第七十八話 聖堂騎士との対峙
教会を出たオルトとネーナ、エイミーの三人は、月明かりに照らされながら家路を辿っていた。
「お兄さん……レナお姉さんの事、どうするの?」
エイミーが不安そうな顔でオルトに聞く。オルトは自分で答えず、逆に聞き返した。
「そうだなあ……エイミーはどうしたい?」
「私はレナお姉さんと一緒にいたいよ!」
「うん。ネーナはどうなんだ?」
真剣に訴えるエイミーの頭を撫でながら、オルトはネーナにも聞いた。
「レナさんは、『このパーティーに来てよかった』『このパーティーに居たい』と言いました。私も、レナさんとまだまだご一緒したいです」
「そうか」
オルトは頷き、夜空を見上げた。
『神聖都市』ストラトスの大聖堂でふんぞり返っている聖教の幹部連中は、間違いなくレナとブルーノに対してアクションを起こすだろう。
恐らく聖教側は、ブルーノが所属していた護教神官戦士団は動かせない。オルト達のいるシルファリオは『自由都市』リベルタの施政権下にある。武装集団が数を頼んで押しかけるのは紛う事なき侵略行為で、都市国家連合の二大強国間の戦争になる。
かといってレナを知る者は、口先だけで要請をしても連れ戻せるとは思わないだろう。プレッシャーをかけるには、戦力の裏付けが要る。リベルタに咎められない少人数の巨大戦力が。
「聖堂騎士が来ますね」
「来るだろうな……考えを読んだのか?」
「読まなくてもわかります。兄妹ですから」
「むむむ」
ネーナが嬉しそうに言い、逆にエイミーは悔しそうに唸る。それを見たオルトは苦笑する。
「まあ何だ。仲間が嫌がってるのに、連れて行かせる訳は無いよな」
「はい!」
「当然だよ!」
今、大きな相手と敵対するのは避けたいのが正直な所ではある。何故ならオルト達が供託金を完納して市民権を得る時期と、ブルーノ達が借金を完済して身請けする時期が近づいていたからだ。その後ならば、オルト達の行動の選択肢は大きく広がる。
が、聖教側がオルト達の事情を斟酌してくれるはずもない。むしろ利用出来ると知れば、躊躇う事なく使って来るだろう。
ブルーノ達だけをどこかに逃がしたり、オルト達が『嘆きの荒野』のような無国籍地帯に身を隠すという手も、あるにはある。
だがそれをすれば、ネーナの本来の目的である『旅をしながら勇者トウヤの足跡を辿る』のは大きく遠のいてしまうのだ。
可能ならば、このシルファリオでカタをつけたい。それがオルトの率直な思いだった。
◆◆◆◆◆
「――強いわよ、聖堂騎士は」
屋敷でオルト達から話を聞いたレナは、はっきりと言った。
「特に序列上位十位までの騎士は、私も一人じゃ相手取れない」
「そこまでか」
レナは強い。今はアーカイブに帰っていてこの場にいないが、神官戦士として最前線で戦ってきたブルーノは模擬戦でレナに勝てていない。Aランク冒険者を一蹴したフェスタとも互角以上に渡り合う。近接戦闘能力では【菫の庭園】の中でもオルトに次ぐ二番手にいるのだ。
そのレナが「一人では対峙出来ない」という。それだけで聖堂騎士の実力の一端が垣間見えた。
「聖堂騎士は総勢百名。序列一位の騎士団総長を筆頭に、凄まじい高さの士気と練度を誇ります。竜すら屠るストラ聖教の最高戦力です」
スミスが情報を補足する。
「問題は、どれだけの騎士が来るのかですね」
「正直、全くわからないわ。誰が来るのかも全くわからない。今頃、大聖堂でジジイ共がやり合ってるんだろうけど」
レナは頭を振った。ストラ聖教の内部が幾つもの派閥に分かれているように、聖堂騎士も各派閥と結びつき、後押しを受けている。
「一番来てほしくないのは、総長のファルカオだね。実力的にもだけど、話が全く通じないから。自分の言動全て、神の御心に叶うものだと信じて疑わないのね。聖堂騎士のトップに相応しい人材とは言えるのかも」
レナが心底嫌そうな顔をする。過去のやり取りでも思い出したのかもしれない。
ネーナはファルカオの派遣に否定的な見解を示した。
「各派閥の綱引きで派遣される陣容が決まるのであれば、むしろそのようなトップは出し辛いように思えます。『聖堂騎士団総長』の属する派閥に加点はさせたくないでしょうし」
「そうね。あたしもそう思う」
レナも同意した。オルトが問いかける。
「ちと話が逸れるが。因みに、そのファルカオと『剣聖』マルセロはどっちが強い?」
「マルセロね。オルトはマルセロを知ってるの?」
「悩みもせず答えたな。スミスやエイミーに聞いたんだ」
「そっか」
レナは納得したように頷いた。エイミーはマルセロの名を聞き、身体を強張らせる。オルトは自身の失言に気づき、慌ててエイミーに詫びた。
「済まんエイミー、配慮が足りなかった」
「ううん、大丈夫」
フェスタがエイミーにそっと寄り添い、手を握る。
エイミーが過去に、マルセロに襲われかけた事はオルトも聞いていた。その時は『幸いにも何も無かった』と聞いたが、オルトの認識以上に切迫した状況だったのかもしれなかった。
少なくとも、エイミーの心には大きな傷が残っている事は、今のエイミーの反応で仲間達にも理解出来た。普段のエイミーがおくびにも出さない為、近くで見ているオルトも気づかなかったのだ。
ネーナが気を利かせて話題を変えた。
「聖堂騎士団の話に戻しましょうか。レナさん、他に能力面や性格面で注意すべきメンバーはいますか?」
