第八十八話 諦めなかった君達へ
オルトとフェスタは、『学術都市』アーカイブの目抜き通りを歩いていた。
「うふふ」
フェスタは大きめの包みを抱えて上機嫌である。中にはオルトと一緒に選んだ、揃いの外出着が入っている。
「この後の話次第だが、夕食も外で食べようか」
「いいわね、宿でお勧めのお店を聞いてみる」
オルトが提案すると、フェスタはクルッと一回りして笑った。
嬉しそうなフェスタの姿を微笑ましく見ながらも、二人の時間が取れていない事を、オルトは非常に申し訳なく思っていた。
これまでパーティー構成上、リーダーのオルトとサポート兼副リーダーのフェスタが同時にパーティーを離れる事は出来なかった。それがレナの加入とネーナの成長で、オルトとフェスタの役割を代われるようになったのである。
今回オルトがアーカイブを訪れるのにフェスタを伴ったのは、その試験的な意味合いもあった。
二人は宿に立ち寄り、部屋に荷物を置くと、宿の主人に夕食は不要である旨を伝えて再び外出した。
住宅街の外れの一軒家を訪ね、オルトが扉を叩く。中から返事が聞こえ、パタパタと足音が近づいてきた。
「お待たせしました。お久しぶりです、オルトさん。それとフェスタさん、ですよね?」
扉を開けたのはマリアだった。ブルーノと同居している三人の少女の中で、マリアだけはオルトやフェスタと話した事があった。
「嬉しいわ。覚えててくれたのね、マリアさん」
「フェスタさんに頂いたお土産のお料理、とても美味しかったです。ずっとお礼が言いたくて」
律儀な事だ、とオルトは思った。初対面の時、フェスタはマリア達が帰って食べられるようにと、テイクアウトの料理を持たせたのである。何か月も前の話だ。
「中にどうぞ。司祭様も、ルチアもセシリアも待ってますから」
マリアの案内でダイニングにやって来たオルト達を、ブルーノとルチア、セシリアが出迎えた。
「悪いな、団らんの最中に邪魔をして」
「この娘達が二人に逢いたいと言ったのだ。問題は無い」
フェスタからお土産を受け取ったセシリアが目を輝かす。
「ねえねえルチア、これリベルタの焼き菓子だよ! すっごく美味しそうだよ!」
「自己紹介が先でしょ! あっ、私はルチアです!」
「セシリアです〜」
二人のやり取りに苦笑しながら、ブルーノがオルトに話を振った。
「元気そうだが体調はどうだ、オルト」
オルトが『
「怪我をした訳でもないしな。十分休ませて貰ったよ」
オルトが右肩を回しながら応える。フェスタがジト目で見るが、オルトは視線に気づかないふりをした。
「
ブルーノはとにかく稼ぎたい事情があった為、【菫の庭園】での活動の合間に【四葉の幸福】にもスポットで参加していた。オルトが先方のパーティーに打診した所、リーダーのリチャードが快諾したのである。
「Aランクパーティーだけにレベルは高いが、【四葉の幸福】の足は引っ張っていない筈だ」
ブルーノは謙虚に言うが、オルトはその辺りの心配はしていなかった。リチャード達の口からブルーノへの高評価を聞いていたからだ。
「まあ、当然だな。身請けの方はどうなりそうだ?」
「もうすぐだ。出来れば今月で終わりに、と思っているが……」
ブルーノの歯切れが悪くなる。そのブルーノに寄り添うルチアが補足する。
「少しだけ足りなさそう。娼館は月の契約だから、来月になると思う」
「何、私が頑張ればどうにかなる」
胸をドンと叩くブルーノ。それを見る三人の少女は、一様に心配そうであった。
オルトがルチアに聞く。
「今月は残り四日だが。身請け金を払いきれば、今月で娼館勤めは終われるのか?」
「えっと、どうだろう。マリア?」
「月末までに支払いが完了すれば、その時点で身請けが成立します。私達はいつも月末に纏めて浮いた休みを取っていましたから、そのまま辞められます」
ルチアに助けを求められたマリアが、オルトの問いを肯定した。
オルトは目配せをする。微笑んだフェスタが懐から出した袋をテーブルに置く。袋は硬い音を響かせた。
「これ使って。金貨三十枚あるけど足りるかな?」
『え?』
少女達もブルーノも、突然の出来事に戸惑っている。
「余るくらいですけど……。でも、どうしてですか?」
困惑した顔のマリアが、オルト達に尋ねる。
「俺もパーティーの仲間達も。ずっと君達の力になりたいと思っていたんだ。事情が事情だけに、どう力を貸せばいいかもわからなかったが」
「貴女達のお話を聞いていて、早く今のお仕事を辞められるなら、その方がいいんだってわかったから。私達にも協力させて欲しいの」
「…………」
オルトとフェスタの言葉を聞きながら、ブルーノ達はポカンと口を開けてテーブルの上の袋を見詰めている。
「本来は別の名目で持ってきた金だが、役立つのなら構わんさ。だが、ブルーノ」
「……む?」
呼びかけられたブルーノが、短く返事をする。
「『自分が頑張る』にも限度があるぞ。ベストな体調で依頼に臨むのは、共に行動するパーティーメンバーに対する責務だ。そういう心根ならば、一人で依頼に行かせる訳にもいかない」
「…………」
「マリア達の顔を見ろよ。そんな顔させるんじゃない」
オルトに言われ、ブルーノはハッとした様子で少女達の顔を見た。三人とも、気遣わしげな表情でブルーノを見つめていた。
