト


 仕切り直したネーナの呪文によって、坑道入り口に積み上げられた薪や枯れ草が水を吸い、使い物にならなくなった。


大竜巻グレート・トルネード


 スミスが具現化した竜巻が、周囲の空気を巻き上げていく。坑道入り口付近に可燃性のガスが滞留する事もなくなるだろう。


「ハッハア!! 当たると痛えぞ!!」


 豪快に戦斧を振り回してガルフが駆け出す。立ち塞がる者を吹き飛ばして進むガルフに、敵が漸く襲撃を認識した。


「こ、後方より敵襲!!」

「敵襲!? 敵は何者だ! 数は!?」


 弓の第一射を払い落として、オルト達が敵本隊と接敵する。こうなれば敵の射撃武器は役に立たなくなる。


「ネーナ、離れるなよ。自分の身を守る事だけ考えろ」

「はい!」


 あまり足の早くないネーナも必死に走る。ネーナを気遣ってレナが追走していた。


乱れ矢の雨アローレイン


 ネーナの前方に多数の矢が降り注ぐ。目の前の兵士が纏めて倒され、道が開けた。素早く坑道入り口に陣取ったエイミーが、クルリと振り返る。


「ネーナ、気をつけて!」

「エイミー、行ってきます!」


 すれ違いざまに二人はパンと手を合わせた。


「頼むぞ、エイミー」

「頼まれちゃうよ!」


 オルトが声をかけると、エイミーは笑顔を見せた。三人の足音が遠ざかるのを聞きながら、エイミーは領主軍の兵士に向けて言い放つ。


「お兄さん達の邪魔はさせてあげないよ!! 皆射抜いちゃうんだから!!」

「エイミーの嬢ちゃん、サマになってるじゃねえか。その調子で行くぞ」


 ガルフに応える代わりに、エイミーは目にも止まらない速さで矢を放ち始めた。




 ◆◆◆◆◆




 坑道に入った三人は、照明を魔法の光に切り替えて探索をしていた。


「よりによって、闇鉱山の廃坑か」


 オルトが舌打ちした。通常の廃鉱山でさえ、可燃性ガスや毒ガスが噴出、滞留しているリスクがある。


 その上ここは闇鉱山。安全にコストをかける発想などある筈が無い。坑道の補強も申し訳程度で、落盤と思われる行き止まりも見られた。


「レナは毒ガス対応を強めに意識しておいてくれるか」

「了解。領主軍は遠巻きに見てるだけかと思ったら、中にも兵士を送ってたのね。捕らえようとして返り討ちに遭ったってとこかな」


 レナが新しい遺体を指し示す。ネーナは顔を顰めながらも、手早く坑道をマップに書き留めていった。


「どうして捕らえようとしたのでしょうか?」

「どの道殺すから、その前に兵士達で女を輪姦そうとしたんでしょ」


 レナは不愉快そうに、ネーナに答えた。オルトは無言で周囲の気配を探っている。


『貴方がたの魂が、主の御許で安らぎを得られますように』


 レナの祈りの言葉が聞こえる。ネーナが顔を上げると、レナと目が合った。


「死んだら同じだからね。ここには、強制的に働かされて亡くなった人達も大勢いるようだし――オルト?」

「ああ、いや。レナは本当に聖女だったんだなと思って」

「何それ!? あたしを何だと思ってたの!?」


 オルトに詰め寄るレナを見て、ネーナがクスクス笑った。レナがゴホン、と咳払いをする。


「わかってると思うけど、ここは瘴気が強い。あんまり長居したい場所じゃないわね。外も気になるし、早く冒険者達を見つけましょう」


 オルトとネーナが首肯する。その時突然、坑道が大きな揺れに見舞われた。同時に、地の底から響くような悍しい絶叫が坑内に響き渡った。

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