「あ、そうね……序列二位のガリレオは、派遣される可能性が高いと思う。いつもニコニコしてるけど、何考えてるかわからないヤツよ。『
レナが特徴的な聖堂騎士を挙げ連ねていく。
その他には二人で強力な対魔術効果と対物理効果を持つ結界を展開する双子の騎士、長らくストラトスの大聖堂に保管されていた『聖槍』に認められた騎士、聖堂騎士団を上げての大作戦となった黒竜討伐で名を馳せた『竜殺し』等、序列上位の騎士が列挙された。
「後は……来るかどうかわからないけど。序列三位のビルギッテは、あたしの護衛に付く事が多かったわ。『
「ピケとかいうのは?」
「……あいつか」
フェスタの一言に、レナの目がスッと細められた。声のトーンも低くなる。今度は自らの失言を察したフェスタが謝罪する。
「ご、ごめんレナ」
「いいよ。まあ、ストラトスのジジイ共が本気であたしを連れ戻す気なら、寄越さないと思うけどね。あたしが怒ってるのは知ってるはずだから。聖女をたらし込んで教会に縛った功績で序列は上がったけど、『聖堂騎士十傑』に入るような力は感じなかった。実の所、能力とか特技とかわからないんだよね」
「戦闘面で貢献出来るものじゃない可能性が高いって事?」
フェスタに問われ、レナは首肯した。
「聖堂騎士についてはわかりましたけれど。アーカイブに戻っているブルーノさんはどうしますか?」
ネーナがそう聞くと、一同は考え込んでしまう。ブルーノはアーカイブに、一緒に暮らしている三人の少女がいるのだ。
オルトが言葉を選びながら答える。
「……ブルーノに話して、自分で決めて貰うしかないだろうな。シルファリオの教会にレナとブルーノの照会があって、アーカイブの教会にブルーノの照会が無いとは考えられん」
「何かストラトスから指示があったとしても、アーカイブの教会がアーカイブの法を犯す行動をするとも考えられません。本命はレナでしょうから、送り込まれた聖堂騎士は全員こちらに来るでしょう」
スミスの読みは、仲間達にも納得がいくものだった。それを踏まえて、【菫の庭園】はストラトスからの『招かれざる客』を迎える準備を進める事になる。
◆◆◆◆◆
一週間後。
屋敷の前で、【菫の庭園】一行は聖堂騎士達と対峙していた。
聖堂騎士側は序列二位のガリレオ以下五名、事前にレナから情報を得ていた序列五位の『竜殺し』ライミ、序列十一位のピケが来ている。
この場にブルーノの姿は無い。オルトから説明を受け、アーカイブにとんぼ返りする苦渋の選択をしたブルーノを、仲間達は快く送り出した。
『片付いたら迎えを出すから、しばらくはルチア達を目一杯構ってやれよ。こっちは心配要らん』
一度は仲間達とシルファリオに残ろうとしたブルーノは、オルトにそう言って肩を叩かれると、駅馬車に乗り込み何度も振り返りながら去って行った。
「……つまり、ストラ聖教はあたしを本気で怒らせたいのであって、連れ戻す気は無い訳ね」
レナの声は怒気を孕んでいる。その燃えるような視線の先には、ヤケになったようにヘラヘラと笑う
「俺も『レナ様を怒らせるだけだからやめた方がいい』って言ったんだけどね。これも命令だから……」
「ふーん。あんたは命令なら、『妻子供と別れて奴隷に落とせ』って言われてもやりそうね、ピケ。戻る条件にそれ言ってみようかな?」
「…………」
「戻る気は全く無いけど」
レナは怒り心頭に発していた。偽りの恋人を演じてレナを聖女としてストラ聖教に縛りつけた『立役者』のピケは、レナの怒りを鎮める努力を放棄して笑うのみだった。
気怠げな声でガリレオが言う。
「そう仰らずに、私共とストラトスに戻って頂けませんか? 『聖女』レナ様」
「聖女は辞めてきた。あたしの居場所はここで、あたしは『聖女』なんかじゃない。ただのレナ。戻るも戻らないもない」
レナがきっぱりと拒絶する。ガリレオは口角を上げ、嘘臭い笑顔を見せる。
「私共も、子供の使いではありませんのでね。それは困った事になってしまいますね」
「ガリレオ、さっさと終わらせよう。『ここが居場所』というなら、幻であったと教えてやるだけだ」
『竜殺し』ライミがガリレオを急かす。その右手は既に、背負った大剣の柄を握っている。ガリレオはライミを窘めた。
「ライミは少し落ち着いて下さい。相手には勇者パーティーのメンバーもいるのですよ」
「ハッ」
ライミは鼻で嗤った。
「『勇者』は死んだ。どうにか生き残った『戦鬼』がいたとしても、俺達の相手にはならんだろう。俺達が行っていれば、魔王討伐も容易く成したものを」
「失礼にも程が――っ!?」
相手の余りにも無礼な物言いに怒ったネーナは、言いかけた言葉を途中で止めてしまった。急激に周囲の気温が下がったような悪寒に見舞われたからだ。
聖堂騎士達も空気が一変した事を感じ取り戸惑っている。
――お兄様!!
ネーナは悪寒の原因を理解していた。
視界の中で、黙って成り行きを見ていたオルトが前に一歩を踏み出す。聖堂騎士達に緊張が走る。
「――トウヤ殿、バラカス殿への侮辱は聞き捨てならんな。俺は魔王とも竜とも戦った事は無いが、バラカス殿の強さは良く知っている。それで、『竜殺し』――」
「――お前は俺より、強いのか?」
「っ!?」
強烈な殺気に当てられ、『竜殺し』ライミが咄嗟に剣を抜き放った。
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