第六十五話 町を出た二人

「ストレートです!」

「フォー・カード。私の勝ちね」

「むー。次です、次!」

「はいはい」


 ベッド脇のフェスタがカードを集め、慣れた手付きでシャッフルする。手札を開いて新たな勝負が始まる。


 二人がゲームに興じているカードは、元々オルトのものだった。それを強請ねだってネーナが手に入れたのだ。

 焦っても仕方ない旅の帰路にはこれで暇を潰していたが、ゲームの回数が増えるにつれ、ネーナの一人勝ちになっていく。


 場に晒された札や自分の手札から勝負の流れを予測して勝率を上げる『カウンティング』と呼ばれる手法がある。これがネーナの記憶力とこの上なく相性がいいのだ。


 通常ならば、記憶力は時間経過でムラが出たり衰えたりする。ネーナにはそれが無い。だからネーナと本気で勝負をしようと思えば、運に任せてスタートダッシュを決め勝ち逃げするしかない。仲間達は、中々ネーナの相手をしなくなってしまった。


 そんな中、オルトとフェスタは嫌な顔を見せず、ネーナが止めるまで付き合ってくれる。二人とのゲームの時間は、最近のネーナのお気に入りだった。


 二人共、勝負を投げたりしない。ジリジリとネーナに離されはするが、回数を重ねる毎に拮抗する時間が増えるのだ。記憶力そのものが向上したり、効率的に補ったり。或いは記憶力の限界値でない勝負に持ち込み、しぶとく食い下がってくる。


 ネーナにはそれが、二人が自分と真剣に向き合ってくれているように感じられて嬉しかった。そして二人が強敵相手にも勝利を目指して立ち向かう姿勢を心に刻んでいた。


「ほら、ガウンが落ちてしまってるわよ」

「有難う」


 フェスタがネーナの肩にガウンをかけ直す。ネーナは手札を見せた。


「ストレート!」

「私はフラッシュなの」

「!?」


 驚愕するネーナ。今日に限っては、フェスタの引きは神がかっていた。




 ネーナがベッドでカードゲームに興じている理由。それはオルトから安静にするよう言われていたからだった。


 ネーナはシルファリオに戻りベルントの治療を手伝った後、高熱を発して三日程寝込んでしまった。その後も体調が優れない日々が続く。医師のトーマスに相談すると、ネーナが旅の緊張感から解放され、心身に蓄積された疲労が出たのだろうと診断された。


 他の仲間達はネーナの熱が下がるのを見届け、アーカイブから単身赴任よろしくやって来たブルーノと共に、依頼をこなす為にリベルタへと向かった。


 リベルタに行った理由は、【菫の庭園】のパーティーランクがBに上がったからである。現状のシルファリオ支部にはオルト達に適した難度と報酬の依頼が少なかった為、リベルタのギルド本部で受注する事にしたのだ。


 主に金を稼がなければならないブルーノの事情を斟酌したものである。カールは既に、パーティーを離脱して辺境伯領へ戻っていた。




「ネーナさん」


 扉の外から呼びかける声がした。ひょこっとジェシカが顔を見せる。


「ただいま。もう起きても大丈夫なの?」

「おかえりなさい、ジェシカさん。全然平気なのに、皆が寝ていろって言うんです」

「あはは」


 笑いながらジェシカが入って来た。壁際の椅子をベッドの傍に持って来て腰掛ける。


 ジェシカは弟の容体が快方に向かうと、ギルド支部の職務に復帰した。迷惑かけた分を取り返すのだと張り切ったジェシカだが、当初は少々空回り気味であった。


 それでも、ジェシカの復帰はオーバーワークが続いていたエルーシャの負担を格段に減らす効果を齎したのだ。


「Bランク相当の依頼が来たんですよ。オルトさん達を呼び戻せますね」

「はい!」

「ネーナはもう少しお留守番だけどね」

「むーっ!」


 フェスタの突っ込みに、ネーナが頬をふくらませる。元冒険者のジェシカは感心したように言った。


「それにしても皆さん、あっという間にBランクですね。私の時はギリギリで承認、それも支部にBランクパーティーが欲しいという事情込みでしたから」


 ジェシカがクスクスと笑う。


「ハスラムさんが本部からの通達を見て目を丸くしてましたからね。『彼らは一体何をしたんだ!?』って」


 ハスラムという人物は、冒険者ギルドシルファリオ支部長のボルギが更迭された事により昇格した支部長代理である。


 元はギルド本部が内偵調査の為に送り込んだのが、泳がせる余地が無い程ボルギが酷かった為に、そのまま支部長代理に滑り込んだ。現在は支部立て直しの為に奔走している。


「ジェシカも冒険者に復帰すればいいじゃない。うちのパーティー、丁度スカウトの枠が空いてるけど?」


 フェスタの誘いに、ジェシカは頭を振った。


「私はBランクが精一杯で、それ以上は考えられませんでしたよ。皆さんがそこで止まるレベルでない事はわかります。それに、職員でいたから皆さんに逢えたんです。辞めようとは思いませんよ」

