第九十二話 Aランク昇格審査

 エルーシャに案内された支部長室には先客が居た。


「やあ、久し振りだね」

「相変わらずの色男だな、リチャード」

「人の顔なんて、そうそう変わるものじゃないよ。どうせならオルトのように『いい男』と言われたいね」


 そう言いながら金色の長髪をサラリとかき上げる仕草が、全く嫌味にならない。


 対人恐怖症が完全に治っていない事も忘れて、ファラはリチャードに一瞬目を奪われてしまう。が、すぐに我に返り周囲を見て戦慄した。


 ネーナとエルーシャは微塵も心を揺らす事なくオルトに微笑みかけていたのだ。自らを恥じたファラの心中を見透かしたように、エルーシャが言った。


「いいのですよ。誰しも過ちを犯す事はあります。悔い改めなさい、さすればオルトさんは――きゃんっ!?」

「あうっ!? 何で私まで……」


 脳天に手刀を落とされ、エルーシャとネーナが悶絶する。


「俺を使って宗教活動するなよ」

「愛されてるねえ」


 リチャードに冷やかされ、憮然とした表情のオルト。


「見ろ、支部長が呆れてるぞ」

「……いや、エルーシャ君のこういう所は初めて見たのでね」


 呆然としていたハスラムが軽く咳払いをした。


「そう言えば、話の最中に来てしまったが構わなかったのか?」

「構わない。話していたのは、君に関係ある事だからね」

「俺に?」


 オルトが怪訝そうな顔をする。リチャードは対照的に笑顔を見せた。


「僕等が『CLOSER』の一件の後、リベルタに行った時にメンバーの連名で君と【菫の庭園】をAランクに推薦したんだよ」

「以前は『ランクアップのペースが早過ぎる』と却下されたが、シルファリオ支部の方からも再度申請を出した。その結果、オルト君単独のAランク昇格審査が行われる事が決定されたんだ」

「凄いですお兄様!」


 ネーナとファラが目を輝かせる。リチャードは悪戯っぽく笑って聞いた。


「ギルド本部は再度却下するつもりだったようだけど、他からも強い働きかけがあったそうだよ。どこだと思う?」

「大方、最高戦力の聖堂騎士が纏めて捻られたストラ聖教辺りじゃないのか」


 あっさり言い当てられ、不満そうな顔をするリチャード。


「つまらないけど正解。Bランク冒険者一人に序列上位が四人も倒されたんじゃ格好がつかないってさ」

「冗談のつもりで言ったんだがな……」


 オルトが若干引きながら応える。


「オルト君の実績は十分だ。アイアンゴーレム単独討伐、魔人と元Aランク冒険者、暗殺者『CLOSER』に聖堂騎士。パーティーランクの方も時間の問題だろう」

「オルトのランクアップは確定してるのですか?」


 スミスが聞くと、ハスラムは頭を振った。


「決まったのは昇格の審査が行われる事だ。審査の結果、昇格が見送られる事も有り得る」

「Aランクの審査は、その都度内容が変わるんだよ。よくあるのは現役Aランク冒険者との模擬戦で、今回もそうなんだ。ただ……」


 補足したリチャードの歯切れが悪くなり、ハスラムと顔を見合わせる。


「模擬戦の対戦相手はリベルタのAランク冒険者が務めるのが慣例だけど、その中に素行の悪い者がいるんだ。ワドルという男で、『新参殺しニューカマーキラー』の異名を持ってる」


 ワドルはリベルタで活動するAランク冒険者パーティーの一員だが、ランク昇格審査の為にリベルタにやって来たBランク冒険者を見つけては絡み、模擬戦に志願しては相手を過剰に痛めつける事を繰り返している。


 オルトが顔を顰めて聞く。


「リベルタでの出来事だろう? そんな冒険者を野放しにしているのか?」

「リベルタ『だから』野放しなんだよ」


 リチャードが即答した。




『自由都市』リベルタは、冒険者ギルド本部を抱えている事から『冒険者の町』とも呼ばれている。


 人口比における冒険者の割合も高く、ほぼ全ての住民が何らかのの形で冒険者やギルドと関わりがあると言ってもいい。


 そのリベルタの不文律に『冒険者同士のトラブルにガードは介入しない』というものがあるのだと、リチャードが言った。


「元々、今よりも冒険者の社会的地位が低かった頃。冒険者絡みのトラブルの多さで、対応するガードが機能不全に陥った時期があったそうだよ」


 リベルタの施政下にある地域には、フリーガードと呼ばれる治安隊員が配置される。捜査権に逮捕権、その他治安維持に必要な権限を付与された『司法の番人』とも言うべき存在だ。


 軍隊を持たないリベルタにおいて、フリーガードは有事に兵士の役割をもこなす事になる。それが機能しない町は、住民にとっては恐怖だろう。しかし。


 ネーナが眉を顰めた。


「フリーガードの機能を回復させる為、力の劣る冒険者達を切り捨てたのですか……」

「当時の非常事態の中での判断だ。今の俺達がどうこう言える話ではないけどな。その頃の残滓が、今になって祟ってるという事か」


 オルトは不満そうなネーナの背をポンポン叩きながら、納得したように頷く。


「ワドルは協調性の無さと素行の悪さでパーティーを渡り歩いてるけれど、言い換えればそれだけ問題を抱えていても、パーティーに受け入れたくなる程の実力があるんだ。討伐系依頼の達成実績はかなりのものだし、Sランク昇格に一番近い冒険者だとも言われてるよ。僕もそう思っていた」

