第五十七話 ただのビギナー冒険者ですから

「――大変お見苦しい所をお見せしました。それから私達の窮地を救って頂いた事、主に代わってお礼申し上げます」




 タニアが【菫の庭園】の面々に一礼した。その傍らで震えているジャスティンを見て、ネーナ達は苦笑する。


「困った時はお互い様ですから」


 オルトとエイミー、ブルーノはゴーレムやガーゴイルの残骸や魔獣の死骸の処理を行っている為、ネーナがタニアに対応していた。既に公国騎士達の治療は済んでいるが、森から脱出するだけの体力回復に時間を必要とした為、結界を張って休息を取っている。


「私達だけでは、間違いなく全滅していました。こうして全員で帰還出来るのはネーナ様達のお陰です」

「いえいえ。私達はただのビギナー冒険者ですから」

『いやいやいやいや!!』


 タニア達が揃ってネーナにツッコミを入れた。


「ネーナ様。私達はこれでもトリンシック公国の正騎士なのです。ビギナー冒険者でもどうにかなる程度の事に遅れは取りません」

「そうは言っても、我々は本当に冒険者になってから一年も経っていないメンバーばかりなのですよ」


 スミスが話す向こうでは、頻繁に流れてくる獣や魔獣をオルト達が片っ端から葬っている。公国騎士達が顔を引き攣らせた。


「ネーナ様。皆様は一体……」

「それにお答えする事は致しません。私達は冒険者ですから。どうしても聞かずにいられないのであれば、ここでお別れです」


 ネーナがにっこりと笑う。言葉こそ柔らかいが明確な拒否。命を助けられた相手の希望を無視して聞く程、公国騎士達は恩知らずではなかった。

 ただ一人、ネーナをチラチラ見ているジャスティンからは別な思惑も感じられたが。


 そこに、キリがないと見て作業を打ち切ったオルト達が戻って来る。


「押し寄せて来た魔獣を捌いてる所に、ゴーレムの襲撃を食らって戦線が崩壊したみたいだな。ネーナ、どう思う?」

「魔獣とゴーレムが一緒にいた事ですか?」

「ああ」


 ネーナは考え込む。スミスはその様子を黙って見守っている。既に大賢者の弟子の卒業試験は始まっているのだ。オルトもスミスも、どんどんネーナに考えさせ、実践させようとしていた。


 必要があれば、その都度補足修正すればいい。スミスですらミスはするのだ。ネーナには失敗を恐れずチャレンジして欲しい、そう仲間達は考えていた。


「魔獣とガーディアンが共存する図には違和感があります。先程の大きな振動で小規模なスタンピードが発生して、それに釣られたガーディアンが追って来たのではないかと」


 スミスが頷く。ネーナの解答は一先ず及第点だったようだ。手強いゴーレムやガーディアンに魔物が襲いかかるならば相応の理由が必要だが、それは見当たらない。順番としては、魔物が来たのが先と見るのが自然だ。


「ただ、ゴーレムにしろガーゴイルにしろ自然発生するものではありませんから。タニア様、ゴーレムはこれまでもこの森で目撃されていたのですか?」

「いえ、目撃や被害の報告があったのは魔獣だけです」


 タニアは話を切って、ジャスティンに視線を向けた。ジャスティンが急に真顔になる。ネーナには、タニアがジャスティンに対して情報の開示の許可を求めているように見えた。


 だが、次に口を開いたのはタニア達でもネーナでもなく、オルトだった。


「話の途中で何だが、全員動けるなら森を抜けないか? 公国騎士は諸々の手配が必要だろうし、俺達も一度トリンシックには行かなければならない。今の状況の森に留まって話すメリットは無いと思うんだが」


 オルトの提案は受け入れられ、一行は【菫の庭園】を殿にしてトリンシック側の町へ向けて歩き始めた。




「ネーナ、代わるか?」


 オルトが小さな声で聞く。『代わるか?』とは、ネーナが今のまま公国騎士達の相手を続けるかどうか?という事である。主に若干一名の挙動不審な男に対してであるが。


 ネーナはススッとオルトに寄ってピトッとくっついた。


「大丈夫です。私はお兄様一筋ですので」

「それは大丈夫なのか……?」


 微妙な顔をするオルト。ネーナはクスクス笑った。


「ですから後で、沢山ご褒美下さいね♪」

「とはいえ、どうするの?」


 フェスタが会話に交ざってきた。


【菫の庭園】はとにかく先を急いでいる。口に出しこそしないが、ここで公国騎士と出会った事はオルト達にとって喜ばしい事では無かった。


 オルトが考える最善は、こちらの情報を騎士達に提供し次第すぐさま別行動に移る事だ。長々話に付き合わされるのも、協力を求められるのも御免蒙りたい。見返りの名目で公国に紐を付けられるなど論外である。


 出来れば冒険者ギルド支部のある町へ行きたい。実際に入ってみると、想定以上に『惑いの森』の環境は厳しかった。とても一般人が単独で歩き回れると思えず、案内人を雇う事も難しいだろう。可能な限りの情報を得たら、森に踏み込み奥地を目指したい。


