第九十七話 従えないなら引き返せ

【菫の庭園】と【禿鷲の眼】、二つのパーティーは馬を繋ぎ直す時間と僅かな小休止以外は昼夜兼行で馬車を走らせ、駅馬車なら五日かかる行程を二日に縮めて北セレスタへ辿り着いた。


 フェスタは念の為、馬車に出発の準備をして待機して貰うように指示をする。不要になれば代金を上乗せしてキャンセルするだけだ。御者には別途心付けを渡してある。


「シルファリオのBランクパーティー、【菫の庭園】です! 【運命の輪】の担当の方はいらっしゃいますか?」


 ネーナがギルド支部の扉を開けて呼びかける。それに対して、カウンターの若い男性職員が勢い良く立ち上がった。以前に北セレスタを訪れた【菫の庭園】メンバーには、見覚えのある職員だった。


「私です! お待ちしておりました! ジル、支部長を応接室にお呼びして!」

「は、はひ!」


 指示を受けた女性職員が転がるように奥へと走る。ネーナ達は応接室に案内された。


「改めまして。私は【運命の輪】の受付担当、ロス・ロッシと申します。メラニアより、皆様が到着したら【運命の輪】の受けた『救援依頼レスキュー』に関する全ての情報を開示するように依頼されました」


 ロッシが書類の束を手に挨拶をする。その間に支部長がやって来て席に着いた。ジルは退出しようとしたが、ロッシが呼び止めて壁際に控える。


 ネーナには、化粧で誤魔化してはいるが、ジルが酷く憔悴しているように見えた。


「ネーナ、進めてくれ」

「あ、はい」


 オルトはロッシとの応対をネーナに任せた。ネーナは仲間を紹介し、【禿鷲の眼】も同行する事を支部長達に伝える。


 ロッシはガルフ達に謝意を示し、一枚の依頼票をテーブルの上に置いた。


「【運命の輪】は、当ギルド支部所属の【明けの一番鶏】というDランクパーティーの救援依頼を受けて、エールグに向かいました。この依頼票は、【明けの一番鶏】が受注したものです」


 依頼票には、北セレスタとエールグを往復する商人の護衛依頼が記されていた。


「エールグか……」


 ガルフ達【禿鷲の眼】の面々が渋い表情になる。ロッシは説明を続ける。


「彼等は、馬車で往復四日程かけて北セレスタに帰還する予定でした。ですが、二日半が過ぎた所で商人だけが逃げ戻ったのです」


 ロッシがテーブルの上に一枚の冒険者証を置く。


「これは【明けの一番鶏】のメンバーが商人に託したものだそうです。馬車が道の悪い場所で野盗の襲撃を受け、護衛の冒険者が応戦。積荷を落とした馬車で商人が逃げるだけで精一杯だったそうです」

「どうして商人の方はエールグに逃げなかったのですか? 経過した日数から、エールグにかなり近づいていたと考えられますが」


 ネーナが疑問を口にする。それに答えたのはガルフだった。


「嬢ちゃん。統治するコスタクルタ伯爵の圧政の影響で、エールグは治安が悪化しているんだ。町の傍の街道にすら野盗が出る。衛兵が仕事をしてればそんな事にはならんよ」


 ロッシが補足をする。


「その事に関連しますが、エールグには冒険者ギルドの支部が存在しません。常識外な課税、冒険者の不当な徴用を始めとする数々の要求を鑑みて、二年前にギルド本部はエールグ支部の撤退を決めました」


 そのような状況であれば、エールグに近づいていても逃げ込もうとは考えられない。ネーナは納得した。


 ただ、エールグからギルド支部が撤退しても、冒険者の需要が無くなる訳ではない。商人としても消耗品や生活必需品をエールグに運ばねばならず、冒険者への依頼の取次ぎを行っているのだという。


「それはまた、トラブルが起きそうな依頼形態だな」


 オルトが感想を述べると、支部長とギルド職員達が苦笑した。現実にそのようになってしまっているのだろう。


「【運命の輪】は、商人が逃げ帰ってからすぐに出発したの? 彼女達はCランクパーティーだけど荷が重くない?」


 フェスタの問いに、支部長が口を開く。


「すぐに対応出来るのがCランクパーティーだけだったのだ。その中で、Bランク昇格を目前に控えた【運命の輪】がいち早く名乗りを上げた。私の判断で許可を出した」


 次にネーナが支部長に問うた。


「私達は、【明けの一番鶏】と【運命の輪】を対象とする『救援依頼レスキュー』を遂行する事を求められている。そういう理解で宜しいでしょうか?」

「その通りだ。依頼契約を作成し、契約を締結しよう」

「それは後で結構です。代わりに、『救援依頼』を受けていると証明出来る書類を頂きたいのですが」

「すぐに用意しよう」


 指示を受けたジルが応接室を出て行く。ネーナがロッシに尋ねた。


「北セレスタに戻られた商人の方の調書はありますか?」

「こちらです」


 ネーナは書類を受け取り、読み込み始める。ガルフとフェスタは馬車の利用が困難と判断し、馬の手配に向かう。


 慌ただしく一行が出発の準備を始める。すると、部屋に戻って来ていたジルが、テーブルで書類や地図に目を通しているネーナに取りすがった。


「あのっ! 私! 【明けの一番鶏】の皆を、お、お願いします!」

「ジル! 何を――」


 ロッシが女性職員を咎めようとするも、オルトに制されて口を噤む。


 ネーナは驚いていたが、すぐにニッコリとジルに笑いかけた。


「ジルさん、ですね? お任せ下さい、最善を尽くしますので。私の仲間は皆、凄いんですから」

「お願い、します……【明けの一番鶏】は、私のミスで、あの依頼を……」


 泣き崩れるジルの肩に、ロッシが手を置く。支部長は頭を振った。


「エールグやその周辺の情勢、冒険者が巻き込まれるトラブル等を鑑みて、受注の適正ランクを『D以上』から『C以上』に上げた直後だったのだよ。情報に注意していれば受注を回避出来たかもしれないのは事実だが、彼女のミスとまでは言えない」


