第五十八話 もうお嫁に行けません
公国騎士の詰所を出た【菫の庭園】一行は、消耗品の調達を終えると冒険者ギルドの支部へ向かった。
一行はカノが小さな町である事からギルド支部が無いものと考えていたが、実際は森の魔獣の討伐や町の防衛に駆り出される傭兵のような依頼があるのだという。
ギルドの地図も情報も、残念ながらネーナ達が持っているものには遠く及ばなかった。案内人も森の深部まで入れない為に雇う必然性がなく、ギルド支部での成果は何も無かった。が、その辺りは想定内であった。
ギルド支部を出た後は、宿を取る事なくカノの検問所から『惑いの森』へ。カールとフェスタを先頭に、早々に道を外れて
後から殿に追いついてきたオルトに、スミスが声をかけた。
「どうかしましたか?」
オルトはニヤリと笑った。
「検問所の職員に言伝を頼んできたのさ。『邪魔するなら敵だ』ってな」
タニアの反対を押し切ってジャスティンが派遣した公国騎士達は、後から検問所に到着してオルトの伝言を聞き、森に入った時には完全に【菫の庭園】を見失ってしまった。
ジャスティンは騎士の報告を受けて歯噛みをするが、最早打つ手はなく。タニアはそのジャスティンを冷めた目で見ながら、【菫の庭園】との対立を避ける為に考えを巡らしていた。
◆◆◆◆◆
オルトはまだ明るい内から野営する場所を決め、身体を休める事を選択した。
「もっと進んだ方が良いのではありませんか?」
ネーナが言うが、オルトは首を横に振った。
「これからキツくなるだろうから、まずはこれでいいのさ。公国騎士に絡まれて出来なかった打ち合わせも、ここでしてしまおう」
本音を言えば、町の宿でゆっくり休んで英気を養ってから出発したかった。
だがジャスティンと公国騎士達は、【菫の庭園】を取り込みたがっている。こちらが明確に拒否する意思を示した為に一度は引き下がったが、同じ町に滞在してまた色気を出されても面倒だ。実際に宿を見張られ、検問所までついて来ていたのだから。
最低限の用事を済ませ、町を出る以外に無かったとも言える。
オルト達が野営の準備をする間に、カールとフェスタが周辺の探索に出る。元『
「さて、明日以降の話だが。水場は見つけてあるし、食料もある。帰路の分を抜いて一週間程度なら探索を続けても問題ない。公国騎士も、まあ、気にしなくていいと思う」
オルトが仲間の顔を見回して言った。
「一週間で成果が出なかったら、帝国側のオクローの町に行って仕切り直し。出来れば一回のアタックで決めたいけどな」
「……お兄さん。ずっと帝国にいるの?」
質問はエイミーから。
理由を聞くと言いにくそうにしていたが、帝国出身である事をスミスから伝えられた。他の仲間達も、故郷に良い思い出の無いエイミーの出身地までは知らなかったのだ。
「行っても長居はしないし、一回の探索で終われば帰る時に通過するだけだが……やはりトリンシックに戻るか?」
「ううん、大丈夫」
エイミーも公国騎士達に良い印象を持っておらず、我儘を言う事もなく引き下がった。本来の予定ならばトリンシック側を拠点にして帝国側は行き帰りに通過するだけの筈だったのだ。エイミーにとってはとばっちりでしかなかった。
「探索の進め方については、ネーナから話してくれるか?」
「はい」
返事をしたネーナに注目が集まる。
「月光草は遺跡のような場所にあるそうです。『グランドアーカイブ』での調査から、おおよその位置も判明はしています」
「ではまっすぐにそちらへ向かうという事かな?」
ブルーノが問いかけるが、ネーナは頭を振った。
「いえ。遺跡に到達した方が残した文献から、『惑いの森』にはそう呼ばれる理由があるのだと推測されます。いくつかのエリアを正しい順番で抜けなければ、遺跡には到着出来ない仕組みになっているのではないかと」
「最初の湿地帯エリアへ入る場所には心当たりがあります。非常に巧妙に魔力が隠蔽されているのです」
「全く気づきませんでした……」
「私は魔力の綻びを感知するのに集中出来る状況でしたからね」
恥じ入るように言うネーナを、スミスが慰める。『大賢者』と呼ばれるスミスが、感知に集中して漸く見つかる程度の魔術の痕跡。精霊魔法か、所謂
因みに、ネーナが見つけた文献の探索者は、魔力感知の為のアイテムを使用して惑いの森の仕掛けを突破したのだという。
「魔術的な仕掛けだったら、解除は出来ないの?」
フェスタの疑問に、スミスは否定的な見解を示した。
「
「それは困るわね……」
ともかく、まずは手順通りに進んでみるしかない。一行はそう結論付けた。
