第六十三話 私を大切にしてくれる人

「考え?」

「ええ」


 オルトが聞くと、スミスは深く頷いた。


「悪さが出来ないように、彼等を『無力化』してしまえばいいのではないかと」


 スミスの言葉を理解しきれず、オルトは聞き返す。


「無力化?」

「はい。人間やハーフエルフに危害を加えられなくしてしまいましょう。『誓約』で縛るのです」

「!?」


 『誓約』という言葉を聞いたエルフ達の顔色が変わる。


「ど、どうして人間が『誓約』を知っているのだ……」


 スミスはにっこりと笑った。


「私はこれでも、『賢者』と呼ばれたりもするのですよ。貴方達が誠実であるならば、出来るだけ穏便に収めるよう努めますから」

「そうでないなら、そいつの命は保証しない。こちらは一方的に襲われたんだからな」


 オルトが後を引き取り、エルフ達に睨みを利かせる。若いエルフは観念したのか、俯いてしまう。オルトに圧倒的な力の差を見せつけられ、最初の頃の傲慢さは見る影も無かった。




「……『誓約』は、我々エルフの間で信頼や誠意を示したり、懲罰的に使われたりするものだ。正しくは『森の民の誓約』と言い、精霊に対する誓いを違えれば、耐え難い苦痛に襲われる」


 落ち着いた声のエルフが言う。オルトが続きを促した。


「この誓約を解く事は出来ない。仮に『人族に対し危害を加えない』とすれば、生涯に渡ってその者を縛る枷となろう」

「…………」


 スミスは目を瞑り、黙ってエルフの言葉を聞いていた。エルフの言葉が途切れると、暫くしてから目を開ける。


「『誓約』についての話は、それで終わりですか?」

「あ、ああ」

「……はあ」


 スミスはエルフの返事を聞き、深い溜息をついた。


「オルト。残念ですが、彼らと話すのは無理ですね。若いエルフは斬りましょう」

「なっ!?」


 若いエルフが驚きの声を上げる。スミスは冷ややかな目で、落ち着いた声のエルフを見下ろした。


「オルトが与えたチャンスのみならず、私が与えたチャンスも棒に振りましたね。私は貴方に『誠実である事』を求めたのですが」

「だから話せる事は話しただろう!?」

「貴方はご自分の立場を理解していますか?嘘はおろか、『話さない』などという選択肢は存在しないのですよ、貴方には」

「い、一体何を……」


 落ち着いた声のエルフが反論しようとするが、スミスの言葉に動揺を隠せない。スミスは続ける。


「『森の民の誓約』はそう手間をかけずとも、エルフの里に戻れば儀式によって解除出来ます。そして誓約には、『森の民の誓約』より上位の『大精霊の誓約』というものがあります。こちらはおいそれと解除は出来ません」

「っ!?」

「どちらの誓約も、この場で行使する事が出来ます。包み隠さず話せば、若いエルフだけに『森の民の誓約』で済ますつもりだったのですが……これは四人全員、咎め無しとは行きませんね」


 スミスの言葉を受けて、オルトが無言のまま、スラリと剣を抜く。それを見たエルフ達が震え上がった。




 ◆◆◆◆◆




 オルト達を振り返りもせず、のエルフは逃げるように去っていく。オルトは吐き捨てるように言った。


「価値観の違いとか考え方の違いとか、それ以前の問題だったな」


 荷物を纏めた【菫の庭園】一行は、森の中に駐留していたトリンシック公国騎士団の調査隊を訪ねた。調査隊長のタニアに遺跡の見取り図を渡し、エルフとの一件を報告すると、早々にアルテナ帝国へと出発した。




 結局、オルト達はエルフを殺害せずに解放した。


 四人全員に『大精霊の誓約』をさせて、落ち着いた声のエルフには隠し事を出来なくした。残りの三人には、人間とハーフエルフに危害を及ぼせなくしたのである。


 オルト達はとにかく、月光草エキスを持って帰らなければならないのだ。エルフへの対応で時間を食っている余裕は無かった。


 その為、四人を誓約によって他のエルフへの見せしめにして、惑いの森を挟む両国にはエルフに襲われた旨を伝えて後の対応を任せた。


 隠し事の出来ないエルフが全てを里に伝えれば、少なくとも暫くは静かにしているだろう。帝国軍との対峙を避ける程度の分別はあるのだから。


 仲間達はエイミーの腕輪に対するエルフの反応から、エイミーの母親との関係を推測していた。だが、そこを追及する事は無かった。エイミーが落ち着いてから、それを知りたいと思った時でいいと考えていた。




 森を出てオクローの町に入った【菫の庭園】一行は、早々に宿を取った。オクローが小さな町であり駅馬車の本数が少ない事から、乗り遅れない為である。


 馬車の時間を確認してきたオルトが、外套を脱ぎながら言った。


「エイミー。今日は早めに休んでおけよ」

「私はもう大丈夫だよ。心配かけてごめんね? 故郷の村の人達の事を思い出して、怖くなっちゃったの」


 エイミーがペコリと頭を下げる。仲間達は顔を顰めた。ネーナは聞いていいものかと逡巡しながらも、エイミーに問いかけた。


「エイミー、故郷の人達もあのような感じだったの?」

「うーん……」


 昔の事を思い出すように考えるエイミー。代わってスミスが答えた。


「当たらずといえども遠からず、でしょうか。村人達の酷さに、トウヤが本気で怒りましたからね」

「そうだね……あの時、おじいちゃんやトウヤに出会えなかったら、私はどうなってたかわからないよ」

「エイミー、辛かったら話さなくてもいいんですよ?」


 ネーナの気遣いにエイミーは頭を振った。


「平気。勇者パーティーでも私を厄介者扱いする人はいたけど、このパーティーは皆が私の為に怒ってくれたから。トウヤの話も少し交じるし、ネーナにも聞いて欲しいの」

「エイミー……」


 エイミーはネーナに微笑むと、話し始めた。






 エイミーが生まれたのは、アルテナ帝国北西部の山村だった。道は整備されておらず、大人の足でも近隣の村まで数日を要する辺鄙な場所。定期的に訪れる行商人を除けば、来訪者も無い。