「お前がそう言うなら、相当なものだな」


 言葉に反して、オルトはワドルを気にしている風には見えない。ネーナは首を傾げた。


「『思っていた』? 過去形なんですか、リチャードさん?」


 リチャードがウインクをして見せる。


「それはそうさ。君ならわかるだろう、ネーナ。今一番Sランクに近い冒険者は、僕等の目の前にいるんだからね」

「はい!」


 自らに視線が集まるのを感じたオルトは、露骨に面倒臭そうな表情をした。




 ファラが商会を起ち上げる話は、すんなり支部長代理の了承を得た。リチャードから要望や他支部の状況を聞き取り、ハスラムとエルーシャからはギルド支部との契約関連の説明を受けるとファラは手帳を閉じ、ペンを大事そうに仕舞った。


 ブルーノのパーティー移籍に関する話の方は、リチャード達【四葉の幸福クアドリフォリオ】がアーカイブまで出向き、ブルーノや少女達と話す事になった。


【菫の庭園】も【四葉の幸福】も、支部に適正ランクの依頼が入らない限りは当面動かず、ブルーノと少女達の生活が落ち着くのを優先させる予定である。リチャードはブルーノ達の身請けの手続きや引っ越しの手伝いをし、一緒にシルファリオに戻ると言った。




「じゃあ、俺は一人でリベルタに行ってくるよ。レナに出された宿題の件も考えなければいけないしな」

「私も行きます!」


 オルトが一人で昇格審査に行こうとすると、ネーナが同行を主張した。


「来てもやる事無いだろ?」

「応援します!」

「うーん……ルチア達がシルファリオに来るからなあ。ネーナやエイミーは残ってた方がいいと思うんだが」


 オルトの返事は色よいものではない。ネーナが悲しそうに聞く。


「……一緒に行っては駄目ですか?」

「駄目というか、面倒そうな奴もいるようだしな……」


 見かねてスミスが口を挟む。


「ネーナも、エイミーも連れて行ったらいいでしょう? オルトはハイネッサに一人で行って心配かけたのですから、埋め合わせはしてあげて下さい」

「ネーナはパーティーメンバーなんだろう? 『危険だから』と連れて行かない者を、仲間と言えるのかい? そもそも、ハイネッサと比べたらリベルタの危険なんて無いも同然だよ」

「私は仕事で行けませんから、私の分もネーナさんに応援して貰いたいです」


 リチャードとエルーシャもネーナの援護射撃に入る。分の悪さを感じ取ったオルトは、降参とばかりに両手を上げた。


「そうだな。フェスタ達に聞いてみて大丈夫だったら、一緒に行くか?」

「……お邪魔では、ありませんか?」

「そんな訳ないだろ?」


 おずおずと尋ねたネーナは、オルトの返事を聞いて勢いよく抱き着いた。




 ◆◆◆◆◆




「着いた〜」

「リベルタです!」


 駅馬車から降りた二人が歓声を上げる。オルトは苦笑しながら二人を促し、歩き出した。


 結局、オルトの応援にはネーナとエイミーが行く事になった。残りのメンバーは商会起ち上げの手伝いと、ブルーノ達を屋敷に受け入れる作業をする予定である。


『オルトの応援』と言いながら、実際はオルトが二人を引率する形だ。ネーナもエイミーも、仕事抜きでリベルタに来るのを楽しみにしていた。二人の楽しげな様子を見て、オルトは休みの日にもう少し連れ歩くべきだったと反省するのだった。


 リベルタに到着したオルト達は、最初に冒険者ギルド本部に向かった。カウンターでギルド職員のマーサを呼び出してもらう。


「悪いね、奥で書類をやっつけてたんだ」


 マーサはすぐにやって来た。おもむろにオルトの手を握り、もう片方の手で力任せにバンバンと背中を叩く。隣のカウンターで応対していた受付嬢と冒険者がギョッとした顔をする。


「Dランクでリベルタに来たと思ったら、一年経たないうちにAランクの審査だって? とんでもないねえ」


 あたふたと慌てるネーナとエイミーを見て、マーサは豪快に笑った。


「宿は取ったのかい? メシはまだなんだろう? あんた達の話を聞かせておくれよ。おっとその前に、まずは審査の手続きだね」


 マーサは手早く手続きを済ますと、オルトにお勧めの宿の場所を書いた紙片を渡した。


「食堂のメシが美味いんだよ。先に行って、飲ってておくれ」

「わかった」


 オルト達はマーサに見送られてギルド本部を出た。紹介された宿『旅の始まり亭』で部屋をいくつ取るか揉めた後、ネーナとエイミーが強く主張して三人部屋に入る。


「着替えとかどうするんだよ。いちいち外に出るより部屋を分けた方がいいじゃないか」


 オルトが文句を言うと、すかさずエイミーが反論した。


「気にしなければいいんだよ〜。わたしはお兄さんがいても気にしないよ?」

「わ、私も! お兄様なら見られても大丈夫です! 兄妹ですし!」


 ネーナは赤面しながら言う為、説得力に欠ける。オルトはため息をついた。


 三人は部屋に荷物を置くと、食堂へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る