第四十八話 神様は助けてくれなくても

「お断りします」




 ベルントに最後まで言わせず、ネーナがきっぱりと拒否を口にする。フェスタも、同感だと言わんばかりに頷いた。


 全く予想外の返事だったのか、ベルントは硬直している。


「そんな独りよがりな『勇気』の後始末などお断りです。貴方の願いを聞く事にやぶさかではありませんが、生きる気が無いのなら話は別です」

「だって、僕がこうやって生きてるせいで姉さんが……っ!!」


 ベルントの血を吐くような訴えにも動じず、ネーナはベルントを真っすぐに見据えた。


「ジェシカさんが一度でもそのように言ったんですか? 貴方のお姉さんを、ジェシカさんを見くびらないでください。ジェシカさんはずっと貴方と生きる未来を夢見て頑張って来たんです」


 フェスタも淡々と告げる。


「私達は冒険者なの。仕事に見合う報酬が無ければ動かないわよ」

「そんな、報酬なんて……」


 ネーナとフェスタの言葉に呆然とするベルント。ベルントの願いが考えに考えた末のものである事は、二人にもわかっていた。だからこそ聞き入れる訳には行かなかったのだ。


「何をしても、どれだけ祈っても駄目だったのに……」

「努力は実を結ばないかもしれません。神様は祈っても助けてくれないかもしれません。でも冒険者は適正な報酬があれば、全力で頑張ります。ジェシカさんが担当する冒険者は優秀なんですよ? ですよね、ジェシカさん?」


 ネーナが呼びかけると、目に涙を湛えたジェシカが部屋の入り口に現れた。自分の話が聞かれていたと知り、狼狽えるベルント。ネーナとフェスタは、ジェシカが入り口のすぐ外にいる事に気づいていた。


「あまり仕事を選ぶつもりは無いけど、どうせなら前向きなものがいいわね。例えば、『生きて姉を幸せにしたい』とか。そういうのなら、報酬も大分勉強させて貰うけど」


 フェスタが言い、ネーナはジェシカの背を押してベッド脇に立たせる。二人はジェシカに寄木細工の小物入れを手渡して家を出た。


 小物入れはリベルタで選んだ土産で、ギルド支部到着初日からトラブルに巻き込まれて渡す機会を失っていたものだった。




 帰り道、俯きながら歩くネーナが呟くような声で言った。


「……私は無神経な、酷い人間ですね。死を現実のものとして身近に感じている者に、まだ頑張れ、生きろと言うのですから」


 落ち込んでいる様子のネーナ。だがフェスタは頭を振った。


「私は必要な事だったと思う。ベルントにとって他人である私達だから、彼の心を奮い立たせる厳しい言葉を言えたんだと思うの。それに、私達の本当のお仕事はこれからでしょ?」

「はい……はい。そうですね」


 口をキュッと結んで、ネーナが顔を上げる。

 手を後ろで組んで歩くフェスタが、悪戯っぽく言った。


「それにしても。さっきベルントに話してた時のネーナ、オルトにそっくりだったわよ」

「そんなに意地悪な顔をしてましたか?」

「そう言いながら嬉しそうね?」


 二人は顔を見合わせて笑う。ネーナはオルトの顔が見たくなり、自宅への道を走り始めた。




 ◆◆◆◆◆




 帰宅したネーナとフェスタを待っていたのはスミスだけだった。疲れ果てたオルトと、スッキリした表情のエイミーが帰って来たのは、さらに日付も変わった深夜の事。


「エイミーが暴れて、危うく収拾がつかなくなる所だった……」

「えへへ」


 オルトが愚痴り、エイミーが何かを誤魔化すように笑う。


 オルトとエイミーは拘束したレオン達を引き連れ、レオンの父親であるゴードンに面会を求めた。ゴードンはオルト達に対し、高圧的な態度で応じたという。


「底辺冒険者が息子に何をした、詫び程度では済まさんとかエラい剣幕だったな」


 始めは怒りを抑えていたエイミーも、ゴードンのある一言で激昂した。ゴードン邸の庭に出て大立ち回りを演じ、ゴードン以下護衛や用心棒を軒並み殴り倒したのだ。屋敷に詰めかけた、大勢の野次馬の目の前で。


「ゴードンの言い分が思ったより酷くて、エイミーが言い返したら野次馬が拍手喝采してたよ」

「ゴードンは何て?」

「『自分はこの町の為に働いてきた、息子が多少迷惑をかけてもこんな目に遭う謂れは無い』だと」

「エイミーはどう言ったんですか?」

「『町の為なんて言うけど、レオン達が町の人に迷惑かけるのに何もしてないじゃない!』って!!」

『おお〜!』


 エイミーが胸を張ってその時の様子を再現すると、ネーナ達が拍手をした。オルトは苦笑する。


 通報により治安維持を司るフリーガードの一団がゴードン邸に到着したが、レオンや取り巻きの非行行為ないしは違反行為、ゴードンの揉み消しが次々と暴露されて、野次馬達から非難の声が巻き起こった。


