第六十九話 怪盗聖女は無双する
翌朝、【菫の庭園】一行は街道に出て駅馬車の到着を待っていた。待合所には木造の小屋があり、雨風や強い日差しを凌げるようになっていた。
今回の依頼にはレナも同行している。回復担当がブルーノと被る事と、シルファリオに到着したばかりの疲れを考慮して休むよう勧められたが、当人が参加を強く望んだからだ。
そのレナは、ゆったりとした法衣や神官服ではなく、身体のラインが出るピッタリとした服に丈の短いジャケットを羽織っている。金髪をポニーテールに纏め、左目の下に小さく星を描き込んだ姿から聖女を連想するのは難しいだろう。人目を引いてしまう美女である事に変わりは無いが。
早くも女性陣と打ち解け話し込むレナを横目に、オルトはスミスに聞いた。
「スミス。彼女は本当に
ブルーノが突然言い出したパーティー離脱が保留になっているのは、レナがスカウトとしてのパーティー参加を希望したからだった。
レナは「聖女を辞めた」と言ったが、それにより法術が使えなくなった訳ではなかった。そして、スカウトを希望したのも思いつきでは無かったのである。
「ええ。本人が希望するなら構わないと思います。勇者パーティーの中でも、時折スカウトの役割をこなしていましたから」
スミスがレナの実力を保証する。聖女の力を持ったスカウト。機動力や俊敏性を備えたヒーラー。言ってみれば『怪盗聖女』だろうか。
「世間体が悪いから言うなって
スミス達の会話を聞いていたのか、エイミー達と話していたレナが寄って来た。右手の人差し指をカギ型に曲げてアピールする姿に、オルトは苦笑する。
「癒やしの力も使えるから出し惜しみする気は無いわ。でも、出来ればスカウトに集中させてもらいたいかな」
「今回の依頼は、うちのパーティーの
「うん、有難う」
レナは笑顔でオルトに礼を言うと、エイミー達の所へ戻って行く。スミスが軽く頭を下げた。
「私からも礼を言います」
「やめてくれ。俺の一存で決めるパーティーじゃないだろ?」
「レナもエイミーも。あんな笑顔は見た事がありませんでした」
スミスが笑い合う女性陣を見て、目を細める。
「それは貴方達が多大な犠牲を払って戦い抜き、勝ち取ったものじゃないか。俺達が何かした訳じゃない――ん?」
オルトは誰かが近づいて来るのに気づき、町の門の方を見た。
「お早うオルト。パーティーの皆さんも。これから依頼で出るのかい?」
声をかけてきたのはリチャードだ。その後ろに【四葉の幸福】一行の女性達が続いている。
前日にギルド支部で騒ぎを起こした女性達は、気まずそうな顔をしているもののオルトに噛み付く様子は無い。リチャードが話をしたのだろう、とオルトは思った。
「ああ。オークの群れが合流してコロニーを作ったんだ。道を塞いでしまったせいで、その先の村が孤立しているのさ」
「そうか……村に被害が無ければいいけど」
「今の所は大丈夫らしいが、急いだ方がいいだろうな」
「君等の心配は要らないだろうけど、気をつけて」
「ああ」
オルト達の方に【菫の庭園】の女性陣もやって来る。
「おはようございます、リチャードさん。サファイアさん、マリンさん、エリナさんも」
「!!」
ネーナが笑顔で挨拶をする。急に名前を呼ばれた女性達は一様に驚いたものの、すぐに微笑んで会釈をした。
「皆さんお綺麗ですし、その笑顔の方が素敵ですよ!」
ネーナの言葉に【四葉の幸福】の女性達が再び驚き、今度は笑顔を見せる。その様子を、リチャードが嬉しそうに眺めていた。
「僕達は明日に出発するから、君達とは入れ違いになりそうだね」
「ギルド支部の連中には話をしてある。俺達がいなくても問題は起きないだろうが、何かあったら【路傍の石】というパーティーか、受付のジェシカやエルーシャに相談すれば対処してくれる」
「助かるよ」
二人が話している内に駅馬車が到着する。【菫の庭園】一行は、リチャード達に見送られてシルファリオを後にした。
◆◆◆◆◆
駅馬車に揺られる事半日。降りて街道から外れ、歩く事一日弱。
整備されていない山道の途中で、レナとエイミーがほぼ同時に多数の気配を感じ取った。
「皆止まって。この先に大勢いる」
エイミーも頷き、レナの言葉を肯定した。
「ちょっと見てくる。いい?」
レナは振り返ってオルトの許可を求めた。
「……何かあったら、構わないからまっすぐこっちへ戻ってくれ。騒ぎになったら、俺達は即突入するからな」
「了解!」
ピッと敬礼のように右手を上げ、嬉しそうな顔のレナが音も無く茂みに消える。オルトは唸った。
「……想像以上にスカウトが板についてるな」
