第四十五話 過ちの代償?

 オルトが持ち帰った首はギルドの素材担当によって、間違いなくオークロードであると鑑定された。


 そして依頼書は、本来オルト達に渡されるはずだった依頼書と別の依頼のものが入れ替わって居た事が判明した。それはBランクであるが難度が高く、シルファリオでは達成困難と判断されてリベルタに送られる筈だった依頼書である。


 オルト達は、を犯した受付嬢のけん責処分をギルドから提示された。それを受け入れる事で、オークロードを倒した依頼のBランク認定と共に【菫の庭園】の早期Cランク昇格の確約を得たのである。


「スッキリしたよ〜! 見た? あの人達の顔!」

「ジェシカさんもビックリしてましたね」


 前を歩く女性陣が盛り上がっている。その様子を見ながら、スミスが言う。


「何かしてくるとは思っていましたが。予想外と言いますか、とんでもない方向から来ましたね」

「全くだ。俺達は報酬とランクポイントが増えて有難いくらいだが、他の冒険者なら死にかねん。イタズラとかちょっとした意地悪感覚だとしたら、かなり問題だな」

「他の受付嬢を巻き込んでいますからね」


 話題は言うまでもなく、レオンとアイリーンの事だ。


【菫の庭園】が片付けた依頼内容は、ギルド職員であるアイリーンを通じてレオンのパーティーも知る事になるはず。それが警告となるならそれでよし。そうでなければそれなりに。オルト達はそう考えていた。


 オルトとスミスが心配していたのは、ギルドから処分を受けてしまった女性職員の方であった。自分がした事への後悔で参ってしまったり、アイリーン達の嫌がらせが不発に終わった事で、今度は女性職員に矛先が向くのではないかと懸念していたのだ。


 だが心配ではあっても、オルト達がギルドで窓口にするのは担当受付嬢のジェシカ。その女性職員との接点は無い。現状では出来る事が無かった。


 そんなオルト達の心配は、結果的にすぐに解消される事になった。帰宅して食事を済ませ、寛いでいたオルト達の下へジェシカがやって来たからだ。




「こんな時間にすみません」

「…………」


 応接室の椅子から立ち上がり、ジェシカは頭を下げた。隣の女性と共に。ジェシカは件の受付嬢を伴ってやって来たのだ。受付嬢はエルーシャと名乗った。


「いやいいよ。休みでなければ時間が合うのは夜だけだしな。それより座ってくれないか。遊びに来てくれたようには見えないが」


 オルトが勧めても二人は座らず、顔を見合わせた。エルーシャが再び、今度は深々と頭を下げる。オルトには、エルーシャが憔悴しているように見えた。


「この度は【菫の庭園】の皆様には大変なご迷惑をおかけしました。全ては私の責任です。どのようにお詫びしてよいかわからず、お沙汰を頂く為にジェシカにお願いしてこちらに連れて来て頂きました」


 エルーシャの謝罪を受けて、オルトは仲間達に問いかけた。


「謝罪は確かに受け取った。これで終わりという事でいいかな?」

「そうですね」

「はい」

「いいよ〜」


 仲間達が口々に、オルトの言葉に賛同を示す。


『え? え?』

「二人ともとりあえず座って」


 お茶を持ってきたフェスタが、混乱している二人の前にカップを置いて椅子に座らせた。オルトが二人に言う。


「まず大前提として。俺達はギルドの報告と裁定を受け入れ、Bランク相当の依頼の報酬とランクポイント、それからCランク昇格の確約を得たんだ。文句があるならその時に言ってる。さらに俺達は今、君から直接の謝罪も受けたし、君はギルドの処分を受けた。それで終わりだ。俺達からの沙汰など筋違いだ」

「で、でも……」


 食い下がるエルーシャ。まあ納得は出来ないだろう。そう思いながらオルトは続ける。


「もう一つ。君がそういう処分を受けるに至った行為について、俺達は事情をある程度察している」

「っ!?」


 驚くエルーシャ。ジェシカは隣で、オルトとエルーシャの様子をじっと見ている。


「君は被害者、巻き込まれたんだと言い張る事も出来るはずだ。でも君はそれをせず、こうして謝罪をしに来た。もう十分だろう?」

「…………」

「ああ、言っておくが職員を辞めて責任を取るとかいうのは無しだからな」

「ど、どうしてそれを……」

「エルーシャ……」


 ジェシカはエルーシャの思いに気づいていなかった様子。だがエルーシャが、こうして謝罪に来る程事態を重く受け止めていたならば十分に考えられる事ではあった。


 オルトはジェシカに声をかけた。


「というかジェシカ。時間がかかりそうだが家は大丈夫なのか?」

「はい、食事の用意はしてきましたから……」


 チラリとエルーシャを見るジェシカ。エルーシャは一瞬俯いたが、決意した様子で顔を上げる。


「ジェシカ、私は大丈夫。覚悟はしてきたから」

「覚悟?」


 不思議そうな顔でネーナが小首を傾げる。オルトは嫌な予感がした。


「ちょっと待った。何が起きると思ってるんだ?」


 問われたジェシカは、顔を真っ赤にしながら答える。エルーシャもやはり赤面して俯いた。


「私が帰ったら、オルトさんがエルーシャを……」

「……何でそんな話に?」

「だって、【菫の庭園】は綺麗な女性ばかりですし……オルトさんのベッドはあんなに大きくて……」


 それを聞き、オルトは思い出した。入居した後、足りない家具や寝具の搬入の立ち会いをジェシカに頼んでいた事を。オルトのベッドだけは他の四人の倍以上のサイズだったのだ。


