第九十八話 お前も信じてやれよ

「ガルフ。どう思う?」


 目の前で遺体を検めているオルトに聞かれ、坊主頭の斧戦士は考え込む。この遺体は、街道をエールグ方面に急いでいたオルト達を停めて問答無用で襲いかかってきた野盗である。


 遺体は全部で三体。野盗は十人以上いたが、オルトとガルフ、レナがそれぞれ一撃で相手を斬り伏せると、残りは慌てて逃げ出した。


 まだまだ人死にに慣れないネーナは、オルトの服の裾を強く握って遺体を見ていた。顔色の良くないネーナを気遣い、エイミーが寄り添っている。


「軍属だろ……流石に、素人がやってるとか本職の野盗とか言い張るのは無理があるんじゃねえかな」

「兵士崩れって線は無いの?」


 レナが聞くと、小剣を鞘に納めながらミアが答えた。


「可能性としては無い事もないけど。でもこいつら、検問張ってたのよね。本物の野盗なら武装した十人以上の集団を態々止めるメリットが考えられないし、逃げた連中は増援でも呼びに行ったのかも」


 ミアが、街道を狭めるように置かれた樽や木箱、馬車などの障害物を指し示す。エールグを統治するコスタクルタ伯爵領に入って間もなくの場所に設置されたこれらは、明らかに検問の体を成していると言えた。


「アタシらも前はそうだったけど。上着やら何やらで誤魔化してもさ、靴だのグローブだのがどう見ても軍用の支給品なのよね。こいつらのは、そんなに古くないし」


 このような検問は、逃げ帰って来た商人の調書には無かった。


「何で盗賊に扮して検問してたのかが疑問ではあるが。『対象者』以外からは毟り取る気だったから、兵士の格好は人聞きが悪かったと考えれば、一応の筋は通る。屑の所業だがな」


 検問を張っていた『狼藉者』達は、レナやネーナの姿を見るや襲いかかってきたのだ。


 ガルフの言葉に頷いたオルトが、ネーナを見る。


「ネーナ。【明けの一番鶏】が襲撃を受けた場所はまだ先か?」

「はい、お兄様。急ぎましょう」


 オルト達が『対象者』でないとするなら。検問は外から入って来る者ではなく、コスタクルタ伯爵領から外に出ようとする者に対して設置されていた可能性もあるのだ。


 つまり検問の『対象者』は、連絡を絶っている二つのパーティーなのかもしれないという事だ。


 誰もその事を口には出さない。希望を持つにはあまりにも根拠が弱過ぎるからだ。だが、弱くても根拠があるのも事実。モチベーションにプラスにならない筈が無かった。




 一行は移動を再開するが、馬車が襲撃された地点に到着するまでに、更に三時間程を要する事になった。


 コスタクルタ伯爵領に入ってから、街道の荒れ具合が目立つようになっている。野盗の襲撃や戦闘の痕跡がそこかしこにあり、破損した箇所も放置されている。そんな道で馬を急がせれば、足を痛めてしまう。