「今回の探索の要はネーナだ。役割としてネーナだけは替えが効かない。どうしてもネーナが『グランドアーカイブ』から引き出した情報が必要になるからだ。ネーナが行動不能になれば即撤収だから、戦闘時の立ち回りは特に気をつけてくれ」
「はい」
打ち合わせが終わると、ネーナはすぐさまスミスの下へ向かった。魔力感知について助言を求める為である。そう遠くない将来にスミスのパーティー脱退が控えている為、聞ける内に何でも聞いておこうとネーナは考えていた。
◆◆◆◆◆
翌日、探索を再開した一行はスミスの案内で一本の巨木の下にやってきた。木を一回りしたカールが仲間達に手招きをする。
「茂みに隠れて大きな洞があるな」
オルトはエイミーを見る。
「周囲に何かいるか?」
「小さいのしかいないよ〜」
次にネーナに聞く。
「ネーナ。スミスも。エリアの移動は一方通行かな?」
「文献を読む限りではそうだと思います」
「まだ性質がわかりませんが、ゲートならば全員同じ場所に行くでしょう。トラップならば転移先はランダムもあり得ます。どちらにしても、双方向は考えにくいですね」
二人の見解を聞き、オルトは進む事を決断する。
「進まなければ到達出来ないからな。全員同じ場所に飛ぶ方に賭けて、俺が先に行く。殿はフェスタで」
「了解」
オルトは躊躇せずに木の洞に入った。
視界が暗転し、その後すぐに違う風景に切り換わる。少し身体が沈み込んだ感覚で、オルトは足下を見る。踏みしめた地面に水が滲み出していた。
「わわっ!? 足下が!」
横から倒れそうになったネーナがしがみついてくる。オルトは苦笑した。
「来るのが早すぎるぞ? 敵が待ち伏せてる場合もあるんだからな」
「はい……ごめんなさい」
「まさかオルトが行った直後に入るとは……」
焦った様子のブルーノが転移してくる。ネーナがオルトを追いかけるのは想定外だったらしい。続々と仲間達が転移してきて再び全員が顔を揃える。
フェスタが困ったように言う。
「とりあえず無事で良かったけど。これ、後何回か同じような仕掛けがあるのよね? 誰かが入れ替わってもわからないかも」
「仲間同士だけがわかる話をして、確認する形にしようか?」
オルトがそう言うと、エイミーがうんうんと唸りだす。
「仲間同士だけ? 仲間同士だけ……あっ!」
「何か思いついたか?」
「うん! あのね、ネーナの左のおっぱいの裏側にホクロがあるんだよ!」
「なっ!? なななななな何を!?」
ネーナが赤面して叫んだ。どうだと言わんばかりの得意顔なエイミーは、この後フェスタから懇々とお説教を食らう羽目になった。
「うう……もうお嫁に行けません」
「見られた訳じゃないし、セーフセーフ」
「言ったのはエイミーではないですか!」
全く悪びれないエイミーに、涙目で抗議するネーナ。エイミーが暴露したネーナの情報は、男性陣が真偽の確認をしようがないという事で却下されたのだった。
一行は湿原に渡された粗末な木道に乗り、襲いかかってくる水棲の魔獣を倒しながら進んでいく。現れた二つの光るゲートはネーナの指示で通り過ぎる。すると、同じように光るゲートに辿り着いた。
ゲートの転移先は、やはり全員が同じ場所だった。一方向にのみ薄暗い道が続いている。道の両側には似たような特徴の木が、等間隔に並んでいた。一行が歩き出すと、背後も先まで見通せない薄暗い道になった。
殿のオルトが、前を歩くスミスに声をかける。
「スミス。これはどうも、遺跡か別のどこかに行く為のセキュリティであって、デストラップの線は薄そうじゃないか?」
「断定には早い気がしますが、傾向はそれを示しているように感じますね。これはさながら、無限回廊でしょうか」
スミスも同意した。ブルーノは振り向き、呆れながら言う。
「戦闘力に欠けるパーティーが迷い込めば、十分に死の危険を感じるのではないか?」
時折現れるエントやトレントと言った魔物は、出て来た傍からエイミーが撃ち抜くか、スミスに風や氷の刃で切り刻まれて背後の暗がりの中に消えていく。
少なくともアイアンゴーレムがいたのだから、ここまでの魔物に苦戦するようでは遺跡への到達は難しい。オルト達はそう考えていた。
「止まってください」
ネーナが先頭のカール達に声をかける。続いてスミスに視線を送る。
「……素晴らしい。ここで間違いないです」
スミスが感嘆したような声で、ネーナが魔力感知に成功した事を告げた。
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