第八十九話 お祝いはサプライズで
「後は勝手に仲良くやって貰っていいが、その前にもう一つ大事な話があるんだ。それを言ったら俺達は退散するから」
「む?」
オルトの言葉に、頬を緩めていたブルーノが居住まいを正す。ブルーノに抱き着いていた少女達も顔を見合わせ、何となくブルーノから離れてオルトを見た。
「大事な話というのは、ブルーノの所属パーティーの事だ。単刀直入に言うがブルーノ、【
「移籍……?」
話が飲み込めないのか、ブルーノが聞き返す。オルトは頷き、話を続ける。
「ああ、移籍だ。向こうの固定メンバーとして活動する事になる。お前が【菫の庭園】への加入を希望した時、俺が『俺達は目的があって冒険者をしている』と言ったのを覚えているか?」
「うむ」
「俺達はその目的の為にBランクパーティー昇格と、リベルタの市民権を得る事を目指してきたんだ。勿論、冒険者として、人として、その時にやれる事をやってきたつもりだが」
【菫の庭園】という冒険者パーティーは、王女の地位を放棄して『ネーナ』と名乗る事になった少女の願いを叶える為の一つの『答え』である。
ネーナは、異世界から召喚されてこの世界で命を散らした勇者トウヤの足跡を探したいと願った。それを実現するには、王国から出奔した元王女と元近衛騎士が合法的に国を跨いで旅をする手段と『実力』が必要だった。
オルト達は冒険者の資格とBランクパーティーの地位、そしてリベルタの市民権を求めた。それらが全て揃う時が、間近に迫っていたのだ。
「来月には、俺達も供託金を完納してリベルタの市民権を手に入れる。そうしたら【菫の庭園】の仕事の仕方は大きく変わる予定だ。具体的には、拠点に居ない事が増えたり拠点自体を変えるかもしれない」
メンバーの中で、大公国に家族がいるスミスはパーティー離脱が既定路線だ。
ネーナは本人の目的が旅を伴うものだし、孤児院にいた期間が短く教会を出て来たレナは帰るような場所が無い。エイミーとフェスタもパーティー同行組だ。
【菫の庭園】としては、ブルーノの家庭の都合に合わせてはいられないのである。
「ブルーノが【四葉の幸福】にスポット参戦するに当たって、リチャード達と話をした。先方は『ブルーノの意思を尊重する。移籍の意思があるなら歓迎する』と言ってる。後はブルーノが決める事だが、いい話だと俺は思う」
「そうか……」
勝手に話を進めて申し訳ないと、オルトは頭を下げた。オルトからすれば、『惑いの森』から帰還して以降アクシデントが連続する中で、どうにかして最大公約数の落とし所に着地させようと苦労した結果ではあったが。
「【菫の庭園】のブルーノとしては、十分働けたとは思えないのだが……」
ブルーノが誰にともなく言った。その顔をじっと見ていたルチアがマリアやセシリアと頷き合い、決意した表情で口を開く。
「あの、オルトさん――っ!?」
だが、音もなく回り込んだフェスタに抱き締められ、ルチアが思いを告げる事は叶わなかった。
「ルチアさん。マリアさん、セシリアさんも。三人共、今迄十分に頑張ったわ。もう我慢しなくていいの。我儘を言ってもいいのよ」
フェスタが名前を呼びながら、三人を順に抱き締めていく。記憶に微かに残る、温かく柔らかい感触。優しい香り。母親に抱き締められたようだと思いながら、ルチアは目を閉じた。
対してオルトは、今迄にない厳しい視線をブルーノに向けていた。
「ブルーノ。俺を失望させないでくれ。お前は何の為に【菫の庭園】に入ったんだ? その目的の為に、どれだけこの娘達を待たせて来たんだ? 一番大事なものは何だ?」
「うっ」
ブルーノが返事に詰まる。
「ルチアが今、何を言おうとしたかわかるか? ルチア達にこの先も我慢して留守番をさせる為に、お前の加入を認めたつもりは無いぞ、ブルーノ」