「それと、パーティーの掛け持ちもそろそろ終わりにした方がいい。今迄はブルーノの事情を鑑みて合わせてきたが、長く続けば綻びがミスに繋がりかねない」
【菫の庭園】も【四葉の幸福】も、本来のペースより仕事を詰めていたのだ。ブルーノは漸くその事に思い至った。
「私は、自分の事ばかりを――」
「謝罪は受け付けないぞ。俺達も、リチャード達も仲間内で相談し、納得してやった事だ。他者から謝罪をされる筋のものじゃない」
「オルト……」
ブルーノが謝罪の言葉を飲み込み、頭を下げる。ポツリとセシリアが呟いた。
「私、わたし……もう、娼館に行かなくて、いいの?」
「ああ」
オルトが頷く。
「もう、お仕事で男の人の相手をしなくても、いいの?」
オルトに代わって、マリアがセシリアを後ろから抱き締めて答える。
「ええ。私達はもう、『娼婦』じゃなくなるの。娼館でのお仕事はお終い」
「……ううっ。グスッ」
セシリアが嗚咽を漏らす。マリアも目に涙を湛え、ルチアは鼻を啜った。
「それで、ブルーノ達はこのままアーカイブで暮らすつもりなの?」
フェスタが聞くと、ブルーノは頭を振った。
「いや。すぐにシルファリオへ引っ越すつもりだ」
「その後の事は?」
「ずっと気を張り、頑張って来たのだ。暫く休んでも咎められはしないだろう。支払いも無くなる以上、私の稼ぎで養っていける」
マリアも頷いた。
「必死でしたから、今迄は。少しゆっくりして、それから先の事を考えたいです」
「あらあら。家で可愛い奥さんが三人も待ってるなら、ブルーノも寄り道なんて出来ないじゃない」
「奥さんっ!?」
しっかり者といった印象のマリアが、激しく動揺した。ルチアとセシリアも顔を真っ赤にしている。フェスタが小首を傾げた。
「え? そういう話、してないの? まさか親子としてやってく気?」
「……それどころではなかったのでな。まあ、そういう事だ」
「え? 貴女達も何も言ってないの? それでいいの?」
フェスタがブルーノ達を詰問調に追い詰める。オルトは口を挟まずに様子を眺めていた。
少々踏み込み過ぎかと思わないでもなかったが、この四人の組み合わせに彼等の事情を思えば、背中を押されなければ話が進まないであろう事はオルトにもわかった。
初めて逢った時にマリアの話を聞き、少女達のブルーノに対する思いが父親を求めるものとは違うのだと、オルトもフェスタも感じていたのだ。
どう転んでも悪い事にはならないと考え、オルトはフェスタのしたいようにさせてみるつもりであった。
セシリアがフェスタに答える。
「よくない! 私は司祭様のお嫁さんになりたい! ルチアと、マリアと一緒に!」
「私だって! でも、私達は……娼婦で」
ルチアは自分の言葉で傷ついたのか、途中で黙り込んでしまう。マリアが後を継ぐ。
「司祭様に相応しい、身も心も綺麗な方が現れるまで……私達をお傍に居させて貰えたら、と」
「ブルーノ」
フェスタがゆっくりと、ブルーノに視線を向ける。『わかってるな?』と無言のプレッシャーをかけられたブルーノは、顔が引きつっていた。
「わ、私は、神の――」
オルトは僅かに顔を顰めた。ブルーノの回答が明らかに不正解だったからだ。フェスタが詰める。
「そこは神様関係ないでしょ、ブルーノ。神様が『妻を娶ってはならない』とか『嫁は三人いてはならない』とでも言ったの? そもそも貴方、聖職者でもないでしょ。この娘達はしっかり気持ちを伝えたんだから、男を見せなさいよ」
「うっ」
「どうするのブルーノ。この娘達に『自分は汚れている』なんて言わせたままにしとくの?」
ブルーノは少女達を見た。何れも打ちひしがれたような、悲しげな表情をしていた。そうさせたのが自分である事はブルーノにもわかっていた。
ブルーノは口を開いた。
「私は……お前達の気持ちも、多少はわかっていた。それでも自分に言い訳をして、立ち止まっていた。卑怯な男だ」
少女達は黙ってブルーノの言葉に耳を傾けている。
「お前達は私に救われたと言うが、私もお前達に救われたのだ。アーカイブに流れ着き、抜け殻のようになっていた私に、お前達は守るべき者と生きる意味を与えてくれた」
「司祭様……」
「お前達は汚れてなどいない。何度でも、信じて貰えるまで伝えよう。こんな男で構わなければ……これからの人生を、共に歩いて欲しい」
返事の代わりに、少女達がブルーノに抱き着く。目を潤ませながらマリアが言った。
「司祭様がいいんです。司祭様がいてくれたから、私達三人誰も欠けずにやってこれたんです。これから、この先、ずっと司祭様のお傍に居ます」
オルトはフェスタに微笑みかけた。フェスタはどこかホッとしたような、照れたような笑顔を返した。
その二人に、横から声がかけられる。
「あの……」
ルチアがオルト達をじっと見ていた。
「どうした?」
「いえ……どうして、私達の事、こんなに気にかけてくれるのかなって」
「そうだなあ……」
言ってしまえば身も蓋も無いが、気紛れである。しかし、誰でも良かった訳ではない。
心の機微を言語化して、オルトは答えた。
「生きる事を諦めなかった君達への、ほんのお節介だ。幸せになる事だって諦めなくていい。それを知って欲しかったのさ」
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