シャープな身のこなしが運動能力の高さを感じさせる。運動を不得手とする一般的な後衛職のイメージとはかけ離れている。
自分の役割を正しく理解しているし、初参加のパーティーでリーダーの許可を求めた。作戦行動に組み込んでも問題無い、そうオルトは判断した。
「――お待たせ」
レナが戻る。言葉通りに偵察に徹したようだった。
山道の途中にいるのは、オークとゴブリンの混成で凡そ二十体。うち上位種のオークロードが一体。その先にあるはずの村の状況は不明である。
フェスタが聞く。
「どうするの?」
「村がどうなってるか確かめるのが先だろうな。殲滅して進もう。問題無ければ、引き返して死体の処理と残党の捜索をしよう」
「あたしは前に出ていいのよね?」
「ああ」
オルトが頷くと、レナは慣れた手つきでククリを引き抜き、不敵に笑った。
全員が戦闘準備を済ませ、まっすぐに山道を進んでいく。
「エイミー、飛び道具持ってそうなのが『うん!』いれば優先して潰してくれ」
オークが見えた所で、オルト、フェスタ、レナの三人が走り出す。レナは『
一回り大きなオークが叫び声をあげる。遠くで同じような叫び声があがる。襲撃を報せたと考えるべきだろう。オルトが後衛に注意を呼びかける。
「離れた場所に別な集団がいる。ブルーノ、後ろの守りは任せた」
「承知!」
ブルーノが大盾をバンと叩いて気合を入れる。
前衛の三人が斬り込むと、オークの群れは大混乱に陥った。見る間に敵が数を減らしていくが、少し抑えた立ち回りをしたオルトとフェスタに対して、レナは縦横無尽に駆け回った。
重心が前にあり取扱いの難しいククリを自在に振り回し、当たった物を叩き割る。ネーナの放った魔法の矢が最後の敵を貫いた時、レナは八体目の敵を切り伏せていた。
オルト達は敵の死体もそのままに現場を離脱し、村へ向かう。物見櫓から戦闘の様子を見ていた村人達は、慌てて門を開いてオルト達を迎え入れたのだった。
オーク討伐の冒険者が到達した事で、村には安堵の空気が広がった。中には、まだ討伐を終えていないのに涙を流して感謝する者すらいた。
「ネーナ、村長に話をしておいてくれるか」
「はい、お兄様」
ネーナが村長に挨拶をし、村の被害状況を確認する。不幸にも最初にオークの群れと遭遇した行商人は帰らぬ人となったが、以降は村の門を固く閉じて防衛に徹し、人的被害を防いだという。
「畑の方はどうですか?」
「荒らされたようですが、丁度収穫後だったのです。魔物がいなくなれば、どうとでもなります」
村長の返事を聞き、ネーナはホッとした。自給自足に近い生活の村であった事も、孤立が深刻にならなかった理由かもしれなかった。
「これから私達は一度村を出ますので、その後は門を閉めて下さい。道沿いのオークの死体を処理した後、残りの敵を捜索して夜は村の門の外側で番をします。私達がいない間に何かあれば、狼煙をあげて報せて下さい。質問は御座いますか?」
「いえ、全てお任せします。豪勢なものはありませんが、お食事はこちらで用意させて頂きますので」
「承知しました。ご無理はなさらないで下さいね」
傍でやり取りを見ていたレナは唖然としていた。
「スミス……ネーナちゃん凄くない?」
「もう私が口を挟む事は、殆どありませんね。戦闘時もフォローの準備だけですし」
「えっ!?」
スミスの返事に、レナは驚愕した。
「戦闘時も!? 私にくれた身体強化は? 最後の魔法の矢は?」
「全部ネーナですよ。私の立ち回りと思考を記憶して、彼女が自分自身に最適化させてしまいました」
「…………」
レナは絶句した。スミスの絶賛などそうそう聞けるものではない。それに戦闘時に感じた
スミスはにっこりと笑う。
「私の最後の弟子ですからね」
「凄い娘ね……」
レナは、ネーナが元王女だからパーティーにいるのだと考えていた事を反省した。刺激を受け、負けられないと感じた。
レナは自分の両頬をパンと手で叩き、気合いを入れるとオルトに言った。
「オルト。次の戦闘、もっと前に出たい。次だけでいいから、あたしの力を見せたい」
「……わかった」
「ありがと」
オルトはフェスタと目を合わせ、レナのサポートに回る事を伝えた。
約一時間後。寝床としている洞窟の前で待ち構えていたオークの群れに対し、レナは魔法と弓の援護を受けて強襲を仕掛けた。上位種含めて二十体近くの魔物をほぼ一人で殲滅し、勇者パーティーメンバーの実力をオルト達に見せつけたのであった。
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