 件の襲撃現場と思われる場所付近にも、襲撃の痕跡らしきものが二箇所見つかった。二つのパーティーが手分けして調べを進めていく。


 エイミーが急に声を上げた。


「ネーナ! ちょっと来て!」


 ネーナが駆け寄ると、エイミーは手にしていた壊れた盾を裏返してみせた。


「これ、メラニアお姉さん達のじゃない?」


 盾自体は【運命の輪】のメンバーの物ではないが、そこには車輪のような刻印が刻まれていたのだ。それはネーナの記憶にある刻印だった。


「間違いありません。これは【運命の輪】のサインです」


 二人は仲間を呼び寄せる。メラニア達の所持品らしきものは見つからず、この場に到着した印だけ残して先に進んだようだった。


 レナとエイミーが足跡の解析を始めると、大分遅れて【禿鷲の眼】が合流した。念の為に自分達が当たった痕跡の調査を終わらせたのだ。


「俺達の方は外れみたいだな」

「外れだとわかる事が大事だから、いいのよ」


 フェスタがガルフを労う。その傍で、ミアとルークは足跡の解析に合流した。


「しかし、ネーナの嬢ちゃんは余程【運命の輪】に信頼されているんだな」

「え?」


 首を傾げるネーナに、ガルフはニカッと笑った。


「嬢ちゃん宛ての手紙も、この盾のサインも。余分な情報が全く無い。【運命の輪】のリーダーは、嬢ちゃんが最速で来てくれると信じてるって事だ」

「それは、お兄様が信頼されてるんです……」

「そうじゃないでしょ?」


 謙遜するネーナを咎めるような口調で、フェスタが言う。


 ネーナの言う通りならば、メラニアはオルトに速達を出せば良かったのである。メラニアもオルトと面識はあるのだから。


 だがメラニアはネーナに手紙を出した。そしてネーナが不在でも、二人の関係性を知る仲間達は急いで手紙を運んだ。


「貴女は今、こうして助っ人まで連れて【運命の輪】を追ってる。その事実が大事なの。貴女の謙遜は、メラニアの信頼を否定してしまうのよ」

「……はい」


 フェスタに諭され、ネーナは神妙に頷いた。ガルフが地面を睨んで唸っているオルトに声をかける。


「かーっ、厳しいねえ。大将もそう思わねえか?」

「考え事をしてるから、話は後にしてくれ」


 ガルフがヤレヤレといった様子で両手を上げる。フェスタとネーナは苦笑した。


 顔を上げる事なく、オルトが言葉を継ぐ。


「フェスタもネーナも信頼してる。言うべき事を言った程度でどうこうなったりはしないさ」


 三人は顔を見合わせる。ネーナとフェスタは笑顔になり、オルトの傍に駆け寄った。


「いいパーティーですね」


 地面に書かれた図を指差しながら額を合わせて話し始めたオルト達を見て、【禿鷲の眼】のショットが言った。


「そうでしょう。私もそう思います。パーティーを脱退するのが惜しくなってしまう程に」


 応えたのはガルフではなく、スミスだった。その横でブルーノも頷き、同意を示す。


 それに対してガルフが口を開くより一足早く、ミアが仲間達を集める声が響いた。


「皆、ちょっといい?」


 ミア達が足跡の解析を終え、他の仲間に手招きしていた。




 仲間達が集まると、ミアは地面に残る足跡の内、街道南側の森に続いているものを指し示した。


「足跡から、ここで戦闘を行った者達は南の森に入ったと考えるのが妥当ね。多くの足跡が森に向かってる。少なくとも【明けの一番鶏】の三人は、この時点では生存していて敵から逃走を試みたんだと思う」


 冒険者達が森に入った理由は想像がつく。襲撃現場の足跡の中に、馬車とは別な馬の蹄も見られるからだ。商人の馬車に護衛として同乗していた【明けの一番鶏】は、積荷をぶちまけ馬車から降りて野盗を迎え撃ち、商人を逃した。


 馬に乗った野盗は、後から増援で来たのかもしれない。不利を悟ったのか、最初からそのつもりだったのか、【明けの一番鶏】は商人の逃走時間を稼いでから、馬が追って来れない森に逃げ込んだ。


「比較的新しいと思われる少数の足跡も、森に向かってる。これは【運命の輪】と見るべきね。軍靴じゃない、種類がバラバラの足跡だから」


 スミスがミアに尋ねる。


「ミアさん、『敵』の数は予測出来ますか?」

「うーん、ざっと二十ってとこかな。ただ、増援がこの場所を経由してないだけかもしれないわね」


 オルトは、付近の地図を所持しているネーナに聞いた。


「ネーナ。この森に地図上での記述はあるのか? 名称とか」

「森の表記のみで名称はありません。この森から南側は、コスタクルタ伯爵家の私有地のようです。森の向こうには山の印があります」

「そうか……進まない手は無いが、俺達は不法侵入者だな」


 呟くオルトに、スミスが言う。


「森の中心は開けていて、特別なものは無いと思いますよ」

「来た事があるのか?」

「ええ、まあ……まずは進みましょうか」


 オルトの問いかけに、スミスは嫌そうな顔で頷いた。一行は森の中に踏み込んで行く。


 この森は元々、『土地神』と呼ばれる魔獣を封印していた森だった。スミスはそう話した。コスタクルタ伯はその封印を壊して巨大な魔獣を解き放ち、近隣の村の壊滅など甚大な被害を出したのだという。


