第八十六話 当然の報い
「お兄様!」
「お兄さん!」
駅馬車から降りたオルトに、二人の少女が駆け寄った。
「ただいま。おっと」
『お帰りなさい!』
体当たり気味の勢いで抱き着いてきたネーナとエイミーを受け止めると、オルトは肩に担いでいた大きな荷物袋を下ろした。
「ほい。気に入るといいけど」
「え?」
「う?」
袋から取り出した麦わら帽子を、二人の頭に乗せる。ネーナの帽子には青いリボンが、エイミーには赤いリボンがあしらわれている。
「こういうの、持ってないだろ? 軽くて丈夫だから作業するのに――」
「……グスッ」
「うう〜っ」
「ええっ!?」
帽子を被せられたネーナとエイミーの目が、みるみる涙を湛えていく。狼狽するオルトに、二人はギュッとしがみついた。
「うぇぇぇん!」
「うわぁぁん!」
「ちょっ、二人とも――」
『ゔあ゛あ゛あ゛あ゛ん!!』
問答無用とばかりに、二人は声を合わせて号泣する。フェスタがオルトの荷物袋を持ち上げ、咎めるように言った。
「それだけ心配してたのよ」
「……うん。悪かったな」
予定の二週間が過ぎても連絡も無く、帰って来たのは一月近く経ってから。二人が心配するのも当たり前だ。オルトも言い訳はしなかった。
「で、オルトの後ろにいる
黙っていたレナが、オルトの背後で居心地悪そうにしているファラを指差す。
一同の視線を受けたファラが真っ青になり、慌ててオルトがフォローを入れた。
「あー……この
ファラに深い事情がある事を察したのか、ネーナとエイミーも涙を引っ込める。
ファラをエスコートするオルトと、その前を歩きながらチラチラ振り返るネーナ達。微妙な空気の一団は、兎も角も屋敷に向かうのだった。
◆◆◆◆◆
「じゃあ説明してくれる?」
屋敷に到着し、一同が応接室に落ち着くとレナが言った。部屋には屋敷で待っていたスミスの顔もある。ブルーノはアーカイブへ戻っている為、不在だった。
「説明か。どこから話したものかな……俺が受けた依頼は全員知ってるんだったか」
「ネーナとエイミーにも話したよ」
「そうか……悪かったな」
オルトは再び詫びた。
オルトが一人で受けた『
オルトは、その依頼を受けるに当たって仲間達の反対を押し切り、ネーナとエイミーには話す事もせずに出発していたのだ。
「それについて、今は何も言いません。お兄様がどういう状況であったのかを教えて下さい」
ネーナが言い、エイミーは口をキュッと結んで頷いた。オルトが応える。
「依頼は完遂した。ただ、その現場を見られた事で、ハイネッサの盗賊ギルドの根回しが必要になって、それが終わるまで外を歩けなかった。当然、冒険者ギルドへの連絡も出来なかったんだ」
ネーナは口を挟まず、話の続きを促す。
「現場を見られたのは俺のミスで、ディーンを始末するのが遅れたからだ。『
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
いつになく興奮した様子で、スミスが話を遮った。前のめりでオルトに詰め寄らんばかりの勢いである。
「『瓶の中の箱庭』!? それは間違いないんですか!? 魔人がいたのですか!?」
「あ、ああ。後から教えて貰ったが、そんな名前だった」
スミスの勢いに引きながら、オルトは答えた。ネーナがスミスに問いかける。
「スミス様、落ち着いて下さい。その魔道具がどうかしたのですか?」
「っ! すみません、私とした事が」
ネーナの言葉で自らが取り乱していた事に気づき、スミスは咳払いをして椅子に座り直した。
『瓶の中の箱庭』という名の魔道具は希少ではあるが一点物ではなく、特に『不死身の魔人グリーマイス』が封じられた品は拘束系魔道具として教本に載る程有名なのだという。
瓶によって特徴があり、拘束に使われる物から拷問や処刑、文字通りの『箱庭』として鑑賞に用いられる物まで様々である。
ただ、瓶から自力で脱出した例は報告されておらず、死刑囚による実験では瓶の中の詳細はわかっていなかったのだ。スミスにとっては、生還者のコメントを聞く思いがけないチャンスだったのである。
スミスから事情を聞いたオルトは、申し訳無さそうに言った。
「あー。悪いんだが、瓶は壊した」
「壊した!? 火球程度じゃ傷一つつかないんですよ!? 凶暴な魔獣すら拘束出来るんですよ!? 現に魔人が拘束されていたんでしょう!?」
「魔人を再生限界以上の速さで刻んで、『勇者の一撃』で消し飛ばしたら瓶の内側に直撃して砕けた」
「…………」
絶句したスミスに構わずオルトが話す。
「継続的にドレインされるような感覚があって、長居しちゃいけないと思ったんだ。依頼を達成して現場を離脱する為の時間も無かったし、魔人もいたしな」
「ちょっと待って」
今度はレナから待ったがかかる。
「今何か、凄く嫌な単語が聞こえたんだけど。『勇者の一撃』って何? まさか、トウヤが使ったやつじゃないよね?」
「多分それだと思う」
「何であんたが知ってんのよ!? スミス! エイミーもこれ知ってたの!?」
レナが烈火の如く怒り始めた。スミスが気まずそうに弁解をする。