 オルトは脱力しながら、ジェシカとエルーシャに聞いた。


「……それで。俺がエルーシャを手籠めにすると? ジェシカはそれを阻止したかった訳だ」

「プッ」


 誰かが吹き出す。






『あはははははははははは!!』






 突如応接室に響き渡る笑い声。エイミーは腹を抱え。ネーナは涙目で赤面し。フェスタはテーブルをダンダン叩き。スミスは下を向いてプルプル震えていた。


 一人憮然とした表情で、オルトが口を開く。


「俺がエラい鬼畜な評価になってるようだが。全部誤解だ」

「誤解?」


 ジェシカが首を傾げる。


「まず俺は、フェスタと付き合ってる。恋人同士になってから疚しい事は一切ない」

「それは事実ね。兄離れ出来なくてスキンシップ過剰なこの娘達を私が認めるくらい、オルトの身持ちの固さは保証出来るかな」

「別に変な事無かったよね?」

「はい」


 笑いすぎて出た涙を拭いながら、フェスタがオルトの弁護をした。エイミーとネーナも肯定する。


「次に、ベッドがアレになったのはネーナの陰謀だ。最初に注文した時点ではベッドのサイズは全員同じだったんだ。それが来てみたら、俺だけエクストラキングサイズみたいな大きさになってた」

「えっ」


 ジェシカが驚きの声を上げる。ネーナはさも当然の事のように言う。


「だって、元の大きさじゃ皆で寝れないじゃないですか。私は枕が変わると眠れないんです」

「うんうん」


 エイミーがネーナに賛同の意を示す。オルトは額に手を当て、頭を振った。


「人を抱き枕にするなよ……全員が一部屋ずつあるんだから、自分のベッドを大きくすればいいじゃないか」

「私達の部屋には来てくれないじゃないですか、お兄様」

「うんうん」

「当たり前だろ……依頼中や旅で野営するのとは違うんだぞ」


 オルト達のやり取りを見ながら、ジェシカが呆然としていた。


「あの、私。もしかして物凄い勘違いを……?」

「やっとわかってくれたか」

「あああああ! 穴があったら入りたいいいいい……」


 悶絶するジェシカ。意趣返しでオルトが追い討ちをかける。


「そんな勘違いをされても、俺は手籠めにしたりしないけどな」

「ううううう……」

「それはともかく。お兄様がお風呂に一緒に入ってくれない以上、ベッドは譲りませんからね?」

「うんうん」


 ネーナとエイミーが話を引き戻す。


「風呂は完全にアウトだろうが。大体二人とも成人してるんだぞ? お付き合いするような相手が出来たら困るだろ」

「そんな殿方はお断りするので問題ありません」

「うんうん」

「…………」


 オルトは頭を抱えた。フェスタは苦笑し、完全に空気と化したスミスはニコニコしてオルト達の掛け合いを見ている。


「大丈夫ですお兄様。私達も鬼ではありません。世間の恋人達は、色違いの枕を用いて事に及ぶかどうかを知らせるそうです。それを使ってお兄様がフェスタの部屋に行けば、私達はお兄様の部屋で寝ますので」

「イエスノー枕は当人同士がやり取りするのに使うもので、第三者にタイミングを教える為のものじゃない!」




「プッく……あはははは!」




 黙って聞いていたエルーシャが、突然笑い出す。バツの悪そうな顔で、オルトはエルーシャに言った。


「まあ、何と言うか。君はすごく罪悪感を覚えてるのかもしれないが、俺達にとっては今回の依頼は『多少手応えがある依頼が来た』程度の話なんだ。だから気にしなくていい」

「それでも気になるのであれば、仕事を続けてジェシカさんの力になってあげてくれませんかね。それを私達の望みとしましょう。貴女もジェシカさんの状況はご存知でしょう?」


 スミスの提案にエルーシャは驚いた顔をしたが、真顔になって頷いた。


「承知しました。そんな簡単な事で許されていいのかという思いもありますが、私も自分のした事で失われた信頼を取り戻さなければいけませんし。ジェシカの事も大変ですけど、ここに来た時の気持ちを思えば平気です」

「エルーシャ……」

「ジェシカ、ずっと見て見ぬふりをしててごめんなさい。でも私はもう逃げないから。許してくれたら、貴女と一緒に頑張りたい」

「うん……うん!」


 手を取り合う二人を見て、ネーナ達は微笑んだ。その中で、オルトだけは疲労感から溜息をつくのだった。

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