 エイミーの父は、村の木こりだった。ある日山から戻ると、病気の女性を連れていた。女性はエルフだった。


 エイミーの父の献身的な看護で女性は回復し、共に過ごした時間が二人を結び付けた。二人は夫婦となり、女性はエイミーの母となった。


 だが、村の者達はエイミー達家族に好意的ではなかった。アルテナ帝国北西部は排他的な考えや人族以外への忌避感が強く、エイミーの村もその例に漏れなかったのだ。


 一家は村の外れに住み、辛うじてエイミーの父だけが村人達との交流がある状態。ハーフエルフとして嫌われたエイミーに友達はいなかったが、父に山の事を教わり、母は体調の良い時には弓の扱いや精霊の事を教えてくれた。


 村の大人はエイミーとの関わり合いを避けていたし、子供達に会えば石を投げられたり嫌がらせをされたりした。自然とエイミーは、村にも村人にも近づかないようになった。それで構わなかった。


 家族三人の、貧しいけれど穏やかな暮らし。エイミーはそれがいつまでも続くと思っていた。しかし、それは突然終わりを迎えた。


 父が森で魔獣に襲われ、亡くなってしまったのだ。それまで関わり合いを避けていた村人達は、一転してエイミーの母を詰った。


 お前達母娘が厄を呼んだのだ、と。


 エイミーの母は反論する事なく、亡き夫が愛した地を守るべく弓を手に魔獣と戦った。倒せずとも幾度となく撃退し続けたが、無理を重ねた結果、病が再発してしまう。


 病床で死期を悟ったエイミーの母は、エイミーに自分の腕輪を託し、村を出るように伝えて息を引き取った。


『貴女を大切にしてくれる人に出逢えるよう、お父さんと一緒に見守っているから』


 それがエイミーの母の、最期の言葉であった。


 母を埋葬し悲しみに暮れるエイミーの下へ、それまで向こうから関わろうともしなかった村人達がやって来た。彼らの言葉を聞いたエイミーは、自分の耳を疑った。


 村人達はエイミーを捕らえに来たのだった。村の男達でエイミーを囲い、魔獣が村を襲うなら生贄にするのだと言う。話を最後まで聞かずにエイミーは逃げ出した。


 足が血だらけになるのも構わず力の限り逃げたエイミーだったが、母の看病で食事も満足に取っていない少女が、大人の足から逃げ切れるはずもない。とうとう力尽きて倒れてしまう。


 そこに通りかかったのが、『勇者』と呼ばれる少年をリーダーとする一団だった。優しげな少年に抱きかかえられ、不思議な安心感と共にエイミーは意識を手放したのだった。






「まあ……事情を聞いて激怒したトウヤが、その場の村人全員を殴り倒して村長宅に押しかけ、金貨の入った袋を叩きつけて『エイミーは連れて行く』と啖呵を切ったんですがね」


 当時を思い出したのか、スミスが苦笑した。


「その時、アルテナ北西部で魔獣被害が増えた件で、魔族が噛んでいる可能性があったのですよ。エイミーに出逢ったのは、全くの偶然でした」

「『たまたま人間に生まれただけで偉そうにするな!』って、バラカスも怒ったんだよね」


 エイミーが懐かしそうに言う。ネーナは何も言えなかった。自分の軽い言葉で、エイミーに報えるとは思えなかった。


 不意にネーナの頭に手が置かれた。いつもの、ネーナが好きな大きな手だった。


 エイミーの頭にも同じように置かれた手は、二人をワシワシと、ちょっと強めに撫でた。それだけでネーナの陰鬱な気持ちが晴れていく。ネーナは『魔法みたいだ』と思った。


 その大きな手の主が、エイミーを労るように言った。


「苦労したんだな、エイミー」

「……うん」

「少し先になるが。諸々落ち着いたら、その村に行くか」

「えっ?」


 オルトの唐突な提案に、驚いたエイミーが顔を上げた。


「お前の両親を迎えに行って、お墓を移してやらなきゃな。そんな村できちんと見てくれるのか?」

「あっ……」

「シルファリオの共同墓地なら静かで綺麗だし、奉仕活動で掃除してくれる人達もいる。俺達の拠点が動いたら、またその時に考えればいいだろ?」

「お兄さん……グスッ」


 オルトの気遣いに、エイミーが涙ぐむ。ブルーノはドンと胸を叩いた。


「うむ、それならば私も同行しよう。元の墓地の浄化もせねばならぬが、僻地では聖職者が渋る事もあるそうだからな。破門された神官で良ければだが! ハッハッハ!」


 ブルーノの自虐的な物言いに、宿の室内が笑いに包まれる。


 エイミーは涙を拭いながら仲間達を見た。母の形見の腕輪に触れ、心の中で亡き両親に語りかけた。




 ――お父さん、お母さん。私は元気にやってるよ。今一緒にいる人達に、とっても大切にして貰ってるよ。心配しないで。いつか迎えに行くからね。

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