第九十六話 コンラートという男

「知り合い、とは言いたくありませんね。向こうもそうでしょうが。ただ、コンラートの事は知っています」


 チャーターした馬車のゴンドラで、一同はスミスの言葉に耳を傾ける。馬車には北セレスタへと急ぐ【菫の庭園】一行に加えて、助っ人を買って出た【禿鷲の眼】の面々も乗り込んでいた。


「勇者パーティーに加入した者の中には、国や団体、個人で売り込んで来た者もいれば勇者パーティーの方から参加を要請した者もいます。勿論、加入に至らなかった者もいます。コンラートは『こちらから要請したものの加入に至らなかった者』の一人です」


 勇者パーティーのメンバー入れ替えや補充は珍しい事ではなかった。理由は実力不足から国許の政情不安に急な召還、パーティー内の不和や諍い、性格の不一致、『真実の愛』など様々である。


「真実の愛……」

「駆け落ちした奴等もいたから。メンバー同士よ? いきなり二人抜けたのよ?」


 ネーナが呟くと、レナはげんなりとした表情で応えた。スミスが苦笑しながら言う。


「五年も旅をすれば、勇者のカリスマやリーダーシップ、魔王討伐の使命ではどうにもならない事も出ます。生まれ育ちは勿論、出身母体や種族すら違う者達が集まり、それを異世界から喚び出された十代半ばの少年が率いる事を求められたのですよ」


 ネーナは、僅かに残るトウヤの記憶を思い出す。他の記憶は鮮明であるのに、トウヤに関するものだけは曖昧なのだ。


 思い出せるのはトウヤの笑顔。困ったようで、少し寂しげで。目の前の少女王女アンに心配をかけまいとするような、そんな笑顔。恐らく、時期的にはトウヤが召喚されて一月程度の筈。


 ――あの時トウヤ様は、どんな思いだったんだろう。


 ネーナは隣に座るオルトの服の裾をキュッと握る。すると、頭の上にふわりとオルトの手が置かれた。


 スミスが話を続ける。


「コンラートへのパーティー参加要請をしたのは、我々勇者パーティーが敗走して戦力を大きく落とした時の事でした」


 勇者パーティーは何度か敗走している。最も有名なのは、魔王軍四天王アモンによって陥落した都市国家連合の『森林都市』ドリアノンの第一次奪還戦だ。


「この戦いでは人族側の裏切りが出て、勇者パーティーを含む主力部隊が挟撃されて撤退を余儀なくされました。その撤退戦で勇者パーティーは、殿を買って出たドワーフ族の戦士イイーガを失いました。彼の犠牲で他の仲間達は辛うじて撤退出来たのです」


 スミスが辛そうな顔をする。勇者パーティーに転進は許されなかった。大きな犠牲を払った奪還戦は、第三次まで行われて漸く実を結んだのだという。


「あたしがストラトスから派遣されて勇者パーティーに参加したのは、第二次奪還戦の時ね」

「私も護教神官戦士団の一員として、第ニ次と第三次の奪還戦に派遣されていた」


 レナとブルーノが言うと、スミスは頷いた。


「どの国も団体も、人族の切り札として最前線で戦う勇者パーティーに協力しないという選択肢は無かったのです。ドリアノン奪還戦では、都市国家連合諸国より多大な協力を得る事が出来ました」


 そこまで言って言葉を切り、スミスはため息をついた。


「命が惜しい。死にたくない。もしそう言ったとしても、それだって参加しない立派な理由です。勇者パーティーは、トウヤの戦士としての成長を促し、魔王を打倒する以外に道は無かったのですから」


 当時既にSランク冒険者であったコンラートは、『リベルタの防衛に尽くしたい』として参加の打診を断ったのだという。その事を批判する者は誰もいなかった。


「ですが、話はそれで終わりませんでした。数々の苦難を越え、仲間や身近な人を失い、それでも魔王軍を押し返して決戦に臨む準備をしていた我々勇者一行の下へ、今度はコンラートの方からやって来たのです」


 コンラートは、以前に自らが同行を断った事など無かったかのように平然と『決戦にはSランク冒険者たる自分の力が役に立つ筈だ。勇者パーティーに同行させて貰いたい』とトウヤに告げた。


「……あの時のトウヤはマジでヤバかったわ。裏切られたり仲間を失ったりで殆ど感情が死んでたのに、あの時だけはハッキリと怒ったからね」


 当時を思い出したのか、レナが顔を真っ青にして言う。スミスも頷く。


「バラカスが全力で止めていなかったら、トウヤはコンラートを殺していたかもしれません」


 例えコンラートがSランク冒険者でも、相手は後に魔王と相討ちに持ち込んだ勇者だ。スミスの言葉は、トウヤとコンラートの力関係を正確に表している。オルトはそう感じた。


「だがコンラートと比べて、ネーナとエイミーが治療院送りにしたワドルの方が強かったぞ? あのランク制度も穴があり過ぎではないかな」

「大将にかかっちゃコンラートもワドルも雑魚扱いだな……まあ、Sランクに上がる者自体が殆どいないし、上がったらアンタッチャブルな存在になってしまう部分はあるだろうけどよ」


【禿鷲の眼】の斧使い、ガルフが言うと仲間達が苦笑した。


「いや? ネーナもエイミーも凄かったぞ。二人のコンビネーションが見事だったし、ワドルを詠唱破棄の氷魔法で拘束してから大魔法に繋ぐ構成も良かった。俺が手を出す必要が無かったんだ」

