第八十三話 掃除の依頼

「さて、と」


 フェスタが焚き火の傍でリラックスしている仲間達を見回した。


「夕食も終わったし、少し話をしたら後は自由時間よ。見張りは二人ずつ、組み合わせを変えてやりましょう」

「お話? どんな?」


 ゴロゴロしていたエイミーが起き上がる。レナとネーナも、フェスタの次の言葉を待っていた。


「今、私達のパーティーがバラバラに動いてるでしょう? それに関わる話よ」

「それは依頼のタイミングではないの?」


 フェスタにネーナが問いかける。フェスタは静かに頭を振った。


「勿論それもあるわ。でも、こういう分割でないやり方も出来た。この分け方には意味があるのよ。まずはスミスの事」


 スミスはワイマール大公国の出身で、妻は既に亡くなっているが子供達や弟子、友人が大公国にいる。ネーナを最後の弟子として賢者、魔術師に育て上げた後は、故郷に帰る話になっていた。


「結構な歳で勇者パーティーに参加して頑張ったんだもの。子供や孫も待ってるし、奥さんのお墓のある場所に帰してあげようって言ってたでしょう? そろそろいいんじゃないかって」


 スミスがいれば助かるのは誰もがわかっている。スミスも自分から脱退を言い出したわけではない。だが、高齢のスミスにまだ残ってくれとは、誰も言えなかった。


「……うん。私達は会いにいけるから」

「私、スミス様の分も頑張ります」


 スミスに懐いていたエイミーが別れを許容し、スミスと同じ役割を担うようになるネーナは決意を述べる。フェスタが頷く。


「ネーナはそんなに力まなくても大丈夫よ。得手不得手もあるから、全く同じ役割をこなす事にはならないし。そこは皆でカバーし合いましょう」

「はい」


 表情を引き締めたネーナに気負いを感じ、フェスタとレナが顔を見合わせ苦笑する。フェスタとしては『お兄様オルト』にケアを丸投げするつもりであった。




「次はブルーノの話。スミスより先にパーティーを抜ける事になりそうなのよね。まだ決まってないけど」

『えっ!?』


 ネーナとエイミーが驚きの声を上げた。そういう気配は全く感じられなかったのだ。


「冒険者を辞める訳じゃないの。リチャード達の【四葉の幸福クアドリフォリオ】に移籍する形ね。皆もブルーノの事情は知っているでしょう?」


 ブルーノは『学術都市』アーカイブで三人の少女と暮らしている。少女達は親に売られ、借金奴隷として娼館で働いている。ブルーノの口利きで労働条件も身請けの条件も緩和されたが、奴隷であり娼婦である事に変わりは無かった。


 だがブルーノが冒険者として稼ぐようになった事で、三人の少女が身請けされる時期が一気に近づいていたのだ。そうなると問題になるのは身請け後の話である。


「普通に考えて、好んでした訳でもない仕事を辞めたら、娼館の近くで暮らしたくはないよね。客だってウロウロしてるし」


 聖女を辞めてストラトスを離れたレナには、何となく気持ちがわかるようだった。


「ええ。それに、私達【菫の庭園】はいつまでシルファリオにいるかもわからないし、腰を落ち着けるかもわからないでしょう? 何を敵に回すかもわからないし」


【菫の庭園】のそもそもの成り立ちは、ネーナの『目的』の為に合法的に旅が出来る肩書きと、生活基盤を固めたいという事だったのだ。


「王国が何かしてくるかもしれないし、剣聖マルセロにもいつかぶつかるかもしれない。王国教会の件もあるし、レナとブルーノの事は一先ず片付いても、聖教はやっぱり胡散臭いし」

「マリアさん達を巻き込むのは嫌ですね……」


 ネーナの言葉にフェスタが頷いた。ブルーノだけなら、相手はストラ聖教の一部のみ。リチャード達が抑えられるのだ。


「そういう事。この話はまだブルーノは知らなくて、オルトが戻ったらブルーノと一緒にアーカイブに行って話すみたい。ルチア達の意思も聞かなきゃいけないからね」


【菫の庭園】から【四葉の幸福】にブルーノが移籍すれば仕事のペースも落ち着くし、Aランクパーティーの【四葉の幸福】の報酬ならばブルーノの収入が下がる事もない。


 オルトからリチャードへ、内々に打診済みの話でもある。【四葉の幸福】としては実力も人格も確かなヒーラーが加わる事は願ってもないのだ。パーティー構成上、今までは後衛に一人残っていた魔術師、マリンの守りも期待出来る。リチャード達は大幅な戦力アップのチャンスと言っていい。


 今回のAランク討伐依頼は、ブルーノが【四葉の幸福】にフィットするかどうかの試験的な意味合いの強いものだった。ブルーノ自身も手応えがあれば、移籍を決断するプラス材料になる。


「ブルーノの家の事情はわからないけど、多分パーティーを移籍して身請け済ませたら、シルファリオに引っ越す形になると思うの。後はブルーノ達の『家族』の中での話だからね」


 フェスタとレナが曖昧に笑い、ネーナとエイミーは首を傾げる。




「それで、私達四人の事。ブルーノとスミスの話にも関係あるけど、レナがパーティーに加わってくれたから、四人で動いてみようかって」

「楽しいけど、お兄さんいないよ?」


 エイミーが言うと、それにはレナが答えた。


「女同士だから出来る話もあるし。オルトがいると良くも悪くも頼っちゃう感じはあるからね。こういう時に『オルトのいない空気感』みたいのを経験しとくのはいいんじゃない?」

