第四十六話 Cランク昇格祝い
「それでは。冒険者ギルドシルファリオ支部期待のパーティー、我らが【菫の庭園】のCランク昇格を祝いまして――」
『乾杯!!』
エルーシャの音頭に合わせて、乾杯の声がホールに響き渡る。宿屋『親孝行亭』の食堂には、ギルド受付嬢ジェシカとエルーシャが担当する冒険者達が集まっていた。
ジェシカは祝賀会の開始前に顔を出して帰宅した。頻繁にジェシカの家を訪ねているニコットに聞くと、ジェシカの弟であるベルントの病状が芳しくないのだという。
ベルントは身体が少しずつ動かなくなる難病に侵されていた。短期間にどうにかなるものではないが、致命的な病気だと言われているものだ。治療薬は存在するものの、とにかく希少かつ高価で入手出来ないのだという。
話しながら悔しそうな顔をするニコットも、宿泊客がやって来て女将さんに呼ばれると、営業用の笑顔を作ってオルト達から離れていった。
「オルトさん」
そのニコットと入れ替わるように、エルーシャがグラスを持って近づいてくる。
「エルーシャ、幹事ご苦労さん。大変だったろう」
「いえいえ、私こういうの好きなんです。お役に立ってれば嬉しいです」
「それはもう、とても助かってるよ」
ニッコリ笑うエルーシャ。細かい所にも気がつく彼女は、担当する冒険者からも信頼されている。一時はけん責処分を受けた件で厳しい目も向けられたようだが、真面目な仕事ぶりで信頼を取り戻した。
「それとオルトさんに頼まれた調べ物ですが、もう少し時間をください。資料が少なくて。本部に照会してみますから」
「わかった。仕事に支障が無い範囲で構わないからな?」
「大丈夫です。私もジェシカの力になりたいんです」
オルトとエルーシャは微笑み、グラスを合わせる。そこに【路傍の石】のメンバーであるハジメも加わってきた。
「オルト氏。レオン氏の事だが、大分苛ついているようでごさる」
「っ!?」
【路傍の石】のメンバーらしく唐突に現れたハジメに、エルーシャがビクッと反応した。
「ビックリした……」
「これは失礼、エルーシャ嬢」
ハジメは軽く頭を下げ、エルーシャに詫びる。オルトがハジメに問いかけた。
「『苛ついている』とはどういう事だ?」
「まあ、グループの仲間に八つ当たりしたり、町の者に因縁をつけて絡んだり。チンピラの所業でござるな」
「……ここだけの話ですけど」
エルーシャが急に小声になる。
「レオンさんとアイリーンさんが、口論というか言い合いしてるのを見ました。ギクシャクしてる感じはします」
レオンもアイリーンも、オルトからオークロードの首をプレゼントされて以降は絡んで来なくなった。【菫の庭園】がCランクに昇格する時も動きが見られなかったが、オルト達はそれを『警告』が効いたのだと考えていた。
「オルト氏が支部長殿に啖呵を切った件で、アイリーン嬢もレオン氏も今までのように好き放題出来なくなったでござる」
「啖呵? オルトさん何か言ったんですか?」
「大した事じゃないさ」
オルト達が行った『警告』は二つだ。
一つはオークロードの首を持ち帰り、ランクを遥かに上回る実力を示した事。二つめは、シルファリオのギルド支部長であるボルギに釘を刺した事だった。
オルトはエルーシャの処分の件で支部長と面会し、その人となりを理解した。
【路傍の石】が言っていた通り、支部長は本部への異動を強く希望していた。とにかく実績を欲していて、その為に支部ナンバーワンの冒険者とその担当者であるレオンとアイリーンの行動を黙認し、問題を放置していた。
スミスが献策したのは、その放置している問題を突いて支部長に『お願い』をする事だった。
支部長、アイリーン、レオンそれぞれ、明らかにギルドの規定や本部通達に反する行為がある事はわかっている。そこでシルファリオ支部所属の冒険者が複数名、リベルタの本部に監査を申し立てたらどうなるか。
ハジメがオルトの口調と声色を真似て言う。
『正直、俺は貴方がギルド本部に行こうが他の大きな支部に行こうがどうでもいい。だが現在この支部にいる以上は、支部長の仕事をしろ。職員が心労で倒れるような職場環境を放置していて、管理責任を免れられると思うなよ?』
「オルトさん、支部長にそんな事言ったんですか!?」
「実際のお兄様は、もっとキツい言い方をしていたような……」
ハジメとネーナに暴露され、オルトは目を逸らす。それまでオルトの横でひたすら料理に集中していたネーナが、ここぞとばかりにリークした。
「というかそれ、お願いというより脅迫では?」