「お兄様に褒められました……」

「えへへへ」


 オルトに絶賛され、ネーナとエイミーが照れ笑いを浮かべる。スミスは話を戻した。


「今現在は兎も角、Sランクに上がるだけの実力はあったのでしょうね。そういう訳で、コンラートが逃げ帰って以降は勇者パーティーとの接点はありません。私とエイミー、レナの冒険者証は通常のものとは違いますから、我々が【菫の庭園】に所属している事をコンラートは知っていたかもしれませんね」


 勇者パーティーメンバーが持つ冒険者証は、ランク表示が無いのだとスミスは言った。エイミーとネーナが冒険者証を見比べると、確かにデザインが違っていた。


 スミス達は初期からAランク相当の扱いで、Sランクに昇格した場合にのみSランク冒険者証と交換される。Sランク冒険者証のサポート内容の方が充実しているからだ。


「本来、冒険者として働く事を前提としたものではないのですよ」

「勇者パーティーメンバーが、冒険者ギルドのネットワークとサポートを利用出来るようにする為のもの、という事ですか?」

「その通りです、ネーナ」


 スミスが首肯すると、オルトは傍らのネーナの頭を撫でた。ネーナがニッコリと笑う。


「だがまあ。当分はリベルタに行く気にならんな。昇格審査の件は支部から問い合わせて貰うさ」

「多分、大将が心配するような事にはならんだろうよ。コンラートもワドルもな」


 何か知ってる風にガルフが言う。その横でミアも頷いた。


「じゃあコンラートの話はいいとして、本題の方ね」


 フェスタが話題を切り替える。レナが渋面を作って言った。


「本題ったってねえ……ネーナへの手紙、あれだけしか書いてないよ? 北セレスタに行かない事には何もわからないじゃない」

「メラニアからの手紙を持って来た冒険者も、殆ど何も知らなかったものね」


 メラニアは馬の扱いが達者な冒険者に急ぎの手紙を託すと、仲間と共に北セレスタを発ったのだという。


 フェスタの好判断で時間のロスは大幅に抑えられたが、それでも既にメラニア達が北セレスタを出てから二日半が経過している。


「馬を乗り継いだ方が早かったのではありませんか?」


 ネーナが聞くと、オルトは頭を振った。


「最速という意味ならそうだけどな。十人がそれぞれ馬に乗って休み無しで駆ければ、必ず遅れる者が出る。到着してもすぐに使い物になる保証は無い。勿論、そこと天秤にかけて馬を選択する事はあるが、今回はそうしない」

「馬では睡眠も取れないし、こうして情報共有も出来ないから。ガルフの伝手でいい馬車を借りれて助かったわ」


 ガルフが自分の禿頭を叩いてニカッと笑う。


「値段は張るが、クッションがいいから疲労の度合いが違うんだ。Bランクパーティーなら大した出費じゃないだろ」

「地味に痛いわよ……それだけの価値はあったけどね」


【菫の庭園】のパーティー資産を管理するフェスタが嘆き交じりに応じる。ミアは呆れたように言った。


アタシ達禿鷲の眼もBランクに上がったけど、オルト達菫の庭園の方が先に上がってたからね……前に会った時にはEランクだったのにさ」

「いいじゃねえか、追いついたんだからよ。大体、向こうは最初からEランクのレベルじゃなかったろうが」

「そうね……」


 オルトの力を良く知っているミアは、ガルフの言葉に納得した。元より、不満がある訳でもなかったのだ。


「北セレスタに着いたら、まず冒険者ギルドに向かおう。話はそれからだ。すぐに動けるよう休んでおいてくれ。それと――ガルフ」

「んあ?」


 オルトに呼ばれて、携行食を齧り始めたガルフが間抜けな声を上げた。


「この後どうなるかわからないから、先に聞いておく。答えなくても構わない。アルテナとトリンシックの間の『惑いの森』、そこで爆発とそれが原因と思われる小規模なスタンピードが起きた。オクローの町には帝国軍一個大隊が駐留していたが森の中にもいたかもしれない。何か心当たりはあるか?」

「無えな」

「はい? ……はうっ!?」


 ガルフが即答すると、自分が呼ばれたと勘違いしたネーナが返事をした。すぐに勘違いに気づき、顔を真っ赤にして横になり、オルトの膝枕で狸寝入りを決め込む。


 オルトは苦笑しながらネーナの背をポンポンと叩いた。対するガルフは真顔で告げる。


「マジで心当たりは無え。だが大将が見たならそうなんだろう」

「実際スタンピードに巻き込まれたし、その原因を探っていたらしいエルフ達にも絡まれたからな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ大将」


 エルフの話題が出ると、ガルフだけでなく【禿鷲の眼】の四人が一様に驚きを示した。ミアが前のめりでオルトに聞く。


「惑いの森のエルフと戦り合ったの!?」

「戦り合ったというか、うちのちっこいのを泣かしてくれたから、ちょっとな。意外と話のわかる連中だったぞ」

「話し合いの要素、どこかにあったっけ?」


 フェスタが首を傾げながら言うと、仲間達は無言で頭を振った。


「先方が一方的にこちらを罵倒し侮辱し理不尽な要求をして攻撃もされましたから、正当防衛の範囲で反撃して、見せしめに首輪をつけて解放しました」

「エルフ達が馬鹿でないなら、里に帰って来た連中を見て、人間に手を出そうとは思わない筈だけどな」

「あたしが入る前にそんな事してたんだ……」


 レナと【禿鷲の眼】の面々は、絶句するのみであった。

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