第七十話 元神官戦士の不安

【菫の庭園】一行はオークのコロニーを壊滅させると、周辺地域の安全確認を始めた。


 一方的な結果に終わった戦闘で、少なからず興奮し疲労しているネーナは、スミスに任せて休ませている。全てを終えたオルト達が村の入り口に戻った頃には、月が中天に差し掛かろうとしていた。


 せめて門の中に入って休んで欲しいという村長の勧めを固辞し、一行は村の外で野営の準備を始めた。夕食にと村の者が運んで来た煮込み料理に舌鼓を打ち、見張りを残して思い思いの場所で眠りにつく。


 徒歩の移動から休む事なく討伐を開始し、誰もが疲れていた。すぐにそこかしこから、規則正しい寝息が聞こえてくる。




 仰向けでぼんやりと夜空を見ていたオルトは、周囲が静まり返ってから身体を起こした。


 左側には、そこを指定席にしているネーナが丸くなって寝息を立てている。エイミーはレナが来てから、そっちで寝るようになった。積もる話もあるのだろう。


「オルト……」


 見張りはブルーノの番であった。


「話はしなきゃならんだろ」

「……そうだな」


 言葉少なにブルーノが頷く。オルトが尋ねる。


「まだ迷っているんだろう?」

「……うむ」


 ブルーノがパーティー離脱を口にした表向きの理由は、レナの加入でヒーラーが二人になる事だった。その理由はレナがスカウトとしても、戦士としても高い能力を見せた事で解決している。


 だがそもそも、レナもブルーノも専業ヒーラーではないのだから、それが本当の理由でない事はわかり切っていた。


 困った事に、ここまでその『本当の理由』をブルーノは口にしていない。アーカイブにはブルーノの帰りを待つ三人の少女がいる。それに関わる理由だろう、そうオルトは考えていたが、わかるのはそこまでであった。


「――『聖堂騎士』、かな?」

「!?」


 突然聞こえた声に、ブルーノがビクッと反応する。声のした方向を見ると、レナが立っていた。


 レナは静かに焚き火の側に腰を下ろした。オルトの横で眠るネーナを見て微笑む。


「可愛い娘ね。話には聞いてたけど、想像よりずっと兄妹してて驚いたわ」

「俺自身が驚いてる位だからな。自慢の妹だよ」

「羨ましいなあ」


 レナは笑いながら手元の木の枝を折り、焚き火に放り込んだ。生の木がパチパチと音を立てる。


「ブルーノはね、あたしを連れ戻す為に聖堂騎士が来るんじゃないかと思ってるんでしょ? 彼と一緒に住んでる娘達が巻き込まれるんじゃないかと心配してる。自分が破門されてるから」

「…………」


 ブルーノは答えない。だが、その沈黙がレナの言葉を肯定している事は、オルトにもわかった。


「わかるよ、あたしも教会同じとこにいたんだから。あいつら頭おかしいし、何をやらかすか想像もつかない」

「……私は、レナ様が先日言ったように、護教神官戦士団に所属していた。小隊長として、数々の魔物や異教徒との戦いに投入された」

「話の腰を折るようだけど、『様』は要らないからね。もう聖女じゃないし」


 ブルーノは頷き、昔語りの続きを始めた。




 ある時、ブルーノは過激派異教徒の拠点の一つを襲撃する命令を受けた。その拠点の近くに潜伏し、様子を覗っていた。だが過激派の拠点だと上官に言われ、ブルーノが見張っているそこは、普通の集落にしか見えなかった。


「ただ私と違う神を信じるだけの人々が、私と同じ神を信じる人々と変わらぬ暮らしを営んでいる。私にはそうとしか見えなかったのだ……」


 当時を思い出しているのか、ブルーノの顔が苦しそうに歪む。


 ブルーノは何度も上官に襲撃中止を具申した。ここは過激派の拠点などではないと。だがそれが採用される事はなく、襲撃は決行されてしまった。


「集落の人々は、ろくに抵抗も出来ずに殺されていった……当然だろう。戦う術を持たぬ、ただの村人なのだから」


 沈痛な面持ちのブルーノが言葉を継ぐ。


 ブルーノの小隊は、炎に包まれた集落の中で、異教徒の母子に遭遇した。母親は深手を負っていたが、自分の身を顧みずに子供の助命を嘆願した。


「部下達は私の制止を振り切り……母親の目の前で子供を殺し、続けて母親を殺した。私は……守れなかったのだ……」


 オルトとレナは、言葉を発する事が出来なかった。何を言っても陳腐になってしまうように思えたのだ。


 無抵抗の者を殺害した事を咎められると、逆に部下達はブルーノを詰ってきた。何故異教徒の肩を持つのか、何故神に背くのかと。


「私は軍法会議と異端審問にかけられたが、それまでの戦功があった事から処刑は免れて破門となった……」




 オルトは溜息をついた。


 ここまで聞けば、オルトにもブルーノの危惧している事がわかった。もしも聖堂騎士や護教神官戦士がレナを連れ戻しに来た時、破門された自分がいる事が知れたら、ルチア達が巻き込まれるかもしれない。ブルーノはそう考えていたのだ。


「そういう話なら、俺から言える事はあまり無いが……『ブルーノが破門者である為にルチア達が危険に巻き込まれるリスク』というのは、ブルーノがこのパーティーを離れたら無くなるのか?」