 ロッシはネーナに頭を下げた。


「冒険者の皆様に我々の事情を話すべきでないのは、重々承知しています。……ですが。【明けの一番鶏】は、ジルが念願叶って受付になって、初めて担当したパーティーなんです。【運命の輪】も、Bランク昇格を目標に頑張ってきました……」


 オルトは、クシャッとネーナの頭を撫でて応接室を出た。仲間達も次々と部屋を後にする。


 エイミーがギュッとジルを抱き締める。


「ジルお姉さん、泣いてたら美人さんが台無しだよ?」

「私達は冒険者ですから、絶対に無事に連れ帰るとは申しません。でも、そうなるよう最善を尽くします。お任せ下さい」


 ネーナはそれだけ告げると、エイミーと共に部屋を出てオルト達を追いかけるのだった。




 ◆◆◆◆◆




「どうしたのですか? お兄様」


 ネーナは不思議そうな顔をして、馬から降りて待ち構えるオルトの胸に飛び込んだ。

 他の仲間達も全員下馬している。


 地図を頭に叩き込んだネーナはオルトの背に掴まり、エールグへの街道を進み始めた。だがオルトは、北セレスタの町から離れると馬を街道の端に寄せて停止したのである。


「あそこじゃ出来ない話もある。ここから先は、悠長に止まって話してられないだろうからな」


 オルトの言葉を聞いて、ネーナは察した。


「今は詳しい話はしませんが、コスタクルタ伯は勿論エールグの衛兵から住民まで、信用しない方がいいでしょう。会話の機会があっても、無用な情報を与える事は避けて下さい」


 ギルド支部の応接室では発言しなかったスミスが、真剣な表情で言った。ガルフが同意を示す。


「冒険者に好意的とは、とても思えんしな。行方不明のパーティーが町で拘束されていたら、かなり面倒だぜ」

「まずは街道をエールグに向かって、商人が逃げてきたルートを反対側から、馬車が襲撃を受けた地点を目指すという事でいいの?」


 フェスタの問いかけに、オルトは頷いた。


「【運命の輪】が北セレスタを発ってから五日、【明けの一番鶏】の出発から八日が過ぎてる。そこにいるとは思えないが、何らかの痕跡はあるだろう。ミア、ルーク、エイミー、レナ。四人の力が頼りだ」


 名前を呼ばれた四人が、それぞれに力強く応じる。現場に残された痕跡から、必要な情報だけを選別する重責を担う事になるのだ。


「ショット、レナ、ブルーノ、それとポーションを持ってるネーナは、状況が許す限り回復手段の温存を意識してくれ」

「メラニアさん達と合流した時に必要になるかもしれないからですね?」

「ああ」


 オルトとネーナのやり取りの後、ガルフが【禿鷲の眼】の仲間達を見回してから言った。


「俺も含め、禿鷲の眼うちのメンバーは大将に従うぜ。どう使われても文句は言わねえ。方針を教えてくれ、大将」

「丸投げかよ」

「楽出来る時には目一杯楽をするのが、俺の流儀だからよ」


 仲間達が笑う。オルトはため息をついた。


「泣き言は聞かないぞ? これは『救援依頼レスキュー』だ。当然、救援対象の【明けの一番鶏】と【運命の輪】を連れて北セレスタに帰還するのが目標だ」


 仲間達は黙ってオルトを見つめている。


「救援対象が死亡していた場合、出来れば遺体を。難しければ冒険者証、ないしは所持品や遺体の一部を持ち帰る。だが、その目標より優先するものが一つある――エイミー、わかるか?」

「ここにいる皆が無事に帰る事、だよね?」


 エイミーにいつものふざけた様子は見られない。


「そうだ。仮に救援対象が存命でも、俺達の誰かが死亡したり重傷を負うリスクが高いと判断すれば、救助を断念――はっきり言えば、見捨てて帰還する。この判断は俺がする。異論も反論も認めない」


 これから『敵地』での活動になる。そこで方針がブレたり意見が二分されるようでは、様々な行動の成功率が低下する。


 それが招くものは、自分や仲間の『死』だ。


 だから、俺に従えないならば、ここで引き返せ――オルトは、ネーナの青い瞳を正面から見据えてはっきりと告げた。


「当然ね、あたしはオルトに従う」


 レナが即答し、仲間達も次々と同意を表明する。ネーナとて、答えは最初から一つしかなかった。




「勿論、お兄様に従います」




 再び出発する為に仲間達が騎乗していく。ネーナは馬上のオルトから差し伸べられた手をしっかりと握った。


 ネーナにはよくわかっていた。オルトの言葉が、ネーナに差し伸べられた手である事を。自分がすべきは、この手を握り締めて離さない事であると。


 軽々と馬上に引き上げられたネーナは、オルトの背中にしがみつきキュッと目を閉じた。

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