第七十六話 顛末書という名の始末書

「本当に、世話になったよ。オルト」


 イケメンスマイルも眩しく、リチャードが右手を差し出す。彼を見つめる町の女性達から溜息が聞こえてくる。


「本当に、世話をかけさせてくれたな。リチャード」


 オルトは心底怠そうな顔で、握手の手を取った。男性達が深く頷いた。


「気持ちはわかるけどオルト、多少は取り繕う努力を見せた方がいいんじゃない?」


 フェスタが苦笑しながら言う。リチャードは全く気にしていない様子で笑った。


「いいんだよフェスタ嬢。彼はそんな事を言いながらも助けてくれるのさ」

「まだ助けられる気かよ。自重しろAランク、というか迎えが待ってるんだから早く行けよ」


 ギルド本部からやって来た馬車を指し、オルトは追い払うように手を振った。


「少し休んだら、また来てもいいかい?」

「良いも悪いも、俺が言う事じゃない。好きにしろ。但し――」


 オルトは右手の拳をリチャードに差し出した。


「また揉めるようなら、問答無用で叩き出すぞ?」


 リチャードがニヤリと笑い、拳を合わせる。


「怖い怖い。暗殺者『CLOSER』を終わらせた男が言うと、洒落にならないよ」


 サファイア、マリン、エリナも控え目にオルトと拳を合わせ、或いは握手をし。手を振ったり頭を下げたりして馬車に乗り込んでいく。


「『CLOSER』の件は責任を持って僕等が片付けるよ。色々と心当たりもあるし、一線を越えた連中には後悔して貰う。ただ、君が凄腕の殺し屋を倒した事実は広まると思うよ。僕としては君が評価されるのは喜ばしいし、楽しみだけどね」


 そう言い残したリチャードを乗せ、馬車は走り出す。

 馬車が町を出て行くと、見送りに集まっていた人々はバラバラと散らばり始めた。




「お兄さん、お腹減ったよ!」

「私もです!」


 馬車が見えなくなるまで手を振っていたエイミーとネーナが、腹を押さえて主張する。


「わかったわかった」


 二人に手を引かれたオルトが歩き出す。


 アーカイブに帰っているブルーノを除く【菫の庭園】のメンバーは、ブランチを取ってからギルドへ向かった。


「皆さん、お早うございます!」


 既に業務に就いているジェシカが、笑顔で一行を出迎える。ジェシカは【菫の庭園】の面々と同居しているので改めて挨拶をするのは妙な感じであるが、仕事中とプライベートはしっかり分ける事になっている。


 ネーナも通常の挨拶を返した。


「ジェシカさん、お早うございます。ハスラムさんと面会の予定になっているのですが」

「はい。支部長代理はお待ちになられていますよ」


 ジェシカに案内され、一行が支部長室に向かう。支部長代理のハスラムは、ジェシカが言った通りに応接テーブルで待っていた。


「ご足労をかけたね」


 ハスラムに勧められるまま、一行はソファーに腰を下ろす。部屋を出たジェシカは人数分のお茶を持って戻り、部屋の角に控えた。


 この面会が組まれた理由。それは言うまでもなく、【四葉の幸福クアドリフォリオ】の一件に関わるものだ。


「まずは、ギルド所属の冒険者の命を救ってくれた事に礼を言わせて貰いたい」


 ハスラムが深々と頭を下げた。ネーナはその頭を見て『白髪が増えている』と、かなり失礼な事を考えたが、それを口に出したりはしなかった。ハスラムが疲れ気味に見えるのも、自分達に全く無関係ではないのだから。


「家を一軒潰してしまったけどな」


 間違いなくハスラムに心労をかけているであろうオルトが、悪びれない様子で言う。


『CLOSER』を迎え撃つのに使ったギルド所有の家屋は、暗殺者ごと地下室の鋼鉄の扉二枚と壁をぶち抜いたオルトの一撃で、翌日に倒壊したのである。


 ハスラムは頭を振った。


「だが死傷者はゼロだ。暗殺者を逃しても、他の場所で迎え撃っても、そんな数字で済む事はあり得なかった。遊ばせていた家屋の一軒など安い物だよ」


 リチャード達【四葉の幸福】が暗殺者の襲撃を受けたこの一件を、ギルド本部は軽く扱う気は無いらしかった。何せギルド本部の指名依頼を遂行中の冒険者が、ギルドが封鎖したダンジョン内で襲われたのだ。


 もしもリチャードが倒れた後、仲間達が撤退の判断を誤っていたらどうなったか。もしもシルファリオに解呪の出来るレナがいなかったら。『CLOSER』を迎え撃ったのがオルトでなかったら。どれか一つの要素が欠けても、誰かが死んでいただろう。


