第六十八話 聖女様は帰りたくない

「はい、マグダレーナと申します。皆様からはレナ、と呼ばれております」


 にっこりと微笑むレナ。オルトが旅行鞄を預かりながら自分と仲間を紹介する。


「俺はスミスと同じ冒険者パーティー【菫の庭園】のオルト。この娘は妹のネーナ。それと――」

「護教神官戦士団のエース。『鉄壁』のブルーノ様ですね? お名前は存じております」

「…………」


 レナの言葉に、ブルーノは険しい視線を送る。レナは戸惑いを見せた。


「そのようなお顔をなさらないで下さい、ブルーノ様。ご覧の通り、私は聖職者として来たのではありません。ここでブルーノ様とお逢いしたのは偶然です。余計な事を申し上げたようでしたら、お詫び致します」


 小さく頭を下げるレナ。ブルーノが少しの沈黙の後に重い口を開いた。


「……私は破門された身です。教会の話はご容赦下さい」

「そうでしたか……承知しました」


 レナはブルーノが破門された事を知らなかったらしく、二人とも黙り込む。重苦しい空気を振り払うように、ネーナがわざと明るい声を出した。


「早くお家に行きませんか? お出かけでなければ、スミス様もいらっしゃるでしょうし」


 ネーナはレナを促して歩き出した。オルトは前を歩く二人を見ながら、ブルーノの腰をポンと叩く。


「俺達も行こう。向こうが急ぎでないなら、こっちの話が終わるのを待って貰ってもいいんだ」

「……そうだな」


 ブルーノが応えるものの、その表情は優れなかった。




 ◆◆◆◆◆




「レナお姉さん!?」


 屋敷に到着したレナに、エイミーが抱き着く。スミスもやって来て、笑顔でレナを出迎えた。


「久しぶりですね、エイミー。スミス様も。いつまでも呼んで貰えないので、こちらから来てしまいましたよ?」

「色々と立て込んでいたのですよ」


 レナに冗談交じりに詰られ、苦笑するスミス。


「スミス。俺は少し出かけてくるが、構わないか?」

「こちらの話は、後で聞いて貰えれば大丈夫ではないかと」


 スミスの返事を聞いたオルトは、フェスタに何やら耳打ちしてから屋敷を出て行った。


 ネーナが小声でフェスタに聞く。


「お兄様は何て仰ったの?」

彼女レナが来てからブルーノの様子が変だから、気にかけてくれって。ネーナもお願いね」

「はい」


 二人は浮かない表情のブルーノを見やった。レナと出逢った所からブルーノを見ていたネーナも、その事には気づいていた。しかし、具体的に何がブルーノの顔を曇らせているのかまではわからなかった。




 応接室に場所を移し、全員が腰を落ち着けてからスミスが問いかける。


「その服はよく似合っていますが、聖職者にしては違和感がありますね。この急な来訪もです。どうしたのですか? レナさん」


 紅茶を口に含んでいたレナは、気まずそうな顔でカップを置いた。






「――私、聖女を辞めて来たの」






 誰も言葉を発する事が出来ずにいる。暫くして、スミスが間抜けな声で聞き返した。


「……え?」

「お願いスミス! 少しの間でいいから、私をここに置いて!」

「ええっ!?」


 レナの唐突なカミングアウトに、狼狽するスミス。他の者達は絶句していた。ずっと渋面だったブルーノでさえも。




 ◆◆◆◆◆




 シルファリオの酒場『逍遥小路』の扉を開け、オルトは店内を見回した。


 探していた人物はすぐに見つかった。ホールの喧騒を避けるように、カウンターで一人グラスを傾けている。仲間達は連れていないようだった。


 オルトが近づくと、リチャードは振り返り、人懐こい笑みを浮かべた。


「やあ、遅いから来ないかと思ったよ」

「初対面から思っていたが、お前達は大概頭おかしいからな?」


 オルトは呆れを含んだ口調で、リチャードをバッサリと切り捨てた。リチャードと並んで座りながら、ストレートのウイスキーをオーダーする。


「いきなり人を誘って、どうして相手がこっちの都合を最優先にしてくれると思えるんだ? まして他人を介しての誘いだぞ」


 リチャードが心底申し訳なさそうな顔をした。


「済まないね。僕はどうもそういう配慮に欠けているようで、相手を怒らせてしまう事が度々あるんだ。失礼があったら謝るよ」


 オルトの目には、リチャードの言動に悪意は全く感じられない。だから余計にタチが悪いのだが。


 歳の頃はオルトと同じ位、二十代前半から半ばといった所。生まれてこの方、他人に配慮せずとも構わない生活をしていたのだろうか。何となく素性に当たりはついても、納得し難い。


 オルトは王女アンとして生まれ育ったネーナを思い起こすが、ネーナは気にしすぎる位に相手の心情や事情を思いやる娘だ。根本的にリチャードとは似ても似つかない。


「お前だけじゃなく、連れの三人もだぞ」


 リチャードの連れの女性達は、行った先で声をかけてきた男に全力で喧嘩を売り、彼等が所属するギルド支部まで貶している。こっちを見たの見てないのと因縁を吹っかけられたという冒険者もいたと聞く。普通の感性を持つ者ならば、二度と関わろうとは思わないだろう。


 オルトは、【四葉の幸福クアドリフォリオ】のメンバーと揉めたというアーカイブの冒険者からも話は聞いていた。一方の話を鵜呑みにする事は無いが、リチャードと仲間達に対する心証はお世辞にも良いとは言えない。