「それは、オルトとしても言える事ね」


 フェスタが応じる。


「パーティーのリーダーに、私の恋人に、ネーナとエイミーのお兄さんに、レナやスミスやブルーノの事情を気にかけて。きっと王国にいる家族やブレーメ隊長達の事も。他にも色んな事をいつも考えて雁字搦めになってるの。本人は私達には絶対にそんな事は言わないけどね」


 そう言われると、ネーナやエイミーにも思い当たる事はあった。自分達がオルトに負担をかけていると思い、二人は落ち込んでしまう。それを見たフェスタが笑いながら言った。


「二人が余所余所しくなったら、オルトが寂しがるわよ? 偶にはオルトを一人にしてみようってだけの話だから。戻って来たら、前より過保護になるかも」

「オルトの依頼の話はしないの? フェスタ」


 レナが横から口を挟む。ネーナが小首を傾げた。


「お兄様の依頼? リベルタに行っているのでは?」

「違うの」


 フェスタが頭を振る。ネーナとエイミーは、オルトはリベルタに行ったと聞かされていたのだ。


「オルトが行ったのは、通常の依頼じゃないの。『掃除の依頼スウィープ』って呼ばれる、冒険者ギルドからの討伐依頼。行先はリベルタじゃなく、『暗黒都市』ハイネッサなの」


『暗黒都市』ハイネッサの知識はネーナにもある。表向きは、議会制民主主義を標榜する都市国家だ。だが盗賊ギルドに牛耳られているのは公然の事実。麻薬や危険な薬物、その他各国の禁制品取引の温床と見られているが、中々証拠を掴ませない。


「前にレオンのパーティーにいた、元Aランク冒険者のディーンって覚えてる? あいつがシルファリオの冒険者だと騙って事件を起こしたの。それでシルファリオ支部が討伐に動く事になって、オルトが引き受けたの」

「ハイネッサから情報が来るなんて、敵対グループから相当恨まれたのねえ……」


 レナが感心と呆れを半々に滲ませて呟く。だがネーナとエイミーはそれどころでは無かった。


「何でお兄さん一人で行ったの?」


 エイミーが非難めいた口調でフェスタに聞く。ネーナも頷いた。


「それは――」

「『暗黒都市』だからよ」


 フェスタの言葉を遮ってレナが答える。その目は真剣だった。


「『犯罪都市』とも呼ばれる場所よ。あたし達四人共、自惚れじゃなく人目を引く容姿なの。誘拐暴行人身売買、強姦に殺人。女性が性犯罪に巻き込まれるのなんて日常の出来事。そんな場所にあたし達が行けば、余計な騒ぎを起こすのが目に見えてるでしょ」

「敵を増やしたら本末転倒だしね。オルトは本来、単独行動で一番力を出せるタイプでもあるし」


 フェスタも言う。不満そうな様子で、さらに続ける。


「それと、私達に汚れ仕事をさせたくないんだって。オルトが」

「お兄様……そんなのって……」

「あたし達もそう言ったよ。でも、フェスタとスミスと三人で反対しても、オルトが全く譲らなかった。あたし達が狙われるって事も含めてだろうけど」


 ネーナに対し、レナが冷静に告げる。オルトと直接話したレナとフェスタは、不満なりに気持ちの整理は出来ている様子だった。


「ネーナとエイミーは何も言われず置いて行かれたからね。文句を言う権利はあると思うわ。でもきっと、オルトは依頼以外にも色々な問題を片付けて帰って来ると思うの。私達の為に」

「オルトに何を言うか、何をするかは二人で決めればいいけど。まず『お帰りなさい』は笑顔で言ってあげなよ?」


 ネーナとエイミーは、フェスタ達の言葉に黙って頷いた。そこで四人の話は終わり、見張りの前の自由時間になった。




 焚き火を見つめながら、ポツリとネーナが呟いた。


「お兄様の腕が……」

「腕?」


 レナが聞き、ネーナは頷く。


「お兄様の、腕が。偶に、新しい傷が増えてるんです」

「傷?」

「ネーナは、見た物全部覚えてるのよ」

「ああ」


 フェスタが捕捉して、レナも話が飲み込めた。夜に眠る時ならば、同じようにオルトの腕を見る機会がある。完全記憶能力により、ネーナは気がついてしまったのだろう。


 ――腕をガン見するとか、ブラコン入り過ぎじゃないの? オルトのシスコンも大概だけど。


 レナはツッコミを胸の内に止めた。


「お兄様が強いのはわかってますけど、怪我はするんです。あの怪我が、本当は私のものじゃないかって思うと、凄く苦しいんです……いつか、お兄様が大変な事になるんじゃないかって」

「うん……お兄さん、時々凄い無理するからね……」


 ションボリするネーナとエイミー。エイミーもオルトの『無理』は心配なのだ。

 そんな二人にフェスタが言った。


「辛かったら『辛い』って、オルトにちゃんと伝えなさい。それでオルトの行動が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。でも二人の気持ちは伝わるから」


 二人は頷く。フェスタは二人を先に休ませると、『やれやれ』といったジェスチャーをするレナに苦笑した。


「あんな可愛い娘達に心配させるなんて、オルトも罪な男よね」

フェスタはオルトに心配させて来た方だから、あまり言えないんだけどね。まあ今回は、帰って来たら皆で恨み言をぶつけてやりましょ」


 フェスタは星空を見上げる。どこかでオルトも見ているだろうか、そんな事を思いながら。


 しかし。フェスタ達がジャムと薬草をシルファリオに持ち帰り、スミスとブルーノ、そして【四葉の幸福】が討伐依頼を完遂して帰還し、予定の二週間が経過しても。




 オルトは、ネーナ達の下に戻らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る