「本部はこれから、『CLOSER』とコネクションのある個人や組織に照会をかけ、事態を明らかにして警告を行うだろう。【四葉の幸福】の身柄もギルド本部で保護される」


 相手は何も言えるはずがない。万が一にも報復を思わせる行動を起こせば、巨大組織の冒険者ギルドと全面抗争に発展するのだ。


「首尾よく片付いたのは、『CLOSER』に十分な情報と時間を与える前に誘い込んで叩く作戦を、支部長代理が承認したからです。貴方の功績ですよ」


 スミスが持ち上げると、ハスラムは苦笑しながら称賛を固辞した。


「責任を取るのが仕事だからね。現場の足を引っ張らず、上手く行くよう祈っていただけだよ」


 給料も増えないしな、とハスラムは自虐で周囲を笑わせた。




「『CLOSER』がどう判断して俺達の誘いに乗ったのか、死亡した今となってはわからない。だが俺達は賭けに勝った。それは事実だ。被害を抑えるにはこれしか無かったとも言えるがな」


 オルトの言葉に、フェスタが小首を傾げる。


「それで結局、『視線』の話は何だったの?」

「オルトが何も言わせずに殺っちゃったからね……」

「俺のせいか?」


 ジト目のレナに対し、不服そうな顔をするオルト。相手に余計なアクションをする時間を与えれば、ネーナもリチャード達も危険な目に遭いかねない状況だったのだ。オルトに選択肢は存在しなかった。


 知恵者のスミスが、自身の見解を述べる。


「我々に真偽を確かめる術はありませんが、『CLOSER』が【四葉の幸福】に何かを仕掛けていたと考えるのが妥当ではないかと。四人組のAランクパーティーに真正面から挑むのも無茶ですし」

「実際、【四葉の幸福】の皆さんはコンディションも集中力も大きく低下していました。皆さんがお兄様とアーカイブで出逢い、シルファリオに移って休息出来ていなければ、指名依頼の段階で失敗していた可能性もあったと思います」


 後を受けたネーナが話し終えると、支部長室は静まり返った。


 シルファリオを去る際、リチャードが「『CLOSER』の件は自分達が片付ける」と告げた。何か明らかになるとすればそのルートしか残っていない。もうオルト達に出来る事は無かった。


 ゴホンと咳をして、ハスラムが会話に割り込む。


「話を戻させてくれるか。今件での君達の活躍は本部に伝えた。恐らく、報奨金が出る事になるだろう」

「報奨金? 関わったのは俺達だけじゃないぞ?」

「関係者を全員ピックアップするのも非現実的だろう。代表という形になるか」

「うーん……」


 オルトは仲間達を見回した。レナと目が合う。そのレナはニッコリと笑った。


「オルトの好きにすればいいと思うよ。あたしは当座に十分なお金は貰ってるし。これからも面倒見てくれるんでしょ?」

「むむ。何やら不穏な発言です」


 ネーナが警戒心を顕わにし、隣のオルトの腕にしがみつく。それを見たフェスタが苦笑しながら言う。


「一応、オルトは私のだからね? それはそうと、報奨金の扱いならギルドとか冒険者の為になる使い道がいいんじゃないかな」

「でしたら、傷病者や死者の見舞金の基金に寄付するとか、共同墓地の冒険者の区画を綺麗にするのに使うのはどうですか?」

「私はそれでいいよ〜」


 ネーナの提案にエイミーも賛同する。


【菫の庭園】の面々は、自分達だけの手柄のように報奨金を受け取る気にはなれなかった。かといって分配すれば、基準で揉めたり不満が出るのが目に見えている。


 結局、報奨金の使途については正式な通達が来た時点で、シルファリオの冒険者や支部に資する使い方を考える事になった。


「用件はそれ位かな?」

「後はオルト君だけに用事があるんだ」

「俺だけ?」


 怪訝そうな顔でオルトが聞く。ハスラムは頷き、部屋の角で控えていたジェシカに書類を持って来させた。


「始末書??」

「名前はアレだが、顛末書だよ。崩落した家屋の処理に予算を使うのに必要でね。話が本部に通ってしまっていて、誤魔化しようが無いんだ」


 ハスラムが早口で言い切り、『すまん』と頭を下げる。仲間達はそそくさと席を立った。恨めしそうな目で見るオルトに、いい笑顔のスミスが親指を立てる。


「私達はお邪魔でしょうから、先に帰っていますね」

「他人事だと思って……」


 オルトはボヤきながら、書類を手に取るのだった。

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