「バラカスが一度使って見せただけです。『王国がそういうデメリットのある技をトウヤに説明なしに使わせた』という話をしたのですよ。当時は誰もオルトが習得し、使いこなすなんて考えなかったのです」
そう言われてはレナも言い返せない。最初にオルトの実力を見誤ったのは、レナも同じだからだ。オルトがとりなすように言う。
「スミス達を責めないでくれ。デメリットは理解してるし、多用する気も無い。ただ今回は、確実に魔人を倒して瓶から出る方法を他に思いつかなかったんだ」
「はあ。あんたは本当にもう……」
レナはため息をついた。ネーナやフェスタに視線を向ける。
「それもう禁止にして、別な手段を考えないと駄目よ。あんたは早死にしていい人じゃないでしょ」
「わかった。有難う、レナ」
「なっ!? もう……そういうとこよ?」
オルトが素直に礼を言うと、レナはそっぽを向いた。心なしかレナの耳が赤くなっているように、ネーナは感じた。
「……何であんたがそんな窮地に陥る程の『ミス』をしたのか聞きたいけど、それは後ね。今聞いた中にファラの話が出て来ないけど、そっちはどうなの?」
再び一同の視線がファラに集まる。応接机の前に並べられた椅子にオルトとファラが並んで座り、残りのメンバーは全員反対側にいる。ファラは五人の視線を正面から受けているのだ。
気圧されたファラが息を飲む。やはり顔色は悪い。
見かねたオルトがフォローしようとするが、ファラは決意した表情でそれを拒んだ。
「オルト様。大丈夫です。私は、自分の口から皆様に話さねばなりません」
ファラはフェスタ達に頭を下げた。
「既にご紹介に預かりましたが、私はファラと申します。家を勘当されておりますので姓はありません」
ファラの言葉が途切れる。震える唇は紫色になっていた。
「――ファラさん」
ネーナが声をかけた。ファラは真っ青な顔でネーナを見る。
「お香は苦手ですか?」
ファラは言われている事が理解出来ずに固まっている。ネーナは微笑みながらもう一度問いかけた。
「心が落ち着くお香を焚こうと思うのですが、ファラさんは苦手な香りはありますか?」
「い、いえ」
絞り出すようにファラが答えると、ネーナはニッコリと笑って腰のポーチから小皿とキャンドルを取り出した。
『
応接室がラベンダーの香りで満たされていく。
「私達は貴女の事は知りませんが、お兄様が貴女を連れて来た事にはそれだけの理由があるのだと思っています。無理に話さなくても構いません。でも、話してくれるならば真剣に聞きますし、お力になります。勿論、決して口外致しません」
ネーナがファラに告げる。オルトが頷くのを見て、ネーナは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
ファラは目を瞑って深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと話し始めた。
「……私は、オルト様に救われました。もしもあの時、オルト様が現れなかったら。私はきっと、あの男に死ぬ迄汚され続けていたのだと思います。私が地下室にいる間、あの男に連れて行かれた女性は皆、見るも無残な姿で戻って来ましたから……」
室内がシンと静まり返る。
「あの男を倒した時、オルト様はとても苦しそうでした。オルト様一人であれば難なく逃走出来たのかもしれません。でも私は、あの悍しい場所に居たくなくて必死でオルト様に手を伸ばしました。オルト様は、満足に話せず、身体も動かせず、汚された私を連れて逃げてくれたんです」
「そうでしたか……」
ネーナが溜息をつく。フェスタは言葉を発する事なく、オルトを見つめ続けている。そのオルトは目を瞑り、ファラの話に耳を傾けていた。
「私はその後、高熱を発して寝込んでしまいました。その時の私は、オルト様以外の人が近づくと恐慌をきたしてしまう状態でした。自分では何も出来ない私を、オルト様はずっと扶けてくれました。その……身体に残った、あの男のモノを洗い流す事も」
ファラは言いにくそうに話していたが、途中でハッとした表情になり両手をブンブンと振った。
「疚しい事は一切ありません!……熱が下がらなかった時、あの男に汚されたままで死にたくなくて、一度オルト様に『抱いて下さい』とお願いしましたが断られてしまいました。その時にフェスタ様の事を伺ったのです――フェスタ様、申し訳ございません」
深々と頭を下げて謝罪するファラに、困ったような顔でフェスタが告げた。
「顔を上げて、ファラ。貴女は被害者よ。少なくとも私に謝る必要は無いわ。まあ行動によっては、オルトをひっぱたく程度はしたかもしれないけど」
聞いていたオルトは目を瞑ったまま肩を竦める。
顔を上げたファラが、頭を振って言った。
「私は事件の被害者かもしれませんが、それも私自身がこれまでして来た事に対する当然の報いなんです。私は罪深い女なんです」
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