言い放ち、オルトは席を立った。
「後はそっちで話し合って決めてくれ。移籍を断るのは自由だが、俺達が長い旅に出る時、お前を連れて行く気は無い。それは他のメンバーも同じ考えだ」
部屋を出るオルトに続き、フェスタが少女達に笑顔で手を振る。
オルト達はそのまま家を立ち去ろうとしたが、その二人に後ろから呼びかける声があった。
「待ってー!」
「セシリア? おっと」
家から駆け出してきたセシリアが、勢い良くオルトに抱き着いた。予想もしなかった行動に、オルトとフェスタは目を丸くする。
「やっぱり……嫌な感じじゃない。安心出来る匂いだあ」
何か呟いているセシリアに、オルトが呼びかける。
「セシリア?」
「私達、オルトさんの事を嫌いになんてならないよ。すっごく感謝してるの」
セシリアが顔を上げてオルトを見た。
「司祭様から、オルトさんが私達の事を気にかけてくれてるって聞いてたの。私達が酷い事されないように、凄く怖い人達と戦ってくれたんでしょ?」
「そ、それはだなあ……」
全く嘘であるとは言えないが、理由が少し脚色されていた。返事に困っているオルトを見て、セシリアはニッコリと笑った。
「シルファリオに行けば、オルトさんとか他の人達もいるの? 引っ越したら遊びに行っていい?」
「俺達の屋敷に住んだっていいさ。部屋は余ってるから。ブルーノと相談しておいで」
「うん!」
今度はフェスタに抱き着くセシリア。
「美味しいもの、沢山用意して待ってるわね」
「うん!」
セシリアはフェスタから離れると、家の入口に駆け戻ってオルト達にブンブンと手を振った。
厳しい物言いをした事で少し後味の悪い思いをしていたオルト達は、セシリアの明るさと心遣いで救われた気持ちになり、ブルーノ達の家を後にしたのだった。
◆◆◆◆◆
「むむむ」
シルファリオに戻って来たオルト達を出迎えたネーナが、難しい顔をした。
いつも通りにオルトに抱き着いたものの、違和感を覚えたのかオルトの胸に顔を押し付け、スンスンと匂いを嗅いでいる。
「……お兄様から、別の女の匂いがします」
「何処でそんなセリフを覚えたんだ……レナか」
早々に犯人の目星がついたオルトは、額に手を当てた。セーラやフラウスに叱られるのはオルトなのだ。既に色々と手遅れのようにも思えるが。
「私という者がありながら! 浮気です! 不潔です! 慰謝料請求です!」
「フェスタはずっと一緒だったけどなあ」
妙なテンションのネーナの背中をポンポン叩き、落ち着かせるオルト。
「それで、準備の方は?」
「えっと、後はお兄様に皆を連れ出して貰ってる間に済ませます。お兄様達の方はどうなのですか?」
「ちゃんと選んで来たわよ? 沢山見て歩いちゃった」
笑顔でフェスタが応えて、小さな包みを見せる。ネーナは不満そうに頬を膨らませた。
「ウィンドウショッピング、羨ましいです」
「また今度、な」
「約束ですよ?」
「ああ、約束だ」
頭を撫でられて少し機嫌を直したネーナに、苦笑するオルト。そのままレナ達を探しに行こうとすると、ネーナに引き止められた。
「二人がいない間に、ファラさんに来客がありました」
「来客?」
オルトが聞き返す。少なくともネーナの表情や声色は、不測の事態を思わせるものではない。
「若い女性と、中年のご夫婦。合わせて三人です。ファラさんの下で商会の仕事をされていたようです」
「随分と早いな。ファラにとっては縁もゆかりも無い土地に来たんだが」
ネーナ達も同じように考えたが、三人から『ファラに恩があり、ファラが商会の代表を解任され実家も追われたと聞いて自分達も辞めた』と聞いて納得したのだという。
「ファラさんも気を許している様子でしたし、皆で相談して、お屋敷の空いてるお部屋に泊まって貰っています」
「いい判断だと思うぞ」
