第六十七話 ハーレムパーティーが追ってきた
オルトとネーナ、ブルーノは駅馬車で一路シルファリオに向かっていた。
アーカイブ在住のブルーノも同行していたのは、シルファリオのギルド支部で受け付けたBランククエストをこなす為である。
仲間達と合流してクエストを終えた後は、予定を確認してから一人でアーカイブに戻るのがいつもの流れだ。
そのブルーノが行き来する回数が増えているのが、最近の【菫の庭園】の懸案事項になっていた。
「すまんなブルーノ。ここまで往復が増えるとは考えてなかった」
オルトが詫びる。それに対して、ブルーノは頭を振った。
「謝らないでくれ、オルト。私は感謝しているのだ。破門された私は君達と出逢わなければ、ルチア達の身請けなどいつの話になるかもわからなかったのだから」
オルトは、自分に身体を預けて寝息を立てるネーナを見て微笑んだ。いい夢を見ているのか、楽しげな寝顔である。
「その感謝は、この娘にしてくれ。ブルーノを連れて行こうって言ったのはネーナだからな」
最初にアーカイブで出逢った時のブルーノは、日雇いの荷役でその日の生活費を稼ぐのが精一杯であった。
学者や研究者が集まる『学術都市』アーカイブとて教会はあり、ストラ聖教の敬虔な信徒も少なからずいる。破門された神官が就ける職は限られるし、収入を考えればそれこそ後ろ暗い仕事の用心棒程度しか選べなかったろう。
自分で冒険者を選んだとしても、実力も将来性もあるパーティーに加入出来るとは限らない。ブルーノは正に大当たりのくじを引いたようなもので、最初に同行した旅から多額の報酬を得る事になった。
ルチア、マリア、セシリアの身請けの時期も目処が立ち順風満帆と呼ぶに相応しい状況であったのが、ここに来て翳りが見えてきたのだ。
大きな原因は、【菫の庭園】が当初の目標にしていたBランクに到達した事にある。オルトが拠点に選んだシルファリオは、街道沿いで交通の便は悪くないが、町の規模は決して大きくない。
ギルド支部も小さく、受付担当が専任でないエルーシャ、ジェシカ、アイリーンの三人で余裕を持って足りた程度。【菫の庭園】の前のBランクパーティーは然程働かずとも問題にならなかったのだ。
そこに極めて短期間でBランクに昇格した【菫の庭園】が、ハイペースで依頼をこなすようになった。既に近隣の支部の分も含めて、シルファリオ支部では【菫の庭園】に回せるランク帯の依頼を確保出来なくなってしまっていた。
元々、オルト達がシルファリオを拠点に選んだのはBランク昇格までを見越しての事であり、それはすでに達成されていたのだ。
活動方針を再考するタイミングが来ていた。スミスのパーティー離脱に伴う大公国行きやエイミーの両親の墓の移転、ネーナの本来の目的に加えて、ブルーノの今後の身の振り方も考える必要が出た。
今回シルファリオでパーティーメンバーが合流するのは、その辺りを時間をかけて話し合う必要があったからでもある。
身請けされた後もアーカイブで暮らす気は少女達に無かったし、ブルーノも少女達がいないアーカイブに留まる理由は無かったのである。
「他の町なら昔の客に会わないとは言い切れないが、流石に働いていた娼館のある所で暮らしたくはないよな」
「嫌な思いもしていたのだ。自分の責の無い借金を払い切ったら、後は穏やかに暮らさせてやりたい」
少女達を思い、まるで父親のような表情でブルーノが言う。オルトはブルーノと少女達がお互いに向ける感情に違いがあるように思ったが、ヤブヘビになる気がして触れずにいた。
◆◆◆◆◆
シルファリオに戻り、ギルド支部に顔を出したオルトとネーナは、入り口で固まっていた。
「このギルド支部には、こんな下衆な男共しかいないのか」
「何だとこの野郎!」
「Aランクだからって調子に乗りやがって!」
ギルド支部のホールでは、二日前にネーナ達がアーカイブで聞いた台詞が一言一句違わずに繰り返されていたのだ。
完全記憶能力の無いオルトにもはっきりとわかる。揉めている当事者達の一方は、アーカイブでも揉めていた四人組だ。
「丁度いい所に! オルトさ〜ん!」
カウンターでギルド職員のエルーシャが泣きそうな顔をしていた。ジェシカは揉めている冒険者達の間に入り、懸命に仲裁をしている。
「お兄様……」
「一応、双方の言い分は聞くけどな。もう殴られてやる気は無いよ」
心配そうなネーナに、呆れたような声で応えるオルト。
アーカイブでは支部の部外者として仲裁に入ったから、双方に禍根を残さないように立ち回った。だがシルファリオはオルト達のホームだ。所属の冒険者達もよく知った顔ばかり。