「そう。私が野暮だったかな」

「いえ、誘って貰えて嬉しいですよ」


 三人は微笑み合った。だが、次のネーナの質問で雰囲気が一変する。




「ベルントさんの所へは行ったんですか?」




 それを聞かれたジェシカは、非常に気まずそうな顔をした。


「いえ、何と言いますか。行き辛いというか、居辛いというか……」

「ああ……」

「成程……」


 フェスタとネーナも状況を想像し、微妙な表情になる。


 切っ掛けは、ベルントの治療で全員が必死な中でニコットが口走ったあの一言だった。




『私の事、お嫁さんにしてくれるんでしょう! うちの宿のお婿さんに入ってくれるって言ったでしょう! ベルント!!』




 当然、ニコットは後で問い詰められる事になる。


 ジェシカは、それを子供の頃のままごと遊びの話だと思っていたのだ。何せベルントはその時、『お姉ちゃんともケッコンする』と言っていたのだから。


 だがその『子供の約束』をしっかり覚えていたニコットとベルントは、常識的に結婚が無理筋な『お姉ちゃん』の事は除外し、ニコットが看病に通うようになって一気に距離を詰めた。


 ジェシカが知らない間に、だ。


「もしかして病状の悪化が早まったのって、変なフラグ立てたからなんじゃないの?」

「あははは……」


 フェスタの指摘に、乾いた笑いを漏らすジェシカ。


 段々とベルントの部屋にニコットの私物が増え、通い妻よろしく部屋にいる時間も増え、ソファーベッドまで運び込まれた。


 当初は苦言を呈したニコットの両親も、ベルントが『親孝行亭』の跡取りになる意思があると知るや娘の全面支援に回る。


 今では室内の余りにスイートな空気に、ベルントの主治医であるトーマス医師が往診を渋るようになってしまったのだ。


「ジェシカさん、すっかり小姑扱いですものね……」

「婚約者にはフラれ、知らない内に弟と親友がいい仲になってるなんて……」


 どんよりした空気に押し潰されそうなジェシカだが、思い出したように話題を変えた。


「あ、そう言えば……アイリーンとレオンがこの町を出ました」

「え? 一緒にって事?」

「いえ、それぞれ別にです」


 ネーナとフェスタが顔を見合わせた。


「一応許可は取りましたけど、内部情報なので……」

「口外無用ね、了解」

「そのようにお願いします」


 ジェシカは念押ししてから話し始めた。




 アイリーンはギルド本部の監査が入った時点で厳重注意、長期に渡る減給、本部で再教育の後に他のギルド支部へ異動という処分が決まった。


 恋人のレオンは凋落し、誰一人として彼女に味方しなかった。アイリーンとしては法によって裁かれるか、ギルドの処分を受け入れるかの二択しかなかったのだ。


 アイリーンは異議を唱える事なく、ギルドの処分を受け入れた。すぐに本部へ向かい、レオンとは顔を合わせる事も無かったという。


 支部長代理以外、シルファリオ支部の職員も冒険者もアイリーンの行き先は知らない。懲罰的な異動だけに、厳しい環境であろう事は十分に予想できた。


「異動の前に一度だけ、アイリーンが来たんです」


 アイリーンは深々と頭を下げ謝罪し、皆の非難の言葉を待った。だが誰もアイリーンを責めなかった。


 ジェシカとエルーシャがアイリーンの手を取って励ますと、涙を流してもう一度謝罪をし、何度も振り返って頭を下げながらギルド支部を出て行った。




 レオンは人知れず、町を出た。


 エイミーが野次馬の前で大立ち回りを演じた後、レオンとその父親であるゴードンは、これまでの不正や不法行為を激しく糾弾された。


 処罰を軽減する為に高額な弁護人を雇い、多額の示談金を支払った事で家が傾き、ゴードンを取り巻いていた用心棒やチンピラが離れて行った。町の住民が恐れていたのは、ゴードン達の嫌がらせや報復だったのである。それが無くなった。


 そのゴードンの後ろ盾が無くなったレオンは、多少腕っ節が強いだけのボンボンだ。ヨイショする取り巻きや金目当てに近づく女も姿を消し、独りで佇む姿が目立つようになる。


 パーティーは空中分解して事実上の解散。レオン自身も実力を疑問視されて個人ランクをCに降格された。


 ギルド支部では【菫の庭園】に近い冒険者や職員のエルーシャ、ジェシカ達がレオンへの報復を厳に戒めた為、それ程騒ぎになる事は無かった。しかし町では、彼に恨みを持つ者に詰め寄られている事がままあった。


 気づけば、町でレオンを見かけなくなっていた。


「他の町へ流れながら依頼を受けているみたいです。一度だけ、トラブルがあったようで、他の支部からこちらに照会がありました」

「冒険者は続けているのね」

「そうみたいです」


 ネーナは聞いてみた。


「レオンさんを追いかけたいと思いますか?」

「いいえ」


 ジェシカは即答した。


「大変だった思い出しかありませんし。でも、過ちを正して、償うべき罪を償ったなら……幸せになって欲しいと思います。勿論、アイリーンも」


 ジェシカの表情は晴れやかだった。過去は過去として、先に進もうとしていた。


 ジェシカは立ち上がると、悪戯っぽい笑顔を見せた。


「それじゃ、お夕飯の仕度をしますね。その前に……小姑らしく、甘い二人に渋〜いお茶を持って行きます」


 三人は顔を見合わせると、クスクスと笑いあった。

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