第七十一話 誰かが見ている

 オーク討伐のクエストを完遂した【菫の庭園】は、シルファリオに帰還して報酬を受け取ると、その分配の為に個室へ移動した。


 全員が着席したのを確認し、オルトが話し始める。


「新メンバーもいる事だし、改めて【菫の庭園】の報酬の分配方法を確認するぞ。まず報酬全体の二割をパーティー資金としてプール。残りをメンバーで等分にしてる。ここまでいいか?」

「いいよ〜」

「エイミー、お前はもう少し……まあいい」


 脳天気なエイミーの返事を流して、オルトは話を進める。


 エイミーは金品に全く頓着しないタイプで、【菫の庭園】が始動してからはずっとフェスタに金銭管理をして貰っていた。ネーナも最初はそうだったが、今では自分で収支を記録している。


「今回は、レナ加入前にクエスト受注は決まっていた。つまりクエスト達成時の報酬はわかっていた。だから、予定通りに八割をレナ以外の六人で分けよう」

「レナさんの分はどうなるんですか?」


 ネーナの疑問は当然であるが、笑いながらレナが言う。


「あたしは今回、いきなり来て連れてって貰ったしさ。次から分配に交ぜてくれたらいいよ」

「オルト、七人で分配にしないか?」


 ブルーノは分配方法の変更を提案する。しかしオルトは頭を振った。


「それだと、一人当たりの分配額が減る。そういう事態は可能な限り避けたい。というか俺が嫌だ」

「お兄様?」


 オルトがニヤリと笑う。ネーナだけでなくその場の誰もが、オルトの言葉が本音ではない事を理解していた。少しでも多く稼ぎたい事情があるブルーノの為、取り分を減らさないように言ったのである。


「それでレナの分だけどな。パーティー資金から俺達と同額を出す形にしよう。フェスタ、問題あるか?」


 オルトはパーティー資金の管理をしているフェスタに聞いた。


「全く問題なし。ブルーノがパーティーに入ってからかなり依頼をこなしたし、パーティーランクも上がって報酬額自体が増えたし。ミスリルの『刃壊者ソードブレイカー・オルト像』も建てられるかも」

「無駄遣いにも程があるぞ……」


 フェスタは健全財政をアピールするが、逆にレナが当惑している。


「え? いいの? だって、あたし……」

「タダ働きなんてさせる訳ないだろ。それに、教会で得た金品の大半は置いて来たんじゃないのか?」

「うん……」

「だったら受け取ってくれ。レナのお陰で、誰も怪我せず帰って来れたんだから」


 今回のオーク討伐依頼で、大半を倒したのはレナである。間違いなく第一功だ。パーティー資金からの拠出にはメンバーの承認がいるが、反対意見が出る筈も無かった。


「超有能なスカウト兼超有能なヒーラーに逃げられない為にも、ここは太っ腹な所をアピールしなきゃね」


 フェスタが冗談めかして言い、レナは頭を下げる。


「皆……ありがと」

「次からは七等分という事でいいか?」

「はーい!」


 確認を取るとエイミーがすぐさま挙手をして応え、仲間達から笑いが起きる。


 レナの目に映るスミスやエイミーの表情は、勇者パーティー時代のものとは全く異なっていた。気負いの無い、自然な笑顔。


 ――このパーティーに居たら、あたしもあんな風に笑えるかな。


 レナと目が合ったネーナは、ニッコリと微笑んだ。





 報酬の分配が終わると、個室に【路傍の石】のメンバーがやって来た。計ったようなタイミングであるが、実際待っていたのだろう。


 リーダーのテツヤは、いつになく真剣な表情で扉を閉めると、無言でテーブルの上に紙片を置いた。室内にいる者の視線が、紙片に集まる。


『声が外に漏れないように出来るか?』


 オルトがネーナを見る。ネーナは頷き、短い詠唱と共に杖を振った。


「遮音結界を展開しました」


 ネーナの言葉に、【路傍の石】の面々は漸く緊張を解いた。


「済まないオルト。戻って早々だが、伝えておきたい事がある。【四葉の幸福クアドリフォリオ】の事だ」

「聞かせてくれ」


 オルトの求めに応じ、テツヤが話し始める。


 リチャードと三人の女性達によるパーティー【四葉の幸福】は、オルト達と入れ違う形で昨日シルファリオを出発した。


 シルファリオ到着初日を除けば、サファイア、マリン、エリナの関わるトラブルは何も起きなかった。リチャード達もシルファリオ支部の冒険者も、お互いに接触を控えたからだ。揉め事で消耗するのを避けたのだから、悪くない結果だったと言える。