 封印を壊したのは、伯爵家私有地の森が手つかずなのが気に入らなかった為。そして『魔獣が財宝を守っている』という伝承を信じた為。何ともお粗末な理由であった。


「魔獣は?」

「トウヤと私達が倒しました。ですが……コスタクルタ伯は自身の責任を免れる為、『勇者パーティーが土地神を殺した』として我々を拘束しようとしたのです」


 ガルフが顔を顰める。


「話には聞いていたが、それ以上に当代の伯爵はどうしようも無えな。早く代替りせんものかな」

「伯爵の直子は一人娘のみです。そっちも酷いものですよ」


 我儘放題に育てられた娘は、伯爵領にやって来たトウヤに横恋慕してしつこく言い寄った挙げ句、ハッキリ断られると『勇者に襲われた』と父親である伯爵に訴えたのだという。


「はああ……」


 エピソードを聞き、仲間達が唖然とする。その後に伯爵がトウヤ拘束を試みたのも、この一件が関わっているのではないか。そうスミスが説明した。


「何ていうか。大丈夫なの? 伯爵家」

「かつてのシュムレイ王国貴族の生き残りで、現在のシュムレイ公国の元首である公爵を支える『三伯』の一角ではありますが、当代で潰えるかもしれませんね」


 周囲を警戒しながら聞くレナに、スミスは肩を竦めて答えた。


 既に日は落ちかけていて、森の中を進むのに十分な光量は無い。そんな条件下で足跡を探さねばならず、一行は誰かに捕捉されるリスクを承知で照明を用いていた。


 レナとエイミーが哨戒索敵、ルークとミアが追跡を担当している。戦闘を思わせる足跡の乱れも見受けられたが、【明けの一番鶏】が大きなダメージを負ったと判断出来る材料は無かった。


 オルトが感心したように言う。


「【明けの一番鶏】というパーティー、Dランク三人で護衛を引き受け、依頼人を逃がす足止めをこなし、森の中でも冷静に敵を振り回しながら移動してるな」

「ああ、大したもんだ」


 地面に落ちていた矢を拾い上げながら、ガルフが応じる。


 足跡を追う一行は、円形に開けた場所までやって来た。足を止めて、スミスが言う。


「ここが、魔獣が封印されていた場所です」


 見れば多くの木が外側に薙ぎ倒され、激しい戦闘の痕跡が残っている。それらは苔や雑草に覆われ、若木も人の背丈を超える高さになっていて新しい戦闘は行われていない事を示していた。


「ルーク、どう思う?」


 ミアに聞かれ、ルークはじっと地面を見つめる。やがて呟くように言葉を発した。


「……二つのパーティーは、合流したと考えていいのではないか」


 仲間達に安堵感が広まる。


「アタシも同じ見解。ここに来る前に小規模な戦闘の痕跡があったけど、多分そこで合流したんだと思う。戦闘で誰か怪我をしたようだけど、血痕はすぐに消えてた」

「【運命の輪】には、クロスさんという神官の方がいます。スカウトのジャックさんも応急手当の心得があります」


 ネーナが言うと、ルークは無言で頷いた。


「エイミー、追――」

「誰も来てないよ」

「そ、そうか。なら少しだけ休もう」


 言い終わる前にエイミーの報告を受けたオルトが、若干引きながら休憩を伝える。仲間達は思い思いの場所に腰を下ろした。


 硬い表情で膝を抱えるネーナの隣に、オルトが座った。


「お兄様……」

「気持ちはわかるが、【運命の輪】が合流した可能性が高まった今は身体を休ませろ。これからが本番だぞ」

「はい……」


 完全に納得し切れていない様子のネーナを見て、オルトがフッと笑う。


「メラニアがお前ネーナを信じたように、お前もメラニアを信じてやれよ。あいつ等は、ここでどうにかなるようなタマじゃないだろ?」

「っ!? はい!!」

「いい返事だ。取り敢えず、腹に入れておけ」


 ネーナは表情を解してニッコリと笑い、オルトが差し出すチーズの欠片をパクリと銜えた。

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