第五十九話 この娘が俺を兄と呼ぶから

 この転移先は、それまでとは明らかに異なる様相を呈していた。

 最初に飛んだオルトが咄嗟に身構え、ネーナは思わず息を呑んだ程に。


 オルト達の目の前は、森の木々と切り立った崖の間の、開けたスペースになっていた。その至る所に戦いの痕跡があり、ゴーレムやガーゴイルの残骸と魔獣の死骸が散乱している。


「こちらの様子を覗ってる……恐らく魔獣だろう。複数いる」


 カールが告げるが、それらが襲ってくる気配はない。

 フェスタとオルトは話しながら、散乱する残骸を検める。


「ここまでに通過したエリアでは無かったわね、こういうの」

「このエリアにショートカットが出来た、と考えるのが自然だろうな」


 残骸や死骸は、お互いに争った事を示していた。オルト達には、ここから導ける推論があった。


 ゴーレムもガーゴイルも、作成者ないしは使役者より与えられた命令に従って動く人形だ。基本的に自我を持たず、命令外の行動をする事は無いと言われている。

 使役して単純作業をさせたり、施設や部屋、アイテム等を守護させる使い方が一般的に知られている。


 ネーナが言う。


「私達が現在把握している事象を総合すると、アルテナ帝国側で発生した振動……爆発と言っていいかもしれませんが。それにより結界の一部が損壊し、ガーディアンが外に流出して遭遇した生命体を敵と見做して攻撃しているといった感じでしょうか」

「ゴーレムはあそこから出て来たんだろうから、あの爆発を攻撃されたと認識したのかもな」


 オルトは崖を指差した。その先には、金属製と思しき半開きの大きな扉があった。『グランドアーカイブ』の文献が正しければ、そこが月光草の遺跡のはずである。


「スミス、遺跡の入り口を障壁で塞げるか?一時的に他の者が出入り出来なくなればいいんだ」

「このエリアの結界を先に調べますか?」

「ああ」


 あの爆発と小規模スタンピードがまた起きる可能性があり、結界の破損箇所から遺跡のエリアに誰でも来れるのであれば、そちらの調査を優先しない訳にはいかない。惑いの森を挟んで対峙する公国も帝国も、森の中でオルト達に好意的である保証は無い。

 退路を確保せずに遺跡に入る事態は避けたかった。


「他のエリア同様、結界の端はループだと思います。結界が破損した箇所は、本来はこのエリアから出る為のゲートだったのかもしれません」


 ネーナは言いながら、スミスと共に結界の破損箇所を特定した。


「魔力が感じられません。この部分だけ壁が無い状態だと思って下さい」

「今度は追いかけて来るなよ? ネーナ」

「だ、大丈夫です!」


 前日にやらかしているネーナに釘を刺しつつ、オルトは示された場所を歩く。数メートル前に進んだが転移に巻き込まれる感覚も無い。


 何度も行き来して安全を確認する。地図で確認すると、そのまま進めば公国騎士達が戦っていた場所付近に辿り着く事がわかった。公国騎士達を襲っていたアイアンゴーレム等は、遺跡から出たものと考えて良さそうだった。


 引き返して遺跡の入り口を調べるが、中からガーディアンが出てくる様子は無い。


「ネーナ。次の満月は?」

「六日後です」

「そうか……」


 オルトは考え込む。月光草エキスの抽出作業は、満月の夜になる。だがそこまで森に滞在すると食料が底を尽く。それではイレギュラーが発生した時に対処出来ない。


「まずこれから探索をして、可能な限り遺跡内の見取り図を作成しよう。恐らく、遺跡内では灯りを落として行動する事になるだろうから、その練習と本番前の脅威の排除も兼ねてな」


 その後は一旦、アルテナ側のオクローの町で消耗品を補充。ゴーレムのコアや魔獣の死骸から素材を回収して売れば、それなりの金額になるだろう。そして町に留まる事なくこの場所に戻り、調査と準備を済ませて満月の夜を待つ。