褒められたネーナが嬉しそうに笑った。対人恐怖症、男性恐怖症のような症状が見えるファラにとって、気心の知れた者達が身近にいれば精神の安定に好影響が期待出来るのだ。
「じゃ、俺は主賓の接待で時間を潰してくるよ。後も宜しくな」
「はい!」
オルトはレナとエイミー、ファラを呼びに居間へ向かう。三時間程してから戻って来れば、準備は終わっている筈。
町のカフェでゆっくりしようか。オルトはそんな風に考えていた。
「お兄さん、皆で何をしてるの?」
「ん?」
カフェから屋敷に戻る途中で、エイミーがオルトに聞いた。
「皆隠れて何かしてるよね? 聞いても教えてくれないけど」
オルトは内心で冷や汗をかいていた。エイミーはポカも多いが、狩人らしい観察力があるのだ。誤魔化しきるのが難しいとは思っていたが、絶体絶命のピンチである。
「ファラお姉さんは何か知らないの?」
「私は特には……」
エイミーの隣を歩くファラも、首を横に振った。
「家に帰ったら、皆に聞いてみればいいんじゃない?」
「それもそっかあ。でも、仲間外れは寂しいなあ……」
レナのフォローに、一応の納得を見せるエイミー。オルトは素知らぬ顔を決め込んでいたが、内心の罪悪感は半端ではなかった。
針の筵のような長い時間を経て屋敷が見えると、オルトは心底ホッとした。だが、エイミーが不思議そうに言う。
「もうお外は暗いのに、お家の灯りが点いてないよ?」
言いながらエイミーが扉に手を掛けた時、灯りが点った。
「皆おかえり」
「お帰りなさい!」
「え? え?」
「うわわっ」
フェスタとネーナが四人を出迎え、それぞれファラとエイミーの背を押してダイニングへ向かう。
「本日の主役のお帰りですね」
ダイニングではスミスと、ファラの部下だった三人が待っていた。テーブルの上は大きなケーキと、並べ切れない程の料理の皿で溢れている。
「じゃあ、プレゼンターはオルトね」
フェスタから袋を受け取ったオルトが、小さな包みをエイミーに手渡す。
「エイミー、誕生日おめでとう」
「えっ、私?」
「ああ」
呆然とするエイミーを微笑ましげに見るファラにも、オルトは包みを手渡す。
「こっちはファラに。誕生日おめでとう」
「わ、私にもですか!?」
「気に入ってくれるといいんだが」
二人が包みを開くと、それぞれ菫をあしらったロケットペンダントと、シックなデザインのペンが現れた。
「二人の誕生日が今月だって知って、一緒にやってしまおうってネーナが提案したの。黙っててごめんね?」
フェスタが両手を合わせてウインクした。
プレゼントを見詰める二人の目に、涙が溢れていく。
「えっ、ちょ!?」
オルトの両腕は、フェスタとレナによってガッチリとホールドされていた。
「わーん! お兄さん! 幸せだよ〜!」
「ゲホッ!?」
直後、オルトは号泣したエイミーの突撃を鳩尾で受け止める事に。ファラも涙を流している。
「こんなに……こんなに温かく誕生日を祝って貰ったのは、初めてです……」
ファラの部下であった三人も、貰い泣きしていた。ネーナがクラッカーを鳴らし、スミスが拍手をする。
笑顔で拍手をするレナの前で、オルトが袋から包みを取り出し、手渡した。
「え?」
「レナも月が変わってすぐだよな。少し早いけど、誕生日おめでとう」
レナへのプレゼントは髪留めだった。ネーナが声をかける。
「レナさん、おめでとうございます!」
「…………」
「レナさん?」
レナは気まずそうに頬を掻いた。
「……すっかりやられたわ。あたしも内緒にされてる方だったなんてね。でも――」
レナは聖女だった時とは違う、とびきりの笑顔を見せた。
「悪い気はしないわ。皆、ありがとね」
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