「…………」

「以前に話した通り、ネーナはサン・ジハール王国を出奔した王女で、俺とフェスタはその騎士だった。エイミーとスミスにも助けられ、支え合いながらここまで来た。その途中にも多くの者と関わって来たし、これからもそうするだろう」


 オルトは言葉を探しながら、ブルーノに話しかける。説得の為ではなく、暗い大海原で方向を見失った船乗りブルーノが夜空の極星を見つけられるようにと願って。


「俺達は軍隊でも宗教団体でもない。依頼をこなしてる最中でなければ、いつでも自分の意思で辞めればいい。ただ……ブルーノが一人だけで、ルチア達を守らなくてもいいんじゃないか? 俺達も、レナだって、お前の大事なものを守る力になれる。俺達が共にいる事は、リスクなんかじゃないんだ」

「…………」


 ブルーノからの返事は無い。しかしオルトは、このブルーノの沈黙からは前向きな意志を感じていた。


「結論は今じゃなくてもいいだろう。ルチア達を身請け出来るまでとか、その後の生活の目処が立つまでとか、区切るタイミングはいくらでもある」

「……そうだな。そうさせて貰おう。もう暫くの間、パーティーにそ同行させて貰ってもいいだろうか」

「勿論、頼りにしている。万が一、お前の危惧が現実になっても、お前達四人を逃げ延びさせる方法はある」

「感謝する」


 オルトは内心で安堵していた。ブルーノが思い詰めたまま進めば、良くない結果になりそうな気がしていたからだ。それはきっと、ブルーノを慕う少女達をも不幸にする。




 黙って話を聞いていたレナが口を開いた。


「……あたし、まだこのパーティーで一週間も過ごしてないけどさ。来て良かった。ここでは聖女でない『レナ』でいられるから。出来ればもっと居たいけど、誰かに迷惑かけたり、押し退けてまで居座る気は無いよ」

「迷惑などではない」


 ブルーノが言い切る。その目に迷いは無かった。レナに手を差し出しながら言葉を続ける。


「私の手の届く、私が抱え込めるだけの僅かな世界を、今度こそ守る。貴女にも力を貸して貰いたい」

「OK。いいねそういうの、嫌いじゃないよ」


 二人はガッチリと手を握る。手を離したレナは、後ろに倒れるように寝転んだ。そのまま大きく伸びをする。


「良かった〜。あたし、このまま居てもいいんだよね?」

「当然だろ。そもそも俺は出て行けなんて言ってないぞ」

「そうだけどさあ。厄介者って言われても仕方ないからね、あたし」


 申し訳無さそうに言うレナ。オルトは顔を顰めた。


「あたしはね。スミスから手紙を貰って、ネーナがトウヤの事を調べてるって知った時に、あたしも一緒に行きたいと思ったんだ。聖女辞めるって話は、勇者パーティーの時から言ってたからね。教皇達ジジイ共は聞き流してたけど」


 ある意味レナは、異世界から召喚されたトウヤと似た立場だったのかもしれない。スラム育ちの少女が立ち居振舞いを叩き込まれ、聖女として在る事を強要された。さらには魔王討伐にまで行かされたのである。


「あたしは知りたいんだ。何であたしが聖女にならなくてはいけなかったのか。何でトウヤはあそこで死ななければならなかったのか。何で人々は、神に祈りながら苦しみ、死んでいかなければならないのか」


 レナの表情は真剣だった。


「勿論、マチルダの事も王国教会の事も見過ごす気は無いよ。ストラトスの大聖堂に居たって何も出来ない。王国教会ほど腐ってなくても、総本山だって権力闘争の場なんだもの」


 聖女一人がいくら頑張っても、教会幹部ジジイ共のパワーゲームのカードにされるだけだ。そうレナは吐き捨てる。


「だからさ、オルト。あたし頑張るから――」

「いや、このパーティーにそういうのは要らんから。だろ?」


 オルトがレナの言葉を遮る。だが最後の問いかけは、レナに向けられたものでは無かった。


「あっ」


 そこで漸くレナは気づいた。先程まで聞こえていた寝息が、いつの間にか消えている事に。


「ぐー」

「今更だぞエイミー」

「……えへへへ」

「ネーナもだ」

「!!」


 鼻を摘まれたネーナが、ジタバタしながらオルトの手をペシペシと叩く。バツの悪そうな顔でエイミーも起き上がった。スミスとフェスタはすでに起きて、レナを見ている。


 何の事はない。全員しっかり、オルト達の話を聞いていたのだ。


「お兄さん! レナお姉さんのお試し期間終わり?」

「……何か物凄く人聞きの悪い言い方だが、パーティー正式加入って意味ならいいんじゃないか? 本人が良ければ、だけどな」


 オルトが言うと、全員の視線がレナに集まった。


「レナさん、一緒に行きましょう!」

「レナお姉さん!」


 ネーナとエイミーが呼びかける。レナは決意した表情で立ち上がると、オルトに歩み寄って右手を差し出した。


「改めて。あたしはマグダレーナ。レナって呼んで。教会のジジイ共につけられた名字は、聖女を辞めた時に捨てて来た。スラム生まれのスラム育ちで、親の顔も知らない。悪い事も沢山した。こんなあたしだけど……このパーティーに入れてくれる?」


 オルトはニッと笑って、レナの手を取った。




「勿論――大歓迎さ」

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