「――表向きは、だがな」


 テツヤの後を受け、【路傍の石】の紅一点であるトリッシュが言葉を継いだ。


「オルト達が出発した後に、【四葉の幸福】の女性達から、私に相談があったの」


 女性同士という事で話がしやすかったのかもしれない。或いは、男性には理解されないという事を経験で知っていたのかもしれない。


 リチャードも【路傍の石】の男性メンバーもいない、女性だけの場でトリッシュが受けた相談。それは『誰かに見られている』というものだった。


「サファイアさん達がそのような事を言って、他の冒険者の方と揉めた事がありましたね」


 ネーナが言う。確かに【四葉の幸福】のメンバーがアーカイブの冒険者とトラブルになった際、女性達がそのように噛み付いた事があった。それはオルトも覚えていた。


「彼女達、凄い美人だし。それは男女関係無く見るでしょって、最初はそう思った。でも彼女達が余りに切実な様子だから、うちのメンバーだけで調べてみたの」


 結果、怪しい者は見つけられなかった。再びテツヤが言う。


「確かに、俺達には怪しい存在を見出す事は出来なかった。だから発想を変えてみた。そしたら、強い違和感を覚えるようになったんだ」


 どの道見つけられないならばと、テツヤ達は【四葉の幸福】だけをマークし、様子を見る事にした。すると意外な事実が判明した。


「俺達がいくら見ていても、彼女達は気づかなかったんだ。それだけじゃない。他の者の視線にも殆ど気づいていなかった」


 それなのに、サファイア達は確実に『何か』に反応している事があった。それを特定出来ないにも関わらず、である。


「ほう……」


 スミスが興味深げな声を上げた。


『何か』に対する反応も、【四葉の幸福】のメンバー間で差異が見られた。リチャードは全く無反応。女性達の中でも、特にサファイアは『何か』に対して過敏に反応する傾向があった。


「サファイアが反応した時も、俺達は周囲に異変は見つけられなかった。でも確信したよ。誰かが悪意を持って、【四葉の幸福】に何かを仕掛けてるんだってな」


【路傍の石】の面々はこの時点で気づいた。彼等が関わろうとしているのは、Aランクパーティーの【四葉の幸福】でさえ捕捉出来ない、非常に危険な相手の可能性があるのだと。


 だが結局それ以上の事は何もわからず、テツヤ達は『何者かが付き纏っている可能性』だけをリチャード達に伝えた。


 リチャード達は、【路傍の石】の親身な対応に感謝しながらシルファリオを離れたという。


「済まん。俺達に出来たのはそこまでだった……」

「いえいえ、いい判断と対応ですよ」

「そうね。貴方達も無事で良かったわ」


 テツヤの謝罪に、スミスとフェスタが称賛と労いで応じる。【四葉の幸福】のメンバー達が疲弊してこそいるが、死傷者が出た訳ではないのだ。十分な仕事をしたと言える。


 何より大きかったのは、テツヤ達が【四葉の幸福】の女性達の訴えを否定しなかった事である。


 本来ならば『自分達の気の所為』として、無理にでも納得しなければならなかった。だがテツヤ達は、サファイア達から相談を受けると肯定的な立場で調査を行い、不十分ながらもサファイア達の思いに沿う結果を示した。


「彼女達は救われたと思うぞ」

「そうか……そうだといいが」


【路傍の石】のメンバーは、オルトの言葉を聞くとホッとした様子を見せた。彼等も具体的な成果を上げられず、気に病んでいたのだった。


「一応、『親孝行亭』や他の宿で、リチャード達が滞在した期間の一見の宿泊客について聞いてみた。流石に教えて貰えなかったけどな」


 テツヤが苦笑しながら言う。本人も駄目元で聞いたのだろう。


 如何に知人相手であっても、正式な犯罪捜査でもないのに顧客情報を流していては客商売など出来ない。シルファリオの宿屋の信頼性が示されたと考えるならば、悪い報告ではなかった。


「【四葉の幸福】はAランクパーティーだからな。初日に揉めた件もあるし、この小さな町シルファリオでは隠れる場所も無い。情報を手に入れるのは難しくなかったろう」


 オルトはそう言って、ストーカー探しの一時中止を仲間達に伝えた。


【四葉の幸福】はこの町を離れている。彼女達に関わっている者がいたとして、この町に残っている理由が無い。【四葉の幸福】がやって来るまでは、シルファリオで『視線』の被害を訴えた者はいなかったのだ。


「あの、お兄様……」

「ネーナ? どうした?」


 それまで発言の少なかったネーナが、自信なさげに声をあげた。


「気になる事があるなら、構わないから言ってみてくれ」


 オルトに促され、ネーナは言葉を選びながら、考えを纏めるようにして話す。


 サファイア達に何かを仕掛けている者がいると仮定して。相手に正体を掴ませない、シーフやアサシン、スカウトのような立ち回りをしている。だが起きている事は、魔術や呪術のように感じられる。ネーナはそのように考えていた。


「相手は魔術師であるか、何らかのマジックアイテムを使用している可能性もあるのではないかと」

「成程。『視線』と感じるものが、実際には精神への魔法的な干渉かもしれないというのですね?」

「はい、スミス様」

「ふむ……」


 スミスとネーナのやり取りを聞き、オルトは考え込む。ネーナの発言を踏まえても、容疑者像はボヤケたままだ。スカウトだとしても術士だとしても、容疑者が存在するなら間違いなく手練れになる。


「『視線』の件は一旦保留としよう。今の俺達にやれる事は無いし、それに――」


 オルトが言い淀む。続くであろう言葉は、仲間達にもわかっていた。


 ――容疑者のターゲットがリチャード達ならば、周囲に人がいなくなる今はアクションを起こす絶好の機会だ――


 現実にならないよう願い、敢えてオルトは口に出さずにおいたが。二日後、それが甘い考えであった事を思い知らされる羽目になる。


 何故なら、冒険者ギルドシルファリオ支部に、瀕死の重傷を負ったリチャードが担ぎ込まれたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る