 リチャードが肩を落として言う。


「わかってる。わかってはいるんだ、このままじゃいけないって事は。でも僕らが高ランク冒険者である事で、ギルド支部の幹部が介入すると有耶無耶になるんだ。君のようにはっきり指摘して貰える事も無くて、どうしていいかわからないんだよ」


 オルトにも漸く話が見えてきた。【四葉の幸福】がアーカイブから態々規模の小さいシルファリオ支部にクエスト中のベースを移したのは、他の冒険者との関係を改善させる為にオルトを頼ろうとしたからだったのだ。


 個人的な資質なのか、生まれ育ちに起因するのか。はたまた、そう振る舞わざるを得ない何かがあるのか。いずれにせよ、パーティーの対人能力に難があり過ぎる。絶望的と言ってもいい。


「トラブルの後では信じて貰えないかもしれないけど、僕の仲間の三人は素敵な女性達なんだ。どうしてああやって当たるのか、僕の口からは言えないけれども。無理を言っているのはわかっているけど、力を貸してくれないだろうか」


 頭を下げるリチャード。オルトは溜息をついた。


 事情を知らされないのでは、根本的な解決が出来る保証は無い。普通なら投げてもいいだろう。


 ――そうは言っても、だ。


 オルトは目の前で頭を下げ続けるリチャードを見た。いかにも他人に頭を下げ慣れてない様子が見て取れる。それでも現状を何とかしたいと思って必死なのだろう。大事な仲間達の為に。


 再びオルトは溜息をついた。


「とりあえず頭を上げてくれ。こっちからも聞きたい事がある」


 恐る恐るといった様子で顔を上げるリチャード。


「女性達の事情に触れないにせよ、今みたいに喧嘩腰で相手に突っかかってたんじゃ、関係改善なんて不可能だぞ。そこはどうにか出来るのか?」

「勿論だよ。僕も丸投げする気は無いし、彼女達が変わろうとしないならもう君に無理は言わないよ」


 まず一つ、言質は取った。だが聞きたい事はもう一つあった。


「それで。どうして俺に頼むんだ? アーカイブにだってBランク冒険者はいただろうに」


 オルトが聞くと、リチャードはきょとんとした顔になった。


「だって君、強いじゃないか。サファイア達もそれは認めてるよ」

「強いからって……獣かよ」


 オルトがボヤく。


「それに君はアーカイブでもシルファリオでも、仲間達やギルド支部の事を気遣っていたろう? 信頼に値すると感じたんだ」

「……そいつはどうも」

「僕に万が一の事があっても、安心して彼女達を託せるからね」

「じゃじゃ馬は間に合ってる。ノーセンキューだ」


 イケメンスマイルと共に、盛大なフラグを立てようとするリチャード。オルトはきっぱりと受け取りを拒否した。


「マスター、僕にも彼と同じものを」

「聞けよリチャード」

「さあ乾杯だ、僕達の友情に!」

「だから聞けよ!」


 早くも疲労困憊のオルトの突っ込みは、酒場の喧騒に掻き消された。




 ◆◆◆◆◆




「それでよ! 聖堂騎士のピケの奴、本当は妻子持ちの癖に『魔王討伐が成った暁には結婚しよう』とか言いやがったの!! 枢機卿ジジイ共の命令でよ! 私の恋心返せっての!!」


 疲れ果てたオルトが屋敷に戻ると、酔っ払ったレナがブルーノを相手にクダを巻いていた。


「お帰りオルト。何か疲れてる?」

「ああ……話が通じないというか、致命的にテンポが合わなかった」

「お疲れ様……後で聞かせてね」


 色々と察したフェスタがオルトを労う。エイミーとネーナは早々に脱落したのか、既に夢の中である。


「スミス、こっちは問題無かったか? というか、レナの口調が別人になってないか?」

「ああ、彼女はこれが素なんです。問題というか、オルトに聞いて貰いたい話はあります」


 寝室に連れて行く為、オルトがネーナを、フェスタがエイミーを抱え上げる。


「俺に?」

「ええ。レナについて言えば、聖女を辞めると宣言して大聖堂を出て来た事。他に頼れる知り合いもいないそうなので、ここに暫く泊めたい事。教会支給の金品には殆ど手を着けずに出て来たので、冒険者で少し稼ぎたいという事ですかね」

「わかった」


 言いながらオルトは部屋の出入口に向かう。拍子抜けした様子で、スミスが聞く。


「いいのですか?」

「いいさ。スミスとエイミーの知人だろう? 話は今聞いた方がいいのか?」

「すぐにではなくとも」

「だったら今日はゆっくりして貰おう。俺達も明日は出発だしな」

「そうですね」


 ネーナを抱えたまま廊下に出たオルトを、フェスタが追う。


「で、レナ以外の話は?」

「レナにも関係あるけど、ブルーノがパーティー抜けるって言い出したの。今は一応保留になってる」

「成程」


 フェスタがオルトの部屋の扉を開ける。オルトが立ち止まるが、フェスタが不思議そうな顔で振り返った。


「何?」

「何って……ネーナとエイミーの部屋に連れて行くんじゃないのか?」

「何を今更。二人ともどんどん着替えやら寝間着やら持ち込んでるじゃない。この部屋が近いんだもの」

「…………」


 釈然としない様子で、ネーナをエイミーの隣に寝かせるオルト。目を覚ます様子の無い二人に毛布を掛ける。


「……しかし、まあ」

「どうしたの?」


 窓のカーテンを閉めたフェスタが寄ってくる。


「揃って幸せそうな顔して寝てるよ」

「フフ、本当ね」


 オルトとフェスタは、顔を見合わせて微笑んだ。

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