「アーカイブにいたはずのAランク冒険者が、どうしてここで全く同じように揉めてるんだ?」
「貴様は……っ!!」
近づいて来るオルトに反応した女性剣士が、敵意を剥き出しにした。仲間の女性二人も剣呑な視線をオルトに向ける。
オルトは歩を進めながら、ちらりとシルファリオの冒険者達を見やった。
「こいつらは俺の仲間だ。酒で調子に乗るし、美女には弱い。だが気の良い奴等だ。非礼があったのなら謝罪させる」
だが、そうでないなら――
オルトの言外の圧力に、剣士は一瞬怯んだ。その事を自覚したのか、恥を雪ぐかのように一歩を踏み出す。
その時、女性剣士を制止するように声が飛んだ。
「サファイア、落ち着いて」
アーカイブでも女性達を止めに回っていた優男の声。リチャードと呼ばれていた筈。その時は全く制止出来ていなかったが、今回も同様である。
「この男にはアーカイブでも邪魔をされた。いくらリチャードの言う事でも聞け――」
『サファイア』
女性剣士の言葉が遮られる。先程までとは全く違うリチャードの迫力に、剣士は口を噤んでしまった。仲間の女性達も俯いてしまう。
「僕の仲間達が迷惑をかけて申し訳ない。職員さん、これで皆さんに飲み物でも出して貰えますか?」
リチャードはジェシカに金貨を渡し、何か話した後に女性達を伴ってギルドを出て行った。
「オルト。彼等がアーカイブで見たという冒険者なのか?」
入り口の所で四人組を見送ったブルーノがやって来る。ネーナもオルトの傍らに寄り、服の裾を掴んだ。
「ああ。全く同じ揉め方をしてるとは思わなかったがな。ジェシカ、彼等は何でここに来たんだ?」
「それが、オルトさん達の少し前に急にお見えになって。アーカイブ支部からの紹介状をお持ちで、依頼の間はシルファリオを拠点にしたいと……」
優男こと、リチャード率いる四人組のパーティーの名は【
「リチャードさんは酒場の場所をお聞きになったんですが、遅くなっても構わないので、オルトさんに来て欲しいと仰いました」
「俺に?」
オルトは怪訝そうに聞き返した。ジェシカが首肯する。
「面倒の方からこっちに近づいて来たな……」
オルト達はジェシカがキープしていたBランク討伐依頼を受注すると、早々にギルドを出て自宅へ向かった。いきなり『酒場に来い』と言われても、先にやる事があったのだ。
◆◆◆◆◆
「何なんだろうな」
オルトは首をひねるが、リチャードに酒場に呼び出される理由が思いつかない。ネーナやブルーノも同様である。
「明日には私達も討伐依頼で出発しますし、面倒でないといいのですが……」
「既に物凄く面倒になってないか?」
「あぅっ」
突っ込みを入れられたネーナが可愛らしく唸る。とはいえ、全く別な場所で全く同じような揉め方をしていれば、当事者に問題があると考えるのが自然だ。
「まあ、客のいる酒場を指定して暴れたりはしないだろ。一人で行って来るさ」
どの道オルトとしては酒場に行き、リチャードの話を聞くしかない。
意味の無い思考を放棄し、三人は自宅への道を急いだ。
町の外れの、一際大きな館が見えて来る。ネーナはいち早く、自分達の前を歩く女性の姿に気づいた。
「お兄様、どなたかが歩いてらっしゃいます」
「誰だ? エラく垢抜けた格好してるが……」
後ろ姿だが、オルト達に見覚えは無い。深い青のつば広の帽子に、清楚な白いワンピース。両手で四角い旅行鞄を持ち、ゆっくりと歩いている。どう見ても、シルファリオの女性ではない。
女性は後ろから近づくネーナ達に気づいたのか、足を止めて振り返った。ネーナは息を呑んだ。
――わあ……綺麗な
透き通るような白い肌に軽いウェーブのかかったブロンドの髪。貴族の子女でも中々見られないような容姿に、ネーナは見惚れてしまう。
「この先には私共の自宅と、共同墓地しかありませんが。そちらにご用でしょうか? 宜しければお荷物をお持ちしましょうか?」
オルトが声をかけると、女性は困惑した様子で応える。
「皆様のご自宅でしたか……どうしましょう、スミス様を訪ねて来たのですけれど」
「っ!?」
女性が帽子のつばを軽く持ち上げる。僅かに見えた女性の顔と声に、ブルーノの顔色が変わった。
ブルーノの様子を不審に思ったネーナが問いかける。
「ブルーノさん、こちらの方をご存知なのですか?」
「知らないはずがない……この方は……」
ブルーノが絞り出すように女性の名を告げる。
「せ、聖女レナ様だ……」
名前を呼ばれた女性は、にっこりと微笑んだ。
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