 暴動寸前になってフリーガードが野次馬に対処してる内に、恐れをなしたゴードン達は屋敷に逃げ込んでしまう。


 結局有耶無耶になり、ガードからお説教を食らっただけで帰して貰えた。オルトは苦笑しながらそう言った。


「ゴードンも、自分が町の者達にそこまで嫌われてるとは思ってなかったようだな。エイミーに手下をブチのめされ、大勢の野次馬の前で大恥かいたゴードンがどうするかはこれからの話だが、今日はこんな所だ」

「お疲れ様でした」


 スミスがオルトを労う。フェスタは疑問を口にした。


「それで、エイミーはどうして怒ったの?」

「ああ。ゴードンがジェシカの事を『金目当ての女』と言ったからだな」

「それだよ! 酷いよね!」


 その時の事を思い出したのか、エイミーが頬を膨らませた。


「それは当然よね」

「むしろ怒らない理由が無いです」

「だよね〜!!」


 女性陣が一斉にエイミー支持に回った。オルトは溜息をつき、包帯が巻かれたエイミーの手に触れる。


「その結果、手の皮が裂ける程暴れてるんだからな。今夜は腫れるぞ?」

「は〜い」


 軽い調子でひらひらと手を振るエイミーに、オルトは再び溜息をついた。




 ネーナとフェスタは、仲間達にジェシカの家であった事を話した。


「ベルントの余命は一年と聞いたけど、私はそこまで持たない気がする。死相みたいなのが出てる」


 フェスタが言うと、スミスも頷いた。


「私も、行くならば急いだ方がいいと思います。アーカイブまで駅馬車で二日です。調べ物に一週間かけるとして九日。首尾よく治療薬の情報を得たとして、近場という事は無いでしょう。三ヶ月程度は見積もるべきかと」


 仲間達の視線が集まり、オルトが口を開く。


「人の生き死にの話だ。天命とも言える。全てに関わってはいられないし、静かに見守る選択もあると思う。治療薬についてわかったとして、簡単に入手出来るという事は無いだろう。俺達の誰かが命を落とすかもしれない」


 オルトは仲間達を見回した。無言で問う。


 ――それでもやるか? と。


「やりたいです」

「やりたい! ジェシカお姉さんが可哀そうだよ!」


 二人の少女が決意を口にした。


「ベルントさんはずっと神様に祈ってたそうです。ご自身の病気の事や、きっとお姉さんの事や周囲の人々の事も」

「このまま死んじゃうなんてあんまりだよ!」

「私は、神様の手から溢れた人を助けたいです。お兄様」

「私も!!」


 詰め寄って来る二人の頭を苦笑しつつワシワシと撫で、オルトはスミスとフェスタを見る。


「異論はありませんよ」

「やってやろうじゃない」


 オルト達は頷き合い、具体的な話をする為にテーブルの上に頭を寄せた。




 ◆◆◆◆◆




 翌日、ギルド支部に顔を出した【菫の庭園】一行はジェシカやエルーシャといった職員、【路傍の石】など懇意な冒険者に、長くシルファリオを離れる旨を伝えた。


 ジェシカに様々な申請や手続きを頼んだ後、エルーシャと【路傍の石】の面々には本当の旅の目的を話す。


「止めたいのは山々だが……」

「承知しました。後の事はお任せください。無事のお帰りをお待ちしています」


 複雑そうな表情をする【路傍の石】のリーダー、テツヤ。沢山の冒険者を見送っているであろうエルーシャは肝が据わっている。


「お兄様が、レオンさん達の事は心配要らないと言っていました」

「そのオルトは?」

「ここにいるぞ」


 テツヤの後ろから、片手を上げたオルトが近づいてきた。


「支部長に呼び出されて、話が今終わった」

「支部長? 用件は?」


 テツヤに聞かれてオルトは苦笑する。


「有り体に言えば、『お前等Bランクに上げてやるから、さっさとこの町を出て行ってくれ』って話だな。それを恐ろしく回りくどく言われた」

「Bランクですか!?」

「声がデカい」


 慌てて自らの口を塞ぐエルーシャ。


「『ランクは好きにしてくれていいが、俺達はこの町が気に入ってるから当分居着くつもりだ』と伝えたら絶望したような顔してたな」

「リベルタに寄って、ギルド本部のマーサさんとお話しをした方が良さそうですね」


 スミスがいい笑顔で言う。オルトはチラリとカウンターのジェシカに目を向けた。


「出発前にやる事はたくさんあるぞ。スミスとネーナはトーマス先生の所へ。フェスタとエイミーは『親孝行亭』へ」

「人手がいるだろう? 俺達が冒険者仲間に声をかけておくよ」

「すまんな、ハジメ」


 ネーナが首を傾げる。


「お兄様はどちらに?」


 視線が集まったオルトは、心底嫌そうに目を逸らした。






「俺は……ガード詰所でお説教の続きだよ」

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