 ここで、高い哨戒索敵能力とレンジャースキルを持つカールが加わっている事が生きてくるのだ。


「少々失礼であろうと、こちらは命を助けた方だからな。基本線は、【菫の庭園】単独での月光草探索の障害になる提案や要請は全て拒否。出来るか?」

「はい」


 オルトの問いかけに対し、ネーナは真剣な表情で頷いた。




 ◆◆◆◆◆




 一晩野営をし、一行がトリンシック公国の町であるカノに到着した時には翌日の昼を回っていた。


 ジャスティン達公国騎士が帰還したのを見て、町で待機していた騎士達が駆け寄って来る。【菫の庭園】の面々は、公国騎士達が臨時の詰所として借り上げている宿屋に案内された。


「まずは改めて礼を言わせて貰いたい、ネーナ嬢。私はトリンシック公国騎士団副団長のジャスティン・クーマンだ」


 ジャスティンが名乗る。ネーナはジャスティンの姓である『クーマン』がトリンシック公爵一族に連なるものである事を知っていたが、ここではそれに触れなかった。


「礼は先日にも受け取りました。こちらも先を急いでおりますので、話は短く済ませましょう。あの時にタニア様が仰ろうとしていたのは、どのような事でしょうか?」


 ネーナの取り付く島もない態度に、ジャスティンは一瞬落胆の色を滲ませる。だがすぐに気を取り直し、副騎士団長として話を始めた。


 ジャスティン達が『惑いの森』にいたのは、最近森の周辺に位置する町や村から、魔獣による被害を訴えられていた為だった。その調査に当たっている最中にスタンピードに巻き込まれ、さらにゴーレムやガーゴイルに襲撃されたのだという。


 ネーナは客観的な事実として、アルテナ帝国側の町に駐屯部隊でない一個大隊がいた事、スタンピードの前に森のアルテナ側で地面の揺れを伴う大きな爆発音のようなものが聞こえた事、さらに魔獣の死骸にはゴーレムやガーゴイルの攻撃を受けたような痕跡が多数見られる事などを伝えた。


「それが目的かはわかりませんが。今回のスタンピードについて言えば、帝国が関与している可能性があります。ゴーレムは別件なのかもしれませんが、どこかに洞窟や遺跡のようなものがあり、そこから森へ流出している可能性が考えられます」


 ネーナの話を聞いたジャスティンは同意を示し、騎士を増援要請に向かわせた。

 カノの町で待機していた騎士の報告では、小規模スタンピード発生後に町へ流れて来る魔獣が増えたという。森の調査を続行するしないに関わらず、町の防衛面を考えても増援は必須であった。


 続けてジャスティンは、オルトが懸念していた通りに【菫の庭園】を引き止めにかかった。


「【菫の庭園】の実力には感服している。この森の調査、町の防衛に是非とも力を貸して欲しい。滞在に不便はかけないし、相応の報酬を支払う用意がある」

「過分な評価、恐れ入ります。既に一度申し上げましたが、私達は先を急いでおります。途中で別の仕事に手を出す余裕はなく、そのような状況で公国騎士の皆様に加勢した事をご理解下さい。このまま出発させて頂けませんでしょうか?」


 間髪入れずに、ネーナが辞退を申し出る。焦った様子でタニアも嘆願して来た。


「そこを曲げて、何とかご助力をお願い出来ないでしょうか。私達はネーナ様達の目的にもお力添え出来ると思うのです」

「私達には待つ時間が無いのです。ある程度の情報は持っていますので、海のものとも山のものともつかない情報をさらに待つくらいであれば、このまま森の探索をします。現在のパーティーメンバーでの行動が最も効率的と考えておりますので、これ以上同行者を増やす予定もありません」

「せ、せめてお急ぎの理由をお教え頂けませんか?」


 食い下がるタニア。ネーナはオルトの顔を見た。


「俺達は、難病の治療薬の素材になる『月光草』を求めて来た。森の奥深くへ入る事になるから、他人に気を配る余裕も無い」

「そうでしたか……」


 オルトの言葉を聞き、交渉の余地が無い事を悟ったタニアは引き下がった。ジャスティンもタニアが白旗を上げた事で諦めた様子。


「それでは、お話も終わったようですので、私達はこれで失礼致します」


【菫の庭園】一行が席を立ち、退出していく。最後に部屋を出るネーナが、振り返った。


「ジャスティン様。愛の言葉は、身近で支えてくれる方に伝えて下さいね? 女性はそのような所を敏感に察するのですよ」

「…………」


 ネーナが立ち去る。ジャスティンには耳の痛い言葉だった。




「検問所を封鎖しますか?」


【菫の庭園】一行が部屋を出た後に、カノの町で待機していた騎士が指示を仰いだ。だがそれは、心なし顔を赤くしているタニアが止める。


「不要です。それをしても、彼女達は難なく突破して帝国側に行ってしまうでしょう。冒険者ギルドとの関係を悪化させたくありませんし、彼女達の心証も悪くしたくありません」


 縁があれば、次の機会もあるだろう。今回は出会えた事でよしとするべき。タニアは、ネーナ達が出て行った扉を見ながら、そう考えていた。

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