「人聞きの悪い。俺達に便宜を図って貰うんじゃないぞ。やるべき事を普通にやってくれと言っただけだ。紛う事なき『お願い』だろ」
オルトはエルーシャに反論した。何にせよこの面会以降はアイリーンもレオンも、以前ほど勝手な振る舞いが出来なくなった。レオン達が苛ついてるとするならば、思い当たるのはその辺りだろうか。
さらにスミスの提案でギルド支部の機能不全を逆手に取って、ジェシカとエルーシャが担当する冒険者達で相互に依頼のサポートを始めた。これにより二人が担当する冒険者の依頼達成率が上がり、新たにシルファリオ支部を訪れた冒険者もジェシカ達の担当を希望するようになった。
似たような事はレオン達も行っていたが、一部の者ばかりが得をするような運用をしていた為に、アイリーンが担当する冒険者のモチベーションは然程高くはなかったのだ。
必然的にギルド支部の中はレオン派とオルト派、中立派に三分される事になるが、これまで我が物顔で振る舞っていたレオン派は下り坂を転落するのみだ。オルトも支部を分裂させる事が目的ではないので、支部に蔓延っている悪習を一掃し次第、垣根を取り払う腹積もりであった。
「お陰様でお給料上がったんですよ! ずっと横這いだったのに!」
「エルーシャとジェシカが担当冒険者をしっかり管理してくれないと出来ない事だからな。働いた分給料が増えるのは当然だ」
「仕事も大変ですけど楽しいし、少し前までの事を思うと何だか夢みたいです……」
しんみりするエルーシャが、ズイッとオルトに寄ってきた。かなり酔っているらしく、目が据わっている。その後ろのテーブルには、空のグラスがズラッと並んでいた。絡まれるのを避けたのか、ハジメはいつの間にか姿を消していた。
◆◆◆◆◆
酔い潰れたエルーシャや冒険者を『親孝行亭』の空き部屋に寝かせ、宴会をお開きにした【菫の庭園】一行は自宅に戻って寛いでいた。目一杯飲み食いしたエイミーは、既に半分眠っている。
「お兄様、お手紙の返事が来たんです」
ネーナは二通の封筒を手にしていた。可愛らしい柄のものは北セレスタの冒険者であるメラニア。いかにも高級そうなものは、大公妃セーラからだという。
シルファリオに拠点を置いてから、ネーナは王国の辺境伯領にいるフラウス達を含めた三ケ所に手紙を送っていた。シルファリオから遠い大公国からの手紙が北セレスタのメラニアのものと同時に着いたのは、セーラが大公国の工作員を使った為である。
「職権乱用も甚だしいな……」
「生水は飲まないようにとか、寝る時はお腹を冷やさないようにと書いてあります……」
「ははは……」
本題はそこじゃないんです、とネーナが仲間達に手紙を見せる。指で指し示された箇所には、オルト達がよく知っている人物の名前があった。
「ヴァンサーンが王国騎士団長退任、ね」
「病気療養を理由に、新設された騎士団相談役に就くって言うけど。普通に考えれば更迭よね」
呟くように言うオルトに、うんうんと頷きながらフェスタが応じる。後任は第二騎士隊長を務めていたクレモンテ。王国上層部と王国騎士団の関係が変化するのは確実である。少なくとも、ヴァンサーンのように汚れ仕事も二つ返事で引き受け、部下に振るような事は無くなるだろう。
「それと、治療薬の事もお姉様に尋ねたのですが……そちらは冒険者ギルドの情報に頼る他は無いのかもしれません」
「いいさ。病気の事も含めて、ベルントの主治医にも聞いてみよう。材料が揃ったら、スミスかネーナが治療薬にする事は出来るのか?」
オルトが問いかけるが、二人の返事は芳しく無かった。
「私はポーション程度なら作成出来ますけれど……その薬についての知識が全く無いものですから。ごめんなさい」
「私も錬金術や薬学については実践の経験がありません。ただ材料を混ぜればいい訳ではないですからね」
「それもそうか。ネーナは謝らなくていい。俺がわからない事を聞いただけなんだから」
オルトが慰めるものの、ネーナは浮かない顔をしている。必要な技能を取得しているにも関わらず、実力が足りずに役に立てない事が悔しいのだろう。ネーナ自身は恐ろしい程の速さで成長しているのだが、こればかりはどうしようも無かった。
オルトがどうネーナに声をかけたものか悩んでいると、スミスが仲間達にある提案をしてきた。
「色々考えたのですが。一度『学術都市』に行ってみませんか?」
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