「エイミーはそれで大丈夫か?」

「うん」


 言葉数こそ少ないが、エイミーはしっかりと頷いた。仲間達はエイミーの反応を見て、一様に安堵したのだった。




 ◆◆◆◆◆




 二度の遺跡探索を終えると、【菫の庭園】一行は見通しのよい場所を選んで野営の準備を始めた。その間にオルトとカールは、町で売る素材を持ち運べるように纏める。


 フェスタが手早く作った野草と干し肉のスープとパンで腹を満たし、見張りの順番を決めて仲間達は早々に眠りについた。






 オルトは焚き火の傍で、ぼんやりと夜空を見上げていた。


 思い浮かぶのは故郷の姉や父母、家人達。王国を出て冒険者になってから知り合った者達。現在の拠点としているシルファリオの人々。


「間に合うといいな、治療薬」

「……カール」


 カールはオルトにお茶の入ったカップを手渡すと、焚き火の向こう側に腰を下ろした。


 カールは『王女の騎士』の頃からそれ程口数の多い方ではなく、自分から話しかけるタイプでもなかった。こういう行動は、オルトには意外に感じられた。


「どうだ? 冒険者の生活は」

「近衛に選抜される前の、王国騎士団の討伐任務みたいな感じだ」

「確かに。そう言えば隊長が無能なボンボンで、糧食が不足した事があったな」

「俺がいた隊なんて、隊長同士仲が悪くて連携ミス頻発で、撤退時に置き去りにされたんだぞ」

「それは酷い」


 思い出話も、出るのは苦笑ばかり。


「カールは、この旅が終わったらどうするんだ?」

「ブレーメ隊長達に土産を買って帰るさ。俺には旅から旅の暮らしは合わんよ」

「それは残念だ」


 言いながら、オルトはあまり残念そうな様子ではなかった。

 カールとも『王女の騎士』でそれなりの期間付き合って、性分はわかっている。それでも今回、どうしてもカールの力が必要だったのだ。力を貸してくれたカールには、感謝しかなかった。


「しかしなあ、オルト」


 逆にカールが話題を振ってくる。


「話には聞いていたがな。実際この目で見て、一月半経った今でも信じられんよ」

「ん?」

「お前と姫様が、兄妹として暮らしてるって事だよ」

「ああ」


 元侍女達を通じて知ってはいただろうが、王女アンの振る舞いを知っている者程に戸惑いを感じるかもしれない。ましてカールは、オルトやフェスタ同様に近衛騎士として王女アンに仕えていたのだ。


 王女アンとしてのネーナは、十六歳という年齢以上に大人びていた。だが今の冒険者ネーナは、時に十代前半のような幼さと可愛らしさを見せる事もある。


「最初はセーラ様達からの要望でもあったし、兄妹のフリだったよ。そこから少しずつ、本当の兄妹になった。俺はそう思ってる」

「そうか」


 カールは静かに頷いた。特にオルトとネーナの関係性について何か言いたい訳ではないようだ。オルトの横で丸くなって寝息を立てるネーナを見て、表情を緩ませる。


「想像していた以上に兄妹が様になってて驚いたんだ。もう一人妹がいるようだし、よくフェスタが許したな?」

「そこは、まあ……頭が上がらないよ」


 オルトは苦笑する。大丈夫、とは流石に言えないが。オルト自身距離感や振る舞いに気をつけてはいるが、フェスタの懐の広さに助けられているのも確かだった。


「俺達全員、もう王族でも貴族でもないしな。少なくとも俺とフェスタは、平民の冒険者として生きて死ぬさ。ネーナだって自分の目的や俺達の事にとらわれず、自分自身の幸せを見つけるのもいいだろう」


 王族の地位放棄を宣言したとはいえ、実姉の大公妃セーラや元侍女達を頼れば、危険な目に遭ったり生活に不自由する事は無いだろう。ネーナが旅を途中で終える事を選ぶならば、それでもいいとオルトは考えていた。


 傍らのネーナが少し動いた。オルトが髪を撫でると、少し硬かったネーナの表情が穏やかになる。


兄妹きょうだいねえ……。血の繋がりが不要なら、何が必要なんだろうな?」

「そうだなあ……」


 オルトは星空を見上げた。オルトには実姉もいるが、ネーナも実姉のパメラも、どちらも守る対象だった。だがそれは、二人がオルトの『きょうだい』である事とは直接の関係は無い。


「上手く言えないんだが……俺がオルトで、この娘がネーナで。この娘が俺を『お兄様』と呼び、俺がこの娘を『ネーナ』と呼ぶ。だから俺達は兄妹で、それ以上は必要ないんだよ。俺達に関してはな」

「ふむ……」

「この先も俺達は兄妹なんだと思う。きっと」




 一時の静寂が辺りを支配する。


「ん?」


 傍らのネーナがモゾモゾ動き出した。ジリジリとオルトに近づき、オルトの身体に触れた所で動きを止める。


 オルトとカールは顔を見合わせた。


「……聞いてたな?」

「……すやすや」


 非常にわざとらしい寝息が聞こえてくる。二人は苦笑しつつも、それ以上触れない事にして話題を変えた。






「この娘がそう呼ぶから、か……」


 ネーナの他にもう一人、焚き火から少し離れた場所でオルト達の会話に耳を傾けていた者がいた。


 男はオルトの言葉に、自分を慕ってくれ、帰りを待っていてくれるであろう少女達を重ねて聞いていた。暫く仰向けのまま星空を眺めていたが、身体を返して横を向くと、見張りの番に備えて目を閉じた。

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