第四十七話 余命一年の弟
「『学術都市』に行ってみませんか?」
スミスの提案は、仲間達にとって非常に興味深いものだった。オルトの横で丸くなって眠るエイミーを除いて、だが。
都市国家連合の一角、『学術都市』アーカイブ。
都市名の由来でもある、『グランドアーカイブ』と呼ばれる記録庫を中心に発展した都市である。雲を突く高さの塔が都市の地下まで巨大迷宮の如く通路を巡らし、それらが全て書物を中心とした古今東西を問わない記録や記憶の保管庫の役割を果たしていた。
「我々には目的があります。パーティーで共有しているものだけでいくつか。私達が旅をし、冒険者として活動する中でその数は増減するでしょう」
スミスは言った。
そもそもの目的はトウヤの旅の記憶の断片を集める事だった。他には王国教会の聖女候補の少女達を救う事。剣聖マルセロに関わる可能性も出てきた。一行が冒険者をしているのは、一応は目的を達する為の手段である。
シルファリオではジェシカのトラブルに介入し、ジェシカの弟までも助ける事になりそうだ。優先順位を決めなければならない。
スミスは指折り数えながら状況を整理する。ネーナが挙手をして答える。
「私達は生活のお金には困っていませんし、教会の件と剣聖の件は今の所出来る事がありません。トウヤ様の件は私達の冒険者としての成長とセットです。そうなると、目の前で起きているジェシカさんや弟さんが最優先になるかと」
スミスは満足そうに頷いた。
「私もそう考えます。ジェシカさんの方はまだ動きがあるかもしれませんが、弟さんは致死性の非常に高い病気なのです。治療薬の材料を入手するのに、とにかく情報が必要です」
ここまで言えば、後は他の者でもわかる。学術都市アーカイブならば、ベルントの病気の情報が得られるかもしれない。そして学術都市には、その『グランドアーカイブ』を目当てに各地から研究者や技術者も集まってくる。期待は持てる。
だがオルトはスミスに対し、不安を口にした。
「今は確かにレオン達は大人しいが、現状のギルド支部も含めた状況は、俺達が彼等と対峙しているからこそじゃないのか? ベルントを何とかしてやりたいのは山々だが、シルファリオを離れるタイミングは今でいいのか?」
オルトは自分達と関わりが出来た冒険者やギルド職員の事も念頭に置いていた。フェスタもオルトの意見に同意を口にする。
「アイリーンの方は多少頭が回る感じはあるけど、悪知恵って意味でね。でもレオンはただの我儘じゃない? どこかで暴発しないかしら。何人かシルファリオに残るのはどう?」
それぞれ意見を述べるも結論は出ず。まずはベルントの容態を確認する事になった。何せオルト達は、まだベルントに会った事も無かったのだ。
◆◆◆◆◆
翌日、ネーナとフェスタは宿屋『親孝行亭』の看板娘ニコットを伴い、ベルントの主治医であるトーマスの下へ向かった。そこで聞かされた話は、三人にとって非常にショッキングなものだった。
ベルントの余命は、およそ一年。
それが医者の見立てであった。ジェシカはその事を知っているのだという。治せるとすれば希少な治療薬。高位な聖職者や回復術士。
いずれにしても高額な代価が必要で、一時はジェシカが身体を売ってでも捻出しようとしていたという。だが、そうしたとしても到底足りるような額ではなかった。
「ジェシカさん、そんな状況でずっと頑張ってたんですね……」
「……私も幼馴染なんて言って、全然知らなかった」
診療所から帰る三人の足取りは重い。落ち込むニコットに、青果店の主が声をかけてくる。
「おお、ニコット。そっちは友達か?」
「ちょっとおじさん、どうしたのその顔!?」
ニコットが驚いて駆け寄る。見れば店主の顔には、大きな痣が出来ていた。女性に絡んでいたチンピラを制止しようとして殴られたのだという。
「おじさん、そのチンピラってまさか」
「ああ、レオンの仲間だ。アイツらと来たら、ロクな事をしやがらねえ」
増長する一方だ、と憎々しげに店主が言う。三人は溜息をつきながら、勧められた果物を買って店を後にした。
『親孝行亭』でニコットと別れ、ネーナとフェスタは町外れに向かう。二人はジェシカの家に立ち寄ってから帰るつもりだった。
◆◆◆◆◆
最初に異変に気づいたのはフェスタだった。
「ジェシカ?」
「どうしたの、フェスタ?」
フェスタはその場に荷物を置き、突然走り出した。一瞬置いていかれたネーナも慌てて後を追う。
「ジェシカの声が聞こえたけど、様子が変なの!」
二人は町の外れでジェシカの姿を見つけた。ジェシカは男に腕を捕まれながら抵抗していた。その周りを四名の男達が囲んでいる。
「何してんのあんた達!」
フェスタは言いながら、最も近い位置にいた男の腹に膝蹴りを叩き込む。蹲った男には目もくれず、ジェシカの腕を掴んでいた男の前に踏み込んで牽制の蹴りを放った。
見覚えのある男が慌てて飛び退いた。
「ちっ!」
「レオン。ナンパにしてはムードが無さすぎるんじゃないの?」
「フェスタさん! ネーナさん!」
包囲が崩れた方向を背にジェシカを庇い、フェスタが五人の男に対峙する。追いついたネーナはジェシカを気遣いながら、腰から杖を引き抜いた。
レオンが怒鳴る。
「邪魔するんじゃねえ! 俺の女に何をしようが、お前等に関係あるか!」
「『元』婚約者ってだけでしょ。自分で振っておいてまた迫ってるの? それで拒絶されたから力づくって所かしら」
フェスタは怯みもせず言い返した。
「ジェシカ。まさかこの男について行くなんて言わないわよね?」
「もう終わった事です。私は何とも思っていません」
「!!」
ジェシカがきっぱり言い切ると、レオンの顔が怒りで真っ赤になった。
「お前は黙ってついてくればいいんだ、ジェシカ! やっちまえディーン!」
レオンが叫ぶと、冒険者風の男が前に出た。舐め回すような目でフェスタとネーナの身体を見る。
「中々の上玉じゃねえか。愉しんでもいいんだろ?」
「構わねえ。殺さなければ揉み消してやる」
「へへ、そう来なくっちゃ」
「フェスタさん……」
男達の下衆な会話を聞き、ジェシカが真っ青になっている。フェスタは呆れたような顔でレオンに言った。
「オルトがいないと随分元気じゃないの。私達ならどうにかなるとでも思ってるの?」
「フェスタさん! ディーンはAランク冒険者で――」
「とりあえずひん剥いてやるよお!」
ジェシカの警告を遮るようにディーンがフェスタに迫る。ディーンは懐から出したナイフを素早く突き出した。
だがフェスタは初撃を躱し、二撃めを見切ってディーンの手首を極めた。堪らずディーンがナイフを取り落とす。
「ぐっ!?」
「ふーん? ジェシカ、こいつがAランクなの?」
フェスタはディーンの顎に掌底を見舞い、流れるような動きの背負い投げで地面に叩きつけた。返す刀で、呆然とするレオンの鳩尾に回し蹴りを入れて悶絶させる。
体術で暴漢を圧倒したフェスタを見て、ジェシカが感嘆の声を漏らした。
「すごい……」
「ネーナ、火球でも打ち上げてオルト達を呼んでくれる?」
「はい」
いつの間にかネーナも、三人の男を魔法のロープで拘束していた。
フェスタに言われた通り、空に火球を打ち上げる。
「ネーナ! お姉さん! ジェシカお姉さんも!?」
すぐにエイミーが飛んで来た。ジェシカもいる状況を察して、男達に殺気を叩きつける。男達が震え上がった。
「三人とも怪我は無いか?」
少し遅れて到着したオルトはロープを取りに戻り、スミスは拘束の講義をしながらネーナに代わって術を行使する。
エイミーとオルトが拘束した男達を引きずって行き、ネーナ達は果物を置いた場所に引き返した。
「ネーナさん、フェスタさん、有難うございます。助かりました」
「何もされてないのね?」
「はい」
余程怖かったのか、真っ青な顔のジェシカが頷く。
レオン達は帰宅する途中のジェシカを待ち伏せしていて、自分達が上手く行かない事をオルト達のせいにして罵倒し、ジェシカで憂さ晴らしをする為連れて行こうとしたのだという。
「呆れた……」
「でも、半分は私達のせいですね……」
「それは違います! 悪いのはレオン達ですから!」
ネーナの言葉を否定し、ジェシカは慌てて手を振った。ネーナ達がベルントの見舞いに来る所だったと聞くと、喜んで二人を自宅に招き入れるのだった。
「狭い所ですけど」
「どうぞお構いなく」
案内された部屋の窓際にはベッドがあり、痩せた少年が上体を起こして本を読んでいた。少年はジェシカを見て微笑んだ。
「姉さんおかえり」
「ただいまベルント。今日は私がお世話になってる、ネーナさんとフェスタさんがお見舞いに来てくれたの」
フェスタが果物の入った袋を手渡すと、ジェシカは「お茶を淹れて来ます」と言って部屋を出て行った。
ベルントが二人に頭を下げる。
「姉がお世話になってます。お二人は冒険者の方ですよね?」
「はい。ジェシカさんに担当して頂いています」
「他にエイミーさん、オルトさんにスミスさん。姉が楽しそうに話すんです、すごい人達なんだって。有難うございます。今までは僕の前で、ギルドの話はしなかったんですよ」
ベルントは姉が出て行った扉に目をやり、再びネーナ達を見て頭を下げた。
「あの、お二人にお願いがあるんです」
ベルントの目は真剣だった。二人も居住まいを正す。ネーナがベルントに問いかけた。
「何でしょうか?」
「……僕の心残りは、姉の事だけです。姉はずっと優しかったし、両親が亡くなってからは自分の幸せを捨てて僕を看病してくれました」
「出来れば僕が元気になって、姉を幸せにしたかったんですけど……もうあまり、時間が無いみたいで。何となくわかるんです」
「僕が死んだ後、姉の事をお願いします。僕に勇気が無かった為に、姉を長く苦しめてしまいました。皆さんと一緒なら、きっと姉も楽しく暮らせると思うんです。だから――」
「お断りします」
ネーナはベルントに最後まで言わせる